LACETELLE0062
-the CREATURES-

Act 10

騒ぎから数時間後、ドーム内には五機の巨大人型兵器が並んでいた。油で汚れたツナギ姿の数名と、詰襟の袖をたくし上げた数人、そしてその上着を脱いでしまった数人が、居並ぶその兵器を見上げている。

「うっわぁ……出来たぁ……すっごーい……」

頬まで油で汚すことになったマデリンも、騒いだのはそれが付いた最初だけだった。一次装甲は青みをほんの僅かに含んだ、殆ど白に近いグレイ、メインカメラが収められた顔面部分を覆うフェイスガードは、ボディの色を正反対にしたような、黒に近い群青だ。全高十七メートル、標準重量約十七トン、作り出した人間よりはるかに巨大なその兵器を見上げて、マデリンは感嘆の息を漏らす。

「なんか……綺麗……」

思わずその口からそんな言葉が洩れる。さほど離れていない距離にいたマチルダは、無言でその眉をしかめた。

「こうやって足元から見ると、流石にでけぇな」

そのマシンの足元、ジェイクがそんな風に声を漏らす。その言葉に答えるように、カリナが口を開いた。

「そうね、従来の機体より少しだけ背が高いし。重量もエンジンが増えた分、重くなってるわね」

「そんな重たいモンがまともに稼動すんのかよ?」

そのカリナの言葉を茶化すようにガベルが言う。カリナは笑いながら、

「あら、新設の部隊はその重たいものを動かせる人間で編成されてるんでしょ?そういう心配はないんじゃないかしら」

「そこにいるそのジェイクってのは、ミネアに当番で出てって三べんもネイヴ転ばしてるヤツだぞ?」

笑いもせずにガベルはそんなカリナに返した。途端にカリナの表情が険しくなる。

「なんですって?そんな人がここにいるの?」

マシンの重量は、軽量型と呼ばれる機体でも十数トンを下らない、巨大なものである。転倒によって大破することも少なくない、というより、転べばほぼ稼動不能の代物だ。巨大人型兵器の最大の弱点はその自重だった。誕生から二十年以上が経過し、衝撃に対する耐性も随分強化されはしたものの、その欠点は解消されないどころか、重量化が進んだ分だけ悪化し続けている。

「ちょっと、ボガードは最新式なのよ?しかも試験的に今まで以上のコストもかかってるんだから、気軽に転んだりしないようにちゃんとしつけなさいよ?アル」

カリナがガベルを睨むように見る。ガベルは苦笑しながらわざとらしく肩をすくめ、

「だとよ、ジェイク。そいつでこけてみろ、通常の処分だけじゃすまねぇぞ」

「は、何スか?それ」

当のジェイクはマシンに夢中らしい。変わりにその傍らのコニーが手で額を押さえながら低く言った。

「解りました、気をつけます、隊長、主任」

「こりゃ子守も大変だな、コニー」

深刻そうなコニーを見てレオンが笑う。と、すぐ横にいたカイルが、

「子供の面倒は見るのも当然だが、いい年をした大人の守り役というのも気が滅入る」

「オイカイル、そりゃどういう意味だ?」

カイルの一言でレオンの笑みが消える。普段と変わらない淡々とした声と表情で、カイルはそんなレオンに返した。

「言葉の通りだ。しかも僕のフォワードは「ミネアの闘犬」だ。最悪自損はないだろうが、余計な破損は起こしかねない」

「そりゃしょーがねーだろうが!てか何だお前、この期に及んでまだ俺のサポートがそんなに嫌か、ええ?」

レオンがそのままカイルに掴みかかる。そのやり取りを見て、にこやかな顔で言ったのはエドだった。

「いやぁ、仲がいいですね、二人とも。これなら二人乗りでの戦闘にも、何の心配もいりませんねぇ」

「そ……そうでしょうか……」

フェーンは冷や汗して思わずそんな風に言葉を漏らす。その様子を見て笑ったのはガベルだった。笑いながら、

「ま、そいつらなら心配いらんだろうさ。俺もみっちりしごいてやったし。今ここでそいつを一番使えるのはあの二人じゃないのか?」

「へぇ、そうなんですか……じゃあ僕らも負けてられないなぁ……」

言いながらエドは目を丸くさせ、その視線をめぐらせる。

「僕らはこの中では一番、会ってからの日が浅いですからねぇ。元からの知り合いでもないし。ぼんやりしてると置いていかれそうだなぁ」

エドの目がナナニエルを見付ける。ナナニエルは自分達の機体の前に立ち、やはり驚いたような顔でマシンを見上げていた。ナナを見付けたエドを見ながら、ガベルは苦笑すると、

「ナナは負けず嫌いな上に勤勉だ、そんな間抜けな事にゃならんだろう。あんまり無理しないように、逆に気を付けてやれ。ついでに」

「勿論、焚きつけたり煽ったりはしませんよ。オイタの後にはお仕置きが待ってますからね」

ガベルの言葉を先んじるように言ってエドが笑う。振り向いたエドのその顔を見、ガベルは無言で肩をすくめる。

 

「ボガード、かぁ……何かかわいくない名前……」

マデリンは、外野の事など全く感じていないようだった。組み上げられた、自分達の機体を、時々その立ち居地を変えながら、相変わらず見上げている。

「……「かわいい」?」

呟きに眉をしかめたのはマチルダだった。そう言えばこいつは、初めてシル・ソレア基地のハンガーに来た時から、マシンに対する意識がちょっと変だった。パイロットになる人間がマシンに無関心、ということはないだろうから、何かしらの感想はあって当たり前なのだが、何と言うか、言い回しが妙なのだ。大きいとか、中には「格好いい」とか言う輩もいるが、何やらそれとも微妙に違う気がする。

「昔パパが乗ってたのって、このコの半分くらいしかなかったのよねぇ……」

「「このコ」?」

何やらまた怪しい単語が聞こえる。マチルダは首をかしげ、その言葉を繰り返すように口にしてみた。このコって何だ、このコって。まるで犬か猫みたいに。思っていると、マデリンは笑って言った。

「これからマチルダと二人でこのコに乗るんだよねー、よろしくねー」

「お前……誰に言ってんだ?」

視線は上に、というよりマシンに釘付けだった。にこにこ笑って手まで振るマデリンに、たまりかねてマチルダは尋ねる。マデリンは振り返り、満面の笑みで答えた。

「ボガちゃん♡」

「「ボガちゃん」?」

その言葉でマチルダは確信した。こいつ変だ、絶対に変だ。思うマチルダの表情がひどく歪む。マデリンはそれに気付き、

「何、どうかした?マチルダ」

マチルダは答えない。何か変だ、おかしいと思っていたら、そういうことか。考えてみれば先ほどの硬直の後だと言うのに、マデリンは、マシンに触らせた途端に元通りに戻っていた。組み上げの最中、手が汚れる服が汚れる、ツナギがほしい、動きにくいと文句もたれていたのだが、最終的にその文句は全く消えていた。何についての文句なのか、最初は解りかねたが、それは全て彼女自身がより組み上げに専念するための要求だったのだ。最終的に彼女は上着も脱いでしまっていたし、下ろしていた髪も気がつくと結わえていた。しかも、だ。

「マチルダって左利きだから、ペダルもグリップも左の方が減りが速いと思うの。予備に変える時も今のやり方で平気?配線とか。あー、一応図面の写しとか、欲しいな」

とか何とか言って、まるでこの機体の整備をまるっきりやるつもりの発言までしたのだ。これに喜んだのが整備主任伍長である。何が嬉しかったのかその直後から、隊長機を放置して(勿論他の整備士が作業を続行してはいたが)マデリンに付きっきりである。やかましいと言うか、鬱陶しい事この上なかった。

「なぁに?マチルダ。変な顔して」

「……別に」

とは言え、これだけマデリンがマシンに興味を持っている、というよりもご執心なら、自分が手を煩わされることもないだろう。マチルダも一応、パイロットとしての最低限のマシンのケアは出来るし、するつもりでいるのだが、これなら手放しでいたほうがいいくらいだ。そんなことを考えているマチルダを見てマデリンは首をかしげた。が、またすぐにマシンに向き直ると、

「でも本当に……これに乗るのね……なんか……わくわくする」

その両手を高く伸ばし、そう言って小さく笑う。マチルダはその言葉に、先程とは別な意味で眉をしかめた。

「わくわく、って、お前……さっき隊長に言われた事、忘れたのかよ?」

マデリンが腕を下ろす。マチルダは睨む様にマデリンを見詰めていた。マデリンはそんなマチルダに振り返り、また小さく笑うと、

「覚えてるわよ。でも、何だかわくわくする」

「お前っ……」

「あたし、がんばるからね」

マチルダの言葉をさえぎるように、笑顔のまま、マデリンが言った。マチルダは小さく唸って、そのまま言葉を失う。

「マチルダの足引っ張らないように、がんばる。まだまだ全然とろいけど、上手くサポートできるように、一生懸命がんばるから」

「……馬鹿言えよ、お前、こいつで何しに出てくか、解ってんのかよ?」

どうしてか見ていられず、マチルダはマデリンに背を向けた。マデリンはその態度に驚き、そして困った顔になる。

「マチルダ……?」

「俺は……お前と心中する気なんかないからな。死ぬんだったら一人で死ぬ」

言葉の後、マチルダはそこから歩き出す。マデリンは追おうとして、けれどすぐ足を止める。最初に比べて随分打ち解けた、仲良くなれたと思っていたのに、マチルダはマシンの話が出るといつもそうしてマデリンを突き放す。瞳を歪ませて、マデリンはそこで唇を噛んだ。眉間が僅かにきしむ。

マシンと人との間を縫ってマチルダが歩き去る。どこへ行くんだ、とガベルやフェーンの声が飛ぶが、ほぼ無視してマチルダは歩き続けた。ドームを出るつもりらしい。ドーム内の視線が歩き去るマチルダに集中する。

「おい待てマチルダ、まだ解散するなんて言ってないぞ」

「うるせぇ、おっさんだって一人だけ寄り道してんじゃねぇか」

「それはそれ、これはこれ……おいマチルダ、何処へ行く気だ?」

「病院。あん時の奴らがまだ入院してんだろ?」

マチルダははき捨てるように言った。振り返ろうとはしない。ガベルはその言葉に息を飲む。

「病院って……待つんだ、マチルダ。勝手な行動は……」

「いい、行かせてやれ」

マチルダを追おうとしたフェーンをガベルが制する。反射的にフェーンはガベルに向き直り、

「何を言ってるんです、隊長。命令違反は……」

「いいから、行かせろ……単なる見舞いだ」

憤るフェーンに嘆息交じりにガベルが返す。フェーンは小さく、え、と声を漏らし、

「見舞い、ですか……」

「「事故」で怪我したのはあいつだけじゃない。未だにまともに歩けないヤツもいるって話だ」

ガベルの言葉にフェーンが黙り込む。その場の殆どの人間に見送られ、マチルダはドームを出る。「事故」の単語に反応したのはフェーンだけではなかった。離れた場所で、ナナニエルもその顔に困惑の表情を浮かべざるを得ない。

「ナナニエル、どうかしたかい?」

近くにいた、同じくマチルダの様子を伺っていたエドが問いかける。ナナは顔を上げて、

「少尉、マチルダの言った「病院」って……」

「ああ……こちらからだとジープか何かで行かないとつらい距離、かな……例の「事故」で負傷した隊員が……」

「あと、お任せしていいですか?」

エドの言葉もろくに聞かず、ナナニエルは駆け出そうとする。慌ててエドはその手を捕まえ、ナナニエルを引き止めた。

「ナナ、待って!」

手をつかまれ、ナナニエルは驚きと、自身の動きを止められた為の僅かな憤慨を見せる。エドはすぐにもその手を離すが、

「これ、持って行って」

「……何です?これ」

言いながらスラックスのポケットから何かを取り出し、ナナニエルに渡す。手にしてナナニエルは怪訝そうに眉をしかめた。カードキーらしい。問い返したナナニエルにエドが答える。

「僕の部屋のキーだよ。直通コールは……」

「貴方の部屋の?」

エドの言葉にナナニエルはぎょっとする。エドはいたずらっぽく笑うと、

「僕は時々こちらに詰めるからね。工廠の方にも一部屋貰ってるんだ。戻ったら、一度寄ってくれるかな?」

一瞬、周囲が沈黙する。傍目から見るとそれは、いわゆる「誘い文句」そのものだった。ナナニエルは驚いてその場で一瞬固まる、が、

「……考えておきます」

そう返すとすぐにもきびすを返し、マチルダの後を追い始める。エドは笑いながらそれを見送り、その後に周囲の奇妙な沈黙に気付いた。

「あれ……皆さん、どうかしましたか?」

「どうって……グリュー少尉……今のは……?」

凍りついている周囲の誰にともなく尋ねるようにエドが言うと、その凍りついた中の一人であるフェーンがやっとのことで口を開く。エドはああ、と合点したように言うと、

「僕の部屋のカードキーだよ」

「いえ、そうではなくて……」

「少尉、ここは軍隊で俺達はスーパーエリート様だぜ?仕事中堂々とナンパしてくれるなよ」

皮肉めいた台詞はレオンだ。エドはそちらに振り返り、目を丸くさせ、

「ナンパ?何のことかな?」

「何って……今のだよ。てかキーやる相手がナナってのは、どうかと思うぜ?」

首をかしげるエドに、ジェイクがからかうように声を投げる。エドはそちらへも振り返り、

「どうして?僕は単に、彼女ともっとコミュニケーションをとりたいと思って、用が済んだら来てくれる様に、って言っただけだよ?」

「グリュー少尉、気持ちは解りますが……今のは誰もそうは取りませんよ?」

フェーンが冷や汗して忠告めいた言葉をつむぐ。エドはやはり、何がおかしいのだ、とでも言いたげな顔つきで、

「そうかな?でも僕らよりジェイクとコニー・ライド少尉の関係の方が、よっぽどおかしいと思わないかい?」

「待てよエド、俺とコニーの何がおかしいって?」

その一言でジェイクの顔つきが変わる。エドはにこやかに笑うと、

「いや、おかしいと言うか、変じゃないかな?僕が年下趣味、って言われるのより、君のシスコンの方が」

「誰がシスコンだ誰が!!レオンなんか見てみろ、幼女趣味だぞ!!

にこやかなエドの言葉に当然ながらジェイクが激昂し、何故かそこで別の男が引き合いに出される。引き合いに出された男、レオンは慌てて、

「ちょっと待て、誰が幼女趣味だ、誰が」

という具合にそこに参戦する。比較的近くで見ていたフェーンは引き攣った笑みを浮かべてその場で固まり、もう勝手にしてくれ、と内心呟いた。コニーは騒ぐ従兄と同僚を無視して一人自機の調整に取り掛かり、カイルは興味があるともないともつかない顔で騒ぎ傍観していた。

「お前ら、痴話げんかならやること済ませてからにしろ。ただでさえ時間がねぇんだ。解ってんのか?」

やれやれと溜め息をついてガベルが呆れ顔で言う。やかましく口論していた男三人はその言葉で散り散りになるが、歩きながらも変わらずに誰それの趣味が、とやり続けていた。マデリンは、そんな周りの騒ぎになど全く気付いていない様子で、歩き去ったマチルダの背中を見送るように、ただその場所で立ちすくんでいる。

「何よあれ、呆れるわねぇ。って言うか、これが本当にミッシュ・マッシュの精鋭なの?」

聞こえた声にマデリンが振り返る。そんな風に言ったのはカリナだった。気付くと、すぐ近くにその姿があって、思わずマデリンはその名を呼んだ。

「カリナさん……」

「さ、マデリンも、自分のマシンのデータのセットアップ、始めましょ?」

振り返ったマデリンにカリナが笑いかける。マデリンは戸惑うように視線を泳がせ、それから言った。

「マチルダ、やっぱりあたしの事、嫌いなのかな……」

言葉に、カリナは真顔になる。そして困ったように息をつくと、

「あの子は素直じゃないから、聞いてもきっと答えてくれないと思うけど……」

「……あたし、やっぱり役立たずって言うか……マチルダには、お荷物なのかな……」

俯いてマデリンが呟く。カリナは苦笑すると、

「そんなことないわ、あの子だってそんな事、解ってるはずよ。今だって組み上げ、ちゃんと手伝ってくれてたじゃない」

そう言ってマデリンに歩み寄り、その肩をそっと抱き寄せた。

 

「マチルダ、待って、マチルダ!」

組み上げハンガー兼稼動実験場のドームを出る。直後、背後から呼ばれてマチルダは足を止めた。大きなドームの壁面の、あまり大きくない扉からナナニエルが駆けてくるのが見える。マチルダは目をしばたたかせ、

「何だよ、ナナ。何か用か?つーか……」

隊長に呼びに行けとでも言われたか。思ってマチルダは彼女が傍まで来るのを待つ。ナナニエルは軽く息を弾ませながら、マチルダに駆け寄ると言った。

「病院……入院施設に行くの?」

「ああ……ここにいてもうぜぇし、ちょっと覗きに……」

「ついて行ってもいいかしら?」

意外なナナニエルの言葉にマチルダは目を丸くさせる。驚くその顔を見てナナニエルは微笑む。

「車で行かないと辛い距離なんでしょう?どうやって行くつもりだったの?」

「マシンに乗れるんだ、ジープくらい運転できる……」

「いくら基地内でも、ラステルの法に反するわ。処分を受けるわよ?」

ナナニエルの表情に楽しげなものが見える。マチルダは眉をしかめ、

「今更だろ?どの道、クビにされるわけでもねぇし」

「車はどうやって調達するの?貴方の顔じゃ、誰も車両なんて貸してくれないわよ?」

重ねてナナニエルが問い詰めると、マチルダは小さく唸ってそっぽを向いた。その様子にまたナナニエルは笑うと、

「運転してあげるわ。案内してくれる?」

「あんた……自分の機体はいいのかよ?」

否とも追うとも言わず、マチルダが尋ねる。ナナは軽く肩をすくめると、

「グリュー少尉に任せてきたわ。少尉は開発の手伝いに来ていたくらいだから、私の手なんかなくてもきっと大丈夫よ」

「ふーん……」

不承不承なのが丸解りの顔で、しかし拒否する事もなく、マチルダは歩き出した。不機嫌そうなマチルダの様子にナナニエルはまた小さく笑ってその後に続く。

「私はこちらに来たのは初めてだけど……マチルダは、何度も?」

「……工廠は、あんま知らねぇけど、病院だったら半年一回くらい来てるぜ」

歩きながらナナニエルが尋ねる。ぶっきらぼうな口調で、マチルダはそれに答えていた。

「半年に一度?そんなに?」

「左が義手だから、メンテだよ」

「義手?」

あっさりと吐き出されたその単語にナナニエルが驚いて足を止める。マチルダは変わらない、不機嫌そうな顔で振り返り、

「戦闘でコケてぶち切れた。あんま覚えてねぇけど……そんで二ヶ月くらいこっちにいたから」

「覚えて、いない?」

ナナニエルは立ち止ったままだった。マチルダは軽く笑うと、

「良くある話だろ?手や足くらい。スライサーのおっさんだって膝に何か入れてるし」

「それは……そうだけど……」

一体この子はどんな激しい戦闘を乗り切ってきたのだろう。思ってナナニエルは息を飲んだ。マチルダは再び歩き出す。遅れて、立ち止っていたナナニエルも再び歩き出す。

「この間のアレは、大した怪我もしなかったけど無理やりこっちに入れられた。解んなくもないけどな」

歩きながら、マチルダは話し始める。相槌も打たず、問い返しもせず、ナナはその言葉に耳を傾ける。

「そん時にぼこぼこにされた連中がまだこっちに何人かいると思うぜ?っても、俺もあんま詳しく知らねぇけど」

「……知らないって、どうして?」

「教えてくれないんだよ、誰も。あの時何人やられて、何人死んで、とか。事が事だから、なるべく秘密にしてんだろ?」

マチルダはそう言って笑う。ナナニエルはその言葉に、思わず眉を寄せた。あの「事故」は、確かに外に洩れれば厄介な事になるだろう。訓練中の新入隊員の中に敵の工作員が紛れていた、などと知れれば、基地内は下手をすればパニックに陥る。外部に洩れれば大スキャンダルとして取りざたされ、組織の運営どころか存続にまで関わる事態に発展しかねない。とは言え、当事者にすら正確な情報が与えられない、この組織の体質はいかがなものだろうか。思い、ナナニエルは嘆息する。そして思い知らされるのだ。自分達は「軍人」ではない、その扱いはもはや「人」ではない、「兵器」なのだと。

「それでも……お見舞いに行くの?」

歩きながら、ナナが尋ねる。マチルダは振り返らなかった。言葉もない。ああ、この子はやっぱり、あの「事故」の事を気に病んでいて、傷ついていて、考えずにはいられないんだわ。心で呟いて、ナナは言った。

「優しいのね、マチルダは」

「……何だ、それ」

「だって、気にしているんでしょう?負傷した隊員の事を」

マチルダはナナの言葉に眉をしかめる。そしてそっぽを向いたまま、

「……一応、そいつらのお守りで出てるしな。怪我させたりしないように、つって着いてって、それが出来なかったら気分悪いだろ?」

「……そうね」

目の前にいるのは、まだまだ些細な事で傷ついてもおかしくない、子供だ。マチルダの様子を見ながらナナニエルは思った。度し難い戦闘能力を誇る、天才と呼ばれるパイロットでも、その内面までもが度し難いわけではないらしい。

戦争代行人(スーパーエリート)の中でもスーパーエースと呼ばれる人間は、機関内にも数えるほどしかいない。わざとらしくそれを名乗るマチルダが果たしてそのスーパーエースたる人間かどうかは定かではないが、その子供がどんな肩書きを持っていたとしても、度し難いほど聡明だとしても、その感受性はまだ幼く、傷付きやすい。彼女がまともな境遇、例えば地下都市の、ごく普通の家庭に生まれ育っていたなら、きっとこんな風には育っていないだろう。どこにでもいる、優しい素直な女の子だったに違いない。運命とは、皮肉なものだ。思ってナナは苦笑する。マチルダは振り返り、いぶかしげに尋ねた。

「何だよ?」

「いいえ、何も……じゃないわね。貴方がもし普通の子供だったら、って思ったんだけど……普通は無理ね、その顔では」

「は?顔?」

マチルダが首をかしげる。笑いながらナナは言った。

「髪でも伸ばしてにこにこしてたら、同じくらいの年の男の子が、放っておかないわよ?」

「……何だよそれ、うざってぇな」

切りっぱなしでばさばさのオレンジの髪と、エメラルドの瞳の、良く見ると美少女に見えなくもない子供が、その言葉で更に眉をしかめる。ナナニエルはその心底不機嫌そうな顔にまた笑った。そういう顔も可愛らしい、などと言ったら、この子はどんな反応をするだろう。きっとへそを曲げて、二度と口を利いてはくれないだろう。それが余りにも容易く想像できる。マチルダは、ナナニエルの思惑などつゆ知らず、何だこいつ、にやにや笑って、などと胸の中で毒づき、思わず呟いた。

「……変なヤツ」

 

アストル・ガベル率いる新型マシンメイス部隊、恐らく将来的には、通称ボガード隊と呼ばれるであろうその部隊の面々の、今回のドゥーロー滞在の目的は、その搭乗機体である新型マシンメイス、ボガードの最終調整と引き取りである。機体の最終調整、と言っても、ソフト面での調整はほぼ終了しており、訓練機から実機体にそのデータを移し変える、程度の作業が残るのみだ。そのため、

「マチルダ、勝負だ、乗れ!!

「……んだよ、うぜぇな」

「何だと!!うぜぇだ?お前、いくら俺よりランクが上だからってな!」

そのデータを機体に移植した後には、実機体を使用しての模擬稼動訓練、要するにシミュレーションも行なうのが常となっている。

「おーおー、ジェイクのヤツ、張り切ってんなぁ」

「張り切ると言うより、ヤケのようにも見えますが」

「しかしジェイクも、ランクが下だからと言ってマチルダに一勝も出来ないでは困るだろう。機体に乗って出撃になれば、暢気に戦闘訓練もしていられない」

「それは……そうですが……」

翌日。そのデータ移植のおおよその作業が終了した後、ハンガー内ではそんな騒ぎが発生していた。マチルダの機体の前、ジェイクがそのマチルダを追い掛け回すようにして喚いている。機体のサブピットではマデリンが、その扉を上げて、シートから少々心配顔で二人の様子を伺っていた。

「マチルダ、一度だけでもいいわ、お願いできるかしら?」

喚くジェイクをほぼ無視して、マチルダに声をかけたのはコニーだった。その声に顔を上げ、マチルダは小さく舌打ちする。

「どういう結果が出ても知らねぇぞ?てか、こいつが正式配備になったら、シミュレーション結果全部公式で残るんだぜ?いいのかよ?」

「それは当然よ。そのための模擬戦闘だもの」

「てか、あんたの従兄のプライド、ズタズタ……」

「あら、私は構わないわよ?」

笑顔でコニーが言う。マチルダは少々辟易しつつ、まだ喚いているジェイクを見遣る。

「ジェイクにはもっと戦闘経験を積んでもらわなきゃならないし。私も、もっとちゃんと機を扱えるようになりたいもの。お願いできる?」

コニーの言葉が続く。マチルダは困ったように眉をしかめ、

「……マデリン、ジェイクの機と回線つなげ!」

言いながら機体へと振り返る。マシンから顔を出していたマデリンは言葉に目をしばたたかせ、

「マチルダ、シュミレーション、するの?」

「しょーがねーだろ、コニーがしてくれって言うんだ。てかお前も、まだまだ訓練足りてねぇだろ?」

言ってマチルダは自分の機体に乗り込む。傍から見ていた面々はその様子に、またそれぞれに思う所を口にする。

「始まるな」

「その様ですね」

「つーかマチルダのやつも、何だかんだ言って付き合いいいよな?何つーか、優しいっつーか」

レオンの言葉に、傍にいたフェーンが無言で苦笑する。昨日のマチルダの様子ではどうなる事かと危ぶんだが、マデリンとの間にも特にわだかまりや衝突もないようだ。聞いた話では宿舎の二段ベッドの上下を争ったとか、一緒に寝る寝ないでもめた、とか言う話だったが、それは直接こちらには関係ないらしい。とは言え、相変わらずマチルダの態度は良くない、と言うより悪いのだが。

ピー、という電子音がかすかに耳に届く。フェーンはそれに反射的に振り返った。機体の居並ぶ中にある、全ての機体とデータをリンクしている演算機の呼び出し音らしい。振り返るフェーンに気付いて、レオンが尋ねる。

「何だ副長、どうかしたか?」

「いえ……ホストが……」

言葉をさえぎるように、エアー音が辺りに響く。並んでいる五機のマシンのうちの一機のコクピットの扉が音と共に跳ね上がり、中から戦闘服姿のエドが姿を現した。

「ナナ、一旦休憩しよう。データの読み直しもしたいし」

汗だくになり、肩で息をしながらエドがもう一方のコクピットに向かって呼びかける。インカムをつけている、ということは機体内部の通信機器で会話をしているようだが、その眼差しは奇妙に嬉しげにもう一方のコクピットのドアを見上げていた。言葉の後、メインピットのドアもエアー音とともに跳ね上がる。エドと同じく額に汗を浮かべ、肩で息をするナナニエルの姿がその場に顕になった。こちらは、言葉を発する余裕もないらしい。荒い呼吸で、自分のピットを覗くようにしているエドを見下ろす。

「何だ、そっちもやってたのか?シミュレート」

目をしばたたかせながら言ったのはレオンだった。汗を拭いながら、エドは笑顔で、

「対戦ではないけどね。ほら、僕らは色々と遅れているし……ナナ、大丈夫かい?」

「そう言えばグリュー少尉の機は、データ移植は……」

「移植できるほどの稼動データが取れてなくて。今、直に読ませてるんだ」

言いながらエドが機体を降りる。メインピットのナナニエルはシートについたまま、やはり何も言わずにただ呼吸だけしていた。その様子に思わずフェーンが、誰にともなしに尋ねる。

「クーパー少尉は……大丈夫なんですか?」

「大丈夫、って、何がだい?」

「いや……対戦してたわけじゃ、ないんでしょう?なのに、あんなに……」

「ああ、まぁね。多少大変だけど、彼女なら……」

エドはけろっとした顔でフェーンに返す。ふらふらとナナニエルはシートから立ち上がり、機体を降りようとする、が、

「……大丈夫じゃないみたいだね」

よろめくその様子に気付いてエドが駆け寄る。いつも強気な彼女の疲労困憊の様子に、レオンが驚きを隠さず、

「って……あんたら、一体何やってたんだ?」

「何って、だからデータを……」

「普通シミュレートでそこまでやらんだろう?歩いたり走ったりで」

「あれ?ニーソン少尉はしないのかい?戦闘時を想定したホバリングの訓練とか」

ナナに駆け寄って、エドがその肩を支える。しながらの質問にレオンは眉をしかめ、

「そんななぁ戦闘データから詠み込みゃ……」

「だから、それがないんだよ、まだ。ナナ……やっぱり今日は一旦終わりにしよう。ちょっと無理をさせすぎたね」

エドはもうレオンを見ていなかった。そのままナナニエルの肩を担いで歩き出す。レオンはエドの言葉に目を丸くさせ、

「……そういや、なんか色々あって忘れてたが、あの二人顔合わせてから本当に時間経ってなかったんだったな……」

「そうですね。クーパー少尉はともかく、グリュー少尉は隊に合流してから一週間と経っていませんし」

「俺達はついこの間、隊長に絞られた上に、あの後にもしっかり訓練しているから、ここでは楽もできるが……それにしても、やり方が強引だな」

呆然としているレオンにフェーンとカイルとが応える様に言う。レオンは苦笑して、

「何つーか、負けず嫌いっぽいよな、あいつ」

「クーパー少尉ですか?そうですね」

「いや、ナナだけじゃなくて……」

「そうだな。グリュー少尉もそういう気質に見える。追いつかれるのも時間の問題かもしれないな」

その苦笑に呼応するようにフェーンも苦い笑みを漏らす。カイルはほぼ無表情で言うと、

「こちらにいる間に、もう一度隊長機と模擬戦でもしておこうか、レオン」

「……ちょっと待て、カイル。今、何つった?」

「こちらにいる間に、もう一度隊長機と……」

「お前、あの時あれだけしんどかったの忘れたのか?てか相手はトリオGのラスボスだぞ?なんでそんな無茶なマネ……」

「副長も、コンピューター対戦ではない模擬戦闘訓練をしておいたほうがいいだろう?」

レオンがカイルの提案に過剰反応を見せる。フェーンは苦笑して、

「そうですね、お願いしたいところですが……」

「俺はいやだぞ、絶対にいやだ!!なんで訓練で死ぬような目に、わざわざ自分から会いに行かなきゃならんのだ、ああ?」

激昂したレオンが傍でわめく。フェーンは困ったように笑って、

「隊長がいないことには、何とも」

そう言って辺りを見回す。喚いていたレオンと、それを煽っていたカイルはその言葉に揃って目を丸くさせた。

「あれ?そう言えば隊長は?」

「確か、今朝はここにいただろう?」

「ええ……ちょっと、呼ばれていまして」

フェーンが言葉を濁すように言う。何処に、とも誰に、とも言わないその口に、一瞬二人は怪訝そうな顔になるが、

「そうか、いないのか……だったら仕方ないよな」

「そうだな、仕方がない。対戦ソフトでも立ち上げて、戦闘訓練でもしていよう」

レオンはにやりと笑うが、直後のカイルの言葉ですぐにも眉をしかめた。フェーンはその様子を微妙な表情で見ていたが、耳に届いた電子音に再び管制コンピューターへと振り返る。直後、けたたましくも聞こえるエアー音が辺りに響いた。

「ちょっと待てマチルダ、何だ今の!何しやがった!」

「は?あんなの初心者でもやるカウンターだろ?まさかあんなのがストレートに入ると思ってなかったけど……」

二機のマシンのメインコクピットからそれぞれのパイロットが顔を出して、何やら騒いでいる。模擬戦が終わったらしい。早過ぎないか?思いながらフェーンはコンピューターに歩み寄り、その表示を覗き込んだ。一分と時間を要せず、その模擬戦闘は終了していた。マシン稼働率25%で、ジェイク機の負けである。

「もう一回だ!もう一回勝負しろ!てか今のはなしだ、卑怯だぞ!」

「卑怯って、何がだよ……」

敗北したジェイクが、納得いかないらしく喚いている。勝ったはずのマチルダはげんなりした顔でそんなジェイクを見ていた。

「……何やってんだ?あっちは」

「さぁ……」

喚くジェイクの声に少し離れた場所からレオンとフェーンが振り返る。傍らのカイルがその騒ぎとは別の方向に何気に目を向けたのはその時だった。僅かに、ハンガー内がざわつく。

「誰か、来たみたいだな」

「あ?」

カイルの言葉にレオンが、続いてフェーンがそちらへと振り返る。視線の先、マシンの調整その他の為にハンガーに詰めている数人のエンジニアが見えるその向こうから、はしゃいでいるのか、若い女性の声が届く。

「ちょっと、あれ?新型って」

「うっわ、何か大きくない?隊長、隊長!」

「ジェシー、静かに。遊びに来たわけではないんだぞ」

「でも確かに、うちの機体より、ちょっと大きく見えますね」

見慣れない四人の機関構成員、それも全て女性が、彼らの、というよりもマシン目掛けて歩いてくる。その四人を小走りに追いかけながら、エンジニアが一人、何やら意見している。が、四人とも、それをほぼ無視していた。

「ですから、ここは困りますって、フォールト大尉!」

「フォールト大尉?」

聞こえた名前に首をかしげたのはレオンだった。フェーンは同時に僅かに驚きの表情を浮かべ、やや浮き足立った様子でその場を離れる。

「副長?」

そのわずかな異変に気付いて、カイルが声を投げた。然しフェーンの耳には届いていないらしい。小走りに、フェーンは駆け出す。レオンはますますいぶかしげに、

「何だ?副長のヤツ。知り合いか?」

「そのようだな」

機体のすぐ近くでは、ジェイクが未だに何やら喚いていた。マシンから降りたマチルダは呆れているのか、それを無視して歩き出す。

「マチルダ、どこ行くの?」

「腹減ったから何か食ってくる」

「あ、あたしも!ついてっていい?」

「……好きにしろ」

歩きながらマチルダが、自分を追い始めるマデリンに、振り返りもせず言葉を返す。直後、周囲に甲高い声が響いた。

「あーっ!!なんでこんなとこにいるのよ、このチビガキ!」

聞こえた、悪意とも敵意ともつかない感情が丸出しの声に、マチルダは眉をしかめて歩みを止めた。ばたばたと、前方からブルネットの若い女性が駆けて来るのが見える。立ち止ったマチルダに追いついたマデリンは、目をしばたたかせてマチルダに尋ねた。

「何?この人。知ってる人?」

「ってやだ!!子供増えてんじゃない!!隊長、隊長!!

駆けて来たブルネットがマデリンの姿に更に喚く。子供呼ばわりされたマデリンは無言で膨れ、あからさまに不機嫌な顔でブルネットを睨みつけた。

「ジェシー、煩いわよ!って……あら?」

ブルネットに続いてマチルダの前に現れたのは、黒髪を肩ほどでそろえて切った、同じ年頃の、やはり女性だった。やや細身の彼女はやってくると、マデリンをまじまじと見詰め、あらあら、と小さな声で言った。驚いているらしい。そして、

「貴方、ここの誰かのお子さんか何か?社会見学?」

「……特務機関で社会見学なんかやったら、機密だだ洩れになっちまうんじゃねーか?」

その言葉にマチルダガ表情を強張らせる。黒髪で細身の彼女はまた、あらあら、と小さく言うと、

「それはそうね。じゃあ、スティラの、士官候補生さんか何かかしら?」

マチルダは何も返さない。マデリンも、その様子にやや辟易していた。

「ちょっともー、二人とも、いい加減にしなさいよ。子供の一人や二人できゃんきゃん騒いだりして、みっともないったら」

呆れ笑いで、三人目の女性が辿り着く。金髪で小柄な彼女は、女性と言うよりまだ少女のような姿をしていた。くるくるに巻かれたハニーブロンドの髪と大きなエメラルドの瞳。ぱっとみた感じ「お人形さん」という形容が似合いそうなほど、その容姿は幼く、そして可愛らしい。

「自分が一番ガキっぽいのに、良く言うよ」

ぼそりと小さく言ったのはマチルダだった。呆れ笑いで歩いてきた彼女はその一言で表情を一変させ、すぐにもつかつかとマチルダに歩み寄る。

「何ですって、このチビガキ!あんたに言われたかないわよ!」

その腕の射程距離に入った直後、マチルダの頬は彼女の小さく綺麗な手によってつねり上げられていた。唐突な攻撃とそれに伴う痛みに、思わずマチルダが声を上げる。

「いってー!!何しやがる、このロリ年増!」

「誰が年増よ、誰が!あんたなんか礼儀も言葉遣いも知らないタダのガキンチョのくせに!!

「いでいでいでいでいで、このババァ、離せよ!!

目の前で、そのままやたらな大騒ぎが始まった。先ほど喚いていたジェイクの声など及びもつかないその騒動に、傍にいたマデリンは驚き、あっけにとられる。

「やーねぇ、リンダったら。そうやってすぐ子供相手に本気になっちゃって」

「て言うか、リンダはリンダで子供なんだよねー」

「あら、ジェシーは?混ざらないの?」

「混ざんないわよ、あんなの。巻き添えになって顔でも引っ掻かれたら困るもん」

ブルネットはそう言って笑う。それから、改めてマデリンに向き直り、真正面でこう言った。

「でも、本当に子供だね。貴方、今何歳?」

突然の、しかも余りに失敬な言葉にマデリンはむっとする。ブルネット、ジェシーと呼ばれた彼女はマデリンの顔を覗き込み、それから、全身を値踏みでもするように上から下までじろじろと見た。何、この人。感じ悪いし、失礼だわ。思っているとその傍ら、細身の彼女が、

「やめなさいよ、ジェシー。ほら、怒ってるでしょ?」

「えー、でも、きっと隊長も気にしてると思うしー……ねぇ、隊長?」

言いながら彼女は後方へと振り返る。が、そこに、呼んだはずの人物が見付からず、

「あれ?隊長?」

「込み入ってるみたいよ?後にしたら?」

「込み入ってる?なんで?隊長が言ったんだよ?新型のハンガー、覗きに行こう、って……」

ジェシーは振り返ったそのままで首をかしげる。黒髪の彼女は困ったように笑うと、怒ってむっとした顔でそこにいたマデリンに、言った。

「本当に御免なさいね、うちのコ達ったら人間出来てなくて。人のこと子ども扱いする前に、自分の行動省みなさいって言うのよねぇ?

その言葉に、マデリンは心の中だけで言った。そう言ってるこの人も、自分の態度とか、改めた方がいいんじゃないかしら。思っていると、背後からレオンの声が飛んだ。

「お嬢さん方、ここに何の御用かな?社会見学ならもっとまともなとこに行った方がいいぞ?何しろここは軍事特務機関で機密が一杯だ。下手なこと見たり聞いたりしたら、処罰されかねないぜ?」

声に、その場の二人と、マチルダと戦っていた一人、そしてマデリンが振り返る。レオンはニヤニヤ笑いながら、

「それとも何か?こっちの構成員は中央基地の面子と違って、ちゃんとした教育を受けてないのかなー?」

「ここは新型機のために用意されたハンガーだ。こちらの駐留部隊の人間とは言え、おいそれと立ち入ることは出来ないはずだ。所属と階級と氏名、それからここへ来た目的を述べろ」

レオンの言葉の後、淡々とした、然し強いカイルの声が飛ぶ。三人は三様にカイルを見遣り、

「何よ、あたし達だって遊びに来てんじゃないのよ!」

「そうよ、失礼にも程があるんじゃないの?」

「所属と階級は、襟章を見てもらえれば解ると思うけど、口で言うのが普通は礼儀ね。勿論、貴方達も」

襟章は菱形、階級を示すラインは一本。そして所属を示すカラーリングはライトブルー。ドゥーロー基地の駐留パイロットであることは一目で解る。三人三様、とは言えそのうちの黒髪だけが、そこでは穏やかな表情をしていた。そしてその黒髪の彼女が、カイルの前に出る。

「ドゥーロー第三防衛大隊、第四アシュム小隊所属、クロエ・ランシェット。見ての通り、パイロットよ。まあ、立派な大人、とまでは言わないけれど」

「カイル・オブライエン。新型機のサブ・パイロットだ」

「サブ?ああ、コンピューターの代わりをする人ね?」

にこやかな黒髪の彼女、クロエの口振りは、表情に反してやや辛辣だ。が、カイルの表情は微塵も変わらない。にこにこのクロエとほぼ無表情のカイルの対峙に、一緒にいたレオンは苦笑を漏らし、マデリンは少々困惑している。

「それで、こちらの小隊の人間が、こんな所に何の用だ?駐留部隊の人間は、同じ基地内とは言え工廠に気軽に入ることは許可されていないだろう?」

「あら、許可なら貰っているわよ?単にこちらへの連絡が足りなかっただけで」

「そーよそーよ!あんたたちにそんなこと言われなくたって、そんなことちゃんと解ってるんだから!隊長、隊長ってば!!

それまでマチルダに構っていた金髪のパイロット、リンダが傍までやって来て、その高い声で喚くように言う。クロエはにこにこのまま、

「リンダったら、そんな風に呼ばなくても。隊長にだって色々と込み入った事情があるのよ?」

「込み入った事情って……あー!!ちょっと、なんであの青二才まで一緒にいるのよ!!サイッテー!!

言いながら、後方へと振り返ったリンダが大声で叫ぶ。その騒ぎに何事かと、いつの間にか近くまで来ていたコニーとジェイクも目を白黒させている。りんだから開放されたマチルダはつねられた頬をさすりながら、そのリンダが見ている方向に目を向け、直後眉間に奇妙な皺を寄せた。

「マチルダ、どうかしたの?」

「……別に」

フェーンと、背の高い女性と思しき人影がこちらにやってくる。到着寸前にリンダは二人に駆け寄り、近付くなりフェーンに噛み付く勢いで迫る。

「ちょっとあんた、何やってんのよ!うちの隊長に変なことしないでよ!」

「な、何って、僕は別に、何も……」

「本当、ちょっと目を離すとすーぐこれなんだから。言っとくけど、隊長はあんたのことなんか何とも思ってないんですからね!身の程知らずも大概に……」

「リンダ、いい加減にしろ」

フェーンと並んでいたその女性士官が、鋭い声を放つ。リンダは直後黙りこみ、今度は無言でフェーンを睨んだ。フェーンは額に冷や汗を浮かべながら、ぎこちなく笑みをもらす。

「副長……知り合いか?」

尋ねたのはレオンだった。フェーンは表情を解き、それから改めて、傍らの、背の高い女性士官を見やって言った。

「ええ……こちらは、ドゥーロー駐留の……」

「ドゥーロー第三防衛大隊、第二中隊隊長兼、第六アシュム小隊隊長、メイネア・フォールト大尉だ。三日後の君達の帰還の際の警護を担当することになった」

琥珀色の髪を肩ほどでそろえた、その女性士官は、女性と言うにはやや低めの声でそう言った。集まったボガード対の面々はそれぞれに驚いた様子を見せる。が、

「隊の帰還にお守り?何だそりゃ」

「メイネア・フォールトってあの、噂の「フォルテシモ」か?」

「うちの隊長と張る、っていう、噂の……」

驚く理由は様々らしく、それぞれの反応を見せる。顔色が変わらないのはマチルダとカイル、そして、訳が解っていないらしいマデリンの三人である。面々の前、と言うよりも、二つのグループの間に立つようにして、フェーンが更に言葉を続ける。

「フォールト大尉は、その為に機を見に来たんだそうです。一緒の三人は……」

「あたし達はあんた達の警護に当たる、大尉殿の部下なの。わざわざ世話してあげるんだから、有り難く思いなさいよね」

言いながら、べー、とリンダが舌を出す。その発言にマチルダはそっぽを向き、

「世話になるのはどっちだろうな?」

「何よ、それ、どーゆー意味よ?」

「てか、なんでドゥーローからシル・ソレアへの機体の移送でお守りなんかついて来るんだ?しかも、四機っつったら隊の半数以下じゃねーか」

首を傾げて言ったのはジェイクだ。その訝しげなジェイクに、フェーン、

「今回の新型は五機だけだし、国内の移送だから一個小隊ほどの手もいらないって、そういうことみたいだね」

「国内の移送に警護がつく、というのが奇妙な気がするが」

続くように言ったのはカイルだった。レオンはその隣で目をしばたたかせ、

「だよなぁ。俺も実際、こっちに来たこたないが、そんな話、聞いた事もないぞ。ミネアへの移動ならまだしも」

「って言うか、噂だと、ミネアでマシン転倒させて壊したようなパイロットがいるって話じゃない?そういうおばかさんに、ちょっとでもオイタを控えてもらいたい、って言う上の方の意向もあるみたいよ?」

ふふん、と鼻で笑っていったのはリンダだった。その言葉にあからさまに驚いた顔になって、ジェシー、

「うっわ、何それ。そんなヤツが新型のパイロットなんかになってんの?そんな余裕があるなら、もっとこっちの整備に力入れて欲しいなー……」

「ジェシー、そういう言い方は失礼よ?いくら本当の事でも。余裕があるかどうかは別として」

「何それ。どゆこと?」

「だって、余裕があったら司令部だってもっとまともな人事をするでしょ?それが出来ない、ってことは、そうじゃないってことかも知れないし」

クロエがジェシーを注意するように言う。聞いていて露骨に表情が変わったのはジェイクだった。怒りに満ちた顔で、すぐにも、

「お前ら、黙って聞いてりゃ言いたい事言いやがって!!

「ジェイクやめなさい、騒動はご法度よ」

激昂したジェイクが飛びかからん勢いになるのを、額を押さえながらコニーが留める。そんな奇妙な拮抗など構わない様子で、メイネアが再び口を開いた。

「今日は挨拶と、機体の確認がてらこちらに来た。明日のミーティングでまた同席する事になる。詳しい話はその時だ。シル・ソレアまでの短い時間だが、よろしく頼む」

言葉の後、メイネアはその目を上げた。そして、仰ぐようにマシンを見上げる。

「しかし……確かに大きいな。新型機か……噂の「クリーチャーズ理論」による回路が組まれている、とも聞いたが……」

「その辺りの話は、僕らよりも整備主任……こちらでは開発補佐、とお呼びした方がいいかもしれませんが……エプスタイン伍長に聞いてみて下さい。今日はこちらには見えませんが」

隣で、フェーンは言いながら口許を緩める。メイネアはしばしの間黙して、じっとマシンを見上げていた。が、数秒とたたないうちにすぐ顔を戻し、くるりときびすを返す。

「三人とも、行くぞ」

「ええー!!まだ来たばっかりじゃないですかぁ!!もっとちゃんと見とかないと、敵機と間違えて攻撃しちゃいますよぉ」

「あら、心配しなくても。そんなドジっコはジェシーだけよ。安心して」

立去るメイネアの背中にジェシーが声を投げつける。クロエはその様子を見てにこにこ笑い、リンダはメイネアを小走りで追いかけ、追いつきざま振り返り、ボガード対の面々に、べー、と舌を出して見せる。

「ちょっとクロエ、それひどーい!!隊長、何とか言ってくださいー」

「出発前にこちらの隊と合流する。その時にもう一度、外見の視認をしろ。それに、オフィスにも多少のデータが届くはずだ」

「って言うか、ジェシーは新型に興味があるんでしょ?」

「そっ、それはっ……なくはないっ、てゆーかぁ……」

「ジェシーはメカフェチだものね。ああ、それとも、ガベル中尉に会いたかったのかしら?」

そのまま、来た時と同じにキャーキャー騒ぎながら、四人の姿がその場から消える。見送って、溜め息をついたのはマチルダだった。マデリンはその傍で、マチルダの様子に少しだけ首をかしげる。

「……何だったんだ、ありゃ」

呆れ口調で言ったのはレオンだった。それにフェーンは苦笑して、

「まあ……少しにぎやかですが、聞いた通りですよ」

「てかあいつら、俺達の事完全に馬鹿にしてねぇか?とくにあの金髪のチビ女」

腹が立って収まらない、とでも言いたげなのはジェイクである。遠まわしに、実力の伴わないパイロットと言われたのだから、致し方ないことではあるが、

「リンダ・ローランは今年で三年目で今ランクCだ。お前なんかヘでもねぇんだろ。あの「フォルテシモ」の仕込みだし」

マチルダの痛烈な一言に、結局その場で不貞腐れるだけである。コニーは困ったように笑って、

「そうね、そういう人からしたら、ランク下の人間は、そう言う扱いなのかも……」

「何だよ、コニーまでそんな風に言うのかよ?俺だってこの頃じゃ、ランクだって上がってんだぞ!」

そのまま、ぎゃーぎゃーとジェイクは喚き始める。コニーは困った笑顔でそれを宥め、フェーンはその様子に同じく困った顔で笑っている。レオンは苦笑いをすると、

「しっかし、あれが「南の要」か……おっかねぇな……」

「君にもそんな風に思うものがあるのか?」

レオンの言葉に、カイルが僅かにその目をひらめかせる。苦笑いのまま、

「あるも何も。ここの機関だってとんでもないモンだって、俺はずーっと思ってるぜ?それにこいつも。噂の「クリーチャーズ理論」ってのは、眉唾だけどな」

問われて、答えながらレオンは機体へと振り返った。人間の十倍以上の大きさの、巨大な『機械のカタマリ(マシン・メイス)』は、足元の騒ぎに動じる事もなく、我関せず、とでも言うように、そこにただ直立していた。電源の切られている時のマシンは、ただ大きなだけの木偶の坊でしかない。それを操縦するものがいて初めて、そこに立つ人形は兵器となる。その尋常なる巨体と破壊力で恐れられる巨大人型兵器、中でもその機体は次世代機と位置づけられ、従来の機体を超える戦闘能力を保持している、という。

「……何が「クリーチャーズ理論」だよ、バカバカし」

小さく呟いて、マチルダは歩き出す。気付いて、マデリンはそれを追って小走りに駆け出した。

「マチルダ、「クリーチャーズ理論」って、昨日カリナさんに聞いた、アレクセラ、何とか博士の、あの理論のこと?」

「知らねー」

追いついたマデリンの問いかけに、適当にマチルダが返す。そのまま二人は何やら話しながらハンガーを出て行った。見送って、カイルはフム、と小さく声を漏らす。

「何だカイル、どうした?お前もハラヘリか?」

「いや、そういう体調管理も機関構成員の義務だ、職務中にみだりに空腹を訴えるような君とは違う」

「ああそうかい、そいつは立派だな」

レオンの冗談めいた問いかけに、振り返りもせずに答えてから、カイルはフェーンを見遣った。傍らでレオンは奇妙に眉を捻じ曲げ、ふはは、と口に出してわざとらしく笑っている。怒りの収まらないジェイクを宥めるコニーを、サポートしようにも出来ずにいるフェーンも、その視線に気付いたかのように、不意にカイルへと振り返った。

「……オブライエン少尉、何か?」

「フォールト大尉は、俺達の「シル・ソレアへの帰還の警護」と言っていたな、確か」

問いかける、というより確かめるようにカイルが言葉を紡ぐ。フェーンは目をしばたたかせ、それから、神妙な目になって言った。

「ええ……中央基地に戻るだけなのに、四機ものマシンが警護につく、みたいですね」

フェーンの言葉に、レオンがその目を丸くさせる。そして、

「言われてみれば変な話だよな……何か他に理由でもあれば、おかしくも何ともないが……」

三人はそのまま沈黙する。フェーンは何か考え込むように、カイルはどこか冷めたような無表情で、レオンは、訝しげにその場で考え込むように。傍らではまだジェイクが何やら喚いている。が、それも耳に入らない様子だ。

「……何か、あったのか?」

「副長、隊長は?」

そのわずかな沈黙の後、レオンとカイルとが、問うように声を放つ。フェーンは少し疲れたように嘆息して、それから言った。

「何か、あったようですね……呼び出されて、こちらの司令部に出向いているんです」

 

「本っ当に、あいつったら隊長がいるなーって思うなり、すーぐくっついて来るんだから。油断ならないったら」

「あら、リンダだって。あの子の事を見つけたら、一目散で駆けていったじゃない。彼と変わらないわよ」

「あたしとあの青二才と一緒にしないでよ!って言うか、それとこれとじゃ全然別の話でしょ?」

「あーあー……もうちょっと、もうちょっと新型、良く見てみたかったなー……あの機体、名前なんて言ったっけ……隊長ー」

メイネア・フォールト以下四名は、そのまま工廠を出、駐留部隊の本拠基地に戻る途中だった。クロエの運転する四人乗り用のジープのナビシートで、背後の席のジェシーの声に、振り返らずにメイネアは答える。

「ボガード、だ。しっかり覚えておけ」

「はぁーい……ボガード……アシュムのほうが強そうなカンジ……」

返事をして、ジェシーは独り言のように呟く。運転席の後ろにいたリンダが、その様子に笑いながら、

「どーせ覚えらんないわよ、一回じゃ。ジェシーだもの」

「そうねぇ、ジェシーだものね」

その意地の悪い言葉にクロエがくすくす笑いながら賛同する。ジェシーは激昂して、

「ちょっとひどーい!それがチームメイトに言うこと?隊長、ひどくないですかぁ?」

車内が、笑う二人の声とジェシーの反論する声とで満ちる。メイネアはしばし黙していたが、数秒の後、ナビシートで嘆息した。笑うのをやめ、クロエがそんなメイネアに尋ねる。

「隊長……何か?」

騒いでいた他の二名も、上官の様子に口を閉じる。メイネアは特に表情を変えるわけでもなく、

「いや……大したことじゃない。新型の警護か、と思っただけだ」

「何か問題ですか?って言うか……」

「そんな用でシル・ソレアに行け、なんて、確かに聞いたことないですよね?」

メイネアの少し疲れた声に、リンダとジェシーがそれぞれに言う。クロエは運転しながらその目をしばたたかせ、

「確かに……しかも、指名されたのは私達だけで、他の六機は「D方面に行く準備をしながら待機」なんて……」

「そちらは構わない。我々も、こんなイレギュラーがなければ同じ様に待機していただろうし」

淡々とメイネアが、クロエの疑問を否定する。後部座席の二人は顔を見合わせ、

「だったら、何が気になるんですか?」

「シル・ソレアまでって言ったって、マシンなんだし、戻ろうと思ったら日帰りできるのに……ちょっと辛いけど……」

「国内で、テロリストの活動が活発になっている、という情報がある」

メイネアのその一言で、車内は沈黙した。変わらない表情で、メイネアは言葉を続ける。

「ヌゥイのダルトゥーイ方面がきな臭いのは、クラカライン・ナルシア側の動きも関係しているだろうが、下手をすればそこにヌゥイ軍部が絡んでいかねない」

「軍部が?でも隊長、ヌゥイは連合の……」

「ヌゥイの連合加盟は二十年ほど前だ。それに、最初は「連合加盟」ではなく「割譲」だった。だから未だに色々とくすぶっている。ダルトゥーイの連中がその先鋒だという見方も、ないわけではない」

メイネアの言葉が途切れる。車内は再び静まり返り、数秒の後、

「何か……やなカンジ」

「何が?リンダ」

「だって、あたし達のいるこの基地って、出資してるの殆どヌゥイなんでしょ?管理はスティラのヤツらだけど。そう考えると複雑、って言うか……」

リンダがぶつぶつと、愚痴めいた言葉を漏らし始める。メイネアはそのまま黙し、何も語ろうとはしない。隣の上官の気配を伺いながら、クロエは何気に言った。

「彼と、何か関わりでも?」

「彼、って……ダグラム君?」

問いかけに反応したのは後部座席のジェシーだった。リンダの不機嫌の度合いが、その一言で一気に増す。

「ちょっとクロエ、何言い出すのよ!って言うか、あんた何考えてんのよ?」

後部座席から身を乗り出すようにして、リンダが喚く。クロエは振り返らず、バックミラーで激昂するリンダをちらりと見、

「あら、だって前にもあったじゃない。彼と同じセカンドネームのテロリストがいて、その為に彼、暫くこちらにいたでしょう?しかもダグラム少尉の家族の出身はヌゥイの旧ダルトゥーイだし。それで彼がマークされていても、何もおかしくはないわよ?」

「えー、でも、もしそうだとしたら、どうしてダグラム君が新型のパイロットに抜擢されるわけ?下手したらテロリスト連中に、機密漏れちゃうじゃない」

クロエの言葉にジェシーが、誰かに問うでもないように言う。深く息を吐き、答えたのはメイネアだった。

「ダグラム少尉は白だ。その可能性はない」

「そんな!!そんなの、どうして言い切れるんですか?」

フェーンをかばう様なメイネアの言葉に、リンダが再び過剰に反応する。ジェシーは隣のリンダを見、

「リンダはちょっとダグラム君のこと、悪く見すぎなんだよ。なんでそんなに嫌いなの?」

「何言ってんの!あの青二才、自分が青二才だって自覚してないのよ?あまつさえ「南の要」とまで呼ばれるうちの隊長にちょっかい出して。そんなの許せると思ってんの?」

「だから、なんであんたそんなに、ダグラム君嫌いなのよ……」

怒鳴り返され、ジェシーは耳を押さえる。リンダは憤慨してそのままぶつぶつ言い始めるが、当のメイネアはそれを全く無視している。くすくすとクロエは笑い、

「はいはい、二人とも、そういう話は非番の時、隊長のいないところでしなさいよ」

「クロエまで何よ!あいつのことかばう訳?」

そのクロエの言葉にもリンダは噛み付く。クロエは困ったように笑うと、

「そういう込み入った話は後で、と言ったのよ。それに、私もダグラム少尉はテロリストとは無関係だと思っているわ。もし関係していたとしても、彼の上官はガベル中尉でしょ?何かする隙なんて与えないわ。でしょう?隊長」

尋ねられ、メイネアは苦笑する。そして、

「確かに。今回の人事の目的がダグラム少尉の監視だとするなら、的確ではあるが半分以上は無駄だ。もし仮に、テロリスト側がガベル中尉を抱きこむための工作員としてダグラム少尉を機関に潜入させていたとしても、相手があの男だ。青二才ではどうにもできんだろう。百歩譲ってガベルがテロリスト側に寝返ったとしたら、シル・ソレア基地は数時間で壊滅だが」

「隊長、ガベル中尉殿はそんな人じゃありません!今の発言、撤回してください!」

笑いながら洩れたメイネアの言葉に、過剰反応したのはジェシーだった。メイネアはそのまま、

「しかしそうなったら、我々は我々で、死を賭して基地を防衛しなければならなくなる。あの男が寝返れば「トリオG」は全員あの男に従うだろうからな」

「って言うかジェシー、どうしてあんなおっさんがそんなに好きなわけ?趣味悪ーい」

ふざけているようなそうでないようなメイネアの言葉の後、リンダが隣に座るジェシーを、信じられない、とでも言いたげな顔つきで見る。ジェシーはリンダを睨み返し、

「いいでしょ!誰がどういう趣味でも。隊長だってこう見えて、面食いなんだから!」

「って、隊長は関係ないでしょ?あでも、隊長ってば確かに面食いかも。あの青二才も、顔だけはまあまあだし……」

ジェシーの口から飛び出した言葉に、リンダは奇妙に納得し始める。メイネアは眉をしかめて黙し、クロエは再びくすくすと笑う。

「ほら二人とも、そういう話は隊長のいないところで、非番にしなさいって言ったでしょう?隊長にだって、誰かに触られたくない恋の一つくらいあるんだから」

「そう言えば隊長、シル・ソレアのグランド中尉とかと、まだ連絡取ってたりしてます?」

笑うクロエの言葉の後、ジェシーが暢気にメイネアに尋ねる。メイネアは黙したままかすかに額をひくつかせたが、その質問に答えようとはしなかった。

 

 

 

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Last updated: 2008/02/26