LACETELLE0062
-the CREATURES-

Act 11

「ほい、戦闘終了。てかジェイク、まだやる気か?これで十二敗だぞ?」

「うううう、うるさい!十二敗だろうが何だろうが、もう一ぺんかかってきやがれ!」

「ってそりゃお前、勝った方の台詞だろ……」

ドーム型のハンガーの外ではとっぷりと日が暮れていた。もちろん内部には夜間であろうと真昼同然の光を放つ照明が設置され、それが煌々と灯されているため、闇が迫るわけでもない。とは言え、日が沈む前からみっちり、格下相手とは言え模擬戦闘訓練につき合わされていたレオンは、いささか疲れ、というより参っていた。定刻も疾うに過ぎており、そろそろ宿舎に戻るなり食事をとりに行くなり、したいところである。

「勘弁してくれよ、つーか、いい加減懲りろよ、お前」

ハンガー内に明かりはあるものの、人の姿は昼間よりずっと少ない。二人のシミュレーションが始まったころにはいたはずのお互いのパートナー、カイルとコニーも、いつの間にか姿を消していた。一応の、隊を仕切る補佐役であるフェーンが、パイロットとしてはただ一人、マシンに接続させた管制コンピューターの前で、やはり少々疲れた顔で笑っているばかりだ。

「一人乗りの一番ユルいシミュレーションで、かすりもしないで十二敗。うち自損事故が四回……ある意味才能だな、こりゃ」

言いながらレオンはシミュレーター代わりに使っていた自身の機体を降りようとする。見つけたジェイクは半開きの機体の扉から身を乗り出し、何やら大声で喚き散らす。

「まてこの勝ち逃げヤロウ!ヒキョーだぞ!」

「何つーか、お前とやると実戦より疲れる。今度やる時はもっとましな動きしてくれよ?ぼーず」

「誰がぼーずだ!おいこら、レオン、待て!待てっつーの!!

機体から降りて、レオンか背中で手を振って歩き出す。苦笑い、というよりそれ以外の顔が出来ないような体裁で、フェーンはこわばった顔のまま、立ち去るレオンに尋ねた。

「ニーソン少尉、どちらへ?」

「部屋に戻るんだよ。てか、飯食うか寝る場所に行くか、どっちかしかねぇだろ?ここじゃ。副長も、そいつの相手してるとキリがないから、テキトーに切り上げて……」

歩きながら、ふとレオンが目を上げる。軽やかでピッチの速い足音が聞こえたのと同時に、小さな人影が目に入って、彼はその場で足を止めた。駆けてくるのはマデリンだった。金色の髪を揺らしながら、レオンに向かって大きく手を振っている。

「ニーソン少尉ー!良かった、まだいたぁ……」

「何だ、マデリーンちゃん。俺に何か用か?」

マデリンを目の前にすると、レオンの表情がおのずと緩む。その声色も同じく。駆けてきたマデリンはレオンの前で立ち止り、乱れた息を整えると、上気した顔を上げて言った。

「って言うか、もう誰もいないかなーって思ったから。あれからずーっとジェイクさんとシミュレーションしてたの?」

あどけない顔に見上げられ、レオンはさらに頬を緩める。決して少女嗜好ではなく単に子供好きなだけの彼なのだが、当然、背後からはこんな声が飛んだ。

「おい聞いてんのか、そこのロリ趣味パイロット!」

「やかましい!誰がロリ趣味だ、このシスコンパイロットが!」

勿論負けじとレオンも怒鳴り返す。マデリンはそのやり取りに僅かに怯むが、すぐにも、

「ねぇ、少尉、マチルダ見なかった?」

「マチルダ?何だマデリーンちゃん、一緒に部屋に戻ったんじゃなかったのか?」

問われて、レオンは目を丸くさせる。マデリンはその言葉に困惑の表情を浮かべ、

「一度は戻ったんだけど……知らない間に、どっかに行っちゃって……もうすぐご飯だから、今コニーさんと手分けして捜してるの」

言いながら、所在なげに視線を地面に泳がせる。レオンは困ったな、とでも言わんばかりの顔つきで、乱れた髪をかきむしり、

「そうか……そいつは困ったな……」

「マデリン、またマチルダが何かしたのかい?」

傍で聞いていたフェーンがどこか心配そうな顔つきでやって来る。マデリンは迷子の子犬のような目を上げて、

「ううん、何にも……昼間ここにあのお姉さん達が来てからは、ずっと怒ってるみたいだったけど……」

「困ったやつだな、マチルダも。あいつももうちょっと、協調性と言うか、マデリーンちゃんのことを考えろって言うんだよ。なあ?副長」

少々オーバーアクションで、腕組みしながらレオンが頷く。フェーンはそれに苦笑して、

「マチルダにはマチルダの思うところがあると思いますよ。余り色々と話してくれないから、解り難いですが……」

言いながら、しょげているマデリンを見遣る。そして、

「何なら、隊長に呼んでもらおうか?本当は非常時にしか、呼び出ししてはいけないんだけど……」

「ううん……いい。ごめんなさい、ニーソン少尉、フェーンさん。あたし、戻るね」

フェーンの提案をあっさり退け、そう言ってマデリンはきびすを返す。見ながら、レオンは大きく息を吐き、

「何だよなぁ……俺達じゃ、どうしようもないんだろうけどな……」

「……何がです?ニーソン少尉」

レオンの言葉に、フェーンが振り返る。腕組みしたまま、レオンは歩き去るマデリンを見ながら、言った。

「あの二人、と言うよりマデリンだな。あんなに必死なのに、なんであいつはああ、というか……」

「マチルダ、ですか?」

「悪いやつじゃないんだけどな……ジェイクなんかの相手もしてやってるし、面倒見だって悪かないだろ?何だかんだ言いながら、マデリンの相手だってちゃんとしてる」

「……そうですね」

レオンがそのまま真剣に考え込む。フェーンはやはり苦い笑みを漏らし、それから、

「あの子にはあの子の思うところがあるんですよ、きっと」

「そりゃそうなんだろうが……それにしちゃ解りにくすぎやしないか?スーパーエリートだのスーパーエースだのって言われてても、まだあいつ十二歳だろ?」

「しかし、十歳で適性テストをクリアした超逸材の上、訓練校の成績は今もって歴代一位、というとんでもない子です。僕達みたいな凡人とは、思うところが違うのかもしれない」

「いやだから……それでもだな……」

フェーンの反論にレオンが何か言い返そうとする。制するように、フェーンはレオンにどこか冷たい笑みを向けた。

「少尉、マチルダに対して何も含むところがないと仰るなら……もう少し、様子を見てもらえませんか?」

「含む?何だ、そりゃ……」

思いもかけない単語に、レオンが思わず問い返す。フェーンは少しだけとぼけた顔になると、

「何しろ少尉はレイシャ少尉に対して、少々思い入れが強いようですし。そういう理由で隊の規律を乱してもらっては困りますから」

「副長……副長まで俺をロリ扱いか、ああ?」

遠まわしに少女趣味疑惑を示され、レオンは思わず怒鳴るように言う。フェーンはにっこりと笑うと、

「いえ、僕はそんなことは。ただ、子供全般が嫌いでない健全な成人男子であると仰るなら、変にひいきするのもどうかと思って」

「だから俺は単に子供好きなだけだと言ってるだろうが!」

がぁぁぁっ、言葉の後、レオンが吼える。にこにこのフェーンの背景にでもなるように、その声はドーム内に響き渡った。

 

工廠内の短期滞在用宿舎は、その造りの大半が相部屋タイプである。スーパーエリートと呼ばれるマシンパイロットであっても、その宿舎を利用する場合、滞在期間や人数によっても変化があるが、大抵三、四人で一部屋を使用するのが原則である。新型機配備の新設部隊のパイロットであっても、当然宿舎の待遇は変わらない。勿論それは一般のパイロットの待遇で、ある程度の役職や階級がある場合には、個室が与えられる事となっている。

「で、何の用だ?マチルダ」

今回の滞在にあたってアストル・ガベル、ボガード隊隊長にはその宿舎の二階フロアの一室が与えられていた。階級は、パイロットとしては下から数えた方が早いのだが、役職である隊長としての職務をこなすための配慮である。そのガベルの部屋に、マチルダはいた。というより、彼の戻りを、その部屋の前で待っていた、と言うほうが正しい。帝国から二時間ほどがたとうと言う頃に部屋に戻ったガベルはその来訪者を快く、でもないが室内に招き入れ、現在、睨めっこの真っ最中である。

「……何だよそのツラは。てかお前、どんだけ待ってたんだ?外で」

「うるせぇ。ツラは生まれつきだ。てかおっさん、今日一日、どこ行ってたんだよ?」

睨まれながらの質問にガベルは目を丸める。マチルダは、実のところさして凄みもない顔で、それでも怒ったようにガベルを睨み続けていた。ああ、と小さく言って、ガベルがその質問に答える。

「ちょっとヤボ用っつーか、あれだ。こっちの司令部に呼び出されて……」

「なんでおっさんがこっちの司令部に呼び出し食らうんだよ?」

「なんでって……そんなこた知るか。呼びつける方に聞けよ」

詰ると言うか責めると言うか、そんなとげとげしい口振りにも、ガベルの表情は変わらない。いらついて、マチルダは怒鳴るように言った。

「用があるから呼ばれたんだろ?何の用だったのかって聞いてんだよ!」

怒鳴られて、ガベルは再び目を丸くさせる。そしてまた、ああ、と小さく言うと、

「シル・ソレアに帰るのに四機ばかし護衛がつくそうだ。で、その話を……」

「なんで護衛なんかつくんだよ、国内のマシンの移送だろ?」

マチルダが更に声を強くして問う。ガベルは少し黙り、それから、

「まあそうだな。なんで……」

「とぼけんなよ、おっさん!何かあったんだろ?」

再び、マチルダの怒声が響く。ガベルはその言葉にうんざりしたように眉をよせ、それから言った。

「ったく、うるせぇヤツだな。何かってな何だ?言ってみろ、ガキンチョ」

「何かっつったら何かだよ!クラカライン国境もきな臭いっつって、昨日も言ってたじゃねぇか。今日呼ばれたのって、そのことじゃねぇのかよ?」

「……やなガキだよ、お前は」

否とも応とも言わなかったが、その言葉は明らかに彼の答えだった。溜め息をつきながらガベルはそっぽを向き、マチルダを見ないようにして、話し始める。

「ご推察の通り、ってヤツさ。詳しいことはまだ解ってないらしいが、ここんとここっちの部隊も忙しいみたいでな。壊されて戻るマシンまで出てるんだと。それでドゥーローサイドは、俺達のお帰りにお供を付けて下さるそうだ。ミネアに行く時でも一個小隊だけで移動しないだろ?そんなようなモン……」

「ミネアは「もろ現場」だからだろ?ドゥーローとシル・ソレアの間に敵がうろうろしてる、なんて、とんでもねぇ非常時じゃねぇのかよ?」

ふてたまま、マチルダはまっすぐにガベルを見ていた。ちらりと振り返り、その目を見て、ガベルは再び嘆息する。そして苛立たしげに髪をかきむしると、もう一度マチルダに向き直る。その態度に更に業を煮やしたように、マチルダが怒鳴った。

「聞いてんのかよ、おっさん!」

「聞こえてるよ、だから怒鳴るな。確かにお前の言う通りだ。シル・ソレアとドゥーローの間に敵部隊が展開してたら、とんでもねぇ非常時だ」

「だったら!」

「けど、だ。良く考えてみろ。ここに来るのに俺達はほぼ丸腰だっただろう?そんな時にそんな無用心なナリで出かけていけ、なんて上が言うと思うか?ましてや新型の引き取りだぞ?」

言われてマチルダが一瞬黙る。怯むその様子にガベルはにやりと笑い、

「要するに、そんなんで行き来しても、差し支えはねえってことさ。そう心配すんな」

「……「フォルテシモ」の護衛なのにか?」

やり込められたような気分で、マチルダは不貞腐れる。その負け惜しみにも似た言葉も、ガベルは軽く笑い飛ばした。

「そいつは多分たまたまだろう。手隙の部隊が他になかったか、あいつ自身がシル・ソレアに用でもあったんじゃねぇのか?」

「そうかも、しんねぇけど……」

反論はあっさり退けられ、マチルダの声は更に小さくなる。ガベルはその様子に困ったように笑うと、

「ほら、用が済んだんならとっとと自分の寝床に戻れ。後三日でボガード持って帰るんだ。明日も暇じゃねぇんだぞ?」

「……おっさん」

不貞腐れたまま、マチルダはガベルを見遣る。ガベルは勝ち誇ったように笑って、

「何だ?まだ何か用か?」

「新型から、マデリン、外してくれ」

唐突に出たその言葉に、ガベルは再び目を丸くさせる。今度のそれはしかし、何かをはぐらかすためにとぼけているから、ではなく、その言葉に不意を突かれる格好になったからだった。

「何だ……いきなり。つーかお前、まだ……」

「まだもくそもあるか。俺は一ぺんだって、あいつと組んでいい、なんて言ってねぇぞ」

不貞腐れて怒って、膨れっ面でマチルダが主張する。ガベルは呆れ顔になって、

「お前な……何べんも同じ事を言わせるなと言っとるだろうが。この人事は上からのお達しで、俺が決めたわけじゃねぇし、大体怪我でもしない限り無理だって……」

「だったらあいつだけ一人で明日にでも帰せよ!それに、今外しとかないと痛い目見るのは俺やおっさんだけじゃなくて、ミッシュ・マッシュ全体になるんだぞ?」

やや脅迫めいた台詞だが、ガベルにはその意味が理解できない。首をかしげ、眉をひん曲げて、

「……何だそりゃ」

「何って……だからっ……」

「お前、マデリンは訓練校じゃ今期卒トップの期待のルーキーだぞ?そんな出来るヤツがいて、なんで俺達がそんな目に……」

言いかけて、ガベルはそれ以上を言うのをやめる。そして意地悪く笑うと、

「ああ……何だ、そういうことか……」

「そういう、って……何だよ?」

にやつくガベルの笑みに、マチルダは奇妙な戦慄を覚える。ガベルはニヤニヤと、やけに楽しげに、そして意地悪く笑いながら、僅かに後ずさったマチルダに、言った。

「お前、マデリンが……」

「べっ、別に俺はマデリンなんてどーでもいいんだからな!あいつが恐い目に会ってぎゃーぎゃー泣いたって、何ともないんだからな!てかあいつは一ぺんそういう目に会わないとこりねーだろ!」

「まあそうだが……俺は何も言ってないぞ」

叫ぶようなマチルダの、何者かへの反論の直後、ガベルはニヤニヤ笑いをやめる。マチルダは、うっ、と小さく唸るとそのまま硬直する。見て、ガベルは一言、

「解り易いヤツ……」

「なっ……だから違うって……」

「お前のそういうのは全部逆効果なんだよ。なんでこんなに単純かねぇ、稀代の超スーパーエース様がよ?」

言葉とともにガベルが疲れたような息をつく。マチルダはその場で真っ赤になって、ううう、と唸るものの、何も言えずにいた。

「マデリンは外さんぞ。あいつはお前のパートナーだ。これからは、お前はあいつに命も預けなきゃならんのだ。解ってるな?」

「けど!」

「俺だって、お前みたいなのをマシンに乗せたかねぇよ。けど我慢してんだ。それと一緒だろ?」

「俺はいいんだ!それに今言ったじゃねぇか、稀代の超スーパーエース、つって!」

「あんななぁバカにしてんだ。いい気になるな」

「なっ……」

ガベルは笑いもせずに言い、マチルダをじっと見詰めた。マチルダは視線に怯み、また小さな声で唸る。その様子に、ガベルは視線を僅かに緩めた。

「たっ……オヤジ……」

「俺達の隊は編成がすんで、機体が支給されて、まだその後のことなんてこれっぽっちも決まってねぇんだ。そうびくびくすんな」

「びっ……びくびくなんて……」

「ここからシル・ソレアまでなんて、マシンだったら半日かかんねぇじゃねぇか。心配ない、何も起こりゃしないさ」

言葉とともにガベルはマチルダに歩み寄り、その頭の上に自身の手を置いた。オレンジの髪をくしゃくしゃとなでて、ガベルは笑う。マチルダはそれを見上げて、そしてすぐ眉をしかめた。

「あんまり……ぐしゃぐしゃにすんなよ。カリナに怒られるから」

「は?カリナに?なんでだ?」

「女の子なんだから、もっと綺麗にしてろ、つって……」

不貞腐れながらも、どこか照れているらしい。はっきりしない口調と僅かに赤くなるその頬を見て、ガベルは声もなく笑った。

「そうか、カリナに怒られる、か。そいつは盲点だったな」

「笑い事じゃねぇぞ?あのヒスババァ」

何やら色々文句があるらしいマチルダを見下ろし、ガベルは変わらず笑っている。マチルダはふん、と鼻を鳴らすとそっぽを向いて、変わらずそのまま膨れている。

「ほら、そろそろメシだろ?マデリンが捜してるといけねぇから、部屋に戻れ。それとも、今日はパパと二人でこっちで食うか?」

「……パパってナリかよ?くそオヤジ」

悪ノリの過ぎる冗談めかした言葉に、マチルダは彼の傍を離れる。そして言葉もなく、振り返ることもなく、黙って部屋を出て行った。扉が閉まるまで見送って、ガベルは室内で一人、笑う。あまり大きくない電子音のブザーが聞こえたのはその後だった。着ていた上着に入っている通信機からのようだ。思いながら、胸ポケットからそれを取り出し、スイッチを入れる。

「こちらガベル……解った、すぐそちらに行く」

マチルダを見送った笑みは、もうそこに残っていなかった。どこか無表情にさえ見える目で、ガベルは通信機のスイッチを切り、気持ちを切り替えるように息を吐き出す。そして再び通信機を操作し、そのマイクに向かって言った。

「フェーンか?ちょっと出てくる。野暮用でな。戻りは……下手すりゃ明日だな……ああ、こっちの部隊のお偉いさんにお呼び出しさ。戻ったら……どうかな、話して聞かせられるようなことなら……ああ、適当に頼む。じゃあな」

副官との会話を終わらせ、通信機のスイッチを切る。そのまま通信機を上着の胸ポケットに突っ込んで、ガベルは小さく呟いた。

「やれやれ……すまじきものは戦争稼業、てか?」

 

南国境地帯方面のマシンメイス部隊は、通称、ドゥーロー大隊と呼ばれている。その呼び名の通りドゥーロー基地を拠点として展開し、主に対クラカライン・ナルシア戦線の防衛を担当する。ミッシュ・マッシュの中枢でもあるシル・ソレア、東北前線方面のミネアと並ぶ規模を持つと言われるドゥーローだが、中央基地と東方基地に比べ、こちらの防衛は、戦力投入的に少々手薄な面があった。ラステルにおける国防は常に東方、対ラビスデン国境側に重きを置かれ、南国境は常に軽んじられる傾向にある。

「で、今までここを病院扱いしてたツケでも、戻ってきたって訳か?」

「中央基地にいる君達からしたら、そういう見方も出来なくもないだろう。こちらにいる我々としては、そんな簡単な話でもないが」

何処へ行っても基地というものは造りがそっくりだな、と、その長い廊下を歩きながらガベルは思った。白い壁と床が続くその空間にいると、自分が何処で何をしているのか、時々解らなくなる。もしも隣にいる人間が、もっと慣れ親しんだ誰かだったら、恐らくここを自分の本拠である場所と勘違いしたに違いない。とは言えその設計は何よりも機能を重視していた。何処も似たようなものになるのには、理由があるのだ。

ドゥーロー基地、第三防衛大隊本部の建物内、その中にあるあまり大きくないミーティングルームにガベルは呼び出されていた。傍らにいるのは第二中隊隊長兼第六アシュム小隊隊長、メイネア・フォールト大尉だ。ちらりと隣を見遣ると、笑ってもいなければ恐らく、怒っている訳でもなさげな、愛想の良くない横顔が見えた。二人の歩くペースは微塵も変わらず、目指す小部屋に向かって進む。

「しかし、こっちのお偉いさんは、俺にそんなに用があるのか?昼間も昼間で、今も今だ。定刻もとっくに過ぎちまってるし、第一、何の為にここに来たんだか……」

「その昼間、こちらの一個小隊が国境付近で何者かと衝突を起こした。話は多分それだろう」

ガベルの口調は少々疲れて投げやりだった。その投げやりな声に、普段通りに低く、余り感情のこもっていない声音で、メイネアが返す。ガベルは溜め息をつき、

「ほー……けどぶっちゃけた話、俺等には関係ないんじゃねぇか?それ」

「言っただろう?こちらを今まで軽んじていたツケが、と」

歩く速度は変わらない。会話するその声も、どこか別の場所で、まるで互いの近況でも話すかのように落ち着き払い、そしてそれよりももっと冷めていた。ガベルは軽く息をつく。そして、

「じゃあ、こういうことか?俺達に、今までのツケを払え、と」

「新型部隊はシル・ソレアだけではなく、ミッシュ・マッシュ全軍の切り札になりえる。その言い方は的確ではないな」

「結局「俺達」に何かやらそうってのには、変わらんだろ?同じじゃねぇか」

「何かをさせるかどうかを、今から聞かされるんだろう?私では答えかねる。司令部の人間ではないからな」

「然様で」

一枚の扉が近付く。目の前まで辿り着くと、二人はほぼ同時に足を止めた。腕を伸ばし、メイネアがその扉を叩く。軽いノックの後、扉は中から開けられた。二人が着ているのとは別のカラーリングの詰襟を着た中年男性が扉の中から顔を覗かせ、入れ、と低く告げる。二人は軽く会釈して、その中に足を踏み入れた。

「メイネア・フォールト、並びにアストル・ガベル、召集により参向しました」

室内には数人の、暗い色の詰襟が詰めていた。メイネアの声にその全員が振り返ると、ガベルは無言で右手を上げ、一応の敬礼をしてみせた。見慣れない顔が並ぶが、階級も所属も、着ている物と襟章とで大体の判別はつく。スティラ軍から出向している、こちらの司令部の人間のようだ。しかも、その中でも下っ端ばかりだろう。年齢は自分と大差ないように見える。軍人さんが、何の悪巧みだ?思っていると、ふいに声は投げられた。

「ガベル中尉、調子はどうだ?」

暗い色の詰襟の中、紛れていた明るい色の袖に気付いたのは、声の主を捜したからだった。軽く手を上げて、その声の主はガベルと、メイネアの元へとやってくる。

「レイシャ大隊長……なんでここに……」

感嘆の声を上げたのはガベルだった。露骨な驚きを見せるガベルの様子に、歩み寄る男、レイシャはにこやかに笑っている。メイネアは無言で、大して驚きも見せず、レイシャに改めて敬礼する。

「何、今度配備の新型の様子を見に、ちょっと来てみたんだ」

笑いながらレイシャが答える。ガベルは驚いた顔のまま、周囲の暗い軍服の事など忘れて、

「って、ほいほい移動できる距離でもなし……てかあんた、向こうの責任者でしょう?そんな理由で……」

「まあそれは冗談だが。ついでだ、明日ハンガーを覗かせてもらうよ。マデリンはどうだい?ちゃんと役目は果たせそうかな?」

和やかに話し始めるレイシャを制するように、室内に一つ咳払いが響いた。ガベルは我に返り、レイシャは肩をすくめる。視線をその咳払いに向けると、ガベルはもう一つ、見慣れた顔を見つけた。シル・ソレアの司令部にいるその男とは、面識はあるが気心が知れているというような感覚だの、仲間意識だのはない。どちらかというと厄介な相手だ。

「中尉、こちらでは問題行動など、起こしてはいないな?」

「……今のところは」

会うなりそういう台詞かよ。投げられた言葉の後、ガベルは思って露骨に眉をしかめた。ルーク・キャバリエール。階級は一応「少佐」だが、彼の本国の正規軍のものではない。あくまでミッシュ・マッシュ内でのものだ。戻っても中尉になれるかどうか、そんな司令部の「少佐」は、ガベルの答えに僅かに眉をしかめた。そして再び咳払いし、傍らの、同じ色の詰襟に、何やら目で合図をする。キャバリエールの隣の、年頃の似た詰襟は頷くと、ガベルに向かって言った。

「先達ての、君達が調べていたハッカーの正体が判明した」

ガベルの顔つきが再び変わる。男は構わず、

「ダルトゥーイに潜伏していると思われる、反ミッシュ・マッシュのテロリストだ。運の悪い事に、こちらの情報も多少なりとも盗まれている」

「何だって?」

思わず声を漏らし、ガベルがレイシャへと振り返る。レイシャは苦笑して、

「例の情報を引き出した、クーパー少尉が使用したルートを逆行されたらしい。被害はさほどではないが、君達の隊の動きが洩れている恐れがある」

「それで……こんなところまでお咎めに来たって訳ですか、少佐殿は」

うっわやっべ、こりゃ相当なピンチだぞ、オイ。胸の中、ガベルは誰に言うわけでもなく、ぼやく。強張った笑みを浮かべるガベルにもキャバリエールは眉をしかめる。苦笑して、レイシャが彼の代わりに答えた。

「わざわざそんなことでこちらまで出向いたりはしないさ。少佐はそのことでドゥーロー、と言うより、ヌゥイ側の視察に来られたんだ。こちらの情報管制に、不備がないかどうか」

「今度の新型は機関が威信をかけた、次世代機第一号でもある。今回のことで各国に下手な情報が流れたり、失態を演じてみろ。機関の運営に関わる事態になる」

キャバリエールが憤りの混じった声を放つ。ガベルはその態度に眉をしかめる。が、黙して、別の男が続ける言葉に耳を傾けた。

「機体の移送並びに君達の部隊の帰還を、一日繰り上げる。メイネア隊の警護は予定通りつける。が、今回の移送に関しては単なる「機体の移送」では納まらない可能性がある。「二次装備」の命令を出すから、そのつもりで……」

「「二次装備」だ?ミネアの第二ラインより向こうと同じ体勢で行けって?ちょっと待ってくれ、何だそりゃ。こっちはそんなにヤバいことに……」

「ガベル中尉、口を慎め」

傍らのメイネアが強い語調で言う。構わず、ガベルは喚き散らす。

「どういうことなのか、ちゃんと説明してもらおうか、ああ?一体全体何やってんだあんたらは!大体、こっちがヤバいのなんて俺達が来るより前からだろ?解っててなんで……」

「ヌウイ側の事は我々にも内々に知らされてはいた。だが確たるものが全くない状況で、下手に戦力をこちらに割けば、ミネア方面にも影響が出る」

喚くガベルを特に止めるわけでもなく、レイシャが言った。ガベルはその言葉に息を飲み、それから、乾いた笑い声を立てる。

「何です、そりゃ……ミネアの防衛線の前だったら、こっちはどーでもいいって、そういうことですか……」

「ヌゥイの衝突は「内戦」だ。ミネアでの交戦とは違う。だから出来る限り、中央基地を動かしたくはなかったんだろう。それに、ドゥーローはドゥーローの人間が守る。君達の手を煩わせようとは思っていない」

メイネアの、淡々とした声が聞こえる。ガベルは顔を上げ、いつも通りに憮然とした彼女を見遣り、

「「内戦」?」

「本来ならミッシュ・マッシュの関わるべき事態ですらない。が、組織の自衛も組織自身の役目だ。だから我々が動いている」

言葉の後、メイネアは嘆息する。ガベルはそれ以上何も言わず、続く、暗い詰襟の男の言葉を聞いた。

「近々大々的に叛乱分子の一掃を行う。その前に君達には無事、中央基地に戻ってもらいたい。出発は明後日の早朝になる。明日中に全ての作業と出発の準備を整える様に。以上だ」

「……俺達が、こっちに残ってそいつらをやっちまう、てのはナシですか?」

言葉の後、間をおいて、ガベルはその口許をゆがめた。ふざけた、質の悪いジョークにも聞こえない彼の提案に、狭い室内の数人が動揺の色を見せる。困ったやつだと言わんばかりに嘆息して、レイシャはそんなガベルを宥めるように言った。

「ガベル、ドゥーロー側は我々の手を煩わせないでくれる、と言っているんだ。素直に聞き入れろ」

「けどもしかしたら、後から「頼む、助けてくれ」なんて言われるかも知れんのでしょう?何しろ俺達はシル・ソレアだけじゃない、機関全体の「切り札」だ」

「南方面は我々が守る。中尉は大人しく自分の持ち場に戻れ」

ガベルの言葉に、返したのはメイネアだった。傍らの女性機関構成員を見、ガベルは苦笑する。そして、

「じゃ、お言葉に甘えて、俺達はさっさと帰らせてもらいましょうかね。けど少佐殿、もしこっちでなんかヤバいことになったら、俺達下っ端にもしっかり報告してくださいよ。てか」

言いながらガベルは、スティラ軍から出向している、機関司令部の男達を見遣る。名指しされたキャバリエールが僅かに慄いているのを見て、ガベルはどこか嬉しそうに言った。

「下っ端とは言え、あの木偶に乗れるのは俺達「戦争代行人(スーパーエリート)」だけだ。そういう事態をどうにかできるのも同じく。まぁそこんとこは、重々承知してもらってるとは思いますがね」

 

翌、早朝。

「あー、急な話だが、出発は明日になった」

その日のボガード隊の朝一のミーティングは、朝食と兼ねる形となった。挨拶の後の開口一番のガベルの言葉に、当然、隊員達はそれぞれの反応を見せる。

「は、明日、ですか……」

「また、急な話ですね」

「たった五日で引き取り、というのも忙しいのに、一日繰り上げ、ですか」

「まあでも、これ以降の事はシル・ソレアでも充分やれることですし。また改めてこちらにデータを送ればすむことですからね」

「ちょっとマチルダ、野菜、食べないの?」

「食わねぇ」

そんな中、ガベルの話とは全く関係ないやり取りもなされていた。好き嫌いの激しいマチルダと、それを何とか直そうとするマデリン、という図式は相変わらずだった。眉を吊り上げるマデリンとそっぽを向くマチルダに、呆れた様子でジェイクが、

「お前ら、隊長の話もちったぁ聞けよ?」

「聞こえてるよ、明日帰るんだろ?」

「え?なあに?明日ソレアに帰るの?」

言葉に、マチルダはやはり振り返らず、マデリンは目を丸くさせ、驚いたように言った。ガベルは笑いながら、

「ああ、予定が一日繰り上がった。で、昨日本人達から直接聞いてると思うが、戻るのに際して警護がつくことになった。昼からそいつらと細かい打ち合わせもしなきゃならん……機体の方はどうだ?」

「全機、訓練データの書き込みはほぼ終了しています。機体事体のサンプリングが、まだ……」

問う様なその言葉にフェーンが答える。ガベルは笑うのをやめて、

「ああ、そうか……稼動実験がまだだったな……とは言えその辺は、なぁ……」

言いながら、どこか困ったように言葉を濁らせる。挙手して、質問したのはコニーだった。

「隊長、新しい機体だからと言って、特に稼動データを取る必要もないのでは?」

「いや、良くは知らんが、こっちの開発部の方が細かいデータを欲しがっててな……しかしそいつをどうにかするヤツがなぁ……」

「そう言えば隊長、整備主任伍長はどちらに?」

困惑するガベルにフェーンが尋ねる。その言葉に乗るように、ジェイク、

「そう言えばあの、やたらと張り切ってた主任、昨日こっちにいなかったよな?俺達の機体の面倒、全部見るんじゃなかったのか?」

「カリナだったら、こっちの整備の手伝いに行ってんだろ?」

その疑問に答えるように行ったのはマチルダだった。その場の全員の視線がマチルダに向く。ガベルは苦虫を噛み潰したような顔になって、

「おいマチルダ、何だいきなり」

「何だじゃねぇだろ。一昨日だって言ってたじゃねぇか。手が足りてない、つって。だったらそれ以外、整備士に何か用でもあるのかよ?」

「あらあら、朝から冴えてるわねぇ、マチルダ」

背後から、聞きなれた、高すぎも低すぎもしない女性の声がする。マチルダは振り返りもせず、

「んだよババァ、聞いてたのかよ?」

言葉の直後、ぎりぎりとマチルダの耳が背後の彼女の手でつかみ上げられた。引っ張られる格好になってマチルダは立ち上がり、

「いってーっ、何すんだこの……」

「あら、これでしっかり目が覚めたでしょ?さ、ちゃんと挨拶しなさい、マチルダ」

マチルダの耳を引っ張ったまま、にこやかに笑っているのは、誰あろう、そのカリナだった。未だ朝も早い時刻だというのに、着ている作業用のツナギは油塗れの上、結い上げた髪はところどころほつれ、その表情にも僅かに疲れが見える。それに気付いたガベルがマチルダの次の言葉よりも早く口を開いた。

「何だ、もう一仕事か?」

「残念でした、やっと一仕事、よ」

「伍長、まさか昨日からずっと……ですか?」

溜め息混じりにカリナが言葉を返す。その言葉にフェーンが尋ねると、カリナはマチルダから手を離し、苦笑でそれに答えた。

「仮眠は多少、ってところかしら。睡眠不足はお肌の大敵なんだけど、そうも言っていられなくて」

「って、それってかなりヤバい状況ってことじゃ……」

そのカリナの言葉に思わずぼやいたのはレオンだった。その他のパイロットの表情も同時に強張る。カリナは苦笑のまま、

「その辺りは、現場の人に聞かなきゃ解らないけど、私達の方は確かに「戦争」だったわ」

「じゃあ今から休むのか?」

「まさか。シャワーを浴びたらすぐ貴方達のハンガーに行くわ。色々と遅れている上に、明日出発なんでしょ?」

ガベルの二度目の問いかけに、再び否と答えてカリナは息をつく。その傍ら、引っ張られた耳を押さえながら、マチルダ、

「ろくに寝てねぇババァがいじったマシンなんか恐くて乗れるか……いってー!!

言葉の直後、再び耳を捕まれ強く引っ張られる。カリナの表情は殆ど変わっていない。そんなカリナを見ながら、あからさまな驚きの表情で、エドが言った。

「本当に大丈夫なんですか?主任」

「ええ。全く寝ていないわけじゃないし、何とかなるわ」

「しかし、マチルダの言うことにも……」

「あら、少尉は私をそういう風に見てるわけ?」

「いや……それは……」

「そりゃ誰でもそうだろ」

体調不良の人間が整備したマシンには乗りたくない、と遠まわしに言おうとしたエドに、カリナが凄む。が、それをあっさり制したのはガベルだった。カリナはきつくガベルを睨む。そして、

「失礼ね、私がいつ仕事の手を抜いたって言うのよ?それに、シル・ソレアでだってミネアでだってしょっちゅうやってるわよ、こんなこと」

「それでその後倒れられるこっちの身にもなってみろ。ヒヤヒヤもんだぞ」

「それはそれ、これはこれでしょ?そんなことよりボガードはどうなってるのよ?どのくらい作業が遅れてるの?」

「稼動実験が丸ごと出来てない。明日の朝には出る予定だが、まだやることもあるし、そんな時間も取れそうにねぇな」

「何ですって!」

その言葉にカリナが血相を変える。そしてすぐにもきびすを返し、

「おいカリナ、どこ行く気だ?」

「決まってるでしょ、ハンガーよ!シャワーなんて浴びてる場合じゃなかったわ」

そのままカリナは振り返りもせず駆け去っていく。見送るガベルに、フェーンがおずおずと尋ねた。

「隊長……大丈夫、なんでしょうか……」

「な訳ねぇだろ……とか言っても、あいつが聞いた試しなんてねぇけどな」

「ってことは何だ?寝不足の整備主任が整備したマシンで帰るのかよ?大丈夫なのか?」

心底いやそうな顔で独り言のように意見したのはジェイクだった。傍らのコニーはそんなジェイクを無言で睨みつける。その言葉にガベルは苦笑して、

「ま、マシンの方は何の心配もねぇよ。あいつはそういうヤツだからな」

言葉の後、駆け去ったカリナを見送るように視線を投げる。

「機体の方はあいつの仕切りで完璧に仕上がってくる、心配は要らない。が、ちょっと困ったことになってな」

「困ったこと?」

彼方を見やるガベルから洩れた言葉に、フェーンが訝しげに尋ねる。苦笑して、ガベルは改めて自分の部下達を見遣り、言った。

「警護がつく上に「二次装備」で帰ることになった。意味は、大体解るな?」

 

「二次装備ってどういうことだよ、ああ?ミネアの第二ラインの向こうと同じレベルってことじゃねぇか!シル・ソレアに帰るのに集団戦の準備しろってのかよ、どーなってんだよ、一体!」

「何だあいつは、まだ喚いてんのか」

「要するに、腑に落ちないんだろう」

「確かに、それはそうかも知れませんが……」

ハンガー内にジェイクの声が響いていた。パイロット達は朝食時のミーティング後、全員そのハンガーに直行し、機体の調整を行なっている。マシンは巨大な兵器であると同時に、ラステルでも最新の高速演算機でもある。集積した稼動データを元に、マシン自身も自動的に多少の判断、調整などを行ない、パイロットがより良く戦闘に集中できるように補佐するのがその役目だ。とは言え最終的に実行の判断を下し、機体を操縦するのはパイロットであり、戦闘を行なうのは演算機ではなく機体の四肢である。そのため、データの移植以外にも、様々の調整、整備が必要とされる。

「ニーソン機、右脚部、補助ワイヤー三倍にして。ペダルの方は堅めの指示だけど、どう?」

「前の機体の二倍、ってところですかね。そう簡単にイカレたりはしませんよ」

自機について整備士達が話しているのが聞こえる。レオンは目を丸くさせ、

「前の機体の二倍って……おいちょっと待てよ、そんなんじゃロクに踏み込めねぇぞ?」

「半年前のミネア駐留で、少尉の機は内部機関の故障で動けなくなったことがあったでしょう?それより前から、他の人よりペダルの付け替えの回転がやけに速いの。ボガードは他の機体よりパワーもあるし、今まで乗っていた機体のつもりでアクセル全開にされると、転倒で自損、なんてこともあり得ない話じゃないわ」

整備主任がパイロットの意見を退ける。レオンはその言葉に眉をしかめるが、反論できないらしい。が、傍ら、カイルが言った。

「ペダルの設定はノーマルでいい。踏み込みが模擬戦闘データと違ってくると修正も厄介になる。それに、バランサーはサブでもつ。転倒やエンジンのオーバーロードもそれで防げるはずだ」

「カイル、いいこと言うじゃねぇか。流石は俺の相棒……」

「故障して困るのは戦闘稼動のペダルくらいだ。移動中は機体をこちらで操縦すればその問題もない。尤も、メインエンジンの管制はフォワードだ。出力調整は彼の責任になるから、百パーセントの保障は出来ないが」

レオンがカイルの意見に満面の笑みを浮かべるが、続く言葉にすぐさま渋面になる。構わず、カイルは続けた。

「この男は「逃げを打つ」という方法を知らない。だからこそ、出来る限り機体の戦闘能力は引き出したい」

その科白にカリナは苦笑して、冗談めかした言葉を返す。

「了解。ニーソン機は「闘犬仕様」で仕上げろ、ってことね」

「ちょっと待てカイル、それじゃ何か?俺は突っ込んでくことしか考えてない戦闘馬鹿ってことか?」

「そうは言っていない。ただ、逃げたりよけたりする回数が、他のパイロットより格段に少ないには違いないが」

レオンがカイルに掴みかかる。カイルはほぼ無表情で、その手を解こうとさえしない。カリナは指示出しだけして、次々に居並ぶマシンを巡っていく。

「二次装備だと……そう言えば、光学兵器ってどうなってたかしら?」

「光学兵器?ライフルですか?」

現在の全てのマシンメイスの主装備の一つである光弾ライフルの名前が出て、整備士の一人がカリナに問い返す。カリナは手にしていたチェックシートを覗きながら、

「そっちじゃなくて、新型用の、よ。ああでも、まだ接続実験もすんでなかったわね。ライフルは……このエンジンなら、アシュムと併用の、かなり強力なのが持てるわ」

「新型用の光学兵器?」

言葉に、尋ね返したのはフェーンだった。カリナはその前で足を止め、すぐ傍にある機体を見遣ると、

「今までの光学兵器は飛び道具だけだったでしょう?まあそれでもかなりのエネルギーが必要なんだけど。ボガードは予備も含めて三機の電源を積んでるから、サーベルの装備ができる設計には、なってるんだけど……」

「光学サーベルですか……近接近戦用ですね……」

何気にフェーンが呟く。カリナは苦笑して、

「そうね。あんまり凝った武器が出来ると、そちらのメンテも面倒なんだけど」

「けど、そいつが使えるようになりゃ、パイロットの頭数が増えなくても、ラステルの戦力はかなりアップする。今まで装備してた武器よりかなり使えるらしいからな。で、使いこなせれば、そいつの戦績もさくさく上がる」

その機体の足元にいたガベルが、カリナの意見に付け加えるように言った。フェーンとカリナは揃ってそちらを見遣り、続くガベルの言葉を聞いた。

「なんつーか……やっちまいやがるな、ここの連中も」

「やるって、何を?」

「メルドラの時も思ったが……こんなどでかい兵隊に、そんなとんでもない火器持たせて、大陸中を壊して歩くつもりかよ」

言葉の後、ガベルが嘆息する。フェーンは苦笑して、同じくその機体を見上げる。

「そうですね……ミッシュ・マッシュは、一体何をする気なんでしょうか。戦争が続けば国土は荒廃するし、人の心も荒んでいくのに」

ラステルは内陸部にある小さな国だ。メリノ、パナケアという二大河川の中洲を中心とし、かつては広大な穀倉地帯を擁し、また中間貿易でも栄えた。しかし現在ではその穀倉地帯も殆どが戦場と化し、諸外国との国交も途切れ、国土の上には人が暮らせる土地は、僅かしか残っていない。多くの一般市民は地下に建造された都市に暮らし、皮肉な事に、それが一般市民と戦争とを隔離している。軍、若しくは特務機関に属する人間だけが地表で活動することを許され、その情報の殆どが地下に伝わることはない。国家の独立の為に始まった戦争が膠着し、その理由を見失い始めて、どれほどの年月を経ているのか、まともにそれを認識している人間が、どれだけいるのか。

「だから責任者呼んでこいっつってんだろ!集団戦の装備で移動させられるこっちの身にもなってみろ!」

「ジェイク、いい加減になさい!」

整備士に当り散らすジェイクをコニーが強くいさめている。声に振り返り、ガベルは苦笑した。

「あー……俺らよりもっと青臭い、つーかやかましいのがいるな」

「……注意してきます」

同じくフェーンもそちらを見遣り、眉をしかめる。ガベルは苦笑のまま、

「構うな。あっちはあっちで何とか収まるさ。ジェイクのヤツも、何だかんだで色々不安なんだろ?」

「それは、そうですが……」

「ここで喚いて、それだけですめば儲けモンだ。二次装備の備品もついでに運べてラッキー、てな具合にな」

フェーンは眉をしかめたまま、そんな風に言ったガベルを睨む。そして、

「それですめば、の話でしょう?武装して出て行けと言われて、何事もなくすむとは考えられません」

「来る時ゃ殆ど丸腰だっただろ?それでもか?」

「それは……そうですが……」

問い返され、フェーンは口ごもる。ガベルは再びマシンを仰ぎ見、苦笑交じりに言葉を紡いだ。

「司令部の人間も馬鹿じゃない。今回も、色々と手は打ってる。確かにきな臭い話だが、あんな立派な警護まで付けてくれるんだ。そう心配すんな」

その言葉に、フェーンは何も言い返さず、その口許に苦いものが混じった笑みを浮かべた。その傍らではカリナが二人の様子を見ながら、困ったように嘆息し、

「そうね、フェーン君に余計な心配かけないように、アルの機もしっかり見なくちゃね。ところでエンジンの出力、最初から戦闘モードに設定してもいいかしら?」

「おいおい、俺達はシル・ソレアに帰るんだぜ?そんな派手な設定なんかいらねぇだろ?」

カリナの言葉にガベルが笑う。いたずらっぽい目で、カリナはそんなガベルに返した。

「あら隊長さん、それでも上からのお達しは「二次装備」なのよ?油断だけはしないでちょうだいね」

 

「それにしても、ここからシル・ソレアに戻るのに二次装備で、しかも警護がつくなんて、何だか物騒だなぁ……」

機体の前、それを仰ぎながら、エドは傍らのパートナー、ナナニエルに話しかける様に言う。同じ様にナナニエルも、その機体を仰ぐように見上げている。

「僕は、正直に言うと、戦争自体には反対だし、戦闘の成績も宜しくないからね……初搭乗から戦闘、なんてことにならないといいんだけど……」

言いながら、エドはそこで漸く振り返った。が、ナナニエルはと言うと、そんなエドの言葉が聞こえていないのか、どこかぼんやりとした顔でボガードを眺めている。

「ナナ?」

何気に、エドがその名を呼んだ。ナナニエルははっとして、

「っ……ごめんなさい、少尉……何でしょう?」

慌ててエドに向き直り、焦った様子でそう問い返す。エドは目をしばたたかせ、

「いや……大したことじゃないけど……疲れているの?」

言って、心配そうにその顔を覗き込む。ナナニエルは更に慌てて、

「いえ、平気です。そんな……」

「無理はしなくていいよ。何なら、後のことは僕が全てやっておくから、君は……」

「大丈夫です。自分の機なんですから、自分で見ます」

「まあ……でもこれは僕の機でもあるから、僕も見るけど……」

その様子に、エドは訝しげな顔のままで言葉を返す。ナナは軽く頭を振ると、今一度目の前に立つマシンを見上げた。出来上がったばかりの、まだろくにテスト稼動さえしていないそのマシンに乗って、明日には本来の配属地であるシル・ソレアに戻るのだ。しかも司令部からは二次装備の通達と、加えてこちらの精鋭の警護までつけられる。、という。ぼんやりなんてしていられない。通常、国内におけるマシンの移動に際して、戦闘態勢で望む、などということはありえない。誰も何も言わなくとも、それが尋常ではないことは解る。その尋常でない時に、多少の疲れで休んでいる余裕はないのだ。例え訓練が足りていなかろうと、睡眠が不十分だろうと、命令が下れば自分達はマシンを駆って出撃しなければならない。もしその為に命を落とすことになっても、それは理由にも、まして言い訳にすらならないのだ。

「ナナニエル……本当に平気かい?」

マシンに向き直ったナナニエルに、エドが再び問いかける。ナナニエルはそのまま、

「ええ、大丈夫です。少尉と私には二人乗りに際しての、戦闘もですがそれ以外の訓練も、他の隊員に比べてずっと遅れています。だからこそ余計に、しっかりしなくちゃ……」

「それはそうだけど……僕としては、君の体の方がずっと心配だな」

エドの言葉に、ナナニエルは視線を降ろし、傍らの男へと振り返る。目が合うと、エドは柔らかにその表情をくずした。その優しい目に、一瞬、ナナニエルは息を詰める。な、何、何なの?この人の、この顔って。思っているとエドはいつもの笑みを浮かべ、

「ほら、一応隊長にも言われているし。君はとても負けず嫌いだから、やり過ぎないように注意しろ、って」

「……そうですか」

何故か頬が上気して、慌ててナナはそっぽを向く。エドはにこにこ笑いながら、

「真面目なのは悪くないけれど、根の詰めすぎも良くないよ。それに、君だって解ってるだろう?体調管理も僕達の大事な仕事だよ。また昨日みたいに潰れて、動けなくなったりしても困るだろ?」

その言葉に、ナナニエルは眉をしかめる。何よ、結局そういうこと?エドはその表情の変化を知っているのか否か、にこにこのままで更に続けた。

「ここからシル・ソレアくらいの移動なら、僕一人でも、いっそ全部マシン任せでも何てこともないし、もし何かあっても警護まで付いているんだ。君がそんなに気張る必要はないよ」

その言葉に、ナナは更に眉をしかめる。この男は何を言いたいのか。まさか自分など隊にいなくても平気だと、そう言うのか。思って、ナナはとげとげしい口調で返した。

「お言葉ですが、この機体は私達のマシンです。確かに少尉の言うとおり、移動に関して言えばマシン任せでもどうということはないでしょう。でももし仮に、自機が戦闘に巻き込まれて、あまつさえその時に搭乗していたとしたら、全く何もしなくていい、ということは在り得ないと思いますけど」

「確かにそれはそうだね。でもね、ナナ、僕が言いたいのはそうじゃなくて……」

「休んでいる余裕なんてありません。明日にはシル・ソレアへ戻るんです。私なら、平気ですから」

ナナはそう言うと、もうエドに振り返ることはなかった。そのまま足早に機体に歩み寄り、傍にいた数人の整備士達と何やら話し始める。見送る形で取り残され、エドはしばし呆然とするも、すぐにもその場で苦笑を漏らした。

「おーおー、派手にやらかしてるなぁ」

声が投げられ、エドは振り返る。

「何がかな?ニーソン少尉」

「何って……さて、何かな?」

ニヤニヤ笑ってレオンがやってくるのが見える。そのまま肩に腕を投げかけられ、エドは目をしばたたかせた。

「僕はただ、彼女の体調について話していただけだよ?疲れていないかな、って」

「ほーお、体調について。案外過保護だな、あんた」

ニヤニヤとレオンはまだ笑っている。エドはそれに穏やかに笑い返し、

「彼女は僕の機のフォワードだからね。常に万全でいてもらわないと」

「そんななぁ医局できついの一発かましてもらやぁすぐ、だろ?ミッシュ・マッシュのスーパーエリート様が「今日疲れてグロッキーで」なんて言ってられるかよ」

言葉と共にレオンが、エドの肩に回していた腕を解く。エドは変わらない笑みで、

「確かにそうかもしれないね、君の場合は」

「俺の場合?何だ、そりゃ……」

「君のサポートなら、二晩くらい貫徹した後でも全く構わずに君をピットに押し込んで出撃するだろうなあって、そう思って」

言葉の途端にレオンの顔色が悪くなる。エドはまだにこにこ笑ったまま、

「僕はそこまで人非人じゃないし、彼女は仮にも年下の女の子だからね。だからしっかりサポートしてあげないと」

「ほーお……じゃ、昨日のアレは「しっかりサポート」だったのか」

じろりと、レオンがエドを睨む。エドはやはり「にこにこ」のまま、

「昨日……何のことかな?」

「とぼけんなよ。あの後あんたナナニエル連れて、自分の部屋に引っ込んだじゃねぇか。え?何してたんだよ、年下の女の子と、二人きりで」

強く、レオンがエドに詰め寄る。が、それでもエドはにこにこのまま、悪びれる様子も全くなく、

「ああ、そのことか。気になるかい?」

逆に問われて、怯んだのはレオンだった。エドのほうは痛くもかゆくもないらしい。笑顔は微塵も揺るがない。

「ニーソン少尉、一つ忠告しておくよ。一人で勝手に色々と想像するのは構わないけど、それを辺りに吹聴して回っても、痛い目を見るのはきっと君だけだ。特別倫理委員会なんかに目をつけられると厄介だから、以後、気をつけた方がいいよ」

レオンに、返す言葉はない。怯んで、言葉に詰まったままのレオンに、エドは更に言った。

「それに、そんなことを聞いても、怒るのは僕じゃなくて彼女の方だと思うな。君も「ミネアの闘犬」なんて仇名で呼ばれるくらいの人だけど、ナナニエルはナナニエルで、前線でずっとメルドラに乗っていたくらいのパイロットだよ?舐めてかかれば、噛み付かれるどころか、今回とは別の理由でこちらに「移送」されかねない」

「確かに、その男ならそのくらいの馬鹿はやらかしそうだ。以後、気をつける」

唐突に、そこにカイルが現れる。その言葉に、エドは満足したように頷き、

「じゃあ、この話はここまでにしよう。僕達はチームメイトなんだ、お互いの足を引っ張り合うようなことは、しないに越したことはないよ。じゃ」

そう言って、機体の前で整備士達と話しこむナナニエルに向かって歩き出す。レオンは自分が言い負かされ、カイルによって助けられたことに少々気分を害しつつ、それでも負けを認めないつもりなのか、

「ちょっと待て、エドガー・グリュー」

「……何だい?レオン・ニーソン少尉」

フルネームで呼び捨てにされて、エドは足を止めて振り返る。レオンはふてた顔のまま、そんなエドに問いを投げた。

「同僚に過多な感情移入すると、後が痛いぜ?」

「ああ……まあ、そうかもしれないね」

「それ以前に、ナナニエルはやめとけ。確かに「年下の女の子」だが、噛みつかれるくらいじゃすまないぜ?」

にやりと、レオンの口許が笑う。エドは苦笑して、

「ご忠告、どうも。でも彼女は人間だし、噛み付かれても大したことはないよ」

「そうかい?かなり手痛いと思うが」

「可愛いじゃないか、そのくらいなら」

そう言い残し、エドは再び歩き出す。最後の返答にレオンは一瞬息を飲み、そして、

「言いやがるぜ……凄いやつだな」

「何がだ?と言うかレオン、今のやり取りは何だ?単なる忠告にも聞こえなかったぞ」

カイルは笑いもせず、特に眉を動かしもせず、呟いたレオンに尋ねる。ははは、と乾いた笑い声を立てて、レオン、

「ミネアに出てメルドラでガンガンやってたようなの捕まえて「可愛い」ってよ……頭下がるぜ」

「だから何がだ?」

その言葉に、更なる疑問を深めるも、カイルはやはり首の一つも傾げない。そんなカイルに気付かないまま、レオンは小さく呟いた。

「食えねぇっつーか……恐えヤツ……」

 

「「二次装備」って……良く解んないんだけど……ねえマチルダ、マチルダはどうしたらいいと思う?」

「そーゆーのは整備の仕事だろ?任せとけよ」

自機の前で、マデリンがその機体を見上げながら尋ねると、マチルダはどこか面倒そうに答えた。隣と言うほど近くでもなく、放れていると言うほどでもない距離をとって、マチルダは鉄製の作業台の上に、マシンに背を向けて腰掛けている。投げやりで乱暴な口調にマデリンは僅かに眉をしかめるが、それに対して意見することはなかった。面倒くさそうなその態度には、かなり馴れた。マシンが好きではないことも、何となくではあるが解る気がする。だからマシンの傍ににいる時、マチルダはいい顔をしない。尤も、その他でも機嫌がいいことなど滅多にないのだが。

「でも「二次装備」って、集団戦の時の準備でしょ?戦闘とか、するのかな……」

「どうだろうな」

マデリンの言葉に、マチルダはやはり投げやりに返す。いくら訓練校で成績がトップであっても、マデリンに実戦経験はない。訓練機での模擬戦闘を何度繰り返しても、実戦と模擬戦闘では全くの別物だ。機体操作のための練習にはなっても、それが実際の現場でどれだけ役に立つかなど、解ったものではない。

「……恐いのか?」

僅かに間をおいて、マチルダが問い返すように言う。マデリンは打たれたように振り返り、

「こっ……恐く、なんか……」

「だったらびくびくしてんなよ。うぜぇから」

マチルダがマデリンを睨む。言い返すことも出来ず、マデリンは泣きそうな顔でそっぽを向いた。

「びくびくなんかしてないもん。あたし、何にも恐くなんかないもん!」

「ならいいけど。お前が固まっちまったら、困るのは俺だしな」

言いながらマチルダはちらりとマデリンを見、それから、機体へと向き直った。見上げるその巨体には、数人のエンジニアが取り付いている。見慣れた整備の光景だ。今日中に完装して、しかも二次装備という剣呑な状態で、明日になればここを出る。ミネアと呼ばれる東前線方面に移動する時には、その二次装備も珍しいことではない。ミネア基地は規模はそれなりにあるものの、シル・ソレアほどの設備が整っていない。物資も、中央基地からの補給がなければ瞬く間に底をついてしまう。ミネアにあるのは戦場だけだと誰かがいつか言っていたが、その場所には真実「戦争」だけが存在している。東方面、ミネア基地の周辺が、ミッシュ・マッシュが主に戦力を展開する戦闘区域である。そのためにマシンは常にシル・ソレアから移動し、入れ替わるようにしてミネアからも、シル・ソレアに部隊が戻ってくる。

その東方前線、ミネアと呼ばれている区域は大きく三つに分けられる。二次装備での移動がほぼ義務化されているのはミネアでも第二ラインと呼ばれる境界への移動あるいは戦闘状況であり、デッドラインと呼ばれる国境地帯の手前に移動する際には三次装備が義務付けられている。二次装備では集団での戦闘を想定した装備が、三次装備では単体での戦闘を想定した装備が課せられる。とは言え余程の事態が起きない限り、三次装備の命令が下ることはない。しかしその際最重要事項とされるのは勝敗よりも、単機であっても基地に帰還することだ。それは第三ラインで第二ライン以上に激しい戦闘が繰り広げられているためでもあり、また、敵国へのマシンの情報漏洩を防ぐためでもある。敗走する際、機体を現場に放置することは厳禁とされ、パイロットにはその装備品の全ての回収が求められる。もっとも、敗走の際にマシンが無傷であることは皆無である為、それが守られる事は殆どない。負傷したパイロットもまた「兵器」の扱いで、特務機関にとっては機密のカタマリである。生きながら他国に捕らわれる事も、表向きには由としていない。負傷しても命が有れば「改修」され「修理」される。それがある意味パイロット達を守っている、という皮肉な一面もあるのだが、それを快く思っているパイロットなど一人としていないだろう。

「「戦争代行人(スーパーエリート)」か……ジョークにもなんねぇな」

「何?マチルダ」

小さく呟いたマチルダにマデリンが尋ねる様に言った。マチルダは振り向きもせず、

「二次装備で動くってんなら、どっかに敵がいて、戦闘するかもって事だ」

「う……うん……」

「機体はシミュレーターよりもっとガタガタ動くし、ベルトしてても戦闘服着ててもヘッドギア付けてても、頭ぶつけたり口ん中切ったり、下手すりゃ鞭打ちになったりするぞ」

「……うん」

独り言のようなマチルダの言葉が続く。何が言いたいのか。ここで、構わないと答えるべきなのだろうか。そんな風にマデリンは逡巡していた。が、

「お前……やっぱり機から外れろ」

「えっ」

間をおいて放たれたマチルダの言葉に、思わずマデリンはそんな声を上げた。マチルダは振り返らず、機体を仰いだまま、繰り返すように言った。

「今日、今から先に帰れ」

「な……何言ってるのよ?だってあたし、このコのパイロットで、マチルダの……」

「どうせこの先も、実戦なんかできやしねぇだろ、お前に」

淡々と、落ち着き払った声でマチルダが言う。声に感情は感じられない。マデリンは狼狽して、思わず声を荒げた。

「でっ、できるもん!あたし、マチルダのサポート、ちゃんとするって言ったでしょう?」

「お前に、戦争なんか出来ねぇよ」

マチルダは顔を下ろした。真直ぐに見詰められて、マデリンが僅かにその場で慄く。射抜くようにマデリンを見詰めて、マチルダは言葉を繰り返す。

「お前に、戦争なんか出来ない」

「まっ……マチルダ!」

「ボガードはサブなしでもフルオートで動かせる。お前がいなくても平気だ」

ひらりと、座っていた作業台から降りてマチルダは機体に歩み寄る。マデリンはその場で立ちすくみ、震えながらそんなマチルダに言葉を投げつけた。

「何よ……どうしてそんな、意地悪言うの?あたしのこと、そんなに嫌い?そんなにあたしがいやなの?それとも、そんなに役に立たない……」

「役になんて立つかよ。訓練校出てきただけのガキだろ?お前」

蔑みの目でマチルダが振り返る。言葉と、その視線にマデリンは凍りつく。構わず、マチルダは機体にとりついている整備士に声をかける。

「ピットに入れてくれ。中の調整する」

立ち竦んで追う事も出来ず、マデリンはそこに固まっていた。マチルダは機体に乗り込むための小型リフトに乗り込んで、やはり振り向きもしない。

「マチルダのばか……ばかぁっ」

立たされたマシン胸部のコクピットが口を開く。乗り込む直前、マデリンの罵声が耳に届く。が、それでもマチルダは振り返らない。シートについて電源を入れると自動的にカメラが作動して、内壁のモニタにハンガーの様子が映し出される。マシンの足元で、マデリンは顔を覆って声を上げて泣き始める。幾人かがそれに気付いて駆け寄るのを見て、マチルダは眉をしかめた。

「ばかやろー……あんなとこ、連れてけるか……死ぬかもしんねぇのに……」

言葉の後、瞳から涙がこぼれる。無理やり拭って、マチルダはコクピット内の調整を始めた。

 

 

 

 

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Last updated: 2008/03/12