LACETELLE0062
-the CREATURES-

Act 1

ごうん、ごうん、と大きな音を立てて、その場所では様々な機械が稼動していた。大きなプレハブで出来たその建物は、荒野と呼ぶに相応しい、広く荒れた大地の上にあった。エレシスと呼ばれる大陸のほぼ中央部、ラステル四国連合体、対外国境防衛軍事特務機関、中央本部基地。通称、シル・ソレア。その軍事基地の重軍用機ハンガーである。高さが20メートルもあろうかという天井のプレハブはその場所に何棟も並べられ、それらの並ぶ敷地も端から端まで数キロ、という大きな規模である。しかしここで管理される重軍用機は、その種類について言えば、ごくわずか、と言おうか。主力である軍用機とその付属品のみ、と簡潔を極めていた。軍事特務機関、通称「ミッシュ・マッシュ」。その主力兵器は全高約150メートルの、人型兵器である。元々土木作業用の簡易ロボットから開発され、数年の間に周辺諸国の軍の主装備にまで進化したそれを、人は「マシン・メイス(機械のカタマリ)」と呼ぶ。

「……ここにも、いないか……」

大きな機械音が響くそのプレハブの屋根の下を、一人の青年が駆けている。しかし、周囲では主力である巨大人型兵器を整備、修理するための機材や小型のポーターなどが動き回り、駆け回る彼の存在などほとんど打ち消されている。その小さなぼやきも、すぐにもそれらの駆動音でかき消され、彼がここにいること自体、ないことのようなものだ。頬をかすかに高潮させ、肩で息をしている青年は、青年ではなく少年と呼んでも差し支えのないほどに若い。冷たく青い双眸には鋭さがまるでなく、その表情もまだ幼かった。汗に塗れ、乱れた髪は白金色、それが、呼吸の度にかすかに揺れている。体躯は、細い。身長も余り高くはなく、周囲の兵器に比べれば、それは余りにも弱弱しい体つきだった。紺とも黒ともつかない半袖のシャツに、ブルーグレーを薄くした、ほぼ城に近い色のスラックスを身につけ、同じ様な色の合成皮革の靴、という、ややバランスの悪い格好で、彼は先ほどからプレハブ内を駆け回っている。一体どうして自分がこんなことを、と、胸の中で毒づき、彼はその場で舌打ちした。

「だからあの人の下はいやだったんだ……こんな時に、一体どこに……」

「よーう、フェーンじゃねぇか。何してんだ?こんなとこで」

ぼやくその言葉が終らないうちに、どこかのんきな声が彼に投げられる。顔を上げる前に彼は更に眉をしかめ、それから、相手に気付かれるか否かの短い間をおいて振り返った。低く太い、けれどよく通るその声の主は、疲れた、愛想の無い彼の顔に、その目を丸くさせる。

「やけに疲れてやがるな。マラソン大会か」

「グランド中尉……マチルダを見ませんでしたか?」

問いかけに答えず、彼はその相手に逆に尋ねる。いたのは、大柄の男だった。彼よりももっと白い髪を短く刈り込んだ、肌の色のやけに白い、グランドと呼ばれた男は、ごく薄いラベンダーの瞳をやや見開いて、

「いや、見てないが。何だ、かくれんぼか?」

「そんな呑気なものだったら、僕も気が楽なんですが」

そう言った彼はもう男の顔を見てはいなかった。大柄の、体躯に対して甘めの顔つきの男は、油塗れのツナギを肩脱ぎにして、不思議そうな顔で首をかしげている。

「何だあのお子様、何かオイタしやがったのか?てかフェーン、今度の仕事は子守りか?」

「隊長に言われて、探しているんです。朝のミーティングには出ていたし、発信機の反応がこの辺りから出てますから、宿舎には戻っていないと思います」

「へーえ……そいつはまた、難儀だな」

グランドは他人事のように言って、相変わらず自分を見ない彼を見ていた。彼はあちらこちらを見回し、形のよい眉をしかめて何度目かの舌打ちをする。

「しかしお前も大変だな。今度はあいつの副官だって?階級くらい上げてもらえよ。稀代のスーパーエリート、フェーン・ダグラムさんよ?」

大柄のツナギの男がそんな風に言う。彼は振り返りもせず、

「マチルダを見かけたら、すぐにミーティングルームに戻るようにと伝えてください。本当に、どこに行ったんだ、あの子は……」

そう言って彼に答えることもなく、慌しくその場から駆け出していく。グランドはそれを変わらない顔で見送り、一つ溜め息をつくと、

「……だとよ。探されてるな?マチルダ」

そう言ってちらりと自分の後方を見遣る。彼の後ろに置かれていた大きな木箱の後ろから、オレンジ色の頭が覗いたのはその時だった。その人物はケッ、と小さく吐き捨てると、そこから顔を出した。背丈は彼の半分よりも多少大きい程度で、随分小さい。木箱の陰から出てきたその子供は、さもうんざりした様子で、ぶちゃむくれと言うにふさわしい顔つきをしていた。ばさばさの、辛うじて切りそろえられているオレンジの髪、大きくて丸い、エメラルドグリーンの瞳。着ているものは、先ほど駆けて行った彼と同じ色の詰襟の上着とスラックス。だがサイズが合わないのか、袖も裾も何度か折られて、しかも随分とその口許が汚れていた。肩に引っ掛けただけの詰襟の袖も邪魔そうに、子供は腕組みして見せる。そして、はん、と一声放つと、

「放っとけよ。俺から言わせたら、あいつらの方が何考えてるかわかんねぇよ。一応、匿ってくれた事に礼は言っとくぜ、シロ」

そう言って口許をゆがめてにやりと笑う。シロ・グランド、そう呼ばれた男はその顔つきを見て苦笑を漏らし、

「その口の利き方といい態度のでかさと言い……誰に似たんだかなぁ、お前は」

「うるせぇ。てめぇだってそれなりのツラしてるくせに、品性下劣レベルは天下一品じゃねぇか。お前みたいな外見詐欺男に、そんなこと言われたかねぇよ」

「俺は健康で立派な成人男子だから別に誰に何言われたってかまわねぇけどよ、お前の口の利き方があんまり悪いと、お前のパパに……」

「俺に父親なんかいない。誰に何言われたって、関係ない」

言いかけたシロの言葉を遮るように、それまでより強い口調で子供は言った。シロはその言葉に苦笑して、

「まぁ……お前がそう言うなら、いいけどよ……」

「何にも良くありませんよ、グランド中尉」

言ったその時、再び、若い青年の声はした。その場にいた二人の視線が一瞬でそちらに向く。ふふふ、と、不気味な笑みを漏らし、ついさっき駆けていった青年、フェーン・ダグラムの姿がそこにあった。

「げ、フェーン……」

「お前、向こうに行ったんじゃ……」

「げ、じゃない!マチルダ、こんな所で何をしてるんだ!」

次の一瞬でフェーンは子供、マチルダのすくそばまで移動し、その手を捕まえていた。つかまった側はあわて、そして怒ったように、

「何って、そんなの俺の勝手だろ!大体なんで俺がここに来てるって解ったんだよ?通信機のレーダー、平隊員が使っていいのかよ?」

「あいにく僕は平じゃなくて副長なんだよ。それに、今回は緊急事態で隊長からの許可も貰ってる。さあ戻るんだ!隊長が君を待ってる」

「うるせぇ!俺はいやだからな、絶対に行かない!何で新兵卒の面通しになんか……」

ぐいぐいと、掴んだマチルダの手を引いてフェーンが歩き出す。マチルダは暴れて叫んで抵抗するが、その体つき同様力も小さいのか、細身に見えるフェーンにも叶わない様子だ。

「何を言ってるんだ、君のパートナー候補だぞ。メインパイロットの君がいなかったら、話にならないじゃないか」

「うるせぇ!俺にはサブなんていらない!チクショーこの馬鹿力、いい加減離せよ!!

言いながらマチルダはその腕を振りほどこうともがく、が、やはりそれは叶わない。ぶんぶん腕を振る子供を無理やり捕まえている、やはり子供、というような情景を、間近ながらも他人事として見ていたシロは、その目をぱちくりさせると、

「へーえ、じゃあ噂の新人が今日から配属か。あの、大隊長のとこの末っ子、とか言う……」

「そんなやつの相手なんて、体のいい子守じゃねーか!腐っても俺はマシンのパイロットだぞ!最年少の戦争代行人(スーパーエリート)だぞ!」

「子守りたぁよく言ったもんだな、ガキンチョ。そいつはフェーンの事だぞ。お前が口に出来たことか」

わめくマチルダの言葉に呆れてシロが言う。マチルダを捕まえ、そのマチルダをにらんだまま、フェーンはシロに言った。

「グランド中尉、お言葉ですが、僕がそういう役目だと解っていながら、どうしてマチルダを匿ったんです?」

「いやぁ、俺は単にマチルダに「匿ってくれ」って言われたから、しただけで……」

「どうせ貴方の事だから、面白そうだとでも思ったんでしょう」

言わせておいてフェーンが言う。攻める口調にもシロはケケケ、と笑い、

「まぁな」

「貴方も、僕らを子ども扱いするいい大人なんです。もうちょっと大人らしい言動を心がけてくれませんか。はた迷惑もはなはだしい」

「それが子供の利く口かよ」

厳しいフェーンの言葉に笑いながらシロは言い返す。フェーンはそれ以上反論することなく、わめき、暴れるマチルダを引きずってそこから歩き出す。

「いい加減観念しろ、マチルダ。君が「タイプb」のパイロットになることも、そのサポートに今日新人が来ることも、既に決定事項なんだ。逆らったら軍規違反で……」

「うるせぇ!営倉だろうが何だろうがきやがれってんだ!俺は絶対に……」

「そういう問題じゃない!君にだって解ってるだろう!」

一際大きくフェーンの声が放たれる。マチルダはその大きさに一瞬驚き、身をこわばらせる。半ば怒りに支配されながらも、その一瞬をフェーンは見逃さなかった。掴んでいた手を持ち替え、フェーンはそのまま、ひょいとマチルダの体を自分の肩に担ぎ上げた。鮮やかなその動きに、マチルダも度肝を抜かれてしばし放心する。構わず、フェーンはそのまますたすた歩き出した。数メートル進む頃、マチルダは我に返り、

「何すんだこのヤロー!下ろせ、下ろしやがれー!くそフェーン!トリオGの稚児のクセに、生意気だぞ!」

「黙っていないと舌を噛むよ。全く、本当に手がかかる人だね、君は……稚児?

ぎゃーぎゃーと、それまで以上に下品にわめくマチルダを担いで、ぶつぶつ言いながらもフェーンはスムーズに歩き出す。残されたシロはそれを感心しきりの顔で見送っていた。

「おーおー、子供の扱いにもなれてきたな、フェーンも」

そうしながらも、しかし「稚児」ってのは何だ、誰が吹き込んだんだ、意味解って言ってるのか、と、心の中でシロは呟く。

「それにしたって十二歳の「戦争代行人」かよ……世も末どころか、終わってるな」

「何が終わってるって?」

一人、呟くグランドにそんな声が投げられる。ちらりと振り返り、グランドは肩をすくめてにやりと、その声の主に笑って返した。

「この「ごちゃ混ぜ軍団」の事だよ。十二歳のガキがこんなでっかい木偶の坊に乗り込んで、国境線でドンパチ、なんてよ?」

現れた大きな体躯の男はその言葉に目を丸くさせた。こげ茶の髪と同じ色の瞳、そしてグランドが着ているものと同じデザインのツナギ姿の男は、口許に苦いものの混じった笑みを浮かべて言う。

「今更言えたことか。俺はお前らに会ったその時に、今お前が言ったのとまるで同じ事を思ったぞ。たかが十七歳のガキンチョが、国家を守る精鋭だ、なんて、ふざけてるってな」

「とか何とか言って、そういうお前も「トリオG」の立派な一員じゃねえか、え?ガトル・スライサー中尉」

けけけ、と声を立ててグランドが笑う。スライサーと呼ばれた男は苦笑のまま、

「何の因果か、そんなことになっちまったなぁ……俺はお前と同じ扱いは、心底迷惑なんだがな」

「そうつれないこと言うなよ?ガティ。俺とお前の仲じゃねぇか、なぁ?」

言いながらグランドはスライサーに歩み寄る。スライサーは眉をしかめ、そのまま伸びてきた手を払いのけると、

「冗談もほどほどにしろ、俺とお前が、一体どういう仲だって言うんだ、え?」

「そりゃあお前……こいつらで、ガツガツ戦争やってるって仲だよ」

笑いながらグランドは背後のマシンへと振り返った。微塵も動くことなく、勿論、言葉を発するわけでもなく、その巨大な人型の兵器は、ただそこに立ち尽くしている。

「本当、世も末だよなぁ……こんなのに乗っかって、敵のマシンぶっ潰して、それで高給取りってのはよ」

グランドの口調はふざけている。それを忌々しいとも、悔やんでいるとも、また好んでいるとも聞こえない。傍ら、スライサーは苦笑した。そして同じく、そこに立つ「機械のカタマリ(マシンメイス)」を見遣った。

 

ラステル四国連合体の国土は、現在八割近くが荒野と言って差し支えないほどに荒れ果てている。メリノ、パナケア、と呼ばれる大河川の交わる、その三角州を中心に、かつてそこは豊な草原地帯であったのだが、度重なる戦乱によって土地は踏みしめられ、広がっていた農地を管理するものもなく、日々、陽光と風によって荒らされていくばかりである。国土の八割がそうした状態であるため、国民の殆どは地下に作られた居住区への移動を余儀なくされた。国家の地下移動が始まったのはラステル歴にして0030年代。0062年現在、地上での活動、居住を認められるのは軍関係者とその家族のみ、とされている。軍関係者の家族、とは言え、地上に一般市民が生活することは原則として許可されていない。彼等は十五歳の義務教育を終えた時点で親元を離れ、地下にある軍の施設に移される。そしてその後は施設の支援を受けながら、地下で暮らすことをほぼ強制されていた。それ以降に地上に残りたいのなら、軍関係者、とりわけ、特務機関構成員になること、それがたった一つの方法だ。

「マデリン・レイシャ。本日付で特務機関少尉に任官、並びに同機関マシンメイス部隊への配属を命ずる」

「拝命します」

特務機関は四国連合体のどの国家にも属さない、特殊機関としての位置づけをされている。ラステルを構成する四つの国家、ソレア、スティラ、リウヌ、ヌウイは各自に政府と国防軍を保持しており、特務機関は連合議会の管理下におかれている。設立と運営の主旨はこの四国の連合に属さない国家からの侵攻に対する防衛、とされ、その軍事的装備、兵器はマシンメイスただ一種のみだ。他の軍事装備は四国が各自に装備し、通常ではそれぞれの国境線の防衛時に使用しているが、連合議会の承認と要請があった場合には、特務機関への貸与、贈与、若しくは供出が行われる。これは議会の直属であるその機関の暴走を予め制御するためでもあり、また機関の活動を最大限に生かすためである、とも言われている。議会の承認と要請、という枕詞は着くものの、実質特務機関の要請を各国防軍が断ることはなく、逆に言えば国防軍と機関は密接な関係を持っていた。その技術面はスティラ軍が、そしてその管理はソレア軍が担当し、当然、他二国の軍も特務機関と連携をとらない、というわけにはいかなかった。リウヌは隣国、ラビスデン帝国に最も近く、その地表の多くが実際の戦場となっており、ヌウイも同じく、周辺を帝国の属国に取り囲まれている。この二国には機関の大規模な基地も展開され、常時マシンとそのパイロット達が駐在している。しかし機関は四国連合議会の管轄下でありながらも、四国の連合軍、とは呼ばれていない。それはこの四カ国が、連合という形態で一つの国家を形成していながらも、決して友好的ではないと言うことも現していた。四国以外の外国に対する、ラステルの軍備。それがこの特務機関、ミッシュ・マッシュである。

ミッシュ・マッシュ最大の軍事施設、シル・ソレア中央基地。その中でも最も大きく、かつ新しい鉄金作りの建物に、彼女はいた。中央司令棟と呼ばれるその建物は文字通り、機関の中心部分を担う、基地内で最も重要な場所である。その建物の中の、比較的端にある一室には、彼女とともに五人の男達の姿があった。うち三人はネイビーブルーの詰襟姿で、他の二人は、そのネイビーを薄めきったような、ブルーグレー混じりの白っぽい詰襟を身にまとっている。彼女の着ているものもまた、後者の、白に近い色のものだった。他四名と違うのは、彼らがスラックスをはいているのに対し、彼女は膝丈のタイトスカート、ということくらいだろうか。長い金色の髪の彼女は、いかめしい周囲の男達とは反対に、その顔ににこやかな笑みを浮かべていた。何やら、楽しそうにさえ見える。

「これからはこの特務機関の構成員としての自覚を持ち、日々努力、精進を怠ることなく、国家を守ると言う責務を全うして欲しい。以上」

「はあーい」

笑いながら、何とも幼い様子で彼女は答え、とたんにネイビーの三人はその顔に驚きと嫌悪の入り混じった表情を浮かべた。白い詰襟の男達は、一人は苦笑し、一人は、どこにやついた笑みを浮かべてその様子を見ている。あれ、何か変なこと、言ったかしら。彼女は男達の表情に目を丸くさせ、その首を傾げ、長く伸ばした金の髪が、その為にさらさらと揺れた。ネイビーの男達は複雑な顔を見合わせ、それから怪訝そうな目で、値踏みするように、また彼女を見た。

「しかし……十二歳、とは」

「今時この年齢で機関構成員に志願するような人間がいようとは……」

「確かに彼女はまだ若年ですが、義務教育も既に終了していますし、養成機関も歴代五位の成績でクリアしています。配属に、なんら支障はないと思われます」

白い詰襟の、苦笑していた男が言う。彼女はそちらにちらりと振り返り、ふふふ、と小さく笑みを漏らした。五十手前と思しき、銀色の髪を撫で付けたその男は、いたずらな彼女の表情に、まるでは叱るような視線を向けた。その隣のもう一人の白い詰襟、こちらは三十を越えたくらいだろうか。この部屋の中では最も大きな、岩のような体躯の、小麦色の髪の男は、くつくつと声を漏らしながら、やたらに楽しそうに笑っていた。これでもこらえているらしい。何がおかしいのかしら、でも、何かおかしいわね。心の中で言って、彼女、マデリンもつられるようにくすくすと笑う。銀髪の男は今一度それを見咎め、彼女を更ににらみつけた。視線に気付いてマデリンはあわてて笑うのをやめ、その身をかすかに強ばらせた。

「十二だろうが三だろうが、今日の配属は上からのお達しでしょう。うちのちびも同じ十二だが、稀代の超スーパーエース、とか呼ばれてますよ?そういうモンは年齢で計れるもんじゃないと思いますけどね」

「ガベル、君は黙っていろ」

笑い続けていた大柄な男が、楽し気と言うよりふざけた口調で言うと、嘆息交じりに銀髪の男がそれを制するように言った。ネイビーの三人は黙り込み、今一度その顔を見合わせた。そしてわずかの間の後、その真ん中に立っていた、恐らく最も階級の上位であろう男が口を開いた。

「任官式はこれで終了だ。各自、任務につくように。以上」

「了解。マデリン、敬礼を」

低く、そしてわずかにうろたえた言葉の後、銀髪の男がそれに答えるように言う。マデリンはその大きな青い目をしばたたかせ、それから、

「はぁーい、失礼しまぁす」

そう言ってなれない手つきで、ネイビーの三人に敬礼してみせた。

 

「っ……は、あは、あはははははっ……」

ドアの開閉音の直後、大柄の男はその場で声を上げて笑い出す。余り広くないミーティングルームで行なわれた、略式もいいところの任官式は、正味十分程度で終了した。同席していたのは副指令補佐官、参謀副官補佐、管理補佐官、という面子らしいが、任官された当人にとって見ればそちらはどうでもよく、今笑っている男のほうがよほど気になる存在だった。

「ねぇパパ、この人、何?

「……ここでは大隊長と呼びなさいと、何度も言っているだろう、マデリン」

銀髪の男はつかれ切った様子で嘆息し、笑う男と彼女、自身の愛娘を見ずに言った。ジョルジォ・レイシャ。マシンメイス大隊の大隊長であり、階級は大尉。五十に手が届こうという彼は、元々銀に近い髪がここ数日でまた白くなっているのではないか、と思われるような疲労をたたえた顔つきをしていた。反対に、頑是無い、とも、あどけない、とも言えるような表情で、マデリンは首をかしげたまま、

「なぁに、パパ、そんなに疲れたの?どうして?」

「マデリン、養成校でも言われただろう。公私混同はしない、それが軍人の鉄則だ。守れないなら、家に帰りなさい」

逆に言い返され、マデリンはその場で膨れる。腹を抱えて笑っていたもう一人の男は、その様子もさも楽しげに見ながら、

「まあまあ、いいじゃありませんか、大隊長殿。どうせここには俺達しかいないし、ドアの向こうの連中だって、聞こえてたって何も言いやしませんよ」

「そう言う問題じゃない……君にも、もっと色々と気をつけてもらいたい、ガベル中尉」

額を押さえつつ、ジョルジォ・レイシャ大隊長が強く言う。男は肩をすくめると苦笑を漏らし、それ以上何も言わない。マデリンは二人のやり取りを不思議そうな顔で眺めて、そして改めて父親に尋ねた。

「パパ、この人、誰?」

「……彼は、私の部下だ」

「アストル・ガベル中尉だ。よろしくな、じょうちゃん」

娘の「パパ」にそれ以上何も言うことなく、ジョルジォが言った。アストル・ガベルと名乗った男はいたずらっぽい、しかし何やらムダに凄みの効いた顔でマデリンに笑いかけ、その大きな手を差し出す。が、マデリンはむっと唇を尖らせ、

「よろしく、の前に、じょうちゃん、て言うの、やめてくれる?中尉。これでもあたし、今日からここの機関構成員なのよ?」

「おーおー、言うねぇ。そいつは失敬した。じゃ、よろしくな、マデリン・レイシャ少尉」

その小生意気な物言いに、ガベルはまた愉快そうに笑った。マデリンはそんなガベルが余り気に入らないらしいが、膨れたままの顔で、差し出された手を掴んで握った。ニヤニヤ笑う三十がらみの大柄な男と、小柄な金髪の十二歳の少女の握手を見ながら、ジョルジォは付け加えるように言う。

「ガベル中尉は今日からお前の上官でもある」

「え?このごっついおじさんが?パパじゃないの?」

ガベルの手を握ったままで驚きの顔をマデリンが父に向ける。ごついおじさん呼ばわりされた男はまた豪快に笑い、

「残念だったな、マデリン。このごついおじさんがお前の上官だ。今日からおじさんの言うこと聞いて、きりきり働いてもらうからな、覚えとけよ」

ガベルが手を離す。マデリンは驚きに目を見開いたものの、怯む様子も特になく、

「まぁいいわ、ここって軍隊だもんね。かっこいいお兄さんが優しく色々教えてくれる、なんて思ってないし、おじさん、悪い人じゃなさそうだもの」

「ついでにマデリン、おじさん、じゃなくて隊長だ。じょうちゃんじゃねぇってんなら、そんな言い換えくらい訳ないよな?」

やや意地悪くガベルが言い返す。マデリンはまた目をしばたたかせ、肩をすくめると、今度はいたずらっぽくぺろりと舌まで出して見せた。

「はぁい、ごめんなさぁい、以後気をつけまーす、隊長」

「すまないアル、娘を頼む」

そんなマデリンの影で、ジョルジォが小さな声で言う。ガベルは苦笑を漏らすと、

「まぁ、面倒は俺じゃなくても誰かが見ます。その辺の心配はいりませんよ。ここの通勤も、自宅からでしょう?」

「うん、そうよ。毎日自転車で来るの」

問いに答えたのはにこにこ笑うマデリンだった。ジョルジォは苦笑を漏らした。

「今夜はねぇ、任官のお祝いに、って、ママがご馳走作って待っててくれるの。隊長、定刻で帰っても平気?」

「何事もなきゃな。さ、ムダ口たたいてないで、早速お仕事だ。行くぞ」

ご機嫌のマデリンの言葉にガベルは返して歩き出す。小走りに続いて、やや進んでから、マデリンは父が自分達に着いて来ず、立ち止まっていることに気付いて振り返った。

「あれ、パパは一緒じゃないの?」

「パパ……じゃない、私は別の仕事がある。新人に一々ついて回るような余裕はないよ。私は君達の大隊長だからね」

立ち止まって見送っていたジョルジォが苦笑で返す。マデリンは目を丸くさせたまま、

「そっかー……パパも今夜うちに帰れる?ママ、待ってるのよ?」

「その予定だよ、何もなければ」

「そっか。じゃ、また後でね、パパ」

父親の答えに満足そうに笑ってマデリンは返す。ジョルジォは無言で手を振り、それからきびすを返すと、二人が進んでいくのとは全くの反対方向に向かって歩き出した。

 

ミッシュ・マッシュ、シル・ソレア中央基地は、ラステルにおける特務機関の総本部である。基地には常に全組織の三割から六割の兵力が置かれ、いつ何時戦闘が起こっても対処できるよう、様々の配備がなされている。とは言え、対外国境、主に東部外国境地帯での軍事的衝突はここ数ヶ月の間殆どなく、戦況もかなり落ち着いている。基地内には臨戦時の緊張もなく、どこかのんびりしている、と言ってもおかしくなかった。

「ここは前線からずーっと離れてるから、こんなに静かなのよね?」

中央司令棟を出、マデリンは暫くの間歩かされていた。基地内の道路は狭くない。基地外の、特別居住区と呼ばれる市街地よりも返って整っているくらいだ。何か変なの、それがマデリンの感想だった。人に行きかう事も少ないが、道路標識もあれば、バス停もある。歩きながら何かと尋ねたら、バス停だ、見たことないのか、と言われ、そのことでマデリンは少々不機嫌だった。子ども扱いが不服らしい。その為か、口調はやや、わざとらしい。

「ずーっと、ねぇ……ま、確かにあっちの方が基地らしいって言えばそうだな。こっちより狭いし」

前を歩くガベルは殆ど振り返らずに言う。マデリンはあちこち見回しながらも、その余り親切でない男の態度に少々腹を立てながら、更に言った。

「一体どこまで歩くの?本部からずっと歩いてるけど、どこに行くの?」

「まずは移動用のジープまでだ。そこから車で……」

「車?基地から出ちゃうの?」

質問に対するガベルの答えを途中でさえぎって、マデリンがすっとんきょうな声を上げる。ガベルは驚きもせず、

「いや、基地内だ。ここはとにかく広いんでな……どう説明すりゃいいか解らんが……あそこは、管理で来てるソレアのヤツラのオフィスで、俺達の現場じゃねぇんだ」

やや困ったように行ってガベルが振り返る。マデリンはその答えに目を丸くさせ、

「へーぇ、そうなんだ……ジープで移動って、すごく広いのね……中で自転車とか、使っていい?」

「構わんが、管理部のヤツらに車両乗り入れ許可だけ貰ってくれ。一応ここも軍部なんでな、不審な車両はシャットアウト、てのが原則なんだ」

「不審?あたしの自転車が?」

面倒くさそうにがベルが答えると、それにまた問うようにマデリンが言う。ガベルは食い下がるその様子に苦笑して、

「軍隊ってな、そういうところさ。一々こまかい事にまでやかましくてかなわん」

「おじさん……じゃなかった、隊長ってそういうの、好きそうじゃないわよね。じゃ、どうしてミッシュ・マッシュに入ったの?」

肩をすくめるガベルにマデリンが重ねて質問する。ガベルは鼻先でもう一度苦い笑みを漏らすと、

「さあ、何でだろうな、俺も、未だによくわかんねぇのさ」

そんな風に曖昧に答えた。

 

中央司令棟からジープで五分ほど移動した先には、巨大としか言いようのない、ドーム型の建造物と、それに寄り添うような六面体の鉄筋コンクリートの建造物とが数棟あった。ミッシュ・マッシュの事実上の中枢、マシンメイス大隊本部である。現在基地内で稼動している全てのマシンはここで整備、管理され、同時にその操縦者達のオフィスでもあるその場所は、基地内のどの場所よりも厳重な警備が施されていた。管理棟方面からの車両でさえ、検問ゲートを通過しなければ入れない、という有様だ。

「ちょっと……厳重すぎるんじゃないの?これ」

ゲートの門番はスティラから出向している軍人らしい。出向者と構成員の区別は着ているものの色だ、とつい先ほど教えてもらったマデリンは、ジープが進むと同時に遠ざかる彼らの姿を見ながら言った。運転しているガベルは苦笑しながら、

「そうだな。だが、これだけ厳重にしてても、どこからか漏れてくデータってのがあってな。お偉方はぴりぴりしてんのさ。いつ俺達がへまをやらかして、敵の新型マシンに国が滅ぼされるか、ってな」

「でも、ミッシュ・マッシュのマシンのレベルって、今のところ大陸一なんでしょ?簡単に追い越せるもの?」

「簡単かどうかは知らないが、追い付かれてるらしいからな。それに、お前が知ってるそのデータは公式のものだろう?事実と全く合致するとは限らないぜ」

ニヤニヤと、答えるガベルは笑っている。ジープのナビシートでマデリンは眉をしかめたまま、

「大人って面倒よね。どうしてこんなにひねくれてるのかしら」

その言葉にガベルは大きな声を上げて笑い出す。マデリンは眉をしかめたまま、

「どうして笑うのよ?あたし、なんか変なこと言った?」

「悪い悪い、じょうちゃ……少尉の言う事があんまりにも的を得てるんでな。つい笑っちまった。確かにマデリンの言うとおりだ。何が嘘で何が本当なのか、素直に言えればそんなにいいこともない。が……」

「軍隊って言うのは、そういうところ、でしょ?」

ガベルに先んじてマデリンが言う。笑いながら、

「そういうこった。ひねくれて嘘つきで面倒くさい。だがそれでも、お前も今日からここの一員だ。「スーパーエリート」って、ご大層な名前で呼ばれたきゃ、そういうややこしいのも我慢しなきゃならん」

その言葉にマデリンは、今度は溜め息を吐いた。そして呆れているとも、理解しがたいとも取れる顔で、彼女は肩をすくめて言う。

「『戦争代行人』、ねぇ……誰が言い始めたのかしら、そういうのって」

「さて、俺がここに入ったころには定着してたからな。呼ばれなくても痛くもかゆくもねぇが、マシンに乗るヤツラはみんなそう呼ばれてる。やることはかなり危なっかしいが、もらえるサラリーは一般人から見たらベラボーだ。そういう意味だろ?」

或いは、国土を守る名誉な職業である、という揶揄か。思いながらのガベルの笑みに、苦いものが混じる。マデリンはそんな彼をちらりと見、

「でも、そういうので気分が良くなってる人って、はっきり言って子供よね」

「おや、少尉は任官初日から、なんともクールだな。一人前の大人扱いで、鼻高々じゃねぇのか?」

揶揄うようにガベルが言う。マデリンは少し黙ってから、

「まぁ……人より色々出来て、褒められたらうれしいけど、あんまり浮かれてるのも変でしょ?戦争するために、ここに来たのに」

ややもすると困惑気味にさえ見えるマデリンの様子に、ガベルは笑うのをやめた。ジープはやがて駐車スペースに辿り着き、その一角止められる。車を降りると、マデリンはどことなく不安げな表情でそこから見える鉄筋コンクリートを見遣る。そんなマデリンを見、ガベルは困ったように笑って、それ以上何も言わなかった。

 

新人構成員の入隊時の最初の配属先は、中央基地の警備部隊を兼ねた教導隊であるのが一般的である。連れ加えれば、一人だけでの任官式も例外のことだった。養成校の期間は最短で半年、その半期ごとに一度ずつの任官式、というのがミッシュマッシュでの通例となっている。

「が、まあ色々と事情があってな、お前さんは今日から俺の部下、ってことになった」

「良く解んないけど……どういうところ?」

鉄筋作りの建物の中の、どこにでもあるような長い廊下を歩きながら、マデリンはガベルに質問した。ガベルはわずかに後ろを歩く彼女へと少しだけ振り返り、

「新型部隊だ、言ってみりゃ」

「新型?新しいマシン、って事?」

「それもそうだが……編成も、これまたちょっとユニークでな」

楽し気とも、苦いものともつかない笑みで曖昧にガベルが返す。マデリンが歩きながら首をかしげると、続けてガベルは言った。

「まぁ、面子も、なかなかのツワモノぞろいだ。半分テスト部隊みたいなモンなんだが、戦況の変化でどうなるとも言えない。仲良くやれ、とまでは言わないが、揉め事だけは起こすなよ、いいな?」

「……はぁい」

これって一応、隊長命令なのかしら。首をかしげたまま返事をしたマデリンは胸の中だけで呟く。白い壁と廊下がしばらく続き、二人はやがて一枚のドアの前まで辿り着く。壁と同じ白いそのドアに付けられたプレートには、手書きの文字でこう書かれていた。

「『タイプb』?」

「新型の仮称だ。正式配備まではそう呼ばれる」

首を傾げてそのプレートを見上げるマデリンにガベルが教えるように言う。ドアの中からはかすか、というには大きく人の声が聞こえ、言葉の後、ガベルはその場でげんなりした顔になった。マデリンがそんな彼を見、

「隊長、どうしたの?」

「いや……中が騒がしいんで、疲れたんだ」

問いかけに素直にガベルは答えるが、マデリンにその意味は解らなかった。首を傾げるマデリンをよそに、ガベルは何も言わず、ノックさえせずそのドアを開けた。中からかすかに聞こえていた声は、直後マデリンの耳にもはっきりと届く。

「うるさいな、そんなの俺の知ったことかよ!文句があるなら上に行ってくれ」

「別に、文句はないわ。ただ、ご大層な事だと思って。たった十二歳でミッシュ・マッシュのスーパーエース、なんて。普通なら、まだ学校に通ってる年でしょう?まぁ……そんなレベルの子供には違いないけど」

聞こえたのは幼い子供の声、そして年若い女性の声だ。何、ここ、若い女の人とか、子供かいるの?驚き、無言でマデリンはガベルを見る。が、ガベルはそんなマデリンに気付くことなく、一人先に室内へと進んだ。

「マチルダ、ナナニエル、またケンカか?」

うんざりしたようにガベルが言うと、それまでの二つの声はとたんに途切れた。が、それもわずかの間で、

「別に。ケンカなんかしてねーよ」

「ええ、隊長。私達、言い争ってなんていません」

って、今の、まるっきりケンカじゃないの。ガベルの後に続いて、何故かこそこそとマデリンも室内に入る。

「お前ら……仲良くしろとまでは言わないが、せめて一つの箱に入ってる時くらいは大人しくしててくれ。俺の白髪を増やす気か」

「すみません、隊長……制止はしたんですが……」

おずおずと、白金色の髪の、青年とも少年ともつかない細身の男がガベルに謝るように言う。鼻先で笑って、ガベルはそれに返した。

「今のお前にそういうのは期待してない。気にするな、フェーン」

「うわ、隊長、太っ腹っすねー」

「ありゃ太っ腹って言うより、半分いやみじゃねぇのか?」

室内ではそんな会話が交わされている。軍の、軍人の詰め所、というに気はその雰囲気はいささか砕けていた。その余り広くない部屋はオフィスらしい。いくつもの事務机が向かい合わせに並べられ、奥の二つだけが、並行を描く他の机のラインに対し、垂直に向けられている。あれが隊長の席よね、多分。隣は、副長の机かしら。思いながらマデリンは室内を見回した。事務机の一角の奥には来客用と思しきゆったりとしたソファが置かれ、そちらに数人、成人男性の姿が見える。あちらもマデリンに気がついたらしい。驚いたような目でこちらを見たり、顔を見合わせて何やら話している。そしてその、ソファと机との間の広くないスペースに、二人の女性と、自分と同じ年頃とも、年下とも見えるような子供の姿があった。

「こ、子供?!

思わずマデリンが声を上げる。と、そこにいた、オレンジ色の髪をぼさぼさに刈った、強いグリーンの目をした子供は、その言葉に威嚇でもするように言った。

「うるせぇ!誰だ今の!」

鋭い声が飛んで、マデリンは思わず肩をすくめる。すぐにも子供はマデリンを見つけ、見つけるなり、その顔に露骨なほどの驚きを浮かべ、

「って、隊長、何だよこのガキ」

「が、ガキ?」

乱暴に言い表されたマデリンはその言葉に思わず声を上げた。ガキ扱いされたマデリンを、今度は室内にいた人間全員が観察し始める。ガベルは嘆息し、それから、疲れたように言った。

「全員、席に着け。新入隊員だ」

「新入隊員だぁ?」

オレンジの髪の子供が再びすっとんきょうな声を上げる。他の、大人と思しき隊員たちは驚いた顔を隠すことなく隊長の支持に従っていた。もちろん移動の間も、席についた後も、全員の視線はマデリンに向けられている。その場にいる全員が、彼女と同じ淡いブルーグレーの詰襟を身につけ、ひし形の襟章をつけていた。新型機のパイロット、スーパーエリートと呼ばれる、その人物達だ。

「へー、噂は聞いてたけど、本当にまだ子供だな」

「おじょうちゃん、幾つかな?お名前は?」

「レオン、やめないか。失礼だぞ」

「隊長、彼女が……大隊長の?」

男性隊員たちが口々にしゃべり始める。マデリンは答えず、やや睨むように一同を見ていた。女性隊員二人は、一方は困った様子で笑い、もう一方は、驚いているのと同時に怒っているような目で自分を睨んでいた。余り歓迎されていないらしい。なんか、ちょっと恐いなぁ。そんな風にマデリンが思っていると、ガベルは困った顔つきのまま言った。

「少尉、自己紹介しろ。今日からここの連中がお前の同僚だ」

「……えっ、あたし?」

突然振られてマデリンは困惑する。室内は静まり返り、マデリンは困りながらも言葉を紡いだ。

「えっ、と……マデリン・レイシャです。宜しく、お願いしま……」

「なんでこんなガキ連れて来たんだよ?ここは託児所じゃねぇんだぞ?おっさん」

マデリンの声をさえぎって、オレンジの髪の子供が声を放つ。さえぎられたマデリンはお辞儀しようとしていた頭を上げ、声の主を睨みつけた。ガベルは笑いもせず、

「確かに託児所じゃねぇな、ここは。だったらお前も預かられてる赤ん坊じゃないだろ?マチルダ」

「……何だよ、それ」

「今日からお前の相棒だ、仲良くやれ」

「え?」

ガベルの言葉に声を上げたのはマデリンだった。オレンジの髪の、マチルダと呼ばれた子供はそれに全く構わず、

「俺は二人でなんか乗らねぇぞ!絶対に乗らないからな!」

「いい加減にしろ!このバカ。あれは二人乗りだって、俺に何ベン言わせりゃ気が済むんだ、ああ?」

それまで、辛うじて自分の感情を抑えていたガベルが、たまりかねたように大きな声を放つ。室内の全員がそれに驚き、かすかな戦慄さえその場に走った。マデリンもその声に驚き、かすかに肩をびくつかせてそんなガベルを見遣る。うわっ、この人、怖い。逆らったりしたら殴られそう。心の中、キャーキャーとマデリンは悲鳴まで上げる。声を放った当人は、その放った先にいた子供に露骨な憤怒の目を向け、向けられた側はそれに慄きつつ、けれど目を逸らさずに言った。

「俺はっ……いやだって言ったらいやだからな!大体、ここにいるこいつらだって、俺についてこられるヤツなんてそんなにいないんだぞ?今日来たばっかの、しかもそんなガキに、俺のサポートなんて出来るわけがっ……」

「いい加減聞き分けろ、ガキじゃねぇんだろ?それに、その辺の心配ならいらねぇよ」

怒る事に疲れたようにガベルが言う。マチルダは怒りの形相のまま、無言でマデリンを睨む。マデリンはそれにもおびえ、無言でただびくびくしているばかりだ。

「養成校での成績も歴代総合五位、確かにお前よりは劣るが、何より同い年だし、話も合うだろ」

「おっ、同い年?!

そのガベルの一言に声を上げたのはマデリンだった。大きなその声に、周りの視線が彼女へと向けられる。が、マデリンは気付かないまま、今「同い年」と言われたマチルダを見詰めた。

「なっ……何だよ、じろじろ見るなよ!」

「同い年なんだ……そんな子がいたんだぁ……」

先程までのおびえも忘れ、マデリンは驚きとともに奇妙な安心感さえ覚えていた。無意識にマデリンはマチルダに歩み寄り、じぃっとその顔を覗き込む。覗かれた方は何事かと、じりじりとその場で後ずさりした。オレンジの、ぼさぼさに切られた髪、強いエメラルドグリーンの大きな瞳。顔立ちはまだ子供のものだが、割合に整っている。不貞腐れてなかったら、この子って結構綺麗な部類かしら。食い入るように見詰められて、マチルダは眉をしかめ。その顔を背けた。子供たちの、じゃれあいのようなやり取りに苦笑したのはガベルだった。しながら、彼は言った。

「見ての通り、今日来たばっかのずぶずぶの素人だ。みんなで色々と教えてやってくれ。解ってると思うが一応、大隊長殿のところのお嬢さんだ。おイタは控えろよ、特にレオンとジェイク」

「隊長、そういう言い方はないですよ」

「そーですよ、大体俺、ロリコンじゃないですよ?」

冗談交じりのガベルの言葉に机についていたうちの二名が声を上げる。かすかな笑いが室内に起こって、聞きながら、ガベルは言った。

「ま、仲良くやってくれ。以上だ。解散」

言葉の後、机についていた隊員達とガベルとがそれぞれに動き始める。気付かないまま、マデリンはまだマチルダに食いついていた。食いつかれているほうは室内の動きを察知して、どこかへ移動しようとしていたガベルを呼び止める。

「おいおっさん、話はまだすんでねーぞ!」

「ああ……マチルダ、お前は今日一日マデリンの案内でもしてやれ。ここの建物の中とハンガーと、ついでに宿舎と。済んだら定刻まで遊んでで構わんぞ。どうせまだ機体も届いてねぇし、やれることもそんなにねぇからよ」

が、呼ばれてもガベルは振り向きもせず、白金色の髪の青年、フェーンとともにドアの外へと出て行く。マチルダはあわててそれを追い、

「おい、おっさん、フェーン、待てよ!」

「殴られたくなかったら大人しく言うことを聞け、ガキ。それとも飯抜きがいいか?」

「くそオヤジ!私刑はご法度だろ!ボカボカ殴ったらてめーだって営倉入りじゃねーか、バカヤロー!ケルヴィナーに言いつけてやる!」

ガベルは振り返らず、その後ろについていたフェーンだけが振り返って不安げな顔を見せる。マチルダはその場で地団太踏んで、しかしそれ以上ガベルを追おうとはしなかった。マデリンはというと、そんなマチルダを見、思わず呟く。

「何、この子……下品……」

下品というか、言葉遣いが汚いと言うか、乱暴というか。その外見にそぐわない態度や言葉遣いにマデリンはひどく眉をしかめた。同い年であんなに綺麗な顔なのに、こんな風なんて。折角友達になれそうかも、って思ったのに。思っていると背後から、何とも怪しい声が掛かる。

「マデリーンちゃん、かぁ……へぇ。可愛いねぇ」

ちらりと、マデリンはその声に視線だけを送る。妖しい事この上ないので警戒しているのだ。視界に入ったのは二十代中盤と思しき、ハニーブロンドの髪の男だった。くるくると巻いた髪を適当な長さでカットしたその男は、にこにこ笑いながらなおもマデリンに話しかけた。

「十二歳なんだって?良くこんな処に来る気になったなぁ」

「……あ、あの……」

何この人、あからさまに妖しいって言うか、ロリコンなの?ややおびえつつマデリンは、何か言おうと試みる。が、言葉は思い浮かばず、それより先にまた別の男の声が聞こえ、そちらへと顔を向けた。

「レオン、やめないか。恐がっている」

金髪男の向こうに、ストレートの黒髪の頭が見える。にこにこ笑う金髪にたいし、黒髪はやや困ったような顔をしていた。愛想は余りなさげだ。ややもすると冷たい印象の男に、金髪男は振り返って言葉を返す。

「恐がってなんかないだろ、別に。俺がこの子に何したって言うんだよ?」

「今にも何かしそうに見える。明らかに不審だ」

「カイル、お前人を変質者か何かと一緒にすんなよ。これでも俺はお前の相棒だぜ?」

「僕も、自分と組んでいる相手が変質者では困る。更生してくれ」

「だから俺はヘンタイじゃないっつーの!」

淡々と言葉を紡ぐ黒髪に金髪が憤って反論する。何この人たち、遊んでるの?思いながらマデリンは困惑していた。その様子に金髪が気付き、あわてて、

「ほら見ろ、お前が変なこと言うから固まってるじゃないか。ごめんね、マデリーンちゃん。いや……レイシャ少尉、って呼んだ方がいいかな?」

言いながら金髪はその手を差し伸べる。そして今度は人懐こい、ややいたずらっぽい笑顔になると、

「俺はレオン・ニーソン。よろしく、少尉」

「よ、よろしく、お願いします……」

「恐かったらその手は取らなくていい。僕はカイル・オブライエン。よろしく頼む」

おびえを顕にしたままのマデリンに黒髪、カイルが言う。先んじて自己紹介したレオンは手を出したまま、

「だから俺は別にヘンタイじゃねーっての!本当にお前は無粋だな。人間愛とかそういうの、解ってるのか?」

「それは僕が聞きたいな。君のその人間愛の認識が、どれだけとんでもないレベルなのか」

ほぼコント状態のそのやり取りに、マデリンはその場で吹き出した。そして笑いながら、

「お兄さん達、楽しいわね。こちらこそ、よろしくお願いします」

そう言って頭を下げる。言われた二人はそんなマデリンへと向き直り、

「おっと、少尉、ここは軍隊だぜ?こういう時はお辞儀じゃなくて敬礼だ」

言ったレオンがおどけた様子で手を上げ、習うように、カイルも微笑みながら敬礼する。良かった、このお兄さん達とだったら、仲良くなれそう。思ったマデリンの表情が柔らかくほぐれる。辺りにそれまでより穏やかに空気が流れようとしたその時、室内でまた別の声が響いた。

「全く、また子供なの?いい加減にして欲しいわよね。ここは学校じゃないんだから」

今度の声は若い女のものだ。それも、ここに来た時に聞こえたあの声だ。マデリンは思ってその目をしばたたかせた。かなり不機嫌なのは顔を見なくても解る。振り返った視線の先ではキャラメル色の髪の若い女性が、腕組みしてそっぽを向いているのが見えた。白い肌の、怒っているのかやや目元の釣りあがった彼女はうんざりした様子で、わざとらしくちらりとマデリンを見た。そして大袈裟な吐息を落とす。

「大隊長のお嬢さんって、まさかそれで預かることになった、なんてことはないわよねぇ」

「そういうことはないんじゃないかしら。仮にもここは軍隊なんだし」

怒っている彼女を宥めるかのように、もう一人の女性はそう言ってマデリンの近くへとやってくる。青みがかった銀の髪と同じ様な色の瞳の、こちらは柔らかい印象をあたえる彼女は、にっこりとマデリンに笑いかけた。そしてその手を差し伸べて、

「初めまして、レイシャ少尉。コニー・ライトです。どうぞよろしく」

「あ……はい、宜しくお願いします、少尉」

「私はコニー、でいいわ。少尉の事も、マデリン、って呼んでもいいかしら」

親しげ、というより、自然に年下の少女と友人になろう、という様子の彼女に、マデリンは同じく笑い返す。手をとって握手をするタイミングに、先程の不機嫌な声がまた響いた。

「言っておくけど少尉、ここは軍隊って、解ってるわよね?今はかなり暇ではあるけど、いつどこで何が起こって、私達もいつマシンに乗って出撃するか解らないのよ?そこのところはちゃんと理解しておいて欲しいわ。いくら子供でもね」

コニーとの握手もすまないうちのその言葉にマデリンはすぐにも眉をしかめる。言った本人はそんなマデリンに一瞥をくれると、途中、入り口近くにいたマチルダをにらみつけるようにして、そのまま部屋を出て行こうとする。

「おいナナニエル、どこ行くんだ?」

「予備機の調整よ。機体が届かないからって、ここでくだ巻いてても仕方ないでしょう?」

投げられた声に彼女は答えたが、振り返ろうとはしなかった。何あの人、なんかヒステリーっぽい。見送りながら無言でマデリンは思った。眉はしかめられたまま、まだ元には戻っていない。

「でも十二歳って言うのは、やっぱり誰でも驚くよな。マデリンは、マシンとか、好きなのか?」

そんなマデリンにまた別の声がかかる。目を上げると、先程の男二人よりまた若い、青年と少年の中間ほどに見える別の男の姿があった。やんちゃ坊主、という印象の、赤茶けた髪の男はおもちゃを見つけた子犬のような顔でマデリンのそばへやってくる。一瞬大人に囲まれた格好になったマデリンは無意識に助けを求めたのか、そばにいたコニーの顔を無言で見遣った。コニーは困ったように笑って、

「ジェイク、質問の前に自己紹介しなさい。マデリンがびっくりしてるわ」

「あ、悪い悪い。俺はジェイク・ライト。一応フォワード。よろしく」

「……フォワード?」

何度目かの握手が求められて、それに応じながらマデリンが問い返した。答えたのは側らのコニーだ。

「私達の隊は新型機で編成される予定なの。今度の新型には従来型と大きな違いがあって、まだ試作に近い段階なんだけど、操縦者が二人になるらしいのよ」

「二人乗りなの?」

誰にともなく問うようにマデリンが言う。とたんに、そこにマチルダの声が響いた。

「俺は乗らねぇぞ、二人でなんて、絶対に乗らないからな!」

「マチルダ、お前そうやってわーわーわめいててどうにかなる問題だと思ってんのか?上官の命令だぞ?」

そんなマチルダにあきれて言ったのはジェイクだった。笑って見ているのはレオンである。

「でもマチルダは営倉も飯抜きも、もう慣れっこだもんな。痛くもかゆくもねぇよな。マデリーンちゃん、マチルダがあんなに嫌がってるから、お兄さんと一緒の機に乗ろうか?」

「っ……え゛?」

再び、やや怪しい科白がレオンの口から出る。しかしすかさずカイルが言った。

「確かに僕も君じゃない誰かと組みたいとは思っていたんだ。隊長に相談して、何とかトレードしてもらおうか」

「何だよカイル、お前、俺の腕に不満でもあるのか?」

「不満と言うより、不安かな。副長との模擬戦で二勝七敗では、実戦に出たその時が恐い」

淡々とカイルが言う。レオンはその眉をしかめて、

「う、うるせぇ。大体フェーンは色々と卑怯なんだよ!俺なんかペーペーだけど、あっちは超スーパーエリート様だぜ?そう簡単に勝てるかって……」

「勝ってもらわないと困る。君のサポートとしては、非常に不安だ。そんな君とレイシャ少尉を組ませるのも、年長者として許可は出来ない。よって却下だ」

マデリンは置いてきぼりを食らっていたが、二人のやり取りに首をかしげながらも言った。

「へぇ……新型って、どんなのかなって思ってたけど、二人乗りなんだ。一人が操縦に専念して、一人はその補佐なのね」

「あら、よく解ったわね」

その様子にコニーが感心したように言う。マデリンはにっこり笑って、

「あたしこういうの得意なの。パパにも「お前は時々鋭い」って言われるけど、それって褒め言葉だと思う?」

「そうねぇ……どうなのかしら」

逆に問われてコニーはやや閉口する。言った本人はあれ、なんか変なこと言ったかな、などと思いつつ黙ってしまったコニーを見、首を傾げる。

「いいじゃんか、マチルダ。同い年だろ?仲良くしてやれよ。どうせ俺らの中にはお前についていけるパイロットもいないし、だったら誰がなったって同じだろ」

どこか豪快な口調で笑いながらジェイクが言う。マチルダはそんなジェイクを睨みつけるが、何も言わない。マデリンは再びそんなマチルダを見、どうしてこんなに怒ってるのかな、と、思いをめぐらせる。が、解るはずもなく、

「……何だよ」

「え?」

「人のこと、じろじろ見るの、やめろよな」

「あ……ごめんなさい……」

ややすごまれて、思わずマデリンが謝罪する。不貞腐れたマチルダはマデリンから目を逸らし、はぁ、と大きく息を吐き出した。そしてあごでマデリンに部屋から出るように促す。

「……何?」

「何、じゃねぇよ。隊長が言っただろ?行くぞ」

どうやら基地内を案内してくれるらしい。怒ってはいるが、それは自分に直接向けられたものではないようだ。そのことにほっとしてマデリンは軽く息をつく。そして、

「うん。あたしマデリン、よろしくね」

そう言って飛び切りの笑顔を向けたのだが、向けられた方は全くそれを見ることなく、さっさとそこから歩き出した。

 

「しかし……何とかしねぇとまずいな」

「何が、ですか?隊長。マチルダのことですか?」

先んじてオフィスを出たガベルが独り言のようにつぶやく。後ろについていた副長、フェーン・ダグラムがその呟きを聞いて尋ねると、ガベルは困ったようにその髪を掻きながら言った。

「いや……マチルダの方は何とでもなる。どの道当ヒマだろうからな。即実戦であれだけ駄々こねられたら堪らんが、一人であいつを動かす限度ってのも、解ってるだろうし」

「確かに、今度の新型は、シミュレーターで動かすのも、一人だと手が回りきりませんからね。幾らマチルダでもあれでは機体の能力の半分も使えないでしょう」

まだ幼ささえ残るような服ちようが淡々とした声で言う。ガベルはそれを見て苦笑を漏らし、

「そういうお前はどうなんだ、フェーン。一人で使えって言われたら、動かせそうか?」

「移動程度なら。でも一人で動かしても意味ないでしょう?何のための二人乗りか解らない」

「主に単機での行動を目的とした機体で編成する部隊、ってのも妙だが、その辺はどう思う?」

「体のいい捨て駒でしょう?新型の投入当初なんて、どれも同じかもしれませんが」

変わらないフェーンの声音にガベルが足を止める。フェーンはそれに何事かと目をしばたたかせた。ガベルはにやりと笑い、

「流石は稀代のスーパーエリート様だな、副長。その状況に置かれてそれだけのことを言うか」

「何ですか、急に。それに、こういうのは今に始まったことじゃない。優秀なパイロットと最新の機体で編成される小隊、なんて、隠し玉じゃないとしたら自爆装置みたいなものでしょう?」

「自爆装置、ねぇ……」

「そういう隊長はどうなんですか?解っていて、マチルダやレイシャ少尉のような年端も行かない子供が配属されるのを、黙って見ている、なんて」

問い返され、ガベルは笑うのをやめた。無言になったガベルに向かい、更にフェーンは言葉を続けた。

「僕は……やっぱり反対です。レイシャ少尉もまだ若すぎますし、マチルダは、前の部隊があんなことになってからまだ二ヶ月と経っていないんですよ?それなのに……」

「年齢は関係ないだろう、フェーン。そう言うお前だって十六でここに来て、教導隊の経験もなしに即実戦投入だったじゃねぇか。しかも新型の目玉で」

「マチルダは義務教育さえろくに受けさせてもらっていないんです。戦時下とは言え、倫理的にどうかと……」

「ダグラム副長、今は戦時下でここは基地内だ、私情は捨てろ」

冷たくガベルが言い放つ。フェーンはぐっと息を詰めて、そのまま黙り込む。そんな彼にガベルは苦笑して、

「お前の言いたい事は解る。尋常じゃないってな。だがお前だって二年前のごたごたを生き抜いてるんだ。ここがどういうところで俺達が何をやってるのか、解ってるだろう?」

「ですが、隊長」

「何度でも言うが、ここは軍隊じゃねぇ。マトモな軍隊ならそもそも子供なんか入れねぇし、そいつを奨励なんかしない。役に立たないからな。だが俺達はまともじゃない。軍人でもない。兵器だ」

言ってガベルは一つ息をつく。特務機関は軍とは呼ばれない。それは四国の軍備とそれを区別するためでもある。そして同時に、彼らがスーパーエリートと呼ばれながらも、人間の扱いを受けない事も示している。特務機関構成員、スーパーエリートは、戦闘の為の道具に等しい。戦闘で失った軍備を補うように、彼らもまた補われる。腕を失えば腕が、足を失えば足が、まるで壊れた機械を直して使い続けるように。マシンメイスを駆って戦うそのためだけに、彼等は生かされ、死ぬまでそれに従事させられる。欠員が出ればそれも補われるが、失われた命だけは戻らない。フェーンもそれは知っている。そして入隊から六年の間に、それを思い知らされ続けてきた。ここでは自分達は「軍人」ではない。そのため「退役」もない。倫理委員会なるものが存在しても、彼らがそれに異議をとなえる事は許されない。特務機関への入隊年齢の下限は十歳で、養成校に入学したなら最後、機関の構成員にならなければならない。衣食住の配給と、一般の職業では考えられない給与や高額の危険手当が支払われても、彼等は二度と一般市民には戻れない。それは機密を守るためでもあり、同時に彼らが人間であるという認識がないためだ。

「十才で養成校に入って半年で卒業、オマケに初戦で六機の敵マシンを撃破。成績も歴代トップでまだ揺らいでない。適性はSA。とんでもない高性能だ。その上に、二ヶ月前には逃げる教導隊のガードナーで、一人で……何機落としたって言ってた?」

「……十四機、だったと思います」

どこか飄々とした口振りでガベルが言う。一時に二桁の敵マシンを撃破することは勿論簡単ではない。マシンは転倒すれば自重で大破する代物だ。それを操って戦う事事体、訓練を受けなければ出来ることではない。それ以前にその機械に乗るには振動に強い体質でなければならない。

「まるでマシンに乗るために生まれてきたようなヤツだよ、あいつは。それ以外何にも出来ないのに、そいつを取り上げてどうする気だ?フェーン」

「それは……そんなことはありえません。マチルダはまだ子供です。これから時間なんて幾らでもある。あの子はあの子の生きたいように生きるべきです」

「俺もそれは同感だが、戦争が終らない限り、俺達に自由はない。それが事実だ」

どこかおどけたようにガベルが言う。フェーンは悔しげに唇を噛み、しかしそれ以上反論しようとはしなかった。ガベルがそれを見て苦笑する。そして、

「何だかんだ言ってもまだまだお前も青二才だな、稀代のスーパーエリート」

「……そういう言い方は、やめてください。腹が立ちます」

「そんでもまだまだ青いに変わりはねぇさ。最も、その若さでそんだけ怖きゃ、似たような年頃のヤツはお前にそんなことは言わないだろうがな」

フェーンがガベルを睨む。ガベルは肩を軽くすくめると、再びそこから歩き出す。

「マチルダやマデリンのことは、俺だって反対だし、正直こんなとこ歩かせたくもねぇ。だが決まっちまったことは覆せねぇ。それに、俺の悩みはそっちじゃなくて、もうちょっと年上のじょうちゃんの事さ」

言われて、フェーンは険しかったその表情をわずかに解いた。そしてガベルにこう尋ねた。

「クーパー少尉、ですか?」

「解ってんじゃねぇか、そいつだ」

振り向きもせずガベルが答える。フェーンはそのまま申し訳ないような顔になり、

「さっきは、すみませんでした。僕がもっとしっかりしていたら、あんなことには……」

「一応お前は隊の副長だが、それはパイロットとしての腕を買われたからだ。人心の掌握だの何だのなんて期待はしてないから安心しろ。ま、あのじょうちゃんくらい軽くいなせないと、この先の出世も難しいかもしれないが」

謝罪するフェーンに笑いながらガベルが言う。言われている事はもっともだが気に障らない訳でもないフェーンは、苦虫を潰したような顔になる。

「ナナニエル・クーパー、か……マチルダと接点があったか?あいつ」

誰にともなく問うようにガベルが言う。フェーンはそれに答えて、

「同じ小隊にいたことはありません。レクスライ中尉と同期で、前は第二メルドラ隊にいたらしいですが……」

「第二メルドラ……前線基地(ミネア)とこっちと行き来してる、あれか……」

言ってガベルはふーむ、と考え込むように息を吐く。フェーンはそんな彼の顔を覗き込み、

「調べますか?」

「いや、そこまでしなくていい。そのうち本人に聞くさ。第二メルドラねぇ……バリバリに前線にいたってか?そういうやつがいるんなら、副長にガティくらい引っ張ってくるべきだったか?」

独り言めいたことを言ってガベルは苦笑する。フェーンはそれを聞くと、

「スライサー大尉は無理ですよ。今はザラ隊で中隊長も兼任しています。今更副長にするわけにもいかないし、第一「トリオG」のうち二人も同じ部隊にいたら、戦力が偏るじゃないですか。それに、何か気に入らない事でもあって二人で結託して、クーデターでも起こされたら困るどころの話じゃない。ミッシュ・マッシュが壊滅します」

しらっとした顔で言い切ったフェーンを見、ガベルはとたんに眉を寄せた。

「フェーンお前……性格悪くなったな」

「さぁ、どうでしょう。僕にはよく解りませんよ、自分のことだから」

フェーンの顔色は全く変わらない。疲れたようにガベルは溜め息を吐いた。

「やれやれ……俺も損な役回りだな」

「それだけ大隊長にあてにされているってことでしょう?名誉じゃないですか」

「他人事みたいに言うな、副長」

意地の悪いフェーンの言葉にややすねてガベルが言う。フェーンは笑って、

「僕も微力ながら、もう少し副長らしくなれるよう、努力しますよ。隊長」

そんな風に返した。

 

Act 2に続く

 

 

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Last updated: 2007/02/03