LACETELLE0062
-the CREATURES-
intermission

The noblesse oblige

タイプb小隊、レオン・ニーソン並びにカイル・オブライエン両少尉は同期入隊であると同時に前任はミネア前線基地の駐留部隊である第二中隊である。が、

「名前は聞いていたが、顔を合わせたのはここが初めてだったな」

「え?でも同期で同僚でしょ?」

遅めの昼食をとりながら、マデリンは偶然一緒になったカイルにそんな風に尋ねた。顔色の余り変わらない、慇懃無礼なその男は、実のところそうとっつきにくくないらしい。オブライエン、と呼ぶのは面倒だろうから、と下の名前で呼んでもいいと言ったのは会ってすぐのことだ。冷静沈着というほど冷静でもないし、この人もそんなに大人じゃないかも、などと、義務教育をスキップでクリアし、訓練校も半年で終了してしまった、いわゆる「ませガキ」のマデリンは思っている。

「同期と言っても俺は二年近く訓練校にいたし、実戦投入後も別の隊にいたから」

「二年?カイルさん、二年も訓練校にいたの?」

カイルの言葉に思わずマデリンが声を上げる。笑いも、もちろん眉をしかめることもなく、カイルは淡々と答えた。

「訓練期間は一応半年だ。それでも、半年で全てを修めきれない候補生は多い。俺の頃は戦況も落ち着いていたし、平均して一年くらいは訓練校にいた」

因みに訓練校において規定の成績を収められない限り、訓練は終了しない。それはマシンの操縦だけではなく、その整備やコンピューター制御にまで関わってくる。何もない岩砂漠の戦場にたった一人取り残されても、超機密である兵器を守りながら帰還する、その能力がなければどれだけの機関訓練校に在籍していても、パイロットとして配属される事は叶わない。因みに訓練校への入学資格は義務教育の終了と、マシンに対する耐性である。他に運動能力なども重視されるが、まずマシンに乗れる体でなければパイロットとしての訓練は受けられない。

「そうなんだ……みんながみんな隊長みたいな人ばっかりじゃないものね」

感心、というより驚いた様子でマデリンが呟く。カイルは声もなく笑い、先を話し始めた。

「レオンは訓練校を終了した後、教導隊に二週間ほどいたらしい。たまたまミネアで欠員が出て、その充填要員としてネイヴ小隊に配属されたそうだ。異例の早期配属だな」

「レオンさんが?すごーい」

「後は、想像に難くないだろう?君は知らないかもしれないが「ミネアの闘犬」なんて仇名で呼ばれている」

「へーえ……やっぱりみんなすごいのね……」

「俺は規定通りに三ヶ月、教導隊にいた。正直、どうして新型機のパイロットに推挙されたのか、解らない」

感心しきりのマデリンに対して、カイルは相変わらず冷静だ。そんなカイルを見、マデリンは目をしばたたかせる。

「あら、そうかしら。カイルさんだってすごいじゃない」

「そうか?」

「だってあんなに早く機体の設定変えられるじゃない。レオンさんがムダにエネルギー使わないようにセーブしながらクラッチ切り替えたり」

二人乗りのサポートの主な仕事は言うまでもなくフォワードのサポート、主に機体の維持である。いつ如何なる時にも万全の体勢でマシンが戦闘できるように機体を維持し、エネルギー不足や過稼動による機体の負荷を軽減させるのもまた、彼らの役目である。加えて機体の故障などもフォローしなければならない。

「そういうのってただの戦闘バカの人じゃ出来ないでしょ?」

マデリンがいつもの口調で言う。カイルは少し笑って、

「しかしレオンは単なる戦闘バカでもない」

「あっ……ご、ごめんなさい……」

勢いとは言え人のパートナーを蔑する発言をした事に気付き、マデリンは口を押さえる。カイルは口許をほころばせたまま、

「彼も、生きて帰ることを最大の目標にはしている。頭に血が上るとしばしば忘れるようだが」

「って、それじゃ俺は単なるバカじゃなくて輪をかけたバカか、カイル」

頭の上の方から声がする。カイルは振り返り、そこで嘆息する相棒、レオンを見つけた。

「何だ、聞いていたのか」

「バカがどーのこーの、って辺りからかな」

言いながらレオンがカイルのとなりの席に着く。マデリンはにっこり笑って、

「こんにちは、レオンさん。レオンさんも今からお昼?」

「いや、俺はもう済ませてきた。ヤボ用で、ちょっと出かけてたんだ」

そう言ってレオンは笑う。マデリンはその笑顔に、何気に尋ねた。

「ねぇ、レオンさん、聞いてもいい?」

「ん、何だい?マデリーンちゃん。お兄さんで良かったら何でも聞いてくれ」

「レオンさんって……幼女趣味なの?」

それまで温和だったレオンの表情がそこで凍りつく。カイルも流石に驚いたらしい。ぎょっとした顔になって、

「マデリン、突然何を……」

「え?だって、ジェイクさんが……」

あれ、これって聞いちゃダメな事なのかしら。思いながらマデリンは言った。

「「ニーソン少尉はヤバいから気をつけろ」って……」

「あのシスコン!!そんなこと言いやがったのか!!

言葉の後、がーっとレオンが吼えた。カイルは冷や汗して、

「それは……確かにそういうところは、なくもないが……」

「おいカイル、お前までそんなこと言うのか!マデリン、そいつは誤解だ。俺は単に子供が好きなんだ。決して変な趣味があるとか十年後を見込んでるとか、そういう下心があるわけじゃない」

力いっぱいレオンが否定する。マデリンはその力いっぱい加減に、

「そうなの?下心?」

「ああいや、だからその……」

何だかんだ言ってマデリンも子供であるのでその辺は良く解らないらしい。目を丸くさせているマデリンの発言に、レオンはしどろもどろである。カイルはそれを一瞥して、

「しかしその狼狽振りだと、不信感は煽るな」

「カイル、お前は人をヘンタイ扱いしてそんなに楽しいのか?ああ?」

「いや、出来たら常識的な一般人でいてもらいたい。俺まで同類にされたらたまらない」

「だから俺は単に子供が好きなだけで、そういう趣味じゃないと言っとるだろうが!」

レオンが今一度叫ぶ。そしてやけくそ気味に、

「昨夜も、姉貴んとこの子供が熱出して入院するって言うから、見舞いに行ってたんだよ!それでさっき、昼飯食って戻ってきたんだ。昨日言わなかったか?」

「お姉さんの子供?」

言い終わったレオンが溜め息をつきながらその額を押さえる。カイルは顔色一つ変えずに、

「そう言えばそうだったな」

「レオンさんのお姉さんってどこに住んでるの?子供って、どのくらいの子?」

マデリンの興味がレオンの幼女趣味から家族構成に移ったらしい。レオンはちらりとマデリンを見ると、

「ああ……スティラのランディアってところだ。年は……マデリンより二つ下、だったかな」

「え?地下なの?」

余り聞いたことのない地名にマデリンが驚く。その驚きに今度はレオンが首を傾げた。

「ああ……別に、珍しくも何と見ないと思うが……」

カイルもマデリンの驚き方に違和感を覚えたらしい。言葉はないが目つきがそれを物語っている。マデリンは驚きをかくさないまま、

「だってみんな、機関構成員でしょ?地下の一般の人に家族とか……」

「いや、ごく普通のことだと思うが……」

「でも、それじゃ一緒に住めないし、許可がないと会いにも行けないでしょ?」

「まぁ……そうだけど……」

レオンとカイルがどことなくうろたえるマデリンの様子にしどろもどろに答え、顔を見合わせる。そして、

「つっても、俺の入隊動機って、その家族を養うため、だからなぁ……」

不意にレオンがぼやくように言った。虚を突かれたように、マデリンが目を丸くさせる。

「え?」

「そうだったのか?レオン」

「まーなー……俺の家族っつーか家って、稼げる人間がいなくてな。父親は俺がチビの頃に事故で死んでていなかったし、お袋もそれなりにがんばってたけど、そのツケで体壊してさ。七つ年上の姉貴も結婚したけど、ダンナが面倒な病気で死んで……それで手っ取り早く稼げてあんまりヤバくない仕事がないかと思って適正テスト受けて、パイロットになったんだけど……言ってなかったか?」

けろっとした顔でレオンが言う。カイルは驚いてはいるが落ち着いた声で、

「初耳だ」

「あ、そうか?でも別にこんなの、話すほどのことでもないしな」

レオンは言って、照れくさいのか声を立てて笑う。マデリンは驚いて放心していたが、すぐに我に返って、

「じゃあ、昨日会いに行ってたお姉さんの子供って……すごい病気なの?」

「ん?いや。大したことじゃないらしいんだが、俺に会いたいって言ったんだってさ。俺も、そんなことでもないと滅多に帰れないし、熱が出てるってのに……知能犯なんだよ、あいつも」

マデリンの問いかけにレオンが笑いながら答える。マデリンはまだ不安そうに、

「そうなの?本当に、大丈夫?」

「優しいなぁ、マデリーンちゃんは。大丈夫だって。そんなに心配しなくても」

レオンは言いながらマデリンの頭をくしゃくしゃと掻いた。頭をなでなでされた格好のマデリンは途端に不機嫌になり、

「やん!レオンさん、くしゃくしゃしないでよ!髪が乱れちゃうじゃない!それに、撫でてもらって喜ぶほど、子供じゃないんですからね!」

そう言ってふくれっ面になり、席を立つ。レオンはニヤニヤ笑いながら、

「そーかぁ?まだまだかわいいぜ、マデリーンちゃん」

「失礼しちゃう!」

ぷんすか怒ってマデリンは席を離れる。笑いながら手を振ってレオンはそれを見送り、カイルはその側らで苦笑交じりの吐息を漏らす。

「何だカイル。疲れてるのか?」

「いや、別に。しかし意外だった」

「あ、何がだ?」

カイルの言葉にレオンは小首をかしげる。カイルは軽く笑って、

「「ミネアの闘犬」と呼ばれる男の志望動機だ」

「ああ……けど大抵みんなそんなもんだろ?誰が「俺は戦争がダイスキだからマシンに乗ってます」なんて言うよ?」

カイルの言葉に呆れた様子でレオンが返す。カイルはそれを見て、

「確かに、それを言うのは憚られる。倫理委員会に知れたら、つるし上げも食らうし」

レオンはその言葉に何故か口ごもった。そして、

「……お前のその言い方は、癪に障るな」

「俺は思ったままを言っているだけだ」

「じゃ、そういうお前はどうして特務機関になんて入ったんだよ?カイル・オブライエン。リウヌの軍に幼年学校から通ってたような、色んな意味でスーパーエリートだった人間が」

カイルを睨むように見てレオンが問いを投げる。睨まれたカイルは笑いもせず、

「リウヌの軍にいてもやれることはわずかだ。父が死んで叔父が二人死んで、尚且つ従兄が四人死ななければ、俺には何の役目も回ってこない」

「……怖いこと平気で言うなよ」

「貴族出身というのは、そういうものだ。資金力も、主家の三男の息子では大してない。大人しくしていれば生きてはいけるが、それだけだ」

レオンはそれ以上何も言わない。カイルはしばし黙し、それから小さく言った。

「君はいいな……うらやましい」

「は?何だ?」

聞こえるか否かの呟きをレオンが聞き返す。カイルは苦笑して、短く言った。

「何でもない」

 

 

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Last updated: 2007/07/15