マチルダにヘボヘボパイロット呼ばわりされたジェイク・ライトは正直、へこんでいた。
「仕方ないでしょ?マチルダよりランク下なのは本当なんだから」
パイロットは模擬戦の成績順にランク分けされている。ランクは五段階あり、上からABCDEと分けられ、その中で更にこまかく順位がつけられている。ランクAともなればスーパーエリートでもスーパーエース級と呼ばれ、同時に変な仇名もつけられやすい。「人食い熊」とかそーゆーのってでもどうなんだろう……(笑)因みにマチルダのランクはC、フェーンでB、「ミネアの闘犬」レオンでもCである。新型部隊だからと言って実は特別精鋭でもないのだが、フェーンのBやマチルダのCは異常ではある。
「コニーって今、Cくらいなのか?」
ジェイクは現在ランクE、スーパーヘボ扱いも否めない、のだが、それでも生き残っている上、前線での実戦経験も皆無ではない。そうしょげる事ではないのだが、若造である。同世代の一般市民とは比べ物にならないサラリーを貰って戦場に出ている、だけでは満足できないらしい。せめてサポートであるコニーと同ランクにでもならないと、お話にはならない。
「ええ、今のところはね。でも模擬戦の順位なんて毎日入れ替わっているから、いつまで同じランクにいられるかどうかなんて解らないわ」
「けど俺よか絶対上だろ?」
コニーとジェイクは従姉弟同士である。コニーは志あって適正試験を受け、ごく普通に訓練校をクリアし(一年半くらい)ごくごく普通に教導隊をへてシル・ソレア基地の汎用機部隊に所属していた。激戦時のミネアの経験はないが、交代での配属もしている。そこそこ死にそうな目にも会っているし、中堅というには若いが、平均的な若手パイロットである。標準的な女性パイロット、で、実のところ当人も新型への引き抜きがいまいち信じられないようである。まあ人員調整ということもありえるので、不服ではないようだが。
「それはそうよ。貴方より勤続年数も長いし、そうすれば模擬戦の回数だって多いもの」
「質より量、ってか?」
「私の場合はね」
まあ従姉弟同士であるので親しく行き来はあるし、コニーの場合叔母であるジェイクの母親から頼まれている部分もあるので、プライヴェートで一緒にいる事も多い。特に仲も悪くはないし、姉弟のように育っているため、ツーショットは珍しくない。「通い妻」と揶揄された事もあったが、どちらかというとコニーは「通い母」のつもりらしく、馬耳東風の体である。ちったぁ気にしろよ、とか勝手に思っているのはジェイクなのだが、さておき(え)。
「サポートの立場から言わせて貰えば、一度くらいマチルダに勝ってもらいたいわね。まだ向こうもランクCなんだし、全く歯が立たないってことはないと思うわよ?」
「そういう自分はどうなんだよ?ランクは同じだけど、順位は下だろ?」
まあそんなわけで、食堂や宿舎で一緒にいることが多い二人なのだった。本日も宿舎のジェイクの部屋で、コニーは散らかった室内を片付けながら、不貞腐れるジェイクの相手をしている、と言う次第である。順位のことを言われて、コニーは眉をしかめる。が、すぐに、
「そうね、それは確かに。でも最低ランクの人に言われる事じゃないわ」
「だから俺だって好きでヘボランクにいるわけじゃねーって……」
「貴方と同期のダグラム少尉は半年で訓練校をクリアして、初めての配属も当時の新型、メルドラだったわよね。この差は何なのかしら?」
「そりゃ……しょーがねーだろ?俺なんて適正だってぎりぎりで、訓練校にだって四年も……」
「それは言い訳に過ぎないわ。貴方の努力が足りないんじゃないの?」
「俺だってそれなりにやってる!」
「それなりでは足りないと言ってるの」
コニーの言葉は厳しい。なんでこんなに厳しいコニーなのにシスコンなのか、疑う余地だらけである。ジェイクは膨れてそれ以上何も言わない。言い過ぎたかしら、思ってコニーはその手で口許を押さえる仕種をする。そして、
「まあ……人には向き、不向きって言うのもあるし……それを克服したければやっぱり要努力、しかないのよね」
先程よりずっと柔らかい、砕けた口調でコニーが言う。ジェイクは膨れたまま、何も言わずにコニーを見ている。
「とにかく、貴方はフォワードなんだから、同乗者をいかに殺さないようにするか、その辺りのことを良く考えて行動するようにしてね。新型のパイロットに抜擢されたのだって、何かがあるからのことだもの」
「何かって……何だよ」
「その辺りは、人事を担当した人にしか解らないわ。私に聞かれても困るけど」
「コニーは……新型に呼ばれて、どうだったんだよ?」
むっとした顔つきのまま、ジェイクがコニーに尋ねる。問われたコニーは目を丸くさせ、
「私?そうね……」
そう言ってその場で考え込む。新型機のパイロットに指名されて、最初は驚いた。新型の最初の納入時、機体はほぼオーダーメイドの状態である。「自分のために作られたマシン」という存在が、嬉しくないわけもない。自分は特別なのだと感じられるし、機関全体の花形扱いである。嫌な気はしない。しかし反面、そのリスクは高い。敵機からの攻撃は以前より厳しくなろうし、また仲間内からもその対応に厳しい見方をされるだろう。下手を打てば、敗走などということも許されないほどに。しかし。
「私は……戦争が一日も早く終ればいいと思って、それに少しでも力になれたらと思って入隊したから、その役に少しでも立てているなら、嬉しいわ」
思うままをコニーは口にした。勿論、それが全てではない。確かにそれを望んで入隊したものの、膠着し続けるその戦争に終わりは見えず、何もかもが徒労であるかの様に感じられることもある。自分がこうしている間にも、静かではあるが、戦争は続いている。終る事のない、果てしない攻防が、仮に終結したとしても、それがラステルの勝利だと言う確証はない。何のために戦って、何のために壊して、何のために殺しているのか、そんな自問自答もずっと繰り返してきた。今でもそれは変わらないし、きっとこの先も変わらないだろう。それでも。
「新型は、今の状況を打破するためにも投入されるんだから、それに乗れることは、意味のあることよ」
コニーの言葉にジェイクは何も返さない。不貞腐れたまま、いつもと変わらないコニーをただ見ている。困ったようにコニーは笑い、そして、
「貴方がどう思っているかは解らないけど、私にはそれで充分よ」
「俺は……コニーのそういうところが……」
ごにょごにょと、小さな声でジェイクが何か言いかける。首をかしげ、コニー、
「何?良く聞こえないわ?」
「……何でもねーよ」
ジェイクはそう言ってそっぽを向く。コニーは首をかしげたままだったが、それ以上は追求しない。そのまま、散らかった部屋の片付けを続行する。
「それにしても、本当に片付けの出来ない人よね、貴方は。もう小さな子供じゃないんだから、掃除くらい自分でやりなさいよ。大体、四六時中ここに籠ってるわけでもないのに、どうやったらこんなに散らかせるのかしら」
ぶつぶつとコニーが小言を言い始める。ジェイクはそっぽを向いて不貞腐れたまま、
「だったら片付けになんか来るなよ。ほっときゃいいだろ?」
「そういうわけには行かないわ。叔母様からも「くれぐれも」って言われてるのよ?それに、自分のパートナーが部屋でカビ塗れになってたら、それこそ恥ずかしいでしょう?……って、あら、何かしら、これ」
話しながら片付けながら、コニーは何やら見つけたようである。ジェイクがそちらに振り返ると、コニーはその手にくたびれた詰襟の上着を、つまんでいた。眉はひん曲がって、目つきは鋭くなっている。
「ちょっとジェイク、これは何?」
「何、って……ああ……この間ハンガー横で誰かが洗車してて、ホースで水ぶっ掛けられて……」
「水をかけられて、そのまま放置?信じられない。ああもう……制服だって税金で支給してもらっているのよ?もっと大事にしなさいっていつも言っているでしょう?」
怒りを顕にコニーの小言が始まる。ジェイクは困った顔になるも、
「大事にしてんだろ?そいつだって一応干しといたんだよ!どっかいっちまったなーとか、思ってたけど……」
「だからいつもちゃんと片付けておきなさいって……これだけ?他にも、洗濯もしないでどこかに隠してあるものなんてないでしょうね?」
そんなわけで、本日も「通い母」状態のコニー・ライトである。小柄で小綺麗で気が利いて出来るタイプなのに、こんなんじゃコニー、彼氏が出来ないぞ、とか……あーでもそこがジェイクの思うツボなのかも知れないなー……あーでも見かけによらずきっついから、どーかわかんねーなー……。
「そうだわジェイク、今から私が部屋中全部チェックするから、貴方その間ブースに行ってシミュレーションして来なさいよ?」
「ってちょっと待てよ!!もう定刻すぎてるし、俺だって疲れてるんだぞ?」
「それは私も同じことよ!プライヴェートだけじゃなくて仕事でも世話を焼かされたらたまらないわ。いい?順位が二十上がるまで帰ってこないのよ?」
「そんな横暴な!!てか俺今ランク内じゃトップクラスなんだぜ?」
「あら、だったらランクアップも出来てちょうどいいでしょう?解ったらほら、さっさと行きなさい!さぼろうとしても無駄ですからね。明日の朝コンピューターのチェックすれば、一発で解るんだから」
言いながらコニーはジェイクを部屋から追い出す。ジェイクは部屋を追い出されまいと抵抗するも、ドアから押し出されて目の前でそれを閉められてしまう。がしゃん。
「コニー、おいコニー!!コニー!!」
そんなわけで、宿舎にジェイクの叫びがこだまする。その後小一時間でジェイクの部屋を掃除し終えたコニーは洗濯物を抱えて自室に戻ったが、哀れジェイクは基地内シミュレーターブースで夜を明かすこととなった。で。
「おーフェーン、いい所で会ったなー」
「……何だい、ジェイク。こんな時間にこんなところで……」
副長、フェーン・ダグラムは残業の帰り際にジェイクに出会ってしまったおかげで、別に必要ないのだが一晩半徹状態で、そんなジェイクに付き合う羽目になったのだった。
「な、なんで僕がこんな目に……」
「うるせー!!一人でなんてやってられるかー!!チキショー!!コニーの鬼ー、悪魔ーっっ」
終(笑)
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