LACETELLE0062
-the CREATURES-

Act 2

マシンメイスのハンガーはオフィスから歩いて十分ほど離れた場所にある。テントとプレハブとを組み合わせたようなその建物は、単に建物、と呼べる大きさでもサイズでもない。その素材の組み合わせ次第では無限に広げられていくことも叶いそうなその建物の大きさに、マデリンはまず声を上げた。

「わぁ……広ーい……」

規則正しく等間隔に並べられた巨大人型兵器、そしてその整備の為にうごめく様々のものに、マデリンは目を奪われていた。人通りは多くはないが、広げられた屋根の下には重機と呼べそうな運搬機械や人を乗せて走る小型乗用車などが走っている。幾つかのマシンが並ぶ区域を分けるように、それらが移動する通路にはセンターラインまで引かれ、ここが一応の屋内である事も、ややもすると忘れてしまいそうだ。そんなマデリンを、マチルダは呆れた様子で少し離れた場所から見ていた。不機嫌はその顔から拭われず、むっつり結んだ唇と膨れた頬はオフィスを出たときから全く変わらない。ぐるぐると辺りを見回し、マデリンがまた声を上げる。

「うっわぁ……大っきーい……」

視線の先にあったのは一台のマシンメイスだった。視線も、そして心も奪われて、ふらふらとマデリンはそちらに歩き始める。

「おいお前っ……勝手に歩くな!」

「うわぁ……すごぉい……本物だぁ……」

制止しようとするマチルダの言葉など聞かず、手近、と言っても数十メートル先にあるマシンに向かい、マデリンは駆け出していた。ちっ、と忌々しげに舌打ちしてマチルダもそれを追って走り出す。辿り着いた一台のマシンの前、マデリンはその目を輝かせて、自分よりもはるかに大きなそれを仰ぎ見る。背後から追ってきたマチルダに気付いたのか、そのままマデリンは尋ねるように言った。

「ねぇねぇ、本当にこんな大きなもの、動かしてるの?動かせるの?」

「お前っ……勝手に走るな!その辺走ってるリフトに撥ねられても知らないぞ!」

追い付いたマチルダはそれには答えず、マシンに心を奪われているマデリンにそう怒鳴りつけた。しかしマデリンは振り返ることなく、そして質問への答えがないことなど全く気にせず話し続けた。

「すごい、本物よ!こんなに近くで見たのって初めて……ねぇこれに触れるの?乗れるの?すごいすごい……あたしこれからこれに載って動かせるんだわ!!訓練校のテキストの3D写真とじゃ、全然迫力も違うしー……かぁっこいいーっっ、きゃーっ」

「……かっこいい?」

言ってはしゃぎ始めるマデリンの言葉に、マチルダは眉をしかめる。マデリンはそれに気付くわけもなく、

「だってそうでしょ、かっこいいわよ!見た目もスタイリッシュだけど、これってラステルで一番の……」

「お前、一体ここで何してるのか、解ってるのか?」

振り返った長ご機嫌のマデリンに向かい、怒りの表情のマチルダが怒鳴るように言った。とたんにマデリンは笑うのをやめて、

「……え?」

「ここにあるのは兵器で、俺達は戦争やってんだ!そいつはガキのおもちゃじゃねえ、人殺しの道具なんだぞ!」

怒鳴りつけられたマデリンはそれまでの興奮も忘れて息さえも詰める。マチルダは眉を吊り上げ、そんなマデリンを更に怒鳴りつけた。

「いい加減な気持ちで来たんだったら、今すぐここから帰れ!うちに帰って大人しくしてろ!」

「ごっ……ごめん、なさい……」

本気で腹を立てているマチルダに、とっさにマデリンが謝罪する。が、どうして突然怒り出したのかまでは解っていないらしい。その表情は謝罪しているというより混乱している様子だ。マチルダはそんなマデリンを睨めつけて、今度は低く、そして強く言った。

「俺の前でこのガラクタ褒めんなよ?今度やったら殴るからな!」

「っ……うん……ごめんなさい……」

怖いなぁ、何よ急に怒ったりして。返事をしながらもマデリンは心の中でそう毒づいていた。フン、と鼻先で強く言って、マチルダはそんなマデリンから露骨に顔をそらす。理由はいまいちよく解らないが、怒らせたことに困りながら、マデリンはもう一度、今度はこっそりとマシンを見遣った。そして、見るなりまたかすかに笑みを漏らす。周囲のマシンも、同じく立てられているものもあれば、寝かさせて、解体されているものもある。揃いのツナギを各自で好きなように着ているのは、恐らく整備担当者だろう。あちらこちらで歩き回ったり、運搬用リフトに乗ったり、整備用の高所リフトで立たせたマシンの胸部付近にまで上っていたりと、それぞれに何かしらの作業を行なっていた。

兵器は、国家の重要機密だ。機関の構成員になるための訓練校にいても、そこに届くデータはほんの一握りしかない。パイロット候補生でも、本物の機体を見られるのは配属したその後だ。目の前に広がるのは想像を絶する光景である。それを動かすために構成員になったマデリンが驚き、はしゃぐのも無理はないことだった

「マチルダか、何騒いでる?」

太い声は不意に投げられる。怒りを顕にしたままのマチルダはちらりとそちらに視線を向けた。同じく声に気付いたマデリンは、現れた見知らぬ男を見てその目を丸くさせる。伸び放題に見える黒髪の、前はなでつけて、後ろはとりあえずくくった、薄汚れたツナギ姿の大男は、目が会ったマデリンを見、かすかに笑う。

「見ない顔だな……誰だ?」

がっちりした体躯の、人懐こそうな顔の男が誰にともなく問うように言う。自分の顔を覗き込むようにするその男にマデリンは辟易し、かすかにその身をこわばらせる。

「今日付けで入ってきたヤツだよ」

面倒くさそうに答えたのはマチルダだった。その答えに男はその目を見開き、何かに思い当たったらしく、ああ、と声を漏らす。

「このおじょうちゃんが噂の相方候補か……へぇ……」

男はマデリンの目の前まで歩み寄ってくる。おじさん誰、と、マデリンが言うより早く、男はその大きな手を差し出して名乗った。

「ようこそ、ミッシュ・マッシュへ。俺はガトル・スライサーだ。こいつは俺達の隊の機体で、ザラ。以後よろしく、少尉」

「……マデリン・レイシャです」

差し出された手を恐る恐る握ってマデリンが名乗る。スライサーは子犬にでも出会った少年のように笑い、手を離すとまたマチルダに声を投げた。

「マチルダ、ツアーのナビゲーションか?」

「ツアーって言うな、任務だ」

「初めての場所の案内だろう?ツアーじゃねぇか。ハンガーに来る前にはどこに行った?」

「まだ何も見てない。今F入り口から入ってきたら、こいつが……」

スライサーの質問に答えるマチルダの口振りは相変わらず乱暴だった。全く気にしていない様子のスライサーは、子供のように大袈裟に表情を変えて、

「へぇ、そうかい……レイシャ少尉はマシンに興味があるのか?」

「え、あたし?」

突然問いを投げられ、マデリンは目を丸くさせる。そんなマデリンを見ながら、しかしやはり構わず、スライサーは再び口を開く。

「レイシャって……そう言えば少尉は大隊長のお嬢さんだったな」

「ど、どうして知ってるの?おじさ……じゃない……スライサー……さん?」

戸惑いつつマデリンが返す。スライサーはわはは、と声を立てて笑うと、

「知ってるも何も。ここ最近は基地中お前さんの噂で持ちきりだぜ?レイシャ大隊長のところの末っ子が入隊してくる、ってな。しかもマチルダと年もそう変わらないって……」

「ガティ、こんなガキと俺を一緒にするな!」

怒鳴ったのはマチルダだった。かすかに驚くも、スライサーは動揺した様子もなく、相変らず笑っている。そして重ねてマデリンに尋ねた。

「で、レイシャ少尉。マシンに興味があるのか?」

「うん……今日初めて見たんだけど……すごく大きくて、びっくりしちゃった……」

答えながらマデリンは再び、最寄りのマシンを見遣った。全高約十五メートル、機体の重量は装備その他で変動するが七トンから十トン。巨大人型兵器、と呼ばれるそれは、十二歳でも標準よりやや小さいマデリンからすれば、まさに巨人だ。そんな巨人を見ながら、マデリンは思ったままを素直に言葉にする。

「パパも昔、これに乗ってたんだって聞いて……小さい頃から、本物のマシンが見てみたくて……それであたし、入隊テスト受けたの」

「へぇ……そいつはまた」

「のん気なもんだな」

感嘆の声を漏らすスライサーに対し、冷めた、呆れた言葉を発したのはマチルダだった。マデリンは眉をしかめ、そんなマチルダを見遣る。マチルダはあからさまにマデリンに嘲りの笑みを向けていた。何やら険悪な様子である。スライサーは苦笑を漏らし、肩を軽くすくめると、

「マデリン、ハンガーもまだろくに回ってないんだろう?」

「大尉、余計なことすんなよ。どの道まだ機体が届いてねぇんだから、ハンガーなんて場所だけ解ってりゃ……」

「何言ってる、マチルダ。ここで迷子になったら困るだろう?ぐるっと一回りくらいしていけ。何なら、俺がそいつで載せて回ってやってもいいぜ?」

マシンの足元のジープを示してスライサーが言う。反論しかけたマチルダは途中でそれをやめ、チ、とその場でまた舌打ちした。マデリンは目をしばたたかせ、

「ジープ?」

「ここはかなり広いんでな。向こうからこっちまで歩いてたら日が暮れちまう。ドライブするには短い距離だが、どうだ?少尉」

スライサーの言葉にマデリンは目を丸くさせる。マチルダはそっぽを向いたままで何も言わない。何やら楽しそうな男の顔と、はなはだ不機嫌そうな子供の顔とを見比べると、マデリンは言った。

「じゃあ……お願いしてもいい?スライサー……大尉?」

その声にマチルダが驚きと嫌悪の混じった顔で振り返る。スライサーはにこにこと笑って、

「じゃ、ちょっと待ってろ。おじさんが今、車回してきてやるからな」

そう言ってゆったりとした足取りでジープへと歩き出す。あの人、何がそんなに楽しいのかな。首をかしげたままでマデリンは思い、先ほどよりさらに不機嫌な顔になったマチルダへと振り返る。マチルダはそんなマデリンをじろりと睨みつけ、

「何だよ?」

「何って……あの人、マチルダのこと、気に入ってるの?」

何気なく、マデリンが思ったことを口にする。マチルダは不機嫌のままに首をかしげ、

「は?」

「だって、楽しそうよ?」

マデリンの重ねた問いの後、マチルダ何も言わなかった。何考えてんだこいつ、とでもい痛げなその顔に、マデリンも、何か変なこと言ったかしら、と、また首をかしげる。わずかの間の後、マシンの足元のジープが二人の前に回される。

「待たせたな、乗れ、二人とも」

ドライバーシートに載ったスライサーが声を投げると、マチルダはそのナビシートに、マデリンは後部座席に乗り込んだ。ジープはすぐにも走り出し、走らせながら、新入隊員に興味津々のスライサーが口を開いた。

「ここには機関内で駆動可能なマシンが、常時全体の約半数が詰めてる。お前らのマシンが到着すると……それでも百機に満たないが、それなりの数になるな」

巨大なドームの中をジープが進む。並んでいる大きな人型兵器は林立する巨石のようにも見える。ふわぁ、と、マデリンはその様子に感嘆の声を漏らした。そんなマデリンにスライサーが尋ねる。

「よっぽどマシンが好きみたいだな。今時その年で適正試験を受ける、なんて。学校はどうした?」

「義務教育の分なら、全部終わってるわ。だってパパとママが、それがすまなかったらダメ、って言うんだもの」

走るジープの後部座席で、流れる風に負けない程度の高い声でマデリンが答える。耳につくその声に、スライサーはその目をわずかに見開いた。

「へぇ、その年でか。なかなかやるな、少尉」

「そんなの。訓練校で色々やるのよりずーっと簡単、って言うか楽ちんよ。うちにいればママがご飯も作ってくれるし、あたしは学校に行って勉強してればいいだけだもん」

関心仕切りのスライサーの言葉をほぼ一蹴するようにマデリンが言う。その口振りにスライサーはかすかに苦笑を漏らした。十二歳の新人は、その驚異的な低年齢と同じくらいに手ごわそうだ。思って彼はちらりと隣のマチルダを見た。マチルダは不貞腐れて、興味がない、とでも言いたげにそっぽを向いている。

「学校なんて簡単、だとよ、マチルダ」

「大学まで出てるおっさんは、形無しだな」

そして隣りの十二歳も、言うことは辛らつである。スライサーは肩をすくめ、

「確かに。ここで必要なのはあいつに耐えられるだけの体質と戦闘センスだけだ。学歴なんて関係ない……それでもスキップはすごいことだが」

小さくつぶやいたその声が聞こえていないのか、マデリンは後部座席で流れる景色を目で追っていた。そして、問われるわけでもなく、誰に答えるわけでもなく言葉を続けた。

「パパもママも、あたしがミッシュ・マッシュに入るの、すごく反対だったの。子供の遊び場じゃない、って何回も言われたわ。でもあたしだってパパの娘だし、大変なお仕事だって言うのは解るわよ。だって隣のうちのパパなんて毎日ちゃんと家に帰ってくるけど、うちのパパは滅多に帰ってこないんだもの。それだけでも十分よ」

「まあ……そんな簡単なレベルでもないけどな」

「簡単でも大変なのは解るじゃない。自分のベッドで毎日寝られないのよ?大変でしょ?」

スライサーのぼやきにマデリンが反論する。何と言うか、十二歳で義務教育スキップ、その他にも鳴り物だらけの新人は、奇妙なところがまだ子供だ。思ったスライサーは先ほどとは別の意味で苦いものの混じった笑みをこぼす。マデリンは全く構わず、ただ流れていく景色の中のマシンだけを見て更に言った。

「ママが言ったわ。貴方には戦争って言うものが解ってない、って。解んないわよ、見たことないもの。でも、パパが出かける前の夜、毎回ママが泣いたりしてたら……泣いたりはしないけど、変な顔して、あたしが遊びに行くときよりも一杯時間かけて「行ってらっしゃい、気をつけて、愛してるわ」なんてしてたら……子供にだって、もしかしたらもう会えないかも、って、思うじゃない」

「まぁ……そうだな。でも、だったらお前自身も、もうママに会えなくなるんじゃないか、って、そうは思わなかったのか?」

独り言、しかもどこか愚痴のようなマデリンの言葉に、スライサーが問い返す。マデリンは眉をしかめて、

「でも、十五歳になったら、結局パパやママとは別々にされちゃうのよ?」

義務教育期間が終了すると、地上居住者、主に特務機関構成員の家族は親元から離され、地下の一般居住区に移住する事が義務付けられている。十五歳以上の機関構成員の家族でも非機関構成員は一般市民であるため、地上に生活することは許可されていない。

「それじゃ、パパとママと一緒にいるために、少尉はこんな処に入ったってのか?」

呆れ声でスライサーが言う。マデリンは頬を膨らませ、

「何よ……別にそんなこと、聞かれなかったし、言う必要もないじゃない」

否定しない、ということは、どうやらそれも理由らしい。やれやれ、ここは保育所じゃないんだが。思いながらスライサーは溜め息をついた。マチルダも、その隣りで彼とは別な感情のこもった息を吐き出し、余り小さくない声で一言、言った。

「ガキ」

「何よぅ!パパやママと一緒にいたくて、何が悪いのよ!うちのお兄ちゃんとお姉ちゃんなんか、ひどいんだから!清々した、とか何とか言って、あたし達のこと、捨ててっちゃったのよ?信じられる?家族なのに!」

ヒステリックにマデリンが叫ぶ。スライサーは乾いた笑い声を立て、

「まあそう……極端な事はないと思うが……」

「そんなことあるわよ!パパもママも、一生あんな生活していかなきゃいけないのに、それがいやだって言ったのよ?毎日帰ってこられなくて、いつ帰ってこられなくなるかも解らないのに……あたしくらい一緒にいてあげなかったら、二人とも、かわいそうじゃない」

スライサーのやや遠慮がちな反対意見も一蹴してマデリンが言う。その勢いにそれ以上反論もできず、スライサーはまた乾いた笑い声で笑った。

様々の重機類やマシンメイスの群れが途切れる。ジープは一際開けた視界の場所に出て、そこで止められた。換算とした広場の手前には数台の重機と、白い箱が幾つか並んでいるだけで、それまでの、整然としながらも奇妙なプレッシャーが感じられる光景とは一転していた。高圧的な何かが取り払われたその場所で、マデリンの表情は一変する。

「何、ここ。空き地?」

それまでの口調とは一転した子供っぽい声でマデリンが、誰にでもなく問う。振り返らず、スライサーが言った。

「ハンガーの果てさ。この先には、まだマシンが入ってない」

「まだ?」

「置き場がないってんでシミュレーターだけ置かれてるが、お前らのマシンが入る場所さ」

スライサーがいたずらっぽく笑う。問いに対する答えの後、何も言わないままマデリンはジープを降りていた。視線は、その白い箱に釘付けだ。

「シミュレーター……これが?」

三メートルほどの高さがあるその大きな箱に駆け寄り、マデリンはまじまじとそれを見詰めた。壁面にはブルーブラックとも深い紫とも着かない色で「type-b」と記されている。

「タイプb?

「お前らの新型の仮称だ。正式配備までは名前も外見も、全部伏される」

スライサーがジープを降りる。マデリンはやってくる彼へと振り返り、

「そうなの?本当の名前は?」

「さあなぁ。俺は部外者だから、それ以上のことは……」

「マチルダー、あたし達の乗るコって、何ていう名前なのー?」

答えない、というよりそれを知らないスライサーの言葉を待つこともなく、マデリンはジープのナビシートに腰掛けたままのマチルダに大きな声で問いかける。マチルダはその眉をぴくりと動かして、

「……『コ』?」

「名前よ、名前。「タイプb」なんて、可愛くないじゃない」

マデリンが口を尖らせて言う。マチルダはゆっくりと顔を上げ、嫌悪もいいところの顔でマデリンを見、

「そんなののどこが可愛いんだよ?大体それ、まだ箱だぞ?」

「だったらこれからつければいいわよね?b、bかぁ……ブランシュ、とか、そんな感じかなぁ……」

一人、奇妙な事でマデリンは悩み始める。何だ、これは、こいつの反応は。思いながらマチルダはスライサーを見遣る。スライサーもそんなマチルダの視線に気付き、肩をすくめて苦笑いを漏らす。どうやら、相当のマシン好きらしい。戦闘兵器に名前をつけよう、とは。二人して思っているのはそんなところのようだ。そんな二人に全く構わず、マデリンは白い大きな箱の前をうろつき、しながら、

「早く本物に会いたーい……どこにいるの?あたし達の乗るコ。そう言えば、そのコにマチルダと二人で乗るのよね?」

言ってマデリンはマチルダに振り返る。マチルダはジープから降りることなく、マデリンを見ずに言った。

「……どうだろうな」

「え?だってさっき隊長に言われたじゃない。二人乗りだ、って。あたし、あなたのサポート役になるんでしょ?サポート、って言うのがちょっと不服だけど……」

「俺はそんなの、いらない」

その場できっぱりとマチルダは言う。マデリンは目を丸くさせ、言葉を途切れさせた。マチルダは忌々しげに眉をしかめ、舌打ちし、

「大尉、戻るぞ」

「まっ……ちょっと待ってよ、マチルダ。これ、あたし達の乗る機体のシミュレーターなんでしょ?中覗くくらい……」

その声にスライサーよりも先にマデリンが反応する。駆けて戻ったマデリンをマチルダは見ることもなく、荒々しく言葉を投げつけた。

「俺はサポートなんかいらないし、一人でなきゃマシンにも乗らない!乗りたかったらお前一人か、他のやつと組め!」

シミュレーターのそばではスライサーが驚き、そして少し困ったように二人を見ている。そんなスライサーの存在など忘れたように、ジープの傍、マデリンも口を開く。

「で、でも!上官の命令って絶対だし、パ、パパだって貴方みたいな子がいるから、あたしのことここに入れてくれたのかもしれないし!あたし、まだ本物なんて!」

「ミッシュマッシュにパイロットで入ったら本物のマシンに載って戦闘するのは当たり前だろ。何のために訓練校があると思ってんだよ?」

喚くようなマデリンの言葉にマチルダは取り合わない。わずかに混乱するそんなマデリンを見、マチルダは更に言った。

「俺は十才でここに入ってすぐサヴァに乗った。三日目で現場に立って戦闘もした。あそこでそのくらいできるように仕込まれてんだろ?そのためにシミュレーターもあるし」

「そっ……そうだけど……」

「結局甘えてんじゃねぇか、ふざけんな、ガキ」

言葉の後、マチルダはマデリンから目をそらす。馬鹿にするでもなく、怒っているようでもなく、冷めた横顔を目の当たりにして、マデリンは思わず息を詰めた。

「お前がパパやママをどうやって言いくるめて入隊したか知らないけど、ここで子供の甘えなんか通じると思うなよ。俺達は兵器で、戦争するために飼われてるんだ。マシンに乗れなきゃパイロットなんてクズ以下だ」

息を詰めていたマデリンの表情が、今度は一瞬で怒りに変わる。マチルダが不貞腐れたその顔でそれを見ると、真っ赤になった顔でマデリンは怒鳴った。

「何よ、あんただって子供じゃない!!あたしより背だって低いくせに、威張らないでよ!!

その怒声に驚いたかのようにマチルダの表情も変わる。少し離れてみていたスライサーも目を丸くさせ、しかし傍観の態度は変わらなかった。驚いたマチルダは自分に対して憤り丸出しのマデリンに、思わず聞き返す。

「……何だと?」

「聞こえなかったの?だったらう一度言ってあげる。あんただって子供でしょ、ちびの癖に威張らないでよ!」

マデリンがべろりと舌を出して見せる。ひくひくとマチルダの額が痙攣を始め、

「んだと、このガキ!お前だって人のこと言えるほどでかくねぇだろ!」

どうやら、逆鱗に触れたらしい。しかもそこかよ。二人を見ていたスライサーは内心そんな風につぶやく。確かにマチルダは小さいが、そんなにちびでもないだろう。回りが大人ばかりで目立ちはするが、まだ十二だし、気にするほどの事か。身の丈二メートル近い、しかし巨漢と言うには微妙な体躯の男は腕組みして、子猫のケンカにも見え始めたそれを眺めていた。

「あたしはいいのよ、小さくても。女の子なんだから、そんなに大きかったら可愛くないでしょ」

「自分でも認めてんじゃねぇか、ちび」

「でもあんたにそういう風に言われたくないわ。それに、ガキとかちびとか言うけど、そっちの方がよっぽど子供でしょ?隊長に叱られてからずーっとすねてるなんて」

ハハン、とマデリンが鼻先で笑う。マチルダはジープのナビシートから身を乗り出し、

「何だと?いつ俺がそんなっ……」

「何よ、違うって言うなら何怒ってるのよ?こっちが仲良くしてあげようって言うのに、ずーっとムッツリしてるじゃない。失礼しちゃう」

ぷっくり頬を膨らませ、マデリンはそっぽを向く。マチルダはジープのドアを開けもせず、身を乗り出した窓枠から外へと出、

「何が「仲良くしてあげる」だ!そんなのお断りだよ!なんで俺がお前なんかと……」

「お前なんか?なんかですって!」

ぎゃあぎゃあと、その場で二人はやりあい始める。スライサーは冷や汗して、困ったようにその場で笑った。やれやれ、参ったな、こりゃ、とでも言うような顔で彼がそれを眺めていると、移動用カートがその近くに乗り付けられた。ジープより小さく、人一人とわずかな工具を載せる事ができる小さな乗り物からこけつまろびつ降りてきたのは、

「何だ、フェーン。どうした?」

「どうした、じゃありませんよ、スライサー隊長。マチルダが貴方と一緒だと聞いて、探しに来てみれば……」

まだ若い、新部隊の副長はスライサーと顔を合わせたその時、すでに疲れている様子だった。こいつも大変な事だな、と同情するように思い、スライサーは困った顔で言った。

「俺がやらせたんじゃないぞ」

「当たり前です。貴方にまでそんな真似をされたら、機関の収拾がつかなくなる」

「どういう意味だよ、それは」

嫌悪の表情でスライサーは返す。フェーンはもうスライサーに興味はないらしい。そちらを見ることもなく、今にもつかみ合いになりそうな二人の元へと小走りにかけていく。

「何よ何よ何よ!ちょっと先輩だからって威張んないでよ!」

「ちょっとじゃない。俺は二年もここにいるし、スーパーエリートの中でもスーパーエースって呼ばれてるんだ!ずぶの素人と同レベルにすんな!」

「言っておきますけど、あたしだって今まで遊んでたわけじゃないんですからね!訓練校でずーっと、マシンに乗るために訓練もしたし、成績だって、今期じゃ一番なんだから!」

「マチルダ、マデリン、何をもめてるんだ」

駆け寄ったフェーンが怒鳴りつけるように強く言う。同時に二人はそちらを向き、

「うるさい!」

「外野は黙ってろ!」

「……何とも絶妙なタイミングだな、ありゃ……」

一人、傍から見ていたスライサーがつぶやく。二人から同時に怒鳴り返されたフェーンはそれにやや怯みつつも、けんかをしている二人の仲裁に入ろうとする。

「おーおー……本当に子守りかよ。大変だな、スーパーエリート内でも超の付くスーパーエース様が」

そんな言葉とともにそこにまた一人、ややいかつい男が現れる。少し遠くから、しかし明らかに自分に聞かせるように響いたその声にスライサーは目を上げた。口論の真っ最中の二人と、その傍で負けじと声を放つフェーンの向こうにまた一台カーとが増えていた。そのカートから降りて、三人の横を通り抜けてやってきた男の姿に、スライサーは目を丸くさせた。

「何だ、シロ。こんな端っこに何か用か?」

「フェーンがまたマチルダ探し回ってる、って聞いてよー、何か面白そうかと思って」

現れたのは先ほどもハンガーでフェーンをからかうようにしていた男、シロ・グランドだった。スライサーはその、暢気で無責任な物言いに眉をしかめ、

「そうか、俺はお前と同類に数えられたのか」

「何だ、ガティ。変な顔して。俺様ほどのハンサムじゃないけど……いやハンサムじゃないからこそ、笑顔を忘れちゃいかんな」

言葉の後、うむ、とか言いながらシロがわざとらしく腕組みして頷く。呆れもいいところの顔で、

「お前と一緒にされるってな、その大事な笑顔も忘却の彼方になるくらいに嫌なことなんだよ、俺にとっちゃ」

「ガティ、そりゃないぜ。俺もお前も「トリオG」の仲間じゃないか。付き合いだって短くもないし」

真顔でシロが言うのを聞く前にスライサーは溜め息をつく。「トリオG」というのはアストル・ガベル、シロ・グランド、ガトル・スライサーの三人の名前に共通する子音の一文字から取られた仇名である。ほぼ同期で親しい間柄でもあるこの三人は、機関内でも屈指のパイロットでもあり、その三人が決起すれば三機のマシンでラステルも潰せる、とまで言われている。それは機関構成員全員から向けられた畏敬の念を現すとともに、三人の人間性も揶揄していた。特別に賢くも愚かでもないが、何をしでかすか解らない。そして、何かをしでかして余りある実力者だと。それは実力を認めてくれるからこその仇名ではあるが、スライサーにとっては迷惑もいいところだった。ちなみに、その三人の中で一番悪名が高い男が、そこにいるシロ・グランドだ。プラチナブロンドの髪にアイスブルーの瞳、しかもそれが割合整っているため、見た目だけは女性受けがいい。しかし、言動にかなり問題がある。彼が「面白そうだ」と言って手出しをした事柄の結果が、ろくなものだったためしはない。

「俺はお前と違って真面目に国家に勤めてるんだ。一緒にされてたまるか」

言ってスライサーはその場を離れ、そろそろ困り始めたであろうフェーンに向かって歩こうとする。その背中を呼び止めたのはシロだった。

「あ、そーだ、スライサー大尉」

「何だ、急にそんな呼び方して。気持ち悪いな」

「いや、業務連絡、つーか」

振り返ったスライサーに睨まれながらも、シロは全く変わらない顔で言った。

「さっきここに来る時、エンデルクが探してたぞ。機のチェックしてたんじゃなかったのか?」

聞き覚えのある名前とその言葉にスライサーは固まる。きょとんとしたような顔でシロは固まった彼を見ていた。ロイド・エンデルク。スライサーの率いる小隊の副長の名前である。階級は中尉、だが、スティラ軍出身、というややこしい経歴を持っている。

「あいつ時々ケルヴィナーとつるんでるもんなー、ミッシュ・マッシュの人間、っつーより向こう寄りだろ?どっちかっつーと。まあ自分の仕事放置でマチルダ構ってた、とか言う話になっても、小言が増えるだけで、特に支障もないだろーけどさ」

ロム・ケルヴィナー、スティラから出向しているミッシュ・マッシュ参謀部の下士官の名である。階級は高くはないが、彼に連なる上官の中にはパイロットの進退を一声で決定できる権限を持つ人間もいる。悪い評判がそちらに流れるのは、余り好ましい事ではない。

「まあ俺達なんか別に、階級も進退も、どうなってもいいって言えばいいけどな」

けろっとした顔でシロが言う。が、スライサーはやや表情を強ばらせ、

「何だよ、ガティ。そんな恐いツラして」

「カート借りるぞ。お前はあいつに乗って戻れ」

そう言うと駆け出して、シロの乗ってきたカートに飛び乗り、すぐにも走り出す。ほぼ一瞬で終ったその一連を見送ってからシロはその場でにやりと笑い、

「真面目だなぁ、ガティは。本気にしてやがんの」

そう言って再び、騒ぎの方へと目を向けた。ちらほらと、ギャラリーも集まって来ている。こんなところで何をしているんだ、というのは、その辺りにいる人間の誰もが思うことらしい。次第に、人の垣根が出来ようとしていた。

「誰がこんなちんくしゃと一緒に」

「ちんくしゃ、ちんくしゃですって!!

面白そうな騒ぎはその勢いを更に増しているようだ。ますます楽しくなってくる。シロは思いながら、騒ぐ二人を止められずに、けれどそれを諦めも出来ないでいるフェーンの元へと歩き出す。

「二人とも……本当に、いい加減にしてくれ」

フェーンが疲れた声で、それでも何とか仲裁を試みる。歩み寄ったシロはニヤニヤ笑いながら、今ここに来たかのようにわざとらしくフェーンに声を掛けた。

「よぉ、超スーパーエース、こんなところでまた子守りか?」

フェーンは疲れた顔を上げ、しかし次の瞬間シロをにらみつけていた。シロは笑ったまま、

「何だよ、そんなおっかない顔して。ハンサムが台無しだぞ」

「貴方は引っ込んでいてください、中尉。話がややこしくなる」

「いきなりかよ……嫌われたもんだな、俺も」

「朝の事を思ったら、誰だって貴方に近くに来てもらいたくありませんよ」

「でも何やってるのか聞いたっていいだろう?直属じゃないが、俺はお前の上官なんだし」

しらっとした顔でシロがフェーンにたずねる。フェーンは一瞬眉をしかめるが、すぐにも言葉を返した。

「隊長がマチルダに、今日来たばかりの新入隊員に基地内を案内するように指示をして……僕はその様子を見に来たんです。そうしたら、これですよ」

「新人?」

そう言えば、と、シロはそこで改めてにらみ合いをしている二人を見比べた。マチルダに対峙しているのは、言われて見ると見ず知らずの少女だった。初めて見る顔だったよな、そう言えば。思ってシロはフェーンに尋ねる。

「このおじょうちゃんが、今日付けできた新人か?」

「ちょっとそこのおじさん?おじょうちゃん、って言うの、やめてくれない?」

その答えが返るより先に、指差しまでされたマデリンが怒鳴るように言う。怒鳴られたシロは思わず、

「お、おじさん?この俺が、おじさん?」

「おじさんで充分でしょう。何ショック受けてるんです?」

わざとらしく顔を引き攣らせたシロに、呆れてフェーンが言う。シロは衝撃覚めやらぬ顔のまま、

「この俺が、おじさん?こんなに若くてぴちぴちでハンサムで、やっと32になろうって言う、この俺が、おじさん?」

「充分じじいじゃねーか、三十代なんて」

追い討ちをかけたのはマチルダだった。シロは更なる衝撃を受け、口をあんぐりあけて固まっている。そのシロの様子に、気付いたのはマデリンだった。見ず知らずの大人が一人、何やら精神的打撃を受けて固まっているらしい。思って、マデリンはフェーンに尋ねる。

「フェーンさん、この人、誰?」

良く見れば、おじさん呼ばわりするのは少々悪い気もする外見だった。体つきはがっしりしてはいるが、先ほどの二人ほどではないし、顔つきも、どちらかというと整っている。もてそう、って言うか、大人になったけど悪ガキで、色んな女の人のこと、困らせてそうよね。何となくそんな判断をして、マデリンは彼を値踏みするように見ていた。フェーンはマチルダとの口論から気をそらしたマデリンのその状態を逃すまいと、一つ咳払いし、言った。

「シロ・グランド中尉だよ。第一ネイヴ隊の副長の」

「中尉?副長さんなの?」

シロはマデリンのその声に我に返る。そして、にやりと口許に笑みを浮かべると、

「よろしく、少尉。の前に、名前をいただけるかな?おじょうちゃん」

最後の一言にマデリンは眉をしかめる。シロは笑ったまま、そんなマデリンの答えを待った。が、

「そんなヤツまともに相手にするな、頭が腐る」

そう言ったのはマチルダだった。言葉にその場の三人は三様の反応をする。フェーンは苦笑を漏らし、マデリンはその目をしばたたかせる。シロはと言うと、

「お前、本当に口の悪いお子様だな。腐っても俺はお前の上官だぞ、もうちょっと敬う態度で……」

「敬えない上官は敬わなくていいって、ガベル中尉が言ってたぞ。ついでに、シロなんか敬ってたらロクなのになりゃしねえってよ」

「アルのヤツ……親友を何だと思ってやがる」

さも悔しげにそう呟くが、それ以上マチルダに反論もないらしい。フェーンは無言で、しかしただ苦いだけでない笑みを口許に浮かべている。してやったり、とでも言うところか。マデリンは目をぱちくりさせ、ショックで少々哀しそうなシロを見ていた。が、首を傾げると、

「お兄さん、敬ってもらってないのね」

「ああ……って、おじょうちゃん、俺はな……」

「でもそういうのって日ごろの行いが悪いからでしょう?いい大人なのに、どうしてちゃんとしないの?」

「……ぶっ……あははははっ」

マデリンの言葉に笑い出したのはフェーンだった。その豪快な笑い声をシロが睨みつける。フェーンは声を立てるのはやめたが、それでも笑いが収まらないらしい。ニヤニヤと笑ったまま、

「マデリン、自己紹介を。それから、余りこの人をいじめないであげてくれ」

「誰もいじめられてないぞ、フェーン」

すねるような目でシロが言う。勝ち誇ったとでも思っているのか、フェーンは余裕の笑顔でマデリンを促し、マデリンは訳が解らないまま、

「マデリン・レイシャです、中尉。以後、おじょうちゃん、はやめてね」

「……了解、少尉」

素直なマデリンの態度に幾分かシロの機嫌も直ったらしい。苦笑いで返し、それからシロは改めてフェーンに尋ねた。

「で、一体何をもめてたんだ?この二人は」

言われて、我に返ったのはマチルダとマデリンだった。途端に二人は再び睨み合う。フェーンはその様子に参ったように息をつき、やや恨みがまし気に城を見た。白は白で、言ってはいけないことでも言ったのか、というような、不思議そうな顔で首を傾げる。その後、フェーンが言った。

「僕にも、良く解らないんですが……」

マチルダとマデリンは今にも吠え掛かりそうな目でお互いを見ている。喧嘩していたらしいことは解るのだが、その原因までは知らないフェーンは困ったように言った。

「とにかく、二人とも、仲良くしてくれないか。君たちはこれから二人で一機の……」

「俺はこんなガキとは乗らない!他の誰とも一緒になんて乗らない!」

マチルダの怒声が辺りに響く。シロは目をぱちくりさせ、無言でフェーンを見た。フェーンは困惑と呆れの入り混じった表情で、

「だから、一体何度言わせれば気がすむんだ。これは決定事項で……」

「大体こいつ、本当にマシンが使えるのかよ?それに、この俺の相方だぞ?訓練校出てきたばっかのヤツがそんなに使えるわけねえだろ?」

フェーンはその言葉に何も返さない。シロはその目を丸くさせ、

「でかい口たたくなー、このお子様ポンチは。お前が他じゃ使えなかった、の間違いだろうが」

「部外者が知ったような口利くな!」

「部外者だって何も知らないわけじゃねぇよ、俺にだってお誘いがなかったわけじゃねーんだから、新型に」

シロの表情は変わらない。マチルダはその言葉にぐっと息を詰め、それから、

「だったらシロ、俺と変われ!」

「冗談じゃねぇよ、俺様はな、今じゃ一端の小隊長様だぜ?なんでそんな俺様がたかが二年キャリアのヒラ隊員とトレードなんかされなきゃならんのだ、あ?」

喚いてみるが、相手はびくともしない。二人のやり取りにフェーンは苦笑を漏らし、マデリンは訳が解らないのか首を傾げる。マチルダは低く唸るように声を漏らし、シロは、それをあからさまに見下すように言った。

「大体お前、何だかんだ担がれてるけど、まだ入って二年だろ?戦績だって、確かに十二でそんだけ上げてりゃ驚くけど、俺らと大差ないじゃねぇか。腕が立って使い勝手が良けりゃ確かに戦力だけど、お前みたいなわがままなお子様なんてな、団体様の中じゃはっきり言ってお荷物なんだよ、お荷物。解るか?」

「中尉、それは言いすぎです」

辛らつを越えた、いじめにも似たその言葉を思わずフェーンが制する。シロは振り向きもせず、

「そうやってお前らが甘やかすからこいつはいつまでたっても聞き訳がないんだ。ミッシュ・マッシュの構成員って自覚もな。いいかお子様、俺や他のヤツらに文句が垂れたきゃ、戦績だけじゃない、もっと別のモン持ってきてそれで自分の価値を証明してみろ。そいつが出来たらお前を認めてやる。一人で乗りたいだとかこんなやつと組ませるなとか、そういう文句はその後垂れるんだな」

マチルダは反論せず、その目をシロからそらして悔しげに呻く。マデリンはその様子を驚いた顔で眺めていた。どういう主旨の会話がなされているのかは良く解らないが、マチルダが閉口している。それに驚いていた。今にも泣き出しそうにも見えるマチルダの横顔を見ていると、不意にその目がちらりとこちらを見た。驚き、思わず肩が跳ねる。

「解ったのか、マチルダ。あ?」

「けど……こんな子供と戦闘に出たら……俺が死ぬかもしんねぇだろ?」

そんなマデリンを見ながら、悔しげに、マチルダが反論する。マデリンの頭に怒りが再び沸いたのはその時だった。

「こんな……子供!?

「お前、俺の言った事が……」

「子供子供って、あんただって子供でしょ!この人に叱られて、泣いてんじゃない!」

シロが再び説教を始めようとするより先にマデリンが叫んでいた。ついさっきまで、二人はそのことで言い争っていたのだ。マチルダもそれを思い出したかのように、マデリンに反論する。

「誰がいつ泣いたよ?お前みたいなガキと一緒にすんな!」

あーあー、とため息をついたのはフェーンだった。その様子に、とたんにシロは拍子抜けしたような顔になり、傍らのフェーンを見ずに尋ねる。

「何だ……本当に単なる痴話げんかかよ?」

「どうやら、そのようですね」

ぎゃーぎゃーと、再びマチルダとマデリンがやり始める。シロはしばらくその様子を何も言わずに眺めていた。フェーンは少しの間をおくと、再び二人の仲裁に入る。

「だからお前みたいなのとは組まねぇ!絶対だ!」

「何よ、えらぶっちゃって!そんな風に言うけど、あんた本当にマシンに乗れるの?そんなに背が低くて、ぺダルにちゃんと足が届くわけ?」

「何だとこのチビ!」

「何よぅ!あんたの方がチビじゃない!」

そう言えば、本日の新入隊員は鳴り物入りも甚だしい鳴り物入りだった。大隊長の末娘で、十二歳で義務教育は全てクリア、しかも訓練校での成績は歴代五位、シミュレーション対戦訓練は負けなし、だったか。思い、シロは何気にほくそ笑む。

「こいつは……面白いのが入ってきたな、フェーン」

いたずらっぽいシロの声にフェーンはちらりとそちらを見遣る。シロはニヤニヤ笑いながら、言い争う二人に一歩近づいた。

「中尉?」

「ガキはうちに帰ってママと一緒に遊んでろ!」

「ガキガキ言わないでよ!あたし、今日からここのパイロットなんだから!」

「そうだぞ、マチルダ。マデリンだって今日からここのパイロットなんだ。文句をつけるんだったら、その腕を見てからでも、遅くはないんじゃないのか?」

突然、シロがマデリンに加勢した。一瞬その場の三人がその言葉に固まる。マチルダとマデリンの視線はそのシロに向けられ、フェーンはその間に、

「中尉、待ってください。何を言い出すんですか」

「何って、俺は思ったことを言っただけだぜ?そこの少尉殿の腕前が見てみたい、ってな」

一体何を考えているのだ、この人は。思ったフェーンが見たシロの顔は、いたずらに成功してご満悦、の少年の顔そのものだった。しまった、やられた、でもまだ何とかこの状況をひっくり返せる。いや、今感じたこのいやな予感だけは、覆さなければ。思ったフェーンが次の言葉を発する前に、マデリンが言った。

「上等よ!矢でも鉄砲でもマシンでも、持ってきなさいよ!」

 

数分後。

「……どうしてこんなことに……」

マチルダ、マデリン、フェーン、シロ、そして、その他多くの機関構成員が、オフィス棟のシミュレーションブースにいた。白い箱と、その他に小さな画面がついた解析用コンピュータ、そして何枚もの大きなモニターが設置された室内には、恐らくあの現場近くにいた以外の人間も集まっている事だろう。目の前では数人のエンジニアその他が様々の機械のセッティングをしていた。

「何だ何だ、何の騒ぎだ?」

「マチルダがシミュレーションするんだと」

「誰と?グランド中尉とか?」

「いや、今日入ってきたって言う……」

ざわざわと周囲はざわついている。白い箱の前、ぼえ前途立ち尽くしたフェーンは、その回りの雑音を聞くでもなく聞いていた。どうしてこんな事に。頭に過ぎるのはそればかりである。側らではシロが、やけに楽しげにセッティングの様子を眺めていた。そして唐突に、フェーンに声を投げる。

「何だフェーン、そんな変なツラして。どうした?」

「どうもこうもありませんよ。何考えてるんですか、貴方は」

やたらと楽しそうなその男をフェーンは睨みつけた。シロはというときょとんとした顔になって、

「俺か?俺は別に、大した事した覚えはねぇぜ?ただあのおじょうちゃんの腕が見てみたい、って言っただけで」

さらりと言われ、フェーンは大きな溜め息をついた。見てみたい、どころの話か、これが。気付けば、回りはギャラリーで一杯になっている。一体どれだけの人間が、どこで何を聞きつけて集まったのか。考えると頭痛までしてくる。基地内には常時全機関の半数ほどの人間が詰めているが、ここにいるのはそのうちのどれくらいになるのだろう。辺りを見回せば、見られるのはパイロットばかりでもないらしい。菱型以外の、逆三角や五角形の襟章をつけた人間が見られる。スティラから出向している軍人もいるに違いない。更に言えば、この騒ぎがここだけで片付いているとは思えなかった。建物には通信用ネットワークが張り巡らされている。特にこのシミュレーターブースの情報は、基地内のどこにいても見られるようになっていた。ここに来ることなく、今現在誰がどんなシミュレートを行なっているかをチェックするのは容易い。それどころかそれなりのセッティングをすれば3D映像のマシンメイス戦を大画面と大音響とともに楽しむこともできる。何のためのインテリジェンスビルだ、これは。フェーンでなくてもその設備に呆れる人間は多かった。最も、彼が頭痛を催す理由は他にもあるのだが。

「何だか……既視感(デジャ・ヴ)を覚えるんですが」

「確かお前が入隊した時もこんなことしたっけなぁ?」

「やっぱりあれ……わざとだったんですね……」

六年ほど前の思い出したくない記憶に辿り着き、フェーンの顔は益々暗くなる。ニヤニヤとシロは笑って、

「今頃言ったって遅ぇよ。しっかし、あの時は意外な見物があったよなぁ?フェーン。初心者とは言えシミュレーターに乗って酔う、なんて……」

「それ以上言わないでくださいっ」

下を向いたフェーンが語尾を荒げて言う。取り乱す彼を見るのが楽しいのか、シロはニヤニヤと笑ったまま、更に言葉を続けた。

「でもまぁ、お前もそうだったが、マデリンもだ。相当な鳴り物でしかも実戦部隊にいきなり配属、だろ。そんな話聞いたら、誰だってその腕前が気になるさ」

「それは……そうですが……」

フェーンはシロの言葉を否定できなかった。目の前では着々と、そのインテリジェンスビル内最高のセッティングで、これから行なわれる模擬戦闘を鑑賞する準備が整っていく。死ぬ気になればこうなる事を止められなくもなかったかもしれない。思いながらフェーンは複雑な思いで眉をしかめた。

「確かに……彼女の実力は気になります。ですが……こういうのは……」

「本当にお前ってやつは頭が固いな、そんなんでアルの副官やってんのか?若いうちにハゲるぞ?」

眉をしかめてシロがフェーンを見る。フェーンはそんなシロを露骨に睨みつけ、

「私闘はご法度だと、ついさっき言われたばかりですし」

「私闘?どこが?これは戦闘のシミュレーションだ、訓練の一環だぞ。大体、止められなかったやつが言うな」

言い返され、フェーンは閉口する。しかめた眉を解き、シロは黙ったフェーンを見てからその目を白い箱へと移した。そして、ふふん、と鼻先で笑うと、改めて言った。

「適性はSA、マシンの操作はオールS、シミュレートは負けなし、それを十才でやってのけた、か……末どころか、今でも充分おっそろしいお子様だよ、あいつは。今度の機体だって、半分はマチルダのために開発されたような特別仕様だろ?恐すぎて、ジョークにもなんねぇし」

独り言のように言ったシロの横顔は、もう笑っていなかった。睨む目元を無意識に緩め、フェーンは無言でその顔を見る。マチルダ・アレン。十二歳の戦争代行人(スーパーエリート)。初戦において敵マシン六機を撃破し単機で帰還。その後もマチルダの上げた戦績は並みのものではない。初戦を生きて戻ることすら簡単なことではないのだ。勿論、マチルダと同レベルのパイロットはいる。が、十二歳の子供がそれを行なうと言うのだ。それが恐ろしくないわけがない。シロは思いながら、わずかに重い吐息を漏らした。

「フェーン、お前、あいつと対戦して、何回勝てる?」

問いが投げられる。フェーンはシロの様子に苦笑しながら、

「四回に一回は負けますね。前はもう少し勝てたんですが」

「四回に一回……二十二でもう副長張ってるやつに、そこまで食らいつくか……やなガキだな」

「そういう貴方は、マチルダと対戦は?」

「そんな怖いことが出来るか。一ペンでも負けてみろ、「トリオG」から外されかねないだろ」

冗談とも本気とも取れない口調でシロが言う。フェーンは苦笑しながら、

「まさか。ガベル隊長とほぼ互角の貴方が、マチルダに負けるなんて、ありえませんよ」

「今はそうかもしれないが……この先には、わかんねぇだろ」

シロの答えはふざけていない。フェーンはそれでも苦笑しているしかない。二人とも、少し離れた先の白い箱を見、それぞれの思いでそれぞれに嘆息する。

「しかしなぁ……あのじょうちゃんも十二、か……若いよなぁ」

「僕もそう思います。人のことを言えた義理でもないですが……二人とも、まだ子供だ。戦闘に耐えられるんでしょうか」

「体質的には問題ないんだろう?ここにいるってことは」

ざわざわと辺りはざわついている。周囲の人間は何を思ってここにいて、二人のシミュレートを待っているのだろう。何気にフェーンは思った。ここは戦争をする場所で、自分は兵器だ。軍人でさえない。一体何度それを聞かされ、実感してきただろう。腕をなくしても足をなくしても、その命がある限り、彼等は「修復」される。それを医療技術の進歩の賜物と取るか、それとも、効率の良いリサイクルと取るか。四肢が引きちぎられても死なない限り、彼らはこの場所で戦い続ける事を義務付けられている。元の一般市民に戻ることは許されず、その一般市民である家族や友人とも隔離されて。

それに耐えることさえ容易い事ではないのに、その上で、戦争という破壊行為に向かうことが、どういうことなのか。スーパーエリート、という代名詞は、その任に当たる人間への揶揄だ。高額なサラリーと膨大な危険手当、そし最低限の生活の保障がされはするが、それは兵器に対しての投資に過ぎない。彼らはその名で呼ばれるようになった時から、人間でさえない。上層部の命令は絶対であるし、逆らっても殺されはしないが、死ぬまで前線に立たされる事に変わりはない。そしてそこに、自分の意思はない。覚悟していても、理解しているつもりでも、それは度し難いことだ。どんなに拒んでも拒みきれず、抗っても、抗う事も許されず「人殺し」のために生かされる。

「準備ができたか」

シロが唐突に口を開く。フェーンは表情の消えた顔で白い箱を見遣った。立方体の上部がせり上がり、中のシートの様子が離れていても見える。マチルダとマデリンはそれぞれ別の箱の中のシートにつき、エンジニアから何やら説明を受けている様子だった。これはシミュレーターで、行なうのは模擬戦だ。死人も出なければ何かが破壊されることもない。仮にその中で戦争の真似事ができたとしても、実戦に出たら、あの子達はどうだろうか。そんな真似ができるのか、自分は、させられるのか。フェーンはそんなことを考えていた。そして同時に思う。それでも、自分はここにいる。何故なのか、と。

「始まるみたいだ……お手並み拝見、とでも行くか。あの新入りのおじょうちゃんの」

言ったシロの声も、笑ってはいなかった。

 

シミュレーターは外から見れば大きな白い箱だが、中はマシンのコクピットとほぼ同じ様に作られていた。球面の内壁は全てモニターになっており、360度、外の様子が映し出される。シートはその球体の中で浮くように作られ、機体の動きとともに回転する。最もシミュレーターの場合はそのシートとモニタが振動する程度なのだが、戦闘時に受ける衝撃なども再現するため、その訓練を受けていない人間が座ることは容易ではない。マシンに乗るためにはその操縦の腕と同時にその揺れに耐えられる体質が求められる。パイロットが特務機関構成員の中でも更に特別視される由縁は、そこにもあるのかもしれなかった。

そのシートに座って、マデリンは普段味わう事のない緊張を感じていた。シミュレーターはあくまで戦闘訓練のための、言ってみれば巨大な電算機だ。しかしその電算機はただ電算機、というだけではない。最もマシンに近しく作られたものだ。中身はそっくりそのコクピットである。その内部構造は、確かに訓練校でも教えられていたし、訓練校のシミュレーターに乗ったこともあるから、知らないわけではない。これはシミュレーターなのよね、本物じゃないのよ。思いながらも、マデリンは奇妙な体の震えを感じていた。

「本当に……乗る時が、くるんだ……」

それは歓喜とも、戦きともつかない感覚だった。興奮しているけれど、ただ嬉しいわけではない。興味深く辺りを見回し、マデリンは息を飲む。レイアウトは訓練校のものとほぼ同じ、だが、訓練校のものよりもコントローラー類など、操作のためのレバーやパネル、サブモニタの数が多い。実戦に即した機械に乗ってるから何となく恐いのかしら。それとも、今から模擬戦するから、こんな感じなのかな。どきどきと騒ぐ胸に少し戸惑いながらマデリンは思った。同時に、こんなことも。

「隊長に、叱られないかしら……」

考えるまでもなく、自分はとんでもないことをしている。マデリンがそれに気付いたのはシミュレーターのセッティングが始まって、ここに座らされてからだった。ただの模擬戦にしては周囲が何だか騒がしい。まさかいちいち誰かの訓練ごとにこんなに大騒ぎもしないだろう。今日が特別だと言うなら、それは自分がシミュレーションを行なうからではないのか。どうしよう、隊長に怒られたりしたら、パパにも叱られるかなぁ。一人、そんなことを思ってマデリンは不安になる。しかしシミュレーターに乗せてもらったその時は嬉しかったし、はしゃいでしまったし、今更ここから降りる事もできない。それに、だ。

『オイ、まだセッティング終わらないのか?何とろとろやってんだ、さっさとしろよ』

スピーカーを通して、もう一機のシミュレーターにいるマチルダの声がする。疲れた、というより殆どやる気のなさげなその声にマデリンは眉をしかめた。そうだ、引き下がる事なんてできないのだ。子ども扱いして、無能扱いして、未だに謝ろうとも、悪いとさえ思っていないあの子供に、一泡でも二泡でも吹かせなければ気がすまない。だってあたし、歴代総合五位の成績保持者なのよ。確かにまだ子供かもしれないけど、同じ子供にあんな風に一方的に言われる筋合いなんて、ないわ。ぎゅ、と、マデリンは手元のコントローラーを強く握った。見てなさい、コテンパンに伸してやるんだから。後で謝ったって許してやらないなんだからね。思うマデリンから、それまでの緊張がどこへともなく抜けて消えていく。

『じゃあ始めよう。制限時間は十五分。どちらかのマシンの稼働率が70%を切ったらそこで……』

スピーカーからフェーンの声が聞こえる。マデリンは黙って聞いていたが、

『何ヌルいこと言ってんだよ。稼動不能になるまで、だろ?』

それをさえぎるように聞こえたマチルダの声にむっとなる。自信たっぷりで、自分だけでなく外にいる大人たちも馬鹿にしているような口調で、マチルダは続けた。

『70も動ける状態だったら逃げられるぞ。それとも、ぶっこわしてやろうか?本チャンみたいに』

何よ、調子に乗って。思ったがマデリンは何も言わない。あはははは、とマチルダが笑い出す。フェーンがそれを制するように、

『マチルダ、これは訓練だ。遊びでも私闘でもない』

『だから何だよ?練習だから手ぇ抜いてやれってか?ふざけんなよ。そんなんで戦争ができたら俺達なんて用無しじゃねぇか』

笑うのをやめてマチルダが言い返す。フェーンはその言葉に黙り込み、少しの間を空けると、

『とにかく、十五分だ。それ以上はなしだ。いいね』

ケッ、とマチルダの声がした。それを最後に、スピーカーからの声が途切れる。シミュレーターのナビゲーションが無機的に戦闘訓練の開始へのカウントダウンを始める。その間に戦闘に使う機体を選び、ごく簡単な設定を行なう。ナビゲーションに従ってマデリンは機体を選び、しながらシートでの自分の位置を安定させるため、幾度か座りなおした。選んだ機体は中型、ネイヴと呼ばれる汎用機だ。訓練校でのシミュレーションももっぱらこの機体だったし、バランスもいい。欠点は火器類のサイズだ。小さくはないが頼れるほどにも大きくない。そして汎用と言っても集団戦を想定した機体であるため、移動力も大きいとは言えない。逃走には余り向かず、留まって戦闘をするタイプだ。

『開始まで後五秒、四、三、二、一……戦闘開始』

マシンボイスが淡々とその始まりを告げる。体に響く、起動音を模した効果音を聞きながら、マデリンはすぐにも敵マシンを探し始める。メインカメラをめぐらせる間にもマシンの機能が周辺の熱量や気流の流れを自動でチェックし、その目標物が一秒でも早く操縦者に見つけられるよう、サポートする。どこに、何がいる。思った直後ピッ、と言う電子音がピット内に響いた。ほぼ同時にサブカメラが小型のモニタにその機影を映し出す。

『目標マシンメイス、発見』

「うそぉ……サヴァ?逃げる機体じゃない!」

メインモニタの画像を切り替える。サブモニタ、及びその映像を邪魔しないメインモニタの下部分に文字で目標物の情報が示される。流れるそれをろくに見ず、マデリンは驚きの声を上げた。逃げる機体、主に偵察に使われる小型若しくは軽量マシンと呼ばれる機体がそこにあった。サヴァは主に基地付近の警備に当たり、攻撃力は最も小さい。装備も勿論少ない。確か光弾ライフルと小型バルカン砲くらいだ。対するネイヴにはライフルとバルカン、そして電磁杖が装備されている。

「ばっ……ばかにしてぇ!」

マデリンは思わず叫んでいた。目標を見つけて、そのまま彼女はマシンを突進させる。杖の攻撃範囲に入るや否や、マデリンはそれを一閃させた。シミュレーターがその動きの全てを計算して、瞬時にコクピットに大きな振動を伝える。が、彼女はそれを殆ど気にしていなかった。がくがくとシートが、そして球面モニタが揺れようとも、その勢いも止まらなれければ動きも全く制限されない。杖がモニタ上で一閃される。目の前にまで迫ったサヴァはそれを簡単に避けた。元々「逃げる機体」と呼ばれるレベルに移動力を重視した機体である。予想できない動きではなかった。すぐさま、マデリンは杖を振り返す。機体は大きく揺れはしたがバランスを崩すことなく二撃目を放ち、しかしまたそれも交わされる。

「このぉぉっ」

今一度マデリンが攻撃を仕掛けようとする。が、目の前のサヴァは突然、マデリンのネイヴと距離を置いた。仕掛けてくるつもりなのか。思ったマデリンはそれ以上サヴァを追うのをやめる。攻撃してくる、とは言っても相手の装備は飛び道具のみだ。その射程から離れれば手出しはできない。若しくはその装備を破壊すれば光弾ライフルの射程外にまで離れれば自分の攻撃も全く届かなくなる。前者は、逃げる時ならまだしも、相手と渡り合おうと言う今、とるべき手段ではない。十五分の制限時間の間に敵マシンを撃破する。撃破までは行かなくとも、せめて一矢なりとも報いなければ。思い、マデリンは思わず言葉を漏らす。

「今期トップの成績がどんなものか、見せてやるんだから!」

ネイヴは杖を構えなおした。サヴァが攻撃に出る前に、そのまま突進する。止まっていても埒は明かない。相手の体勢を崩すなり何なり、しなければ。下段に杖を構えたネイヴはそれをそのまま跳ね上げた。当然サヴァは避ける。が、その動きの間は次の攻撃には出られない。背中のランドセルに収容されているであろう光弾ライフルを装備するには時間がかかる。ライフル用の電源も、充電までにしばらくかかるはずだ。だったらその前に決着をつければいい。そのままマデリンはサヴァを追い込んだ。杖を振り上げ、振り下ろし、機体がやや前のめりになる。

「ちょこまかと……鬱陶しい!」

ひときわ強く杖はなぎ払われる。サヴァの右腕はその杖にしたたかに打たれた。衝撃で二つの機体が大きくきしむ。なぎ払った瞬間、マデリンの顔に笑みが上った。当てればこちらのものだ。マシンのパワーで振るわれた鋼鉄製の杖で叩かれれば、相当なダメージになる。軽い気体はそれだけ装甲の厚さも削られているため、強度もない。しかし、敵をヒットしたマデリンの笑みはそこで凍りついた。叩かれたサヴァはバランスを崩すことなくそこに立ち、そのまま杖を脇に抱え込んだ。腕に巻きつけるようにしてサヴァが杖を捕まえる。何事かと思ったその時、ネイヴが揺らいだ。

「え、何?」

モニタの画像が揺れる。同時にシートも傾く。目の前にはサヴァがいて、それは動かないのに、自分の座ったシートがぐるぐると回りだす。いや、そのサヴァが支点になって、マシンが振り回されていた。横からくる衝撃に驚き、しかしすぐにマデリンはアクセルペダルを強く踏んだ。機体は浮いてはいない。踏ん張れば、出力では負けていないのだ、サヴァを制することができるはずだ。機体は地を強く踏みしめた。沈むような振動がシートに伝わる。鈍い、というより、力強いごつごつとした振動と共に周囲の映像の動きが遅くなる。がきん、という大きな音がスピーカーから聞こえた。直後、

『電磁杖、破損。管制から離れます』

淡々としたマシンのナビゲートが聞こえる。二機のマシンの鬩ぎ合いでその武器は折れてしまったらしい。相手にかけられていた力が突然抜ける。ネイヴがバランスを崩したのはその時だった。そっくり返って、そのまま後方に倒れ掛かる。

「きゃあああっ」

叫びながらもマデリンは後背部のバーニアを噴射させた。吐き出されたエネルギーによって機体は今一度起き上がろうとする。が、勢い余って前傾になる。それらは一瞬の出来事だった。鈍く大きな衝撃音とともに、モニタの全てがブラックアウトする。

「え?」

『頭部メインカメラ破損。サブモード変換までサーモ画像に変わります。補助システム起動まで三分』

「うそ……」

メインカメラが潰された。人間で言うなら目をやられた格好になってマデリンは凍りついた。黒一色になった画面には奇妙に明るいグリーンでだらだらと文字情報が流れ、ついでサーモグラフィの画像が現れる。外部の熱反応を感知して作られるその画面は、マシンのシルエットと、辛うじて地形を映し出すだけのものだ。メインカメラのサブシステム復旧まではそれ以外の視覚データは得られない。血の気が引く。目が見えないのと同じなのだ。サーモで多少のサポートはされているが、内壁の明度が変わって、自分自身の目もまだそれに追いついていない。何が見えると言うのだ。思った次の瞬間、シミュレーター全体が、地に叩きつけられる衝撃を模して、揺さぶられた。シートに座っていても背中をしたたかに打ち付けられて、マデリンは思わず声を上げる。

「きゃーきゃーきゃーきゃー、いやぁーっっっ」

『マシン、平衡感覚欠如。衝撃により左右肩部、肘部、膝部、脚部、回路断絶。メインエンジン制御システム、反応なし。稼動不可』

ナビゲーターが音声で告げる。鞭打ちになるのではないかという衝撃を食らったマデリンは、横倒しに倒されたシートの上で髪を乱し、涙を浮かべて叫んだ。

「いやーっ、誰か助けてー!!

Act 3に続く

 

 

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Last updated: 2007/03/11