シル・ソレア基地から乗り合いのバスで六時間、「タイプb」小隊の面々が南国境地帯総合基地に到着したのはその午後だった。が、
        「えーっ、また車ぁ?」
        乗り合いのバスが基地ターミナルに到着するまでが六時間で、彼らが向かう新型マシンの開発工廠へは、そこから更に自動車で移動しなければならないほどの距離があった。
        「何よぉ……何なのよ、この広さ……」
        初めての基地間の移動ですっかり不機嫌になっていたマデリンが、眉をひん曲げて愚痴をこぼす。対してマチルダは淡々とした態度で、どこか見下すような目つきでマデリンを見ている。
        「今度はジープか……結構しんどいっスね」
        「工廠の方から迎えが来る事になってる。お前らはそっちに行ってろ」
        何気にレオンがぼやく。それに答えるようにガベルが言うと、傍らのフェーンがいぶかしげに眉をしかめた。
        「隊長?隊長は、どちらへ……」
        「あいさつ回りだ。管理職なんでな」
        背中で手を振ってガベルは歩き出す。フェーンはそのまま困り顔で、
        「しかし、隊長……」
        「隊長以外にこっちに詳しいヤツ、誰かいるか?」
        困惑するフェーンに助け舟でも出すように、レオンが辺りを見回して言う。すぐにもにゅっと手が上がると、その下にはエドの、いつもの笑顔があった。
        「グリュー少尉……」
        「そう言えば少尉は新型のプログラミングで、こちらにいらしてたんですよね?」
        ガベルと、何故かそっぽを向いているマチルダ以外の全員の目がエドに向けられる。エドはにこにこ笑うと、
        「ああ、一応ね。と言っても、僕も工廠以外の場所に関しては、余り詳しくないんだけど……」
        「じゃあ他にこっちの事が解ってるヤツって、いないのか?」
        ジェイクが言いながら隊員の顔を見回す。苦笑して、フェーン、
        「そのようだね」
        「そう言えば副長はヌゥイの出身だったわね。こちらに詰めた事は?」
        そのフェーンに何気なく尋ねたのはコニーだった。フェーンは苦笑のまま、
        「配備になった事はありませんが……入院していた事なら……」
        「何だよフェーン、入院なんかしてたのか?」
        にごった口調で答えたフェーンにジェイクが絡む。フェーンは苦笑のまま、
        「一時期……それが?」
        「へー、お前みたいなスーパーエリート中のスーパーエリートみたいなヤツでも、戦闘でポカやってんのかぁ……へー……」
        ジェイクはやたらに嬉しそうな顔でフェーンと肩を組む。組まれたフェーンは眉をしかめるが、
        「そいつは初耳だな。副長にもそんな失態があったのか」
        「副長も人間と言うことか……そう言えば聞いたことがあるな」
        そこにレオンとかいるが次々に絡み始める。フェーンはやや困り顔で、
        「オブライエン少尉……何を誰から聞いたんです?」
        「副長、ニュースソースは黙っておくのがセオリーだ。おいそれと話すことは出来ないよ」
        「何だよカイル、勿体ぶってないで早く教えろよ。フェーンが何やったって?」
        そのままフェーンは男子隊員に取り囲まれた。エドだけがそれを傍から見て笑っている。
        「副長君はみんなに好かれてるねぇ。あの若さで副長だけのことははあるよ」
        「あんた、それ……本気で言ってんのか?」
        思わずツッコんだのはマチルダだった。エドはにこやかな顔のまま、
        「ところでアレン少尉、少尉はこちらに来たことは?」
        「……なくもない……俺も入院してっから……」
        問われて、マチルダはむっとした顔になりながらも答える。エドはその答えに驚いたらしい。笑うのをやめ、
        「入院……君が?」
        「俺だって怪我したりするぜ?人間だからよ」
        吐き捨てるように返してマチルダはそっぽを向く。エドはわずかの間驚いていたが、ややもすると苦笑でその表情をくずす。
        「それは……大変だったね」
        マチルダは何も答えない。その視線の先ではフェーンを中心に、それなりの年齢に達しているはずの青年達が子供のように騒いでいた。
        「何お前、バスに酔いかかってんの?」
        「よ、酔ってないよ!確かに、昔は、弱かった、けど……」(0056参照)
        「子供の頃の副長か……さぞ恐いお子様だったんだろうな」
        「想像に難くないな」
        「てか乗り物酔いすんのにパイロットになろうと思ったのかよ?フェーン」
        「ジェイク、やめなさいよ。副長が困ってるでしょう?それに貴方だって小さな頃には……」
        「だからそりゃ本当にチビの頃だけだって言ってんだろ?」
        騒ぎの傍でマデリンはそれを見ながら笑っていた。が、近くにマチルダの姿がない事に気付き、慌てて辺りを見回す。マチルダは彼方の方向を向いており、その隣にはエドの背中があった。何か話しているような、そうでもない様な様子だ。何してるのかしら、二人とも。思ってマデリンは首を傾げる。が、騒ぎの事は気にしていないのか、マチルダが振り返ることはなかった。
         
        「あんたにも、世話になったらしいな。一応、礼は言っとくぜ」
        彼方を向いたまま、マチルダが唐突に言う。傍らのエドは苦笑して、
        「何のことだい?」
        マチルダがその言葉に眉をしかめた。エドは笑ったまま、
        「僕は隊長の指示で動いて、自分が納得できるように行動しただけだ。君に感謝されるような事はしていないよ」
        「……そういう言い方の方が恩着せがましいぜ?少尉」
        「やだなぁ、恩だなんて。僕らは同じ隊の同僚だろう?何かあった時はお互い様だよ。もっとも君は……ナナに何かあっても、助けないそうだけど」
        エドの言葉にマチルダがちらりと視線を向ける。エドは人のよさげな、しかし何かを含んだような顔で笑っていた。チ、とマチルダは舌打ちする。
        「……何だい?アレン少尉」
        「そういうの、嫌いなんだよ。見てて腹が立つ」
        「そういうの?」
        「人畜無害そうなツラしてるくせに、何企んでるか解んねぇ、つってんだよ」
        マチルダの言葉にエドは驚き、息を飲む。マチルダは睨むようにエドを見ると、
        「あんた、あいつの相棒だろ?俺は別にいいけど……自分のフォワード騙すような事、するなよ」
        「……しないよ、そんなこと」
        答えながら、エドは困ったように笑って見せる。どうやら自分はこの年若いパイロットに信頼されていないらしい。いや、自分がどうこうと言うより、彼女を心配しているのか。思いながらエドは言った。
        「優しいんだね、君は」
        「っ……お、俺は別に、単にあんたが信用できないって、そんだけだ。そんだけだぞ!」
        一瞬でマチルダは真っ赤になるとそういい捨て、エドの傍から駆け去る。エドはそれを見送りながら、
        「それは酷いなぁ……僕だってチームメイトなんだから、もっと優しくしてもらっても、いいと思うけど」
        いつも通りの態度でぼやくように言う。エドの傍を立ち去ったマチルダは騒いでいる一団の傍で自分を見ているマデリンに気付き、
        「……何だよ?」
        「え?何って……マチルダこそ、グリュー少尉と何話してたの?」
        「お前の態度が気にくわねー、つってやった」
        「やっ、ちょっとマチルダ!グリュー少尉に失礼でしょ?なんてこと言うのよ!」
        正直にしてもストレートすぎる言葉で答えたマチルダを思わずマデリンは強く注意する。マチルダは痛くもかゆくもなさげな顔で、
        「ああいう、何考えてんのか解りづれぇの、嫌いなんだよ」
        「何言ってるのよ、マチルダだってそうでしょ?」
        「俺はいいんだよ。つか、お前は解り易すぎると思うけど」
        「何よそれ!」
        マデリンが激昂するも、マチルダにそれに取り合う様子はない。ほぼ無視して、
        「工廠から迎えって、誰が来るんだよ?ババァか?」
        「ば、ババァって……マチルダ?」
        マチルダの言葉にコニーが思わず声を放つ。マチルダは気だるそうに、そして何でもない様子で、
        「あー……カリナだよ、カリナ。あんなのババァで充分だろ」
        余りにも不躾なマチルダの発言に、その場の数名が引く。変わらないのはカイルとジェイクだけだ。
        「マチルダ、もしかしてお前か?ハンガーでその、何とか言う整備主任、おばさん呼ばわりして殴られたのって」
        面白がっている様子でジェイクがマチルダに問いを投げる。マチルダはけろっとした顔で、
        「俺じゃねーよ。てか別にあんなの、びびる様な相手じゃねーだろ?」
        「俺も、本人に会った事はないが……噂は色々聞いて……」
        車の駆動音が聞こえてきたのはその時だった。近くに、二台のジープが走ってくる。ちらりとマチルダがそちらを見た時、そこに、離れていたはずのエドの声が響いた。
        「エプスタイン主任、こちらです」
        二台のジープの、先を走っていた一台がマチルダのすぐ傍に止まる。運転席には真っ赤なカーリーヘアが揺れていた。カーリーの持ち主、小隊を迎えに出た整備主任伍長、カリナ・エプスタインはにこにこと笑って、
        「さっきからよーく声が聞こえたもの、すぐ解ったわよ?」
        「何だよババァ、地獄耳か?」
        カリナの額がその一言で痙攣する。そのまま、彼女は車を降り、マチルダに歩み寄るとすぐさまその頬をつねりあげた。堪らず、マチルダが喚く。
        「いってーな!!何しやがる!!」
        「久し振りに会った時には挨拶が先っていつも言ってるでしょう!本当にもう、あんたって子は!」
        「うるせぇ!!ババァはババァじゃねーか!!本当のこと言って何が悪いんだよ!!」
        「カリナさん、若しくはお姉さま、でしょ、って何度言わせるの!物覚えが悪いわね」
        「誰がお姉さまだ、くそババァ!」
        ぎゃーぎゃーとマチルダ、そしてカリナが喚き始める。小隊の面々は呆れ顔でそれをただ見ている。その中で一人、エドだけがにこにこと笑ってそんな二人を見ていた。
        「いやぁ、仲がいいですねぇ、二人とも」
        「いや……仲は、悪くはないと思いますが……」
        エドの言葉に、何とかフェーンだけが反応する。カリナとマチルダは相変わらずの様子で、しまいには取っ組み合いなど始めるのだが、
        「何すんだよ!離せよ、くそババァ!」
        「あーもう、いい機会だからアルに叱ってもらいましょ。アル、アル!……あら、アルは?」
        マチルダを捕まえて、抱え込むような格好でカリナが呼びかける。呼ばれた男の姿はそこになく、答えたのはフェーンだった。
        「隊長でしたら、あいさつ回りに行く、と言って……多分駐留部隊のオフィスじゃないでしょうか」
        「あら、そうなの……残念ね」
        目をしばたたかせ、カリナが言う。捕まったままのマチルダは、へへ、と笑うと、
        「とか言って、ババァがしつけーから逃げたんじゃねーのか?……いっでーっ!!」
        からかい口調の言葉の後、再びマチルダの頬は捕まれ、先程より強い力でぎりぎりねじり上げられた。
         
        ドゥーロー基地、マシンメイス工廠はその名の通りマシンの製造、修理、そして開発を行なう機関である。バスを降りたターミナルからジープでしばらく移動すると、巨大なドーム型の建造物が見える。六人乗りのそのジープの最後部座席でそれを見つけたマデリンは、思わず声を漏らした。
        「おっきなドーム……あれ、何するところ?」
        「マシンの稼動実験場よ」
        答えたのはそのナビシートにいたカリナだった。マデリンは首をかしげ、
        「稼動実験?何するの?」
        「出来上がった機体を実際に動かしてデータを取ったり、細かい調整をするのよ。下手に外で動かして壊したりしないように」
        マシンメイスは他の軍用機に比べても高価な上、管理にかかる手間も多い。下手に壊せば修理にかかる費用も機関も馬鹿にならない。その為訓練に際してその実機体が使用されることは滅多にない。とは言え例外も少なくないのだが、
        「特に今回の機体は新システムを積み込んだ最新型だから、厳重に管理しろって上が煩いのよ。だからみんなにこっちに来てもらったんだけど」
        「新システム?マシンのシステム、変わったの?」
        カリナの言葉に重ねてマデリンが問う。カリナは笑いながら、
        「ええ。と言っても基本的な事は従来通りなんだけどね。「クリーチャーズ理論」って、マデリンは知ってるかしら?」
        逆に問い返され、マデリンは目を丸くさせる。同じジープに乗ってそれを見ていたエドはそんなマデリンを見て口を開く。
        「ソレアの工学博士、アレクセラ・ジゼル・ドーヴィー博士が唱えている、生体回路の理論だよ。それを応用すればマシンがまるで生きているように円滑に動くようになるだろう、って」
        「へーえ……そんなのがあるのね……じゃあ私達の機体も、生きてるみたいに動くの?」
        エドの説明に感心しながら、マデリンは今一度、誰かに尋ねるように言う。あはは、とエドは笑って、
        「そうだね、上手く使えばそうなるかもしれないね。と言っても今の段階だとコンピューターが、サポートのまたサポートをするのに組まれているだけだから、動きに関してはフォワード次第、ってところかな」
        「とは言え、画期的なことには変わりはないわね。そのシステムのおかげで新型はかなりの重装備でもザラと同じくらいのスピードで動けるし……その分、関節部の磨耗も早くなりそうだけど」
        エドの言葉を否定するように、カリナが溜め息まじりに言う。マデリンは解っているのかいないのか、関しているようなそうでないような表情で、
        「そうなんだ……新しいのも良かれ悪しかれ、って感じなのね」
        そんな風に言ってまた辺りを見回す。
        「何かここも、すっごく広そう……回るだけでも大変そうよね……ねぇ、このジープって、使っていいの?」
        入隊、そしてシル・ソレア基地への配属からまだ二週間と経たないマデリンは、ドゥーロー基地にも興味があるらしい。隣のシートに座っていたレオンがその言葉を受け、笑いながら、
        「マデリーンちゃん、自動車の運転は二十歳からだぜ?オイタはダメだぞ」
        「えー……でも私達、マシンにも乗れるのよ?基地内だし……それでもダメなの?」
        その言葉にマデリンが膨れる。レオンは笑って、
        「それもそうだ」
        「ニーソン少尉、いくら僕らが軍事特務機関の構成員で、マシンの稼動特権を持っていても、それとこれとは話が別です。未成年者に法を破るような真似を勧めないで下さい」
        その前列の座席にいたフェーンが眉をしかめて言葉を挟む。レオンは軽く肩をすくめて、
        「だそうだ。副長に怒られるから、ドライヴしたかったらお兄さんが付き合ってやるよ」
        「……はぁーい」
        レオンの言葉にマデリンはつまらなさげな顔で返答する。同乗している他の面々はそれぞれに口許に笑みを浮かべた。
        「そう言えばマデリン、あれからあの子はどう?」
        笑いながら、カリナがマデリンに振り返る。マデリンは目をしばたたかせ、それから、
        「マチルダ?あんまり、変わらないけど……」
        言葉の終わりをかき消すように、マデリンが溜め息をつく。その眉がゆがむのを見て、カリナは首を傾げた。
        「マデリン?」
        「この頃……何だかちょっと変なの、マチルダ」
        困り顔で言って、マデリンは隣を走るもう一台のジープを見遣った。
         
        「へー、フェーンのヤツにそんな過去があったのか……意外だな」
        「とは言っても、今の副長はあの通りだ。六年のキャリアでランクはB。常軌を逸したパイロットには違いない」
        「そうね……ジェイクじゃまだまだ足元にも及ばないわね」
        もう一方のジープでは、乗り込む前に多少出ていた、副長、フェーン・ダグラムの話題が持ち上がっていた。十六歳で適正試験をクリアし、半年で訓練校を修了、直後当時の最新型のパイロットに任命された稀代のスーパーエースであるところの彼は、機関内でも屈指の有名人である。
        「まあでも、入った直後の上司がガベル隊長ってのはアレだよなー……」
        「だからこそのランクB、かも知れないが」
        「って、それって何かヒキョーじゃねー?俺なんてだらだら長いことシル・ソレアでサヴァに乗せられてたんだぜ?」
        「それは貴方のレベルが余り高くないからでしょう?人事だって戦績や訓練校の成績を見て配属先を決めているんだし、彼だけが贔屓されている訳じゃないわよ」
        コニーの言葉にジェイクが小さくうめく。マチルダはナビシートで、その話に混ざる事もなく、流れる景色を眺めていた。黙ったままのマチルダに、その後ろの座席にいたコニーが尋ねる。
        「マチルダ……気分でも悪いの?」
        「……別に」
        マチルダは振り返らない。コニーの隣のジェイクはニヤニヤ笑うと、
        「何だマチルダ、お前も車酔いか?だっらしねー……」
        「ランクDのヘボに言われたかねーよ」
        「おまっ……それとこれとは関係ないだろう!」
        「ジェイク、やめなさい。今のは貴方が悪いわ」
        振り返りもせず淡々と言ったマチルダの言葉にジェイクが激昂する。が、直後コニーがそれを制する。どことなく疲れた顔のまま、マチルダはまたぼんやりと、通りすぎるその景色を眺めていた。基地はどこも代わり映えがしない。しいて言えば、こちらには大規模なマシンの工廠があるため、その建物が目立つ。
        シル・ソレアは機関の最重要拠点ではあるものの、マシンに関してはせいぜいオーバーホールが出来る程度の設備しかない。マシンの製造には莫大な費用がかかる。維持、管理にも同じく、馬鹿にならない国家予算が投じられているらしい。新型を一から開発するとなれば、なおの事だ。そんなにまでして何故機関はあんなものを作り続けるのか。人間と同じ形をした、はるかに大きな鋼鉄の木偶。「機械のカタマリ」と名付けられたその兵器の発明で、国家の防衛能力は上がりはしたものの、戦争自体は泥沼化している。ラステルは敵国に比べればごくごく狭い国土しか持たない小さな国だ。いつどこから攻め込まれて、その占領下におかれるとも知れない。そんな小国が、その巨大人型兵器を生み出したがために長い戦争を強いられている。何ともおかしな話だが、その急先鋒に、まだ十代の子供が二人もいる。尋常な状況ではない。
        「マチルダ……本当に、大丈夫?」
        思いをめぐらせていると、再びコニーの声が投げられる。マチルダはやはり振り返りもせず、
        「ちょっと眠いだけだ。バスも揺れて、疲れたし」
        「そう?それならいいけど……」
        不安げに、コニーが言葉を濁す。マチルダは振り返ることなく、流れる景色をただ眺めていた。
         
        二台のジープが到着したのはいくつかあるドーム型建造物の中の一つだった。巨大な壁に設けられたゲートが開かれ、ジープごと中に進むと、
        「うっわぁ……広ーい……なぁに、ここ、何するところ?」
        マデリンがはしゃいだ声で尋ねる。ジープはすぐにも停車して、乗っていた隊員達は車を降りる。
        「ここは……ハンガー、ではないですね」
        辺りを見回し、誰にともなく尋ねるようにフェーンが言った。傍ら、同じジープに乗っていたエドがそれに答えるように言った。
        「ここは開発機関の実験場、兼ハンガー、と言うところかな」
        エドの言葉に他の隊員達がそちらを向く。隣を走っていたジープも同じく止まり、同じく隊員達がジープを降りる。
        「でけぇドームだな……何だ、ここ」
        マデリンと似たり寄ったりの言葉を発したのはジェイクだった。巨大なドーム内はがらんとしていて広く、特に何がある、という状況ですらない。外壁の内側に沿ってポツリポツリと白い箱のようなものがいくつか並んでいるが、後は室内運動場にも似た体裁だった。
        「実験場兼、ハンガー?」
        エドの言葉を繰り返すようにマデリンが言う。フェーンはその言葉の後、
        「どういうことですか?僕達は機体を引き取りに来たんですが……」
        「どう、というのはどういう意味かしら、少尉」
        誰にともなし、若しくはその場所がどういう施設なのかを知っている人間に尋ねるようなフェーンの言葉に、聞き返したのはカリナだった。フェーンはカリナに振り返り、
        「通常、機体の引渡しはマシンプール若しくは修繕ハンガーでされるものだと思っていましたが……」
        「ああ……そういうこと?アルに何も聴いていない?」
        「……特には」
        カリナは驚いているらしい。揶揄うわけでもなくフェーンに問い返し、それから軽く溜め息をついた。あはは、とエドは笑い声を立てると、
        「今回の新型は今までの機体とちょっと事情が違っていてね。二人乗りだと言うのもあるけれど、次世代機の雛型にもなるらしいよ。それで、事細かにデータを取ったり調整したりしなきゃならないから」
        「それ以前に、新型自体の機密保持のために、厳重にしているんじゃないのか?」
        言葉を挟んだのはカイルだった。淡々と、というよりやや厳ししめの声色に、エドが軽く肩をすくめる。
        「そう言えば、この期に及んでまだ新型の名前すら聞いてなかったな。俺達が命を預ける機体だってのによ?」
        言ったのはレオンだった。言葉に、一同がそれぞれに困惑の様子を見せる。エドは苦笑し、カリナはそれにも驚いているらしい。苦笑するそのエドに向かい、
        「なぁに?そんなことまで伏せてあるの?」
        「いや……僕が聞かされているんですから、そういうことはないでしょうが……」
        「なら単に、アルが話してないだけのことじゃないかしら」
        けろっとした顔でさらりとカリナが言う。フェーンはその言葉に、
        「それにしては、色々が厳重すぎませんか、今回の機体は」
        「そうねぇ……上の方の考えは、私には解らないけど……厳重にしたい気持ちは、何となく解るわね」
        「何です?それ」
        独り言めいたカリナの言葉にフェーンが重ねて尋ねる。カリナは僅かに笑うと、
        「凄くステキなプレゼントができたから、開けるまで内緒にしておいて、見るその時にびっくりして欲しい、って、そんな感覚よ」
        「戦闘兵器のどこがだよ」
        吐き捨てるように言ったのはマチルダだった。何やら不機嫌らしい。その言葉にカリナは苦笑して、
        「それはそうね……でも、新設の部隊は大隊長直下の、殆ど遊軍扱いだって話だし……今までのマシンとは違って、やっぱり特別製には違いないわよ?」
        どことなくいたずらっぽくカリナが言うと、そこにいた数名が気色ばむ。フェーンは困った様子で眉をしかめ、レオン、ジェイク、コニー、ナナニエルの四人はその顔を驚きで強張らせる。カイルの表情は変わらず、エドはやはり苦笑している。マデリンは訳が解らず首をかしげ、マチルダは不貞腐れたままだ。
        「伍長……その話は、まだ……」
        「あ、あら、ごめんなさい……てっきり、もう聞いているのかと思って……」
        眉をしかめたフェーンの言葉に、慌ててカリナが口許を押さえる。直後、レオンの声が飛んだ。
        「副長、今のはどういうことだ?」
        「そうだ、大隊長直下の遊軍って……単に新型の小隊じゃないのかよ!」
        「単純に新型の部隊、というわけではないのは、機体のスペックデータをチェックすれば解ることだろう。その辺りの事は今更だと思うが」
        レオンに続いたジェイクの喚き声の後、言ったのはカイルだった。フェーンは眉をしかめたままで口許に笑みを浮かべ、困り顔で言葉を紡ぐ。
        「エプスタイン整備主任伍長が言った通り、我々の小隊は単なる新型機の部隊ではありません。新設の部隊は大隊長直下の、主に遊撃を担当する部隊になる、予定です」
        「待てよフェーン、じゃ何か?ミッシュマッシュは俺達に「死にに行け」ってか?」
        ジェイクがフェーンに噛み付く勢いで詰め寄る。フェーンは苦笑して、
        「予定はあくまで予定だよ。それに、機体はそれだけの能力を充分に備えている。「死にに行け」って言うのは……」
        「バカなこと言ってんなよ、ヘボ。出撃命令ってのは「死にに行け」ってのと同じだろ?そんなの、何に乗ってたって一緒じゃねーか」
        唐突にマチルダが強い声で言い放つ。ヘボ呼ばわりされたジェイクは振り返ると、憤慨を顕に、今度はマチルダに掴みかかろうとした。
        「お前っ、そういう……」
        「やめなさいジェイク、マチルダの言う通りよ」
        「コニー、そうは言うけど!」
        「任務中の暴力沙汰はご法度だ、それ以上はやめとけ、ジェイク」
        コニーの制止に反論しようとするジェイクに、溜め息混じりに言ったのはレオンだった。ジェイクは二人の言葉に小さく唸ると、眉をしかめ、無言でマチルダを睨む。マチルダはそっぽを向いて、やはり何も言わない。カリナはそれを見て苦笑し、
        「こういうのは貴方達の上司の仕事だと思うんだけど……こんなギリギリまでマトモな説明もしないなんて……アルったら何をやってたのかしら」
        「隊長も、今回のことで色々とお忙しいようでしたから、仕方ないと言えばそうですが……」
        「そうかしら。職務怠慢だと思うわよ?」
        フェーンのフォローも一蹴される。カリナは何度目かの溜め息をつくと、少し困ったように笑って言った。
        「これから、機体の組み上げにかかるの。構造のチェックもかねて、少尉達にも手伝って欲しいんだけど、いいかしら?」
        「今から組み上げですか?」
        驚きの声を上げたのはエドだった。カリナは肩をすくめて、
        「ええ、大人の事情でこちらの作業も大幅に遅れて。稼動テスト機以外ほぼ手付かずなの」
        「それは構いませんが……何だか目茶苦茶ですね」
        苦笑しながらフェーンが率直な意見を述べる。カリナは変わらない困り顔で、
        「ええ、本当に。とは言ってもこの機関自体、尋常な組織じゃないんでしょうけど」
        そんな風に言葉を返した。
         
        南国境地帯総合基地はその名の通り、ラステルにおける南方面の最重要拠点である。その施設内に治療機関やマシンの開発機関がおかれているため時に「病院」とも呼ばれるが、主な機能は「国境警備」である。同時にドゥーローは機密を多く抱えているため、そのための防御も強く固められている。機密保持の為に警備任務以外の基地逗留者は、その目的機関以外の出入りは原則として禁止され、施設内の間を行き来するにも許可証の類が必要とされる。尤も、他の基地から訪れる機関構成員の殆どは疾病や負傷の治療のための逗留が多く、機密を持ち歩いている人間も少ない。厳重なのはマシン工廠についてであって、他の施設ではそれも大して重要視されていないと言うのが現状であった。とは言え、戦場における戦況も、国家の重要な機密には違いがない。漏らせば情報漏えいの罪に問われないわけでもないのだが。
        「隊長ー、なんかぁ、お客様ですよぉー!!」
        ドゥーロー駐留マシンメイス師団、そのマシンのハンガー内で若い女性の声は響く。周囲は整備中のマシンで埋め尽くされ、その為にうごめく人間も数多くいる。騒音めいた機械の駆動音の中に響いた声に、呼ばれた人間は顔を上げる。赤みの強い琥珀の髪を肩ほどで揃えた、同じ琥珀の瞳の女性は、もぐりこんでいたマシンの機関部から顔を覗かせる。目に付いたのは駆けて来る、油塗れのつなぎ姿の、少女とも大人ともつかない女性の姿だった。くるくるの金髪を高い位置でくくった、エメラルドグリーンの目の彼女の姿に、琥珀の彼女は眉を寄せる。
        「客?誰だ」
        「知りませーん……て言うか、シル・ソレアから来た人みたーい」
        幼くは見えるが何処となく危険なものを含んだ、そんな瞳をひらめかせ、金髪女性が答える。琥珀の彼女は眉を寄せ、その奥から歩いてくる大柄の男を見つけ、無言で、もぐりこんでいた機関部から這い出した。
        「お知り合いの方ですかぁ?って言うか……」
        「襟章の色が違うだろう。簡単に通すな」
        「えーっ、でもぉー……ここまで入ってきちゃってますよーぉ?」
        隊長、と自らが呼んだ女性に叱られるように言われ、金髪は眉をしかめる。歩いて来た男はにやりと笑うと、軽く手を上げて言った。
        「よ、久し振りだな、メイネア」
        「ちょっと、うちの隊長は大尉なんですからね!そんなに気安く声かけないで!」
        男の暢気な声に反応したのは金髪の彼女だった。幼く見えるその顔に睨まれ、男は肩をすくめる。琥珀の女性は気にしていない様子で、手にはめていた整備用のグローブを外しながら、溜め息と共に言った。
        「シル・ソレアにいるはずの貴様が、何故ここにいる?ガベル中尉」
        問われた男、ガベルは苦笑する。メイネア・フォールト。ドゥーローで一、二を争う戦績を持つ「スーパーエース」の一人だ。機関内には彼女を「メイネア・フォルテシモ」「南の要」という仇名で呼ぶ人間も少なくない。メイネアは笑うガベルを見て何も言わない。ガベルは辺りを見回し、
        「悪い……忙しかったか?」
        「いや、今は待機中だ、こちらは構わないが」
        メイネアの眉が僅かにしかめられている。ガベルはそれにまた苦笑して、
        「なんでここにいるのか、だったか」
        「『トリオGのアストル・ガベル』は有名だからな。外からの来訪者であっても特別チェックもなく通れる、と言うわけか?」
        口調はとげとげしい、と言うより、厳しい。機嫌が悪いと言うわけではないだろうが「フォルテシモ」は規律に厳格な人間としても有名だった。
        ミッシュマッシュの機関構成員であっても、その配属先が違う場合、階級を示す襟章の色や形が異なる。パイロットの襟章は菱形、整備関係者は逆三角、司令部に所属するスティラ軍出向者については制服も含めて全くのスティラ軍仕様となっている。配属先は大きく三つ、シル・ソレア、ドゥーロー、そして東方国境基地であるミネアで分けられ、シル・ソレアはシルバーグレー、ドゥーローはライトブルー、ミネアがメタルオレンジ、とされている。襟章を見れば配属先と役職が一目で解る仕組みなのだが、ここでは異なった配属先の人間が自由に歩き回る、ということは許されていない。
        「そういう訳じゃねぇさ……まぁちょっと覗いて、知り合いがいたからここまで通れたんだが」
        「知り合い?」
        「俺もこっちには結構世話になってるからな。野暮な事言うなよ」
        しらっとした顔でガベルが答える。メイネアは僅かに沈黙し、それからやっとその表情を緩めた。睨むようだった顔に、柔らかな表情が覗く。
        「相変わらずのようだな、アストル」
        「隊長、この人、誰なんですかぁ?」
        そのガベルを連れて来た金髪女性が、不審そうに彼を睨んでメイネアに尋ねる。見もせず、
        「アストル・ガベルだ、知らないのか?」
        「えー……名前は、聞いたことあるけど……この人がぁ?」
        エメラルドの瞳は未だに不審そうにガベルを睨んでいた。ガベルは肩をすくめ、
        「ま、俺の知名度なんてそんなもんだろ?」
        「スーパーエリートの中でも最も優れた「戦争代行人」だ。今は……まだ中尉か?」
        メイネアの言葉にも金髪の彼女はまだ不信感が拭えないらしいのか、余り好意的ではない顔をガベルに向けている。ガベルは苦笑して、
        「あんたにタメ口利いてるのが気にいらねぇんじゃねぇのか?このおじょうちゃんは」
        「おじょうちゃん、ですって!ちょっとあんた、中尉だか何だか知らないけど、あたしだってれっきとしたスーパーエリートなんですからね!リンダ・ローランって、ここじゃ隊長の片腕として有名なんだから!」
        ガベルの一言で金髪の彼女、リンダが激昂する。ガベルは目を丸くさせ、
        「何だ、じょうちゃんが噂の「リンダ」か……俺はてっきり新人か何かかと……」
        「配属からまだ三年だ、我々からしたらまだまだ若い。それにリンダ、自信を持つのは結構だが、思い上がらない事だな。それが油断につながる」
        驚くガベルの言葉を注他薦させるようにメイネアはいい、リンダを睨みつける。叱られたようになったリンダは小さく唸って、
        「はぁい……気をつけまーす……」
        そう言ってその場で小さくなる。ガベルは驚きを浮かべた顔でなお笑うと、
        「まぁ俺んとこにもお子様がいるからな……見くびっちゃいけねぇが……」
        「リンダを見に来たのか?どういう理由で?」
        笑うガベルにメイネアが尋ねる。ガベルは振り返りもせず、
        「何だそりゃ」
        「リンダの事を誰に聞いた?何を聞いている?」
        「……相変わらずの堅物だな、フォルテシモ」
        その質問にガベルが内心冷汗する。変わらない表情のまま、メイネアは続けた。
        「興味があるようだったから聞いてみただけだ」
        「おいおい、止してくれよ。俺は別に、そんな……」
        「顔を見に来た、というだけなら夜、宿舎にでも来てくれ。一応の知人だ、大した歓待はできないが、それなりのことはする」
        彼女の顔は全く笑っていない。ガベル気は溜め息をつき、
        「それだけだったらこんな時にこんなところにまで出てきやしねーよ、いくら何でも」
        「何の用でドゥーローに?」
        「マシンの引取りさ。それも新型の」
        溜め息混じりにガベルが言う。メイネアと、傍らにいたリンダの表情が僅かに変わった。
        「新型?」
        「ああ……べらべら喋ったら俺だって大目玉だ。だからこの辺で勘弁しといてくれ」
        「隊長、新型って……こっちのマシンの修理も大変なのに、シル・ソレアに新型?冗談でしょ」
        ヒステリックにリンダが叫ぶ。ガベルはその声と表情に目をしばたたかせ、メイネアはその傍で舌打ちした。
        「何だ……修理が大変?」
        「リンダ……少し外す」
        忌々しげなメイネアの声にリンダははっとして、直後、しまった、と言わんばかりの顔になる。ガベルは首をかしげると、
        「そう言えば、何だって実戦専門みたいなあんたが、そんなナリでマシンになんか……」
        「な、何でもないわよ!って言うか、うちの隊長ってば何でも出来ちゃう万能スーパーエリートなんだから!あんたみたいな脳筋馬鹿と違って……」
        「リンダ、黙っていろ」
        何やら慌てふためくリンダに一喝するように言うと、メイネアはガベルに目配せして歩き出す。何だこりゃ、とでも言いたげな顔つきでガベルは首をかしげたまま、そんなメイネアの後に続く。残ったリンダは見送って、その場で大きく胸をなでおろす。
        「隊長、遅くなって……あれ?隊長は?」
        二人が遠のいてから、リンダの元にブルネットの、同じ年頃のツナギ姿の女性が駆けてくる。振り返りもせず、リンダは言った。
        「急なお客様で、ちょっと外す、だって」
        「お客様?ってじゃあ、あたしのマシンは?どうなるのよ?」
        途端に、ブルネットの表情が変わる。リンダは面倒くさそうに、
        「後で見てもらえばぁ?一応今「待機中」だし」
        「って、そんなあ!待機中って言ってもいつD方面から呼び出されるか解んないのに!」
        「ジェシー、あんまり大きな声、出さない方がいいわよ?」
        眉をしかめた隣の同僚にリンダが小さめの声で忠告する。ジェシーと呼ばれたブルネットは眉をひん曲げて振り返り、
        「だって整備の手だって、開発の方から借りてるレベルだよ?なんかあったらどーすんのよ!」
        「その開発の方に、シル・ソレアからお客様なんだって。新型の引き取りに」
        リンダは肩をすくめて言った。ジェシーは眉をひん曲げたまま、
        「え、何?どゆこと?それ」
        そう言って首を傾げた。
         
        「しかし噂のリンダ・ローランがあんな子供とはな……俺はてっきり、あんたの若い頃みたいなのかと思ってたが……」
        別室に連れられたガベルは開口一番そう言った。メイネアはツナギから詰襟の制服に着替え、無表情にしか見えない顔で言葉を返す。
        「まだ二十二だ、戦闘センスはあるが、中身は子供だ」
        機関の女性構成員には、一応、タイトスカートの支給もあるはずなのだが、彼女はそれを滅多に履かない。形式的な式典の時でさえスラックス姿だ。女性と言うのは染色体ばかりで、と陰で噂されていたこともあるような人物だ。その辺の男性パイロットより優秀で、しかも元軍属ときている。市井の女性とかけ離れているのも当然だが、それにしても恐いやつだ。ガベルは彼女にそんな印象を持っていた。口調も、普段から厳しい。
        「二十二……何だ、あれでフェーンと同い年かよ……」
        「年齢だけはな」
        驚くガベルに冷たくメイネアは返す。ガベルはそのまま、
        「こりゃ、俺達も老ける訳だ……あっという間にじい様だな」
        「ダグラム少尉が、どうかしたのか」
        笑うガベルにメイネアが尋ねる。ガベルは問いに目をしばたたかせ、
        「あ?ああ……あいつもこっちに来てるんだ。今度の新設部隊で、俺の女房役にされてな」
        「新型部隊だそうだな」
        メイネアの表情は変わらない。硬いと言うか険しい女だ。思ってガベルは苦笑する。元はスティラの軍属で、今でもその繋がりを絶っていない、将来的にはスティラ軍に復帰するのではないか、ともまことしやかに噂される人物だ。単に堅物だの生真面目だのという言葉で、彼女を形容することは叶わない。笑うガベルをメイネアは、睨むような目で見詰めている。肩をすくめ、ガベルは吐息した。
        「何だ……聞いてたのか?」
        「噂だけは。次世代機が出来た、程度のことなら公然の機密レベルだ。その隊長に君が選出された事も」
        「まあ何だ……そういう厄介な事になっちまったよ」
        淡々と述べられるメイネアの言葉に、ガベルは困ったように返す。そして、
        「そっちの事は追い追い正式発表もあるだろうし……ばれてもあんたじゃなくて、俺の方が叱られる事だ。そう気に……」
        「工廠開発部の情報を漏らす人間と面識があれば、私も色々言われる。尤も、エプスタイン伍長とも付き合いがないわけではないからな。大目には見てもらえるが」
        「エプスタイン整備主任伍長殿、ねぇ……偉くなったもんだな、伍長も」
        出て来たその名前にガベルが笑う。メイネアはそんなガベルに向かって言った。
        「それで、私に何を聞きに来た?」
        「……あんたにそう単刀直入に聞かれると、話しにくいモンがあるな……」
        僅かにガベルは怯む。が、メイネアの態度は変わらない。
        「話せる程度なら構わないが、こちらにも機密がある。いくら同じパイロットとは言え、教えられないこともなくはない」
        「例えば、何がだ?」
        怯んでいたはずの男の態度が変わる。メイネアは気付いて眉をしかめ、しかし口を開こうとはしない。人の悪そうな笑みを浮かべ、ガベルが更に尋ねる。
        「あんたがマシンに触る、なんて……そんなことまでしなきゃならないのか?こっちは」
        「機体の最低限の整備くらいなら出来るし、するのが我々の仕事だ」
        「けどあのじょうちゃんは言ってたぜ?「修理も大変なのに、新型なんて」ってよ?」
        その言葉に、メイネアが黙り込む。ガベルは笑うのをやめた。
        「何かあったのか?こっちで」
        「シル・ソレアの部隊の人間には関わりのないことだ。口出しはするな」
        「フォールト大尉、今度の新型の部隊は、聞いてるかもしれないが、大隊長直下の、言ってみりゃ「遊軍」だ。ヤバいことがありゃどこにでも走らされる。新型も、今までのマシンとはレベルが違う。言ってみりゃ俺達はラステルの「切り札」だ。仲良くしといた方がいいぜ?色んな意味で」
        ガベルとメイネアの視線がぶつかり合う。どちらも笑うことなく、息さえも詰めて、しばしその睨み合いだけがその場を支配した。が、それも数十秒で終る。先に折れたのはガベルだ。困ったように肩をすくめ、溜め息をつく。
        「ま、俺も色んな意味で、あんたと険悪にはなりたくなからな。話せないなら黙っててもいいぜ?」
        「アストル……」
        「あんたを苛めるとフェーンも黙ってないだろう……あの青二才、惚れた相手が「フォルテシモ」たぁ、頭が下がるよ」
        大袈裟な仕種と口ぶりで、やや呆れたようにガベルは言った。メイネアはその様子にかすかな息をつき、ガベルから目をそらした。
        「とんでもない男だな、貴様は……」
        「あんたに言われたかねぇがな、フォルテシモ」
        ガベルの言葉にメイネアは笑みをこぼす。そして彼方を見やったまま、彼女は言葉を紡いだ。
        「ヌゥイ国境方面がざわついている。ここ数日、壊されて戻る機体も多い」
        「クラカラインの本隊か?」
        「まだ解らん……クラカラインの軍が出張れば声明の一つも聞こえてくるはずだ。正式な開戦ではない。何しろヌゥイ、中でもダルトゥーイ辺りは複雑だ。反ラステル派、と一言で言えない連中が五万といる」
        メイネアが溜め息をつく。ガベルは眉をひどくしかめ、
        「何だよ……こっちもダルトゥーイ絡みかよ……」
        「そちらでも、何かあったのか?」
        溜め息混じりのガベルの言葉に、メイネアが振り返る。ガベルは忌々しげな顔になって、
        「まぁな……二ヶ月ちょっと前、マチルダが巻き込まれた「事故」の話は?」
        「ああ……機体が暴走して、死傷者が出た、という話か?」
        メイネアが聞き返す。どうやら機密は保持されているようだ。ガベルは苦笑して、
        「表向きにはな。その「事故」の内情ってのが、説明するとややこしいんだが……「事故」として処理されたはずのデータが、変な風にいじられててな。おかげでこっちは飛んだとばっちりさ。そいつを操作してたのもダルトゥーイ……というよりヌゥイ政府の関係者らしい」
        メイネアの表情が強張る。軽く笑うようにして、ガベルは言葉を続けた。
        「騒ぎは大きくなる前に何とか収まったが、一歩間違えば中央基地が大混乱だ。そんなのに乗じて敵に動かれてみろ、面倒な事この上ないだろう?」
        「……確かに、厄介だな」
        思案顔で、間をおいてメイネアが返す。ガベルは溜め息をつくと、そんなメイネアに向かって言った。
        「ま、そんなわけで俺も苦労してんのさ。しかしこっちもこっちでヌゥイがらみで忙しいとなると……フェーンのやつも不憫だよな」
        「彼は潔白だろう、気にする事はない」
        独り言めいたガベルの言葉に、きつい口調でメイネアが返す。ガベルは苦笑して、
        「やっぱりあんたにゃヘでもねぇか、あの青二才は」
        「どういう意味だ」
        「いや、どーもこーも」
        「今回の件では今のところ「ラウル・ダグラム」の名も、彼の所属するグループの名も挙がっていない。尤も、テロリストも反政府派もクラカラインも、何処でどう繋がっているか解らないから、全く絡んでない保障はないが」
        言ってメイネアは嘆息する。そして不意に、ガベルに尋ねた。
        「……変わりはないのか?」
        「は?もしかして、……フェーン、か?」
        思わずガベルが問い返す。答えず、メイネアは言葉を紡いだ。僅かに、その表情が翳る。
        「気にしていない、と言えば嘘になる。尤も……彼には嫌われているだろうが」
        その様子にガベルは驚き、しばしその場で沈黙する。メイネアはその沈黙に顔を上げ、
        「……アストル?」
        「意外、っつーか……あんたでもそんなツラ、するんだな……」
        彼女の異変に、正直にガベルは思ったままを述べる。メイネアはその言葉に苦笑し、
        「私も人間だ、感傷的にならないわけじゃない。彼には随分迷惑もかけたし……私は私で、色々と言われる立場だ。そういう余裕は余りないが」
        「って……じゃ、余裕が出来たら考えられるのか?」
        恐る恐る、ガベルが尋ねる。軽くメイネアは苦笑を漏らし、
        「多少は。とは言え、彼にはもっと器の大きな男になってもらいたい。痴情のもつれで躓くこともないだろう」
        そのまま、しかし痛くも痒くもない様子で彼女は言った。ガベルはそれにも驚いた様子で、
        「自分で言うかね、それを……」
        言葉に、メイネアは軽く笑って、
        「彼は「トリオG」の後継者だろう?君がしっかり見てやれ。こんな年増の性悪に捕まっていては、先が思いやられる」
        「あんたが性悪とは思えないから、そいつはやめとくよ」
        笑うメイネアにガベルは返した。そして、重ねて尋ねる。
        「もしあいつが会いに来たら、話くらい、してやってくれるか?メイネア」
        「私は構わない。そういうのは彼に任せる」
        「そいつは……寛大だな」
        「言っただろう?性悪の年増だよ、私は。年下の青年に好意を持たれて、嫌な気はしない。彼は特に、出来る人間だからな」
        メイネアの顔に笑みが昇る。その壮絶さに、ガベルは思わず言った。
        「本当に……怖い女だよ、あんたは」
         
        「あら、遅かったわね、アル」
        「……おい、整備主任伍長。何やってんだ?」
        「何って、見て解らない?組み上げよ」
        ガベルが駐留部隊のハンガーから、本来の目的地である工廠に辿り着いて、開発機関の担当者に連れられてやってきたその場所で、最初に彼を迎えたのは開発担当者でもある、カリナ・エプスタインだった。巨大な伽藍堂のドーム内では、クレーンやリフトと共に、ばらばらに分割されたマシンメイスのボディが上へ下へと移動の真っ最中だった。
        「組み上げって……おいカリナ、俺達はマシンの引き取りに来たんだぞ?そういうのはこっちで全部済ませるんじゃ……」
        「そうね、私としても、それが当たり前の事だと思うんだけど、色々とこっちにも事情があって」
        笑いも怒りもしない顔で、油まみれのツナギ姿のカリナがさらりと答える。ガベルは眉をしかめて、
        「は、何だ?「色々と事情」だ?」
        「ごめんなさいね中尉、こちらにはこちらで軍事機密、って言うものがあるのよ。詳しく説明している暇もないし。それよりこっちも、色々と聞きたいことがあるんだけど」
        カリナはガベルの顔も見ずに言う。ガベルは不機嫌そうに唇を尖らせて、
        「色々と?何だよ?」
        目の前では整備担当者達と、それに混じって彼の部下であるところのパイロット達、主に男性が、そのマシンの組み上げを行なっている。女性陣はと言うと、マデリンは興味深そう、というよりははしゃいだ様子であちらこちらを駆け回り、コニーはそのブレーキにでもなるように後について走り回っている。マチルダは自分が乗ることになるであろう機体の組み上げを手伝いながら、整備士達に細かに質問しているようだった。ナナニエルは、そんなマチルダの様子を、離れすぎない距離から伺っている。それを見遣っているガベルに、カリナが言った。
        「ここに来るまでにみんなにロクに機体の話もしてないって、一体どういうことなのかしら?」
        語尾がかすかに揺れていた。ガベルがちらりとカリナを見遣る。笑っているようで、その顔には楽しげな感情はかけらも見当たらなかった。怒っているようだ。が、ガベルはその怒りを和らげるとか、矛先を向けようとか、全く思いもせず、不機嫌なままで言った。
        「ああ……忘れてた」
        「忘れてた、じゃないわよ。貴方、一個小隊の隊長でしょ?しかも今度の部隊は……」
        「俺だって色々あって暇じゃなかったんだよ。それに、あんまりべらべら喋る事でもないだろうが。大隊長直下の遊撃部隊だ、なんてよ。それより俺はこっちの進行状況の方がよっぽど気にいらねぇんだが?」
        憤るカリナの言葉も痛くもかゆくもないらしい。ガベルはカリナを睨むように見る。カリナもカリナで、そんなものはへでもないようだ。ふん、と小さく言い放つと、
        「こっちだって色々あって暇じゃなかったの!貴方にそういう風に言われたくないわ」
        「何だよ、暇じゃねぇんならいちいちソレアに戻って来るなよ。納期通りに組み上げもできねえなんて、職務怠慢じゃねぇのか?」
        「何よ、その言い方。折角時間が取れたからわざわざアルに会いに帰ったのに、そういう風に言うわけ?」
        その一言でカリナの顔つきがあからさまに変わる。ガベルは無視して、
        「おい、俺の機体はどれだ?さっさと組み上げて適当に稼動実験して、五日後にゃソレアに戻んなきゃならねぇんだ。お前と下らないネタで怒鳴りあってる暇なんて……」
        「何が適当に稼動実験して、よ!こっちだって国境近くで色々あって大変なんですからね!」
        たまりかねたカリナが叫ぶように言う。言葉に、傍にいたガベル以外の視線までもがカリナに向かった。自分の失言にカリナが気付いたのは直後だった。はっとして、慌てて口を手でふさぐ。が、
        「整備主任伍長、それは「機密」だから黙ってろって、ケルヴィナー少佐に言われたでしょう!」
        「そうですよ、なんで叫ぶんですかそんなこと!」
        血相変えて、それまでマシンに取り付いていた整備士の数人がカリナの元にかけてくる。カリナは蒼白になって、
        「ご、ごめんなさい、だってアルが……」
        「ほー「機密」ねぇ……こりゃ、訓告は決定だな」
        傍ら、ガベルがしらっとした顔で言ってのける。カリナはその言葉に泣きそうな顔になるが、言葉はない。
        「隊長、今の何なんですか!こっちの国境近くって……」
        騒ぎは、小規模ではあるが大きくなっていく。話題に噛み付いたのはジェイクだった。動かしていたクレーンから飛び降りてまでガベルに駆け寄る。他のパイロット達は、と言うと、
        「こっちの国境って言や、クラカライン側か……」
        「道理で組み上げが進まない訳だ」
        「整備の手がそっちにかかりっきり、ってか?解りやすいな」
        そんな風に言葉を交わしているのはレオンとカイルだ。フェーンは作業の手を止め、無言ではあるが驚きを隠せずにいる。エドも、マシンの傍で黙ったままだが、驚きの表情で騒ぐジェイク達を眺めていた。マシンの間を駆け回っていたマデリンはにわかの騒ぎの正体が解らず、足を止めてきょとんとしている。コニーは動揺しつつ、騒ぐジェイクに駆け寄る。
        「こっちのヤツらにしてみりゃ、新型作るより、壊された機体の修理の方が先決って言や、そうだよな」
        淡々と言ったのはマチルダだった。僅かだが離れていたナナニエルの耳にその声が届く。マチルダは苦笑し、どこか呆れた口調で言った。
        「ややこしい時に来ちまったみたいだな」
        視線の先ではジェイクが、先ほどフェーンに聞かされた「遊撃部隊」の事にまで言及して騒ぎ立てている。ガベルは困った様子で、やかましい、静かにしろと怒声を放つが、ジェイクには全く効いていないようで、更に喚かれている。
        「やたらにテストがいる最新型の引取りと国境のドンパチがバッティング、なんて、マンガかゲームの話みてぇだよな」
        「マチルダ……不謹慎よ」
        鼻先で笑うマチルダに、ナナニエルが叱責するように言う。マチルダはそのまま笑って、
        「だって本当のことだろ?ゲームと違って、俺らの場合は負けたら人生全部終わりだけどよ」
        言葉を返されて、ナナニエルはぐっと息を詰める。その様子を見てマチルダは笑うのをやめ、ふん、と鼻を鳴らすと作業に戻る。怒りと困惑とが入り混じった目でナナニエルはそんなマチルダを見送り、すぐまた騒ぐジェイクと、そのジェイクに噛み付かれたガベルへと目を向けた。
        「どういうこと何スか、隊長。ちゃんと説明してくださいよ、ええ?」
        「ジェイクやめなさい、落ち着いて」
        「これが落ち着いていられるかよ!引き取りだっつって来てみりゃまだマシンは出来てなくて、その上出来上がってないマシンの前で「大隊長直下の遊撃部隊だ」とか聞かされて、オマケにこっちの前線でドンパチ?もし俺達がここでこんなことしてる間に、向こうがここまで攻め込んできたらどうすんだよ!俺ら丸裸だぞ!あっさり殺されちまうんだぞ!」
        傍で喚かれて、ガベルはうんざりしているらしい。返す言葉もなく、そっぽを向いて髪をかきむしる。
        「何とか言ったらどうなんスか、隊長!」
        「喚くな、耳が痛い」
        「耳が痛い?ふざけてんじゃねーぞこの人食いクマ野郎!!」
        うんざりのガベルから出た言葉にジェイクが更に激昂して掴みかかろうとする。コニーがそれを制止しはするが、それも弾き飛ばされそうな勢いだ。
        「中尉……今のはちょっと、あんまりなんじゃないかしら」
        おずおずと言ったのはカリナだった。ガベルは未だに不機嫌な顔で、ハ、と短く吐き捨てる。
        「そんなことが良く言えるな、整備主任伍長。余計なことまでこいつらにべらべら喋りやがったくせによ?」
        「そ……それは……」
        言い返されて、さしものカリナも言葉を濁す。つかつかと歩み寄って、割り込んだのはフェーンだった。いささか怒った様子で、言葉を放つ。
        「そういう隊長こそ、今の発言はあんまりでしょう。説明責任なら伍長より貴方にあると思いますが」
        突然現れたフェーンにガベルが僅かに怯む。見逃さず、フェーンは言葉を重ねた。
        「僕達の機体の事も、新設部隊の特性も、隊長の口からきちんと説明してください。それから、今までどちらに行っていたのかも」
        「……面倒くせぇな、いちいち全部話せってか?」
        ガベルが言葉と共に視線をそらす。フェーンは口許に食えない笑みを浮かべ、言葉を重ねた。
        「それも貴方の義務ですよ、隊長。それとも、ここにいる隊員全員に不信感を持たせたまま、出撃させるつもりですか?下手をすれば部下から袋叩きにされますよ?」
        「そうだそうだ!!俺だってマシンに乗れるんだぞ!!俺一人だけでなきゃあんたくらい何とか……」
        「ジェイク、何てことを言うの!」
        コニーに捕まったままのジェイクがフェーンに加勢しようと口を開く。ガベルはそんなジェイクを見、辺りを見回し、参ったと言わんばかりの顔になって溜め息をついた。視線は自分に集まっている。しかもほぼ全員「お前が悪い」と言わんばかりだ。
        「……解ったよ、全部しゃべりゃいいんだろ。全員、作業にキリつけて集まれ」
        うんざり、を隠すことなくガベルが言った。各機体の作業が奇妙にペースを変え、やがて取り付いていたパイロット達がマシンを降りる。マシンについていなかったマデリンとナナニエルも、ガベルの指示の通りにその近くに駆け寄る。
        「なぁに?何のお話?」
        余りにもマシンに夢中すぎて、マデリンには展開が全く解っていないらしい。近くにやって来たカイルとレオンに尋ねるのだが、レオンは苦笑して、カイルはいつも通りに無表情で、問いかけに答えてはくれなかった。隊員に囲まれたガベルは忌々しげに何度目かの嘆息を漏らし、少し離れた場所のカリナを一瞥した。カリナはらしくなく殊勝な様子で、それでもガベルを見ていた。
        「隊長……説明を」
        カイルが、淡々とした口調で言う。ガベルは面倒くさそうに部下達を見回し、苦い笑みを浮かべると、
        「さて……何から話すとするかな」
        「てか本当なのかよ?俺達の新型部隊が、捨て駒かしんがりみたいな役目、ってのは」
        ジェイクが詰め寄るように言う。ガベルは笑うのをやめると、
        「ああ、本当さ。新型、タイプb……配備後の正式名称は「ボガード」、俺達はレイシャ大隊長直下の、特殊工作部隊、つーか主に遊撃やら、他の部隊が逃げる時にその警護に当たる事になる、予定だ」
        言葉の後、周囲が静まり返る。ガベルは苦笑して、更に言葉を続けた。
        「今ジェイクが言ったように、俺達は捨て駒か、全軍のケツで、追っかけてくる敵の相手か、そういう役を負わされることになる。ここに配属になった時点で、機関に「死ね」つって言われてるようなモンだな」
        「説明が遅れたことに理由は?」
        誰もが沈黙する中、カイルが再び質問を投げる。ガベルは肩をすくめて、
        「そいつは俺の単なるミスさ。あんまりにも隊の編成が早かったのと、ここんとこ隊員のオイタが続いたのとで、尻拭いに忙しかったしな。その辺は大目に見てくれ」
        「特に考えはなかった、と?」
        重ねて、カイルが尋ねる。ガベルは鼻先で笑うと、
        「説明なんて早かろうが遅かろうが同じことさ。どの道俺達に拒否権はない。死んで来いって言われりゃ、そうするしかねぇんだぜ?俺達は」
        「それは……そうですが」
        その軽い口調にカイルも思わず言葉を詰まらせる。再び周囲が沈黙すると、その中から不意にマデリンが言った。
        「ちょ、ちょっと待ってよ。死んで来い、って、そんなの命令じゃないじゃない。そんな目茶苦茶な事、誰が……」
        「マデリン、そんな目茶苦茶がここじゃまかり通るんだ。訓練校でも家でも、その辺の事はみっちり聞かされただろう?」
        明らかに動揺しているマデリンの言葉に、疲れたようにガベルが言った。マデリンは困惑と怒りの混じった様子で、
        「だ……だって……でも!いくら戦争してるからって……」
        「戦争してるから、そういう扱いなんだよ。もっとも……その戦争が終わったら、俺達なんてお役御免だ。どうなるのか、解ったもんじゃねぇがな」
        普段より強めの口調でガベルが言う。マデリンは絶句して、僅かにそこから後ずさった。その様子を見てガベルは苦笑する。そして、
        「まあ、そういうことだ。不服申し立てはいつものようになしだからな。それ以外で、何かまだ聞きたいことがあるヤツは?」
        「こっちの戦線がどーとか言うのは、どうなんだよ?」
        隊員に問い返すと、ジェイクが怯む様子もなく声を投げた。ガベルは目を丸くさせ、
        「そいつは……俺が言ったんじゃねぇぞ」
        「でも、その話も聞いていない訳じゃないんでしょう?隊長」
        とぼけた顔のガベルにフェーンが尋ねる。とぼけ顔のまま、
        「さっき聞いただろ、フェーンも。そいつはこっちの「機密」だ。知っててもおいそれと……」
        「では勝手に判断します。マシンの組み上げが滞っているのは、対クラカライン前線で小規模ではない衝突が発生して、マシンが多少なりとも破損して戻っている、そのために開発機関の整備担当者までもが借り出されている、と言うことですね?」
        フェーンの言葉にガベルは視線を泳がせる。それはカリナの視線と絡み合い、その途端、カリナは苦笑を漏らした。
        「フェーン君に下手に隠し事なんて出来ないわね、アル」
        「馬鹿言え、元はと言えばお前が口滑らしたんだろうが」
        「ところで隊長、今までどちらに行っていたんです?」
        カリナの言葉にガベルが返すと、すかさずフェーンが問いかけた。ガベルは、ああ、と漏らしてから、
        「ちょっとな、野暮用で。こっちの知り合いに会って来た」
        「工廠に来た他の基地の人間がこちらの駐留部隊の隊員と安易に接触する事は、原則として許可されていません。開発機関にも駐留部隊にも機密の絶対守秘義務があります。新型の引き取り、程度の話なら多少は目を瞑ってもらえますが……」
        「何が言いたいんだ、お前は」
        フェーンは笑っている。ガベルはいやそうな顔で、僅かに後ずさりする。
        「今回の件について、整備主任伍長にだけ非があるようなことを言える立場ではないでしょう。弁えて下さい」
        その一言でカリナの表情が、ほんの僅かだが明るくなる。ガベルは舌打ちして、
        「ったく……本当に質の悪い男だよ、お前は」
        「隊長ほどではありませんよ」
        にこにことフェーンが笑っている。カリナは、渋い顔できびすを返したガベルに駆け寄って、
        「一本とられたわね、アル」
        「うるせぇ。元はと言えばお前が……まあいい」
        そのまま、二人は揃って歩き出す。ガベルは背中で手を振って、
        「話は以上だ。全員、作業に戻れ」
        見送りながらフェーンはかすかに笑う。そのフェーンに歩み寄り、背中からレオンが声をかけた。
        「何つーか……副長、凄いな」
        「何がです?」
        「あの隊長にあれだけの事が言える人間は、そうもいないだろう」
        声にフェーンが振り返ると、レオンと共にやって来たかいるが言葉を紡ぐ。フェーンは首をかしげると、
        「そうですか?別に大したことを言ったつもりもありませんが……」
        「副長君は若いけど、副長になるだけあるよ、本当に」
        そこにエドも加わって、感心している様子で頷きながら言葉を紡ぐ。
        「僕もやられっぱなしだからねぇ。色々と気をつけないと」
        「やられっぱなはし?何かやらかしたのか?グリュー少尉」
        「そこのところは黙秘するけど……さすがに「トリオG」の後継者だけはあるよ、副長君は」
        レオンが何気に尋ねると、答えをはぐらかしながらエドは一人、自分の言葉に頷いている。レオンはエドの言った言葉に少々意地の悪い顔になると、
        「へーえ、「トリオG」の後継者か……なるほどねぇ……」
        「グリュー少尉……何です?それ」
        ニヤニヤとレオンが笑い始める。フェーンは身構えるようにして、自分の周りを取り囲む年上の男達を見回す。カイルは軽く笑って、
        「それは確かに油断は出来ないな。僕達も気を付けないと」
        「オブライエン少尉まで……だから、何なんです?それ」
        困惑のフェーンの肩に、レオンが勝手に腕をかける。そして笑いながら、
        「何だ副長、嬉しくないのか?あの「トリオG」の後継者、だぞ?」
        「その様子じゃ、嬉しくないみたいだねぇ、副長」
        そこにエドが更に絡む。と言うか心底いやなんですけど、と、顔でフェーンは主張している。奇妙な緊張がほぐれたのか、わいわいと、そこで男達が騒ぎ始める。その傍ら、マデリンはずっと黙り込んで硬直しているようだった。見つけて、マチルダが声を投げつける。
        「おい、マデリン」
        呼ばれたことに気が付いていないのか、反応がない。マチルダは歩み寄り、その肩を掴んで強く揺さぶった。
        「おい、聞いてんのか、ガキ!」
        耳の傍で怒声が響く。驚いたマデリンの肩が大きく跳ねた。その声の大きさに、まだその近くにたまっていた隊員の注目が集まる。
        「ま……マチルダ……」
        「何ぼーっとつっ立ってんだよ。こっち来い」
        驚くマデリンの手を掴んでマチルダは歩き出す。引っ張られてよろめきながら、マデリンもそこから歩き出す。
        「いたっ……ちょっとマチルダ……」
        「人のマシン他所から見てないで、てめぇも自分の乗る機体ちゃんと見やがれ。これから命預けるんだぞ?解ってんのか?」
        ぐいぐいマデリンを引っ張ってマチルダは歩き続ける。マデリンは半ばパニックになりながら、
        「で、ででも!!組み上げなんて、あたし……」
        「いじりたいんなら自分の機体、本気で触れっつってんだよ!!周りできゃーきゃー言われてても邪魔なだけだ。それとも、今期成績トップってアレ、デマかよ?整備もSAだったんだろ?」
        「そ、それはそうだけど……」
        マデリンが何故硬直して、黙り込んでいたのか、大体の予想は出来る。ここへ来る前にも、来てからも、何度も繰り返し言われた事が、まだ飲み込めていないのだ。思うとマチルダは舌打ちした。くどいくらいに言われても、確かにそれを飲み込むことは簡単なことではない。大人でさえそうなのだ、子供である彼女がそうだとしても、何ら不思議はない。しかし。
        「あんなこと言われたくらいでびびってんじゃねーよ、ガキ」
        「なっ……」
        歩くのをやめて、マチルダが唐突に言った。マデリンは驚き、同時に「ガキ」呼ばわりに激昂する。
        「ちょっとマチルダ、誰がガキ……」
        「ガキをガキっつって何が悪いんだよ?」
        掴んでいた手を離し、マチルダはマデリンを睨む。マデリンはかっとなって、
        「何よ、マチルダだって子供じゃない!」
        「ガキじゃねぇっつーんなら、マシンの周りできゃーきゃー言ってないで手伝え!この役立たず!」
        「なっ……誰が役立たずよ!!あた、あたしだって組み上げの手伝いくらいできるもん!!マチルダに言われなくたってするもん!!」
        マチルダはマデリンの言葉を聞かずに背を向け、すたすたとその場から歩き去る。僅かに遅れて、マデリンはそれを追いかけ始めた。
        「ちょっとマチルダ、待ちなさいよ!!マチルダだって子供でしょ!!すぐ怒るし、朝ご飯食べないし、好き嫌いだらけだし、ちゃんとあいさつも出来ないくせに!!」
        ぎゃーぎゃー騒ぎながら、二人は自分達のマシンに向かって歩いていく。その場で何気にそれを見ていた他の隊員達は驚いた様子で二人を見送っていた。が、
        「元気だなぁ、あの二人は」
        「隊長にあんなこと言われた直後だってのにな」
        エドが最初に口を開き、継いでレオンが言葉を紡ぐ。
        「確かに聞いて気分のいい話ではないが、弁えていないと困ることではあるな」
        「飲み込めといわれて、簡単に飲み込めもしませんが」
        カイルが苦笑と共に言うと、フェーンも同じく苦い笑みを浮かべる。
        「じゃ、その辺のことをきっちり弁えて、俺達も作業に戻るか」
        「そうだな、命を預ける機体だ。手抜きは出来ないしな」
        口々に言いながら、その場で絡まっていた四人が別れていく。話の最初から最後までコニーに捕まっていたジェイクも、その戒めを解かれ、
        「私達も行きましょう、ジェイク。自分の機体だもの、自分できちんと見なくちゃね」
        「俺はちゃんと見てたぜ、さっきから。てかコニーもコニーだよな、俺のことなんてほったらかしでよ?」
        「あら、貴方はもう立派に大人だもの。一人でも平気でしょ?もっとも、私達の「ボガード」は二人乗りだから、これからはもっとちゃんと見なくちゃいけないけど、貴方も含めて」
        「何だよ、俺はオマケか?」
        苦笑混じりに言いながら、ジェイクとコニーも機体に向かって歩き出す。収まった、そして落ち着いた場を見回し、ナナニエルは一人、息をつく。
        マチルダの先ほどの行動はマデリンの緊張と恐怖を解くためのものだった。短気で短絡的で、尚且つ何もかもを見限ったような物言いの子供は、その実それだけではないらしい。その言動で、他の隊員達の緊張もほぐしてしまった。単にそれは結果なのかも知れないが、自分のことだけを考えている子供に出来る事ではない。パイロットとしては末恐ろしい。あの「覚悟」も、誰でも出来るものでもない。同時に、そんな状況下で、誰かの強張った心をほぐす事など、簡単に出来る事でもないのに。
        「ナナ、君も機体を見て……ナナ?」
        声がかけられて、ナナニエルは我に返った。少し離れた場所からエドが呼んでいる。ナナニエルは慌てて、
        「すみません、少尉。今行きます」
        「いや……慌てなくていいよ。何か、考え事?」
        駆け出そうとしたナナニエルを制してエドが彼女に歩み寄る。ナナニエルは軽く頭を振って、
        「いいえ……何でもありません」
        「そう?でも、感心するよ、僕は」
        やって来たエドが微笑で言葉を返す。ナナニエルが何かと首をかしげると、エドは笑ったまま、
        「マチルダだよ。一瞬でマデリンの緊張をほぐしてしまったね」
        「……ええ、そうですね」
        「優しい、いい子だよね。僕はどうしてか、嫌われてるようだけど」
        言いながらエドは苦笑を漏らす。ナナニエルにはその言葉が意外だったらしい。無言で驚いていると、エドは苦笑のままで言った。
        「あれ……何か変なこと言ったかな、僕」
        「いいえ……特には」
        何かしら、この人。ちょっと、らしくないのかも。ナナニエルは思いながらその場から歩き出す。エドもそれに続いて、奇妙な微笑を浮かべながら歩き出した。