LACETELLE0062
-the CREATURES-

Act 13

翌、早朝。

「ふぁ〜……くぁぁ……」

「暢気だね、ジェイク・ライト少尉」

ハンガー兼起動実験ドームのすぐ側、九機のマシンが並んでいる。その足元というには少し離れた場所で、ジェイクが欠伸と共に大きく伸びをする。傍らには、不機嫌と過労を足して二で割った様な顔つきのフェーンがいた。欠伸して伸びをして、ジェイクは振り返ると、

「あ?誰がだよ?てかフェーン、何ムダに疲れてんだ?ちゃんと寝たのか?」

フェーンの額はかすかに痙攣している。ジェイクは副長の不機嫌もどこ吹く風らしい。目をぱちくりさせ、首を傾げる。フェーンはまともにジェイクの顔も見ないまま、深く溜め息をつく。ミーティング終了後、フェーンは周知の如く、マシンに閉じこもったマチルダを外に出させ、その後その場の二人と今日の移動の打ち合わせ、要するにマチルダがさぼったミーティングの内容を説明し、更にその後、過労でダウン寸前の整備主任伍長に付き添った上官の代わりに、今目の前にいるその男にも同じ様にミーティング内容を説明し、更に補足して、やっと体を休めることが出来た、と言う体裁だった。睡眠時間は適度に取れているはずなのだが、如何せん精神的な疲労が強いらしい。まともにジェイクを見もせず、ただただ溜め息をつくばかりである。

「お前も、幾ら出世頭だからって、そうも馬車馬みたいに働くなよ?俺達ゃ体が資本なんだ……」

「君に言われたくはないけど、実際君にはそれしか能がないみたいだからね、良く解るよ」

「何だそりゃ……どういう意味だよ?」

ため息混じりながらも淡々とした口調のフェーンの言葉にジェイクは眉をしかめる。しれっとした顔で、フェーン、

「そろそろ全員集まる。行こう」

そう言ってその場から歩き出す。ジェイクは眉をしかめたまま、しかし何も言えず、その後に続く。

 

で。

「ルートは昨日説明して、マシンのナビに組み込んだ通りだ。練習なしでいきなり本番になっちまったが、どの道移動だけだし、二次装備っつっても国内の移動だ。どっちかってーとそいつもテストに近いモンがある。シル・ソレアまで三時間ちょっと、マシンこかさない程度に気楽に行こうや、以上」

全員集合後のアストル・ガベル、ボガード隊隊長の言葉に、フェーンの良くない顔色は一層悪くなった。他の面々はと言えば、驚いているのが数名、笑っているのが数名、訳が解っていないのが一名、呆れているのが一名、と言った所である。

「なぁに、隊長。何のお話?」

「三時間走る間に、マシン転ばすなってよ」

「それだけ?」

「細かい話は昨日すんでんだろ?」

訳が解っていない一名と呆れている一名の、最年少コンビはそんなやり取りをしながらマシンに乗り込む。他の面々も同じく自機に向かうのを、ガベルは笑いもせずに見送っていた。

「隊長」

恨みがましい声が聞こえる。ガベルはニヤニヤ笑いながらその声に振り返った。

「何だフェーン、そんなおっかない顔して。ああ、そう言えば昨夜はご苦労さん……」

「今のは何ですか」

ねぎらいの言葉もそっちのけ、フェーンは物凄い形相でガベルを睨んでいた。ガベルはガベルでそれに何も感じていないのか、ニヤニヤ笑ったまま、

「何って、出発前のミーティングだ。見てて解んなかったか?」

「解らなかったとは言いませんが」

言いながら、フェーンはその額を手で押さえる。ガベルは目を丸くさせ、

「昨日あんだけみっちり打ち合わせして、機体のナビにルートも書き込んでんだ。そう仰々しい話もないだろう」

「二次装備に関しては、どうなんです?」

フェーンは変わらずガベルを睨んでいる。けろっとした顔で、ガベル、

「ボガードはパワーもでかいが機体もでかい。重量だって他のマシンよりでかくなってるだろう?そいつが二次装備品装備してどれだけ動けるかってデータも、開発サイドにしてみりゃ気になるとこだ。輸送コストの削減、てのもアリだが……」

「それだけの話じゃないでしょう」

言ってフェーンは嘆息する。その男との付き合いは、長いとも短いとも言えない。出会ったのは六年ほど前で、当時も直属の上司だった。以来ずっと彼についている訳ではないし、最初の配属でその性格も凡そ把握していたつもり、なのだが、

「全くの初心者がいるんですよ?もう少し、何か……」

「下手に二次装備について講義したところで、やたらに不安を煽るだけだ。だったら「転ばすな」程度でいいだろう?それに、いざって時には警護がついてる。荒っぽいことはあっちに任せて……」

「それですまないかもしれないから、二次装備なんでしょう?」

強くフェーンが、質問すると言うより詰め寄るように言った。ガベルは苦笑し、

「まあ、そうなんだがな」

そう言ってマシンに乗り込んでいく隊員達に目をやった。傍ら、フェーンは不貞腐れた顔で言葉を続けた。

「確かに、今回は……上も用心に用心を重ねて、の配慮なんでしょう。それは解ります。でも下手をすれば行き過ぎだ。マシンを移動させるついでに、装備品を運ぶ程度の事なら、ミネアとシル・ソレアの間では良くある事です。けれどここはミネアの様な前線基地じゃない。補給基地でもある」

「例の理論ってのは、もうそれだけで機密なんだとさ」

フェーンの言葉をさえぎるように、不意にガベルが言った。眉をしかめたまま、フェーンが返す。

「知っています。だからそれも……」

「もし何かあったとしても、俺達は「逃げる」それが今回のお達しだ。それも解ってるだろう?副長」

問い返され、フェーンは黙り込む。ガベルは笑うのをやめてフェーンに振り返り、疲れた様な眼差しで副官を見遣った。

「ルート通りにシル・ソレアに向かって走れ。戦闘はしない」

「もしそう行かなかったら……どうするんです?」

「さて……どうするかな?」

ガベルは笑っている。これ以上何か言っても、恐らく何も答えてはくれないだろう。その男のやり口は解っていた。とんでもないことほど、面白がってかき回したがる。時としてそれが自身の身の危険になる事を、彼は解っているのだろうか。嫌いではない、だからこそ、これ以上その立場も処遇も、悪化させたくはないのに。フェーンはそう思いながら嘆息する。そして、

「あまり遊ばれると困ります。警護の担当はフォールト大尉です。どう思われるか解らない」

「気をつけるよ。つっても俺は別に、メイネアにどう思われても……」

「大尉は、元スティラ軍属ですからね。今もって繋がりを絶っていないとも聞きます。あの人を敵に回すのはやめた方がいいんじゃないんですか?お互いに」

言って、にっこりとフェーンが笑う。ガベルはその笑みに虚を突かれるも、すぐに苦笑して、

「ああ、そういうことか。ま、考えとくよ。お互い、変にマークがきつくなるのもやりにくいしな」

言って、ガベルは自分の機体を見上げた。

「マシン・メイスか……厄介なモンに乗っちまったな」

「今更でしょう?「トリオG」のラスボスなんですから」

「ラスボス……フェーン、ラスボス、てな何だ?」

真顔でマシンを見上げてガベルが尋ねる。フェーンは一瞬驚いて息を詰めるも、すぐに笑い出し、

「ラスボスはラスボスですよ。そうだなぁ……グランド中尉より質が悪い、って事でしょうか」

「何だそりゃ。あの馬鹿よりか?」

笑いながらフェーンはマシンに向って歩き出す。ガベルは不貞腐れたまま、そんなフェーンの後に続いた。

 

マシンは、荒野を駆ける。コンピューターに入力されたルート通りに、速度まで設定された状態で走り続けるそれは、シミュレーターの走行訓練と殆ど変わりがない。あるとするなら機体の振動くらいか。サポートのピットで一人、マデリンはそんな事を思っていた。走行のみとは言えパイロットは全員戦闘時に着用するパイロットスーツを身につけ、いついかなる時に戦闘が始まってもいいように、と言うよりも、不慮の事故に対して備えている、そんな感覚がある。確かにシミュレーターと違って実際走ってる訳だから、そういうこともあるかもしれないけど。思ってマデリンは、フォワードのピットとつなぎっぱなしの通信機に向かって言った。

「マチルダ」

『あ……何だ?』

マシンのもう一人のパイロットは、どうやら転寝でもしていたらしい。返事が遅れたのとその声の様子で解る。マデリンは眉をしかめ、

「ちょっとマチルダ、寝てたの?」

『んー……ちょっとだけ……』

「折角のマシンの初乗りなのに……」

『つったって、コンピューター任せで走ってるだけなんだから、眠くもなるだろ?』

「そうだけど……」

折角の初搭乗である。手動で全ての制御をしてみたい、とマデリンは一応、上司に上申していた。が、それはあっさり退けられ、現在に至る。

「何か……つまんないの……」

一人、マデリンが膨れる。マチルダはマイクの向こうで欠伸して、

『いいじゃねぇか、楽で。マシンに乗っててこんなに楽なの、こんな時くらいしかねぇぞ?』

「でもあたしは、自分で動かしたいの!」

まともに取り合おうとさえしないマチルダにマデリンが不満をぶつける。マチルダは欠伸の後に大きく伸びまでして、

『っあー……肩凝ったなー……帰ったら風呂入って寝よ……』

「ちょっとマチルダ、聞いてるの?」

こんな具合である。喚いても怒っても、マチルダに取り合う様子はなかった。再びマデリンは一人不貞腐れ、しながら仕方なしにピット内を見回した。全方向カメラが映し出す外の景色も、変化に乏しい。国土の多くがその戦闘のために荒野となってから久しい為、致し方ないことではあるが、これでは余りにも退屈すぎる。数機のマシンが複雑な陣形に並び、同方向に向って走る中を、右や左、後方や前方から、時折自分の乗っているものとは別の機種のマシンが駆け抜ける。警護につけられたドゥーローのマシンだ。その度に何故か一方的に会話がオープンにされ、彼女たちのやり取りをスピーカーが拾う。

『ちょっとリンダ、もう少し落ち着いて走りなさいよ!』

『ヘーキよヘーキ。そう言えばこのコ、この間ちょっと回転上げたんだー。速いでしょー?』

『えーっ、ずるーい!!隊長、あたしも!!あたしのもリンダと同じにしてくださいー!!

『あら、でもアシュムの電力がそれだけ移動力になると戦闘時に出力が足りなくて困るんじゃない?』

会話を聞くにつけ、警備の為についてきているはずの彼女達への信用度が目減りしていく。この人達、大丈夫なのかな。って言うか、楽しそうでいいなぁ。マデリンはそんな事さえ思って溜め息をつく。他の機体の会話も、特にクローズにされてもおらず、拾おうと思えば幾らでも拾えるのだが、やろうとした矢先にマチルダに止められた。うるさいから聞きたくない、とのことだったが、眠るためにだったのではないかとしか思えない。退屈だわ。思ってマデリンは何度目かの溜め息をつく。

「……つまんないの」

一人、ふくれっ面でマデリンがぼやく。マチルダの答えはない。更に膨れて、マデリンは強く言った。

「つまんないつまんない!ねえマチルダ、つまんない!」

『……うるっせぇなぁ……喚くんなら回線切ってからにしろよ……』

あからさまに眠たげなマチルダの声がする。構わず、マデリンは更に言った。

「だってつまんないもん!折角マシンに乗ってるのに、何にもしなくて平気なんて、つまんない!!

『んなこと言ったって……しょーがねーだろ?つーか……そんなに自分で走りたいのかよ?おっさんやフェーン叱られても知らねぇぞ?』

あふあふとマチルダが欠伸しながら答える。マデリンは膨れたまま、

「だって……」

『ロスは二秒だ。それで切り替えられなきゃばれる』

「え?」

モニタの一角、フォワードのピット内が映し出される。マチルダの眠そうかつ不機嫌な顔が見えると、マデリンは目を丸くさせた。

「マチルダ?」

『制御ボード出せ。同時にプログラムのクリアすれば、すぐ切り替わる……』

それは思わぬ返答だった。マデリンは一瞬黙るが、すぐにも満面の笑みを浮かべ、

「うん!ちょっと待ってて」

言いながら、言われる通りにマシンの制御用コントローラーをシートの前に呼び出す。マチルダはもう一方のピットから、それに構わず指示を続けた。

『マシンがルートから外れるともろにばれる。走行はそっちの指示通りにしろよ。それから、速度が一瞬落ちるから、そこんとこのキープと、電力の切り替わる分のオーバーロードが……』

「えーっと、速度の調整して……五秒くらいはサポートしてもらって……ルートは固定で……ペースがこれで、っと……マチルダ、準備できたよー」

にっこにっこでマデリンが言う。マチルダはその言葉に僅かに驚くが、すぐにもその顔にいたずらっぽい笑みを浮かべた。

『じゃ、行くぞ。切り替えまで、10、9、8、7……』

「十もカウントしなくて平気よ。せーの、で、一気に切り替えよ?」

にっこにっこでマデリンが提案する。マチルダは目を丸くさせるが、またすぐ元の顔に戻り、

『んじゃ行くぞ、せーの!』

声と共に、二人は同時にその制御パネルを操作し、マシンの走行モードを切り替える。僅かに機体が揺れる。が、その後はそれ以前と全く変わりなく、機体は走り続けた。切り替えから数秒、コントローラーを握ってマデリンは黙り込んでいた、が、

「……ちょっと、どきどきしちゃった……」

ピット内の表示が総て切り替わり、モニタリングされた外の景色の上に開けられたウィンドウに、機体の事細かな情報が表示される。かすかに汗ばんだ手をほんの少し動かすと、その巨大な人型兵器は敏感に反応した。制御が自動からパイロットの手動に切り替わると、当然、パイロットに伝えられる情報も増える。自分は今、本物のマシンに乗って、自分の手でそれを動かしている。その代わりざまにマデリンはそれを実感して、心臓が弾むのと同時に奇妙な緊張さえ感じていた。とは言え、不安は欠片もない。頭の大部分を占めるのは期待と興奮、簡単に言えば『楽しい』そればかりだ。

『って……大丈夫なのかよ?』

モニタに映るマチルダの顔はどこか心配そうだ。マデリンはそれに笑い返して、

「うん!嬉しくて楽しくて、なんかわくわくする!」

『遊んでんじゃねーんだ、ばれないように気ィ抜くなよ?』

「解ってるわよ。あーでも……また命令違反しちゃったね。帰ったらまたあの狭いお部屋にお泊りかなぁ?」

くすくすとマデリンは笑ったままそれをくずさない。マチルダは呆れ、

『そんなんですめばいいけどな。悪くしたら給料ゼロだぜ?』

言ってため息をつく。が、マデリンにその言葉は聞こえていないようだった。まあいいか、そのくらいの罰、あってもないようなもんだし。思うと同時にマチルダの口許に笑みが上った。マデリンは、自分でマシンを制御していると言うのが相当嬉しいらしい。きゃーきゃーと漏れる声が止められないようだ。

『じゃあ俺は、また寝るからな』

マチルダがそう言って、対面通信用のウィンドウを閉じようとする。マデリンはその言葉に慌てて、

「ええー、なんでよ?こんなに楽しいのにぃ」

『そりゃお前だけだろ。俺は別に楽しくねーし』

「マチルダのいじわるぅ……」

言いながらマデリンが膨れる。マチルダは無視して、

『いいから、他のヤツラとブレねー様にしっかりマシン走らせとけよ。俺は寝るから』

言って対面通話ウィンドウを閉じる。マデリンは膨れながらも閉口し、言われるままにマシンを走らせた。

 

『あーあー、いいなー、リンダの機体……帰ったらあたしのも足、もっと速くしてもらおーっと』

『足が速ければいいってものじゃないし、その分エネルギーの減りも早くなるから、実戦向きのチューンとは思えないけど?』

『えー、でもぉー……隊長、隊長はどう思います?』

ピットの中、二人の声が交互に聞こえる。マシンを走らせながら、メイネアは軽く息をついた。任務内容は中央基地に帰還する一個小隊の警護である。帰還する小隊は通常では考えられない待遇と装備で、国内の移動を指示された。本人達も複雑なところがあるらしく、その一部が些細な抗議活動なども起こしていたが、それも簡単に片付けられた。単なる国内の移動でない事は、自分には事前に知らされている。国境地帯を本拠にするテロリストが敵軍と結んで何か事を起こそうとしているらしい。実際、戦闘区域ではマシンでの交戦も行なわれている。もっとも、その兵器はテロリストが準備して動かせるほど、手軽なものではないのだが。

『隊長、聞いてます?』

憤る声にメイネアは軽く笑った。そして、

「整備担当者と相談して、好きにしたらいい。それで戦闘能力が落ちれば、私の隊からは外れてもらうことになるが」

『えー、そんなぁ……じゃあリンダはどうなんですかぁ?』

不満たらたらの声が聞こえる。メイネアはそのまま、

「あれは今回の任務限定だ。同時に、次の改修用のテストも兼ねている。開発側から話があって、リンダの機ならという事で変更を許可した。基地に戻ればすぐ元に戻す」

『あ、そうなんだー……なーんだ……』

ジェシーの落胆する声が聞こえる。割って入るように、小さな電子音が聞こえて、メイネアは笑うのをやめた。ほぼ同時に、落ち着いた声が機内に響く。

『隊長、熱源です』

直後、ピット内のモニタの様子が変わる。外の景色を映し出している球形の画面の上に幾つかの別のウィンドウが開かれ、その上で数字や円グラフが、踊るようにくるくると表示を変える。距離は随分離れているが、複数の熱源が確認できる。

「リンダ、聞こえるか」

『はぁーい、熱源の確認、行ってきまーす』

声を投げる。呼ばれたパイロットはどこか浮ついた声で返す。味方機の位置を示すモニタに示された点が一つ、速度を上げて他の点から離れていく。

『あら、便利』

「クロエ、リンダの後に続け」

感嘆の声を漏らしたもう一人に、メイネアが指示を出す。声の主、クロエは一瞬の間を置くと、

『了解、後を追います』

そう返して集団を大きく離れた機体を追い始める。ジェシーは、驚いていると言うほどでもないようだが、はわー、と言葉にならない奇妙な声を漏らした。

『隊長、二人に任せて、大丈夫ですかぁ?』

「一応は『国内の移動』だ。熱源も、まだマシンのものとは決まった訳ではないし、敵機とも限らない。それにここではまだ遠い。敵味方(マーカー)の判別も出来ないだろう。解り次第戻らせる」

そんなジェシーにメイネアは返し、しながらも一人、思案を巡らせる。

「ジェシー、「戦争代行人」と特務機関の、設置の理由は何だ?」

『何ですかぁ?急に……えーっと、ラステルの四国を守るために、最初は四国の連合軍みたいなのが設定されたんだけど、みんなの足並みが揃わなかったから、それで共同出資の軍隊を作って、それがミッシュマッシュでー……』

唐突なメイネアの質問にジェシーが、やや覚束なくはあるが答える。四国の足並みは相変わらず揃っているとは言い難い状況だ。とは言え北西国境方面の情勢はかなり落ち着いているし、そちらが本拠のスティラのおかげでラステルの国家としての体面も保たれている。東国境に近しい地方では大国、ラビスデンとのつながりか細々と続いていると噂されるが、大きな混乱を招くほどでもない。そして何より、ミネアがミッシュ・マッシュにおける最重要地点でもある。交戦も幾度も繰り返され、国境線の変更も数度あったほどだ。

未だにテロじみた事件が起こりやすいのは南方面だが、本来テロの処理を行なうのは特務機関ではなく各国の公安機関である。そのテロが拡大して、自分達にそのお鉢が回ってくる事など、通常なら考えられない事だ。もっとも、組織を守る事もその組織の義務である。不自然ではあるが、在り得ない話ではない。

「ヌゥイ自体が、ラステルに牙を剥く、か……?」

『えー、そんな事になったら、ドゥーローの基地なんか、すぐに潰されちゃいますよぉ?あたしたち、帰れなくなっちゃう』

メイネアの小さな呟きに、ジェシーが困り声で意見する。メイネアは一人苦笑し、

「だとするなら、一体誰がドゥーローを潰すと思う?ラステルかミッシュマッシュか、それともヌゥイか」

『ちょ、ちょっと隊長!恐いこといわないでくださいよぉ。そんな事になったら、どうすればいいんですかぁ?』

ジェシーのうろたえる声が聞こえる。笑いながらメイネアは言った。

「これがヌゥイの軍部でも、テロリストの仕業でもないと言うなら、話は簡単だ。敵はそれ以外ということになる。上手く偽装して、私達が出るまでの時間稼ぎでもしたつもりなのかもしれん。その両方というのも考えられるが、この二組だけでは足並みも揃わない。後ろに、クラカラインがいる」

『えっ、それってどーゆー……』

通信機の向こうでジェシーが混乱し始めている。同時に、外から通話回線が開かれた。

『隊長、マーカー、判別不可。敵国のマシンではありません』

普段と変わらない、落ち着いたクロエの声がする。敵国のマシンではない、そう聞こえた直後、メイネアは笑うのをやめた。

「それでも「味方ではない」ということか……ジェシー、前へ出るぞ。クロエ、リンダは?」

『判別不可のマシンを追跡中です。まだ交戦はしていません。ですが……』

答えるクロエの言葉が濁る。コントローラーを切り替えながら、メイネアは言った。

「解っている。下がらせるのが難しいなら、ボガード隊から極力離せ。あれだけの速さだ。戦闘に支障が出ないはずがない」

 

ボガード隊副長、フェーン・ダグラムはその時、将来的に「隊長機」と呼ばれるであろう機体のサポートピットに搭乗し、機体を走らせながら外の情報を収集していた。自身がサポートするフォワード、彼の上司である男は、実のところこれまでその機体に殆ど触っておらず、移動のために搭乗した本日が真実「初乗り」状態だったため、移動走行を全くのコンピューター任せにして現在微調整の最中、らしい。

「隊長、マチルダの機の様子が少し変です」

『あ?そうか?けど配置もルートも特にずれる訳じゃねーし、どーせじょうちゃんが暇とか何とか言ってだだこねて、自動から手動に切り替えでもしたんだろ。ほっとけ』

「……解りました」

異変、と言っても機体の多少のぶれや、マシンの速度の微妙な変化である。そもそも「走らせているだけ」なので、転倒や他機との衝突、接触などが起こらなければ何の問題もない。ペース配分は守られているし、これなら時間通りにシル・ソレアへも帰り着けるだろう。思ってフェーンは上官の指示に従うことにした。が、

「フォールト隊も動いているみたいですが……ローラン少尉の機が確認できません」

自分達の隊を囲むようにして配置されているはずのフォールト隊は、最初からその隊形を殆どくずしていた。警護のために伴走する、というのが彼女達の役割のため、その配置は特に気にしていなかったフェーンだが、あちらこちらをうろうろしていたリンダ・ローランの機体の姿が全く見えなくなると、流石に気にしないではいられなくなった。

移動速度をピーキーに設定したらしい彼女のアシュムは「重量級マシンメイス」という揶揄の籠った分類のものとは思えない速さで移動していた。もしあのままで戦闘区域に突入すれば、到着した時にはエネルギーは底をつき、戦闘どころか回避行動をとる事さえ難しいだろう。もっとも、今回は「国内の移動」という大前提がある。彼女自身がそれを全く考えていないということも、考えられなくはないのだが。

「何だか……様子がおかしくないですか」

何気に問うように、フェーンが言った。ガベルは機体の調整に集中しているのか、返す言葉はいつにも増して適当だ。

『あ?そうか?まあでも、あいつらは俺達の警護で来てるんだ。荒っぽいことはあいつらに任せとけ』

「それは……そうですが……」

とは言え、有事に備えて自分達もかなりの重装備で、この移動に臨んでいる。何かある前に動いて、その「何か」を最小限に留めた方がいいのではないだろうか。思っていると外部からの通話要請コールがピットに響く。フェーンはすぐにも通話回路を開いた。

「こちら副長。グリュー少尉、何か?」

『いや、何かって程じゃないんだけど……マチルダの機が、自走しているようだから……』

「ああ、それでしたら……」

エドとの外部通話回路を開いた直後、また別のコールがピット内に響く。今度は誰だ、思いながらもう一方の回線を開くと、直後ピット内にジェイクの声が響いた。

『オイフェーン!マチルダの機体、自走してねぇか?』

「あー……うん、そうだね」

何だ、またか。というか、わざわざそんな事を話すために繋いだのか。思ってフェーンは呆れながら、奇妙な笑みを作った。そして、

「わざわざ君が知らせてくれなくても、こっちでも見てるよ。グリュー少尉も、隊長からもそのままでいいと指示を受けましたから、気にせず……」

『いや、そうじゃなくて。折角だから……』

『そーだそーだ!マチルダだけずりーじゃねーか!俺だって自走させたい……』

『ちょっとジェイク、何を言ってるの!副長、こちらは自動走行で構いませんから。失礼しました』

ジェイクの言葉にコニーの声が割って入る。言いたいことだけ言って、ライト両少尉の機からの通話回線は切られた。昨日ミーティングをさぼったパイロットは、あれだけつるしあげを食らって恥じもかいて、なおかつパートナーにも叱られたと言うのに、懲りていないらしい。ははは、と、力なく乾いた笑いがフェーンの口から洩れる。くすくすとスピーカーを伝わって聞こえたのはエドのものらしい。続けざまに、

『元気だなぁ、彼は』

「そうですね……取り柄もそのくらいのようだし……」

はははは、とまた笑いながらフェーンが返す。エドは笑いなから、

『じゃあ僕らの方も、大人しくしている事にするよ。あんまり退屈だから、色々試してみたかったんだけど……』

『エド、自走と周囲の哨戒くらいならしても構わんぞ』

フォワードのメインピットから、ガベルの声がする。フェーンはそれに少し驚き、

「隊長、聞いてたんですか?」

『つーか、聞こえてるよ、全部。内緒の話がしたかったら専属の通信回線でも開くんだな。大体お前、こっちと話してる時に余所とつないだら、スピーカーからでも丸聞こえだぞ』

普段通りのガベルの物言いにフェーンが苦笑する。エドは軽く笑って、

『とは言っても、余程のことでもない限り、そんな機能も必要ないと思いますけどね』

『まあそうだな。戦闘中は外の状況もできるだけ多く把握しとかなきゃならんし、だったら塞いでるだけ損だしな』

フェーンは苦笑しながら、

「いえ、そうじゃなくて……そちらに集中しているんだと思っていたので……」

普段と全く変わらないその会話に、どことなく安堵さえ覚えながらそう返す。ガベルは笑いもせず、というより、フェーンの事などほぼお構いなしの様子で、

『こっちもそっちも真面にゃ見てられねぇがな。悪いが外の事は……』

「解っていますよ、隊長。こちらの事は……」

言った途端だった。あまり小さくない、耳につく電子音がピット内に響く。フェーンは顔を上げ、モニタ上の一枚のウィンドウが大きく動くのを見付けた。

『フェーン、どうした?』

「アシュムが隊から離れていきます。速度を上げてる……」

ガベルの言葉に返しながら、そのままフェーンは手元のパネルを、ろくに見もせずに操作し始める。くるくると正面モニタの表示が変わり、その一角に熱源の位置を示す哨戒マップが現れる。

『敵か?』

「いえ……まだ捕まえていません。マーカー青。この二機はアシュムですが……」

言いながらフェーンは解析を続ける。目まぐるしくウィンドウの表示が入れ替わり、数秒後、その眉がわずかにしかめられた。

「フォールト隊がルートを大きく変更しています。この速度だとすぐにマーカー範囲の外に出る」

『やっぱり何か、出て来たか』

やれやれと言わんばかりの口調でガベルが言って嘆息する。フェーンは一瞬黙するも、すぐにもガベルに尋ねた。

「どうしますか?」

『どうもこうも……手出しはするな。あいつらでどうにも出来ない様だったら、こっちも見付かるが』

「フォールト隊はたった四機ですよ?それでも……」

かすかにフェーンの声に憤りが混じる。が、ガベルは変わらない口調で、

『今回の俺達の役目は機体の搬送と基地への帰還だ。ついでに、相手が誰かも解らないうちに手出しは出来ん。大人しくしてろ』

返され、フェーンは小さく呻くも、それ以上の反論はない。ガベルが自分のピットで嘆息したらしい。声とも吐息ともつかないものが聞こえる。

「隊長?」

『とは言え見殺しにゃ、出来ねぇよな……どうすっかなー……』

ガベルのぼやきに、フェーンは安堵と共に苦笑を漏らす。そして、

「ひとまずは様子を見ましょう。大尉も頭の回らない人ではありませんから、自分の隊が大きな被害を受ける前に、何かしらのことはするはずです」

『そうだな……御手並み拝見、といく……』

ピー…… 会話の途中にピット内にまた電子音が響く。ほぼ無意識にフェーンはそれに従い、外からの通話回線を開いた。

「オブライエン少尉、何か……」

『フォールト隊がかなり離れている。何かあったのか?』

何事かというより先にカイルの声がピット内に響く。フェーンは先程の苦笑のまま、

「こちらには何も。ですが隊長は構うな、と」

『構うな、ですめばいいがな。あいつらはたった四機だし、その上、一機変にピーキーなのがいただろ?』

続いてレオンの声がする。フェーンは誰も見ていないその場で肩をすくめ、

「そのようですね。確かにあれでは戦闘に持ち込んだ時、不利でしょうが……」

『様子を見てくる』

言葉が終わらないうちに言ったのはカイルだった。フェーンがぎょっとする間もなく、すぐにガベルの声が飛ぶ。

『大人しくしてろ、カイル。俺達の仕事は……』

『しかし、その『今回の任務』に差し支える恐れがある、その為の二次装備です。単に逃げればいいだけなら、警護もつかない筈ですが』

淡々とカイルが返す。ガベルはマイクの向こうで嘆息し、

『駄目だ、勝手に動くな』

『とか言ってる間に、マチルダ機の動きが妙になってますよ?隊長』

揶揄う様なレオンの声に、フェーンははっとしてその機体の情報をモニタ上に呼び出した。重なったウィンドウの上に更に開かれた画面に、文字と画像とでその機体の情報が表示される。エンジンにかかる負荷が、他の機に比べて大きくなっているらしい。走行を手動に切り替えただけの消耗ではない。

「隊長!」

『フェーン、マチルダと繋げ。マチルダ!』

 

ピット内に電子音が鳴り響く。アラームは耳につくように甲高い。しかも放置しておけば自動で大きくなる。切っちまおうか。マチルダはピットで何気に思った。目の前には幾重ものウィンドウが開き、それぞれに画像や文字で様々の情報を表示している。必要なものと不必要なものとを頭の中で選別しながら、マチルダは言った。

「マデリン、隊長機が呼んでる。出るなよ」

『う、うん……ええっ?』

先程と打って変わって、マデリンの口調は沈んでいる。走行が切り替わった事で変化したモニタの表示にマチルダが気付き、何事かを始めたその時に、マデリンにあった期待と興奮は瞬時に冷めていた。大人しくしてた方がいい?とまで口にしたのだが、マチルダが言ったのは「普通にしてろ」それだけだった。走行はそのままマデリンに任せられ、マチルダはデータの収集と同時に、マシンの動力をチャージし始めていた。機体の管制が移動ではなく戦闘用に切り替えられ、その為にエンジンにかかる負荷が大きくなっているのだ。

『で、出るなよって……でも!』

「勝手に手動走行にした、つって叱られるぞ?」

うろたえるマデリンに適当にマチルダは返す。そういう理由で隊長からのコールが来ている訳ではないのは解っている。が、マデリンを黙らせるのにはそれで充分だった。ピーピーとアラームは大きくなる。やがて、

『こらマチルダ、無視してんじゃねーぞ!』

『きゃあっ』

スピーカーから、ガベルの怒声とマデリンの悲鳴が響いた。が、マチルダはそれも大して構いもせず、

「何だよ、無理やり繋いだのか?てか、何か用か?オヤジ」

『用かってお前、何して……』

「大体そっちでも解ってんだろ?戦闘の準備だよ」

話しながらも、マチルダの周囲の哨戒と解析は続く。手元のパネルもろくに見ず、目の前をすぎる様々のデータにその意識の殆どを向けて、マチルダは更に言った。

「アシュムが、こっちの予測ルートだと西に抜けてく。向こうに何かいるっぽいぜ。そっちでも大体解ってんだろ?」

『いいからお前らは大人しくしてろ。そういうのを任せるためにメイネア達が……』

「相手が小規模のテロリストだったらそれですむけど、それですみそうになかったから俺らの装備重くしてんだろ?てか、聞いてねぇのか?」

マチルダが一旦、パネルの操作をやめて顔を上げる。そして一つ息をつくと、そのままマチルダが言った。

「十中八九、クラカラインの工作部隊だ、っつーの」

『お前、それを誰にっ……』

「大隊長……何だ、違うのか?」

ガベルの声が途切れる。閉口したらしい。それにも大してマチルダは気を配る事もなく、変わらない口調でマデリンに言った。

「マデリン、危ねぇから、しっかりシートに捕まってろよ。サポート、フルオートでいいから」

『まっ……マチルダ?』

「昨日言っただろ?戦闘になったら怪我もするし死ぬかもしんねぇ、つって。お前にはまだ無理だ。とにかく、怪我しないように……」

『マチルダ、何言ってんだこの馬鹿!俺達はこのままシル・ソレアに帰る。それ以上の事は……』

「って、言ってる間におっさん、レオンの機体も動いてるぜ?」

ちらりと視線を動かし、笑いながらマチルダが言う。何、とガベルは叫ぶとマチルダを無視して自分のサポートであるフェーンに向い、大声で指示を始める。マシンの配置をリアルタイムで示す一枚のウィンドウの上では、マチルダの言った通りに一機のマシンが隊から離れていくのが見える。ボガードも確かに軽いとは言えないが、アシュムに比べれば移動力が大きい。西に離れたフォールト隊と合流するのも時間の問題だろう。

「闘犬っつーか、イノシシじゃねーの?あいつ」

笑いながら何気にマチルダが呟く。回線が繋ぎっぱなしのガベルの機から洩れ聞こえる喚き声を聞きながら、そのままマチルダは戦闘の準備を続行した。戦わないに越した事はないが、準備を怠って斃されても、誰にも文句は言えない。思いながら、哨戒のためのウィンドウを一枚ずつ閉じる。そして、改めてパネルを操作し、今度は機体のチェックを始める。

『ま、マチルダ……』

かすかに震えるような声が聞こえて、それでもマチルダは手を休めない。応える、と言うよりその声のおかげで気付いた様に、マチルダは言った。

「マデリン、隊長との通話回線、切っとけ。うるさくて集中……」

『レオンさん達……どうしたの?』

おずおずと質問がなされる。怯えているのか。思いはしたが構わず、マチルダは答えた。

「メイネア達が俺達から離れたから、それを見に行ったんだろ」

『見にって……だって敵機がっ……』

「ここで解るのは熱源だ。マーカーまで見えない」

『でも、離れていったアシュムが戻ってこないって事は、敵が出てきたって事でしょ?み、味方の機だったら、そう言って知らせてくれるんじゃないの?』

怯えた声で言われたその内容にマチルダは目をしばたたかせる。そして少しだけ笑った。それが聞こえたらしい。マデリンはすぐさま、

『なっ……なんで笑うのよ?だってそうでしょ?味方だったらそんな、紛らわしい事……』

「悪りィ、そーゆーんで笑ったんじゃねぇよ。お前、結構使えるな」

『え?そ、そう?そうかな……』

褒められたらしい。嬉しいのか、マデリンの口調が変わる。マチルダは笑いながら、そのまま続けた。

「何もなきゃないであいつらも戻ってくるし、そしたらまた移動モードにもどしゃいい。お前はとりあえず、こいつ走らせてろ」

『あ……う、うん……』

濁る口調でマデリンが返す。マチルダは息をつき、笑うのをやめるとそれ以上何も言わなかった。

ここは狭くて暗くて、棺桶みたいだ。そう思っていたし、今もそれは変わらない。電源が落ちればマシンは大きなだけで役には立たないし、閉じ込められたなら、出ようと思っても簡単には叶わない。戦闘が始まらなければそれに越した事はない。もし始まったら、負ける訳にはいかない。斃される訳にはいかない。

『マチルダ……どうかした?』

「……別に。ちゃんと起きてるから、いちいち気にしてなくていい」

声に、マチルダは素っ気無く返す。簡単に殺される訳にはいかないのだ。自分と同じこの機体に乗っている、もう一人の為に。聞こえてはいなかったかもしれない、でも約束したのだ。絶対に守ると。だから。

『マチルダ、クーパー少尉の機から、通信が入ってるけど……』

「ああ……繋いでいいぞ」

マデリンの、僅かにしり込みしている声にも、淡々とマチルダは返す。通信回路が開かれると、ピット内にナナニエルの声が響く。

『マチルダ、何をしてるの?』

「何って、戦闘準備。用心してるだけだ、心配すんなよ」

やや緊張気味のナナニエルの声にマチルダは返す。そして、にやりと笑うとこう続けた。

「あんただってあんたの相棒だって、とっくに始めてんだろ?」

 

レオン・ニーソン並びにカイル・オブライエンの搭乗した機体は配置から離れ、そのまま進路を変更したフォールト隊を追っていた。フォワードの、どうするべきか、という問題定義にサポートは、装備はある、と返したが、どうするとは一言も返してはいない。それでもフォワードが、離れたマシンを追尾すると決めた時、彼はそれに反対しなかった。その男と組んだ時点でその行動は充分予測できる事態だったし、異変を完全無視する方が彼にとっては納得できない事だったからだ。

「アシュムにはすぐ追いつく。が、このまま進めば隊との通話が切れる」

『遠距離になると足がつくからなー……ま、向こうと合流すりゃ、何とでもなるだろ』

移動経路、無線通信などで味方の位置や展開配置が敵に知られる可能性は大きい。勿論その為に様々の対策がなされてはいるが、それでも注意を怠る事はできない。勿論、一機で逸れる様なことをしなければ、そんな懸念もないのだが。

『アシュム以外の熱源、まだ判別つかねーか?』

「味方機ではなさげだ。だったらとっくに合図があるだろう」

レオンがどこかなおざりに言うと、カイルは笑いもせずに返し、言葉を続けた。

「一機、アシュムが近距離無線の範囲に入る。繋ぐぞ」

『了ー解。もしもーし、お嬢さーん、ご機嫌は如何かなー?』

モニタに映された小さな影が見る見る大きくなる。目でそれがマシンの背中だと解るまでに、時間はかからなかった。ややもするとふざけたレオンの言葉に、相手の機はすぐさま反応する。

『ってあんた、ボガード隊の!こんなとこで何やってんのよ!』

年若い、高めの女性の声だ。その声にカイルはわずかに眉をしかめた。何と言ったか、一番厄介そうなパイロットを捕まえたらしい。思っているとレオンは勝手にその相手と話を始めた。

『何だよ、ピーキーちゃんかよ……何って、そいつはこっちの台詞だな。何やってんだ?あんたらこそ。それにあんた、自分の機体こんなにピーキーにセッティングして。何考えてんだ?』

『う、うるさいわね!このコはあたしの機体なの。どんな調整したって関係ないでしょ?』

『アシュムでその調整じゃまずいだろ。って……あんた確か、先頭走ってなかったか?』

ローラン少尉とか言ったか。二人が会話している間にカイルはその名を思い出す。確かそのパイロットの搭乗した機体は、並んで走っている間にもあちこち駆け回る勢いで、四機の中でも一番最初に隊を離れたのではなかったか。思っていると突然、アシュムのパイロットは叫んだ。

『いいからあんた、向こうに戻りなさいよ!こっちは隊長達が何とかするから!』

「ローラン少尉、一体何が起こっている?君は一番最初に隊列から離れただろう?何を見つけた?」

喚くような彼女、リンダ・ローランの声に構わずカイルが質問する。リンダは一瞬ためらうも、すぐ答えた。

『所属不明のマシンが二個小隊くらいでうろうろしてんの!って言うか、ルートの先で張ってたの!だから早く戻って、他の奴らにも知らせてよ!』

『何ィ!少尉、なんで早くそれを言わないんだ!……って、でも何であんた、ここに一人……』

リンダの言葉にカイルは思わず息を飲む。レオンの詰め寄るような言葉に、半ばやけになったようにリンダは返した。

『しょうがないでしょ!見付けたのはいいけどこっちも見付かっちゃって、このコもちょっとエネルギー足りなくなっちゃって、向こうも分散して、そしたら隊長が、戻って知らせろ、って……でも走りすぎて、移動力落ちちゃって、走れないから、ゆっくりになっちゃって……』

勢いの良かったリンダの声が、小さくしぼんでいく。聞きながら、カイル、

「レオン、戻ろう。隊が手薄になる」

『了解、は、いいが……このアシュムのフォローしながらで、大人しめに戻れそうか?』

やや困ったようなレオンの声がする。カイルは目をしばたたかせ、その間にリンダが叫ぶ。

『ふ、フォローなんていらないわよ!あんた達が戻って知らせてくれたら、あたしはみんなのところに……』

『カイル、他のアシュム、どこにいる?』

「ぎりぎりマーカー内、という感じだ……確認できるのは一機だけだ。西に動いている」

リンダの反論に構わず、ボガードの二人は次の行動に出ようとしている。

『ふーん……俺達の隊との距離は?』

「ルート通りに進んでいるとすれば、ここで少し待てばかなり縮まる。とは言え……」

動かなければ、近くにいると思しき、所属不明のマシン達に位置を捕捉されかねない。

『動かないんじゃ俺達がヤバいだろ。合流するか元のルートに戻る感じで移動した方がいいんじゃねーか?』

レオンが何気ない言葉で返す。カイルは僅かに黙し、制御パネルを操作しながら、

「そうだな。ローラン少尉の機の移動力がもう少し戻るのを待って、元のルートに戻ろう。このまま放置する訳にもいかない」

『だとさ、お嬢さん。良かったな、俺の相棒が話の解る人間で』

冗談めかした口調でレオンがリンダを揶揄う。リンダは憤慨しているのか、

『だから、あたしはいいって言ってるでしょ!それに、あんた達にはもう知らせたんだから、あたしはみんなのところに……』

「戻ってどうする気だ?ろくに走れないような状況なんだろう?追いついても、邪魔になるだけだ」

『だからそれはっ……』

「もっとも、俺達もまだ機体になれていない。併走は出来るが、自分の身は自分で守ってもらいたいところだ」

甲高い感情的な声にもカイルは動じることなく返す。そして、

「熱源複数接近。マーカー判別不可。敵国のマシンではなさげだ」

『けど味方でもない、ってか?』

カイルがその異変を淡々と述べる。レオンはやれやれと言いたげに嘆息し、それから、

『まあそういうわけだ、少尉。転ばない程度に、大人しくしててくれよ?』

多分その男はニヤニヤ笑っている事だろう、何が楽しいのか知らないが。一人のピットで黙したまま、カイルは胸の中でそんな風に呟いた。

 

主装備の戦斧が一閃する。衝撃と共に、敵マシンが仰向けに倒れていくのが見える。振動と轟音の合間を縫って、電子合成の声が機体の状況をその操縦者に知らせる。

『敵マシンメイス、一個撃破。残りマシンメイス、熱源確認、約四機』

「四機……逃げたヤツがいるのか……」

息を切らしながらパイロット、メイネア・フォールとは小さく呟く。ボガード隊から離れて確認したのは、味方ではない、マシンメイスレベルの熱源だった。数は約二十機。敵味方を判別するマーカーに反応がないことから彼女達はそれを敵機とみなし、搬送中の新型機からそれらを離すためにその移動ルートを西に移動させた。思惑通りにその半数近くが自分達目掛けて移動を始めたが、途中、リンダの機を元のルートに戻らせたためか、そこから更に熱源は分散し、数機が彼女達の前から姿を消していた。残りは四機だとサポートシステムが音声で知らせたが、こちらもたった三機である。状況は良くなってはいない。

『敵マシンメイス、一個撃破。残り熱源、照会中……』

機械的にサポートシステムが外の状況をメイネアに知らせる。どうやらもう一機、誰かが倒したらしい。モニタを見遣るとライフルで打ち抜かれたらしい巨大人型兵器が勢いで吹き飛ばされ、その場に倒れるのが見えた。

『隊長、大丈夫ですか?』

部下の声がする。呼吸を整え、メイネアは返した。

「私は何ともない。クロエ、ジェシー、機体の状況は?」

『今のところ、異常は見当たりません』

『あたしもー』

やや暢気な答えが帰ってくる。メイネアはそれにかすかに笑うが、直後の合成声にすぐさまその表情を引き締める。

『敵マシンメイス、反応ありません。撃破数、四機』

「逃げたか?熱源の足取りは?」

『熱源探索中。マーカー青、三機、その他マシンメイスクラスの熱源、移動中。約三機』

『数が合いませんね……最初は十機いたと思ったのに……』

サポートシステムの後、クロエの声が聞こえる。メイネアは黙したまま何も言わない。

『もしかして、リンダを追いかけていったのかも……』

『隊長、リンダが気になります。戻りましょう』

「いや。暫くこのまま西に進む」

二人の言葉に淡々とメイネアは返す。一人離れたリンダの事は気にかかるが、下手に戻れば移動中のボガード隊の位置を敵に知られる事になる。今回の自分達の任務はボガード搬送のための警護だ。敵を引き離すために別行動に出たと言うのに、それでは意味がないどころか、逆効果になる。

「リンダなら大丈夫だろう。だからピーキーの整備を許可した。それよりボガードの方が気になる。幾ら訓練しているとは言え、連中はまだ実機体に乗ったことはない。シミュレーターは所詮『体感機』だ。マシンではないからな」

『……解りました』

『リンダ、ちゃんとガベル隊長達と合流出来ればいいけど……』

メイネアの言葉に、やや遅れて二人は言葉を紡ぐ。嘆息して、メイネアはそのまま黙り込む。

戦闘開始の際、確認していた敵マシンの数は約十。撃破数が四機、確認できた残りの熱源が三機、数の合わないあと三機の機体は戦闘中に逃げたか、こちらの頭数が少ないのを見て、元の配置に戻ったか、それとも、こちらのルートを解析、演算予測して移動をしたか。前者なら、味方機が戻らない、若しくは味方機の生存確認が出来ない事で異常を察知し、戦闘の残骸が残るこの場所へ、少なくとも様子見には来るだろう。味方機が迎撃されたと予測すれば、機体も増やされるだろうし、乗っている人間の心持も変わってくる。戦闘に出る際に緊張も注意もなく出撃する兵士などいないだろうが、それでも、味方が負ける前と負けた後では、その度合いも変わる。自分自身もそうだ。出来る限りは感情をセーブしてはいるものの、身に走る緊張の全てを制御しきることはできない。同時に戦闘時の心身の高揚も、同じく。

この場にいて、人であれと願う事も難しいなら、人でないものであれと思う事もまた、叶わない事だ。戦争の場はどの時代にもどんな世界でも、戦うものに自身の現実をまざまざと突きつける。闘争も本能であり、そこから逃げようとする心もまた、本能だ。殺されたくはないし、だからと言って殺し合いに進んで出たいと思う人間も、そう多くはいまい。一方的な殺戮を好む人間がいないわけではないが、自分がその標的になる事に喜びを感じる人間は、少ないだろう。それでも、生きる為に勝ち残る事は、奇妙な興奮と心地好さを伴う。その感覚は誰もが持ちえるものであり、容易く捨てられるものでもない。だから戦争は終わらない、と、誰かが言っていた。そして同時に、この戦争が終わったら、行く場所もない、とも。

ラステルは長きに渡って戦い続けている。大陸の歴史から見れば、国家が現在の形をとって以降の戦争期間など、瞬きの間に等しいが、この土地ではそれよりももっと昔から、奪い合いの歴史が続いてきた。人の欲の為だとか、平和の為だとか、人権の為だとか、理由は幾らでもつけられる。しかしそれは、言い訳でしかない。戦争事体を好む人間がいる、だから終わらない。もしかしたらそれが、その小さな国が戦い続けている、本当の理由なのかもしれない。ならば一体、自分は何の為に戦ってきたのか。思って、メイネアは軽く眉根を寄せた。思うだに、何度繰り返しても、その答えは出ることはない。戦争に身を投じた理由は確かにあった。けれど、続けている事に、理由が見出せない。

『隊長、どうしたんですかぁ?気分でも、悪くなりましたぁ?』

スピーカーからどことなく不安気なジェシーの声がする。メイネアは我に返り、軽く頭を振った。

「何でもない。大丈夫だ。二人とも、出られそうか?」

『はい。移動力その他、異常ありません』

『ありませーん、すぐ動けまーす』

クロエの冷静な声の後、ややはしゃぎ気味のジェシーの声が聞こえる。メイネアはそれに軽く笑うと言った。

「では行こう。このまま暫く西に向う」

『了解。進路、西に向います』

『はーい、了解でーす』

 

アストル・ガベル、ボガード隊隊長は自身の機体の中、複雑奇怪な顔で唸っていた。理由はまず、自分の隊の警護のために同行していた四機のマシンが近距離レーダーの範囲内から消えた事、そして戻る気配がないこと、更にその消えた四機を追うようにして、自分の部下の機体が一機、隊列を離れた事、などである。同じ機に搭乗している副官、フェーン・ダグラムは自分のパートナーであり上官であるところの男のその様子を見ているわけでもないのだが、想像がついたのだろう。乾いた、そして疲れ切った笑い声が通話用のスピーカーから洩れていた。どうします、などと尋ねても明確な答えが返ってこないどころか、怒鳴られるのがオチだ。彼はそれを良く理解していた。決して無能でも利己的でもない男なのだが、少々短気なところがある。怒鳴られるだけですめばいいが、その他にも色々と厄介な相手ではあった。

「フェーン、ナナの機と繋げ」

なんでこんな事になるんだ、小さくつぶやいて、ガベルが副官に指示を出す。出された副官は同じ機内にあるサポート用のコクピットで、僅かに首を傾げた。

『は……クーパー少尉の機に、ですか?』

何事かと、フェーンが身構える。ガベルは忌々しげに髪をかきむしり、いらいらした口調で続けた。

「俺が隊を放置するわけには行かないからな。レオン達との中間まで移動させて、向こうの状況を調べさせる」

『しかし、そうなるとこちらもかなり手薄に……』

「ジェイクを向こうにやるわけにはいかんだろうが。見てないところでコケられてみろ。オイタの上乗せで、処罰も倍増だ」

言葉の後、ガベルが深く嘆息する。フェーンは乾いた声で少し笑うと、すぐにもナナニエルの機体との通信回路を開く。無線のコール音が数秒続いて、電波が相手機に受信される。プッ、という僅かな切り替え音の後、機内に相手機のパイロットから声が返る。

『こちら、クーパー、グリュー機』

聞こえたのは男の声だった。サポートのパイロットが通信に応じたようだ。構わず、ガベルは言った。

「エド、ナナ、ちょっと頼みたいんだが」

『はい、何でしょう?……ナナ、隊長だよ』

ガベルの言葉の後、エドがそのフォワードに改めて呼びかける。かすかに雑音も聞こえるスピーカーに耳を傾け、ガベルは思った。何かしていたのか。が、構わず言葉を続けた。

「レオン達が気になる。あいつらと繋げる距離まで言ってくれ。で、出来たら戻るように……」

『了解、ニーソン、オブライエン機を追います』

ナナニエルの返事が聞こえる。直後、その機体が大きく動いて進路を変えた。機は隊列を離れ、

「って……何だあいつら……とっくにスタンバってたのかよ?」

鮮やかに加速した機体の様子にガベルが苦笑する。くすくすと、通信機の向こうで笑ったのはフェーンだった。

『それはそうでしょう。二人とも、現役のパイロットです。しかもクーパー少尉はミネアでの駐留の長い人ですから、こういう時の動きは素早くて当然ですよ』

「ま、そりゃそうだが……それにしても準備が良すぎると言うか……」

『何しろ「二次装備」です。こういう事態は全員、想定していると思います』

「確かに」

フェーンの言葉にそう返して、ガベルは軽く息をついた。集団を離れたメイネア達も、それを追っていったレオンの機の様子も、全く解らない状況である。遠距離での無線通信もできない訳ではないが、頻繁に使用すれば電波を傍受されてこちらの動きも位置も敵に知られる恐れがある。数が少なければ対処の方法もないわけではないが、自分が乗っている機体は新型で、他の隊員にとっても初めての搭乗だ。幾ら訓練をしているとは言え、乗りなれたマシンでの戦闘とは勝手も違う。加えて初心者と初級者を連れて、機体までもが機密扱いだ。注意は払えるだけ払っても、足りることはないのではないか、そんな気さえしてくる。

「……厄介な役目についちまったな」

小さくガベルはぼやく。コールの電子音がまた響いて、ガベルはその目をしばたたかせた。呼び出し、はいいが、何だ。思っていると通話回線が開いた。そして、

『中尉、聞こえてる?』

「……あ?ああ……ローラン少尉、だったか……戻ってきたのか?」

甲高い、しかも急いている声にガベルは僅かに身を起こす。数度聞いただけで覚えたその声の主は、外見と年齢とがつりあわない、自称「フォルテシモの片腕」だった。確かやたらに移動速度を上げたアシュムに乗っていた。そんな事を思っていると、声の主はどこか暢気なガベルに向い、叩きつけるような声と言葉で言った。

『この先に味方じゃないマシンがいるわ!って言うか、ルート通りに行くと待ち伏せされてて、それで!』

「あー、少尉、事の経緯が良く解らんのだが、何でお前ら、あんなに先走って……」

何だこいつは、この慌て様は。敵機を見付けたのか。それでアシュムが集団から離れたのか。その言葉からそれを理解して、しながらもガベルは彼女に説明を求める。途中、遮るように一際大きなアラームが彼の耳を劈く。高低入り混じりの耳障りな音にガベルが眉をしかめた直後、通信が切れて数秒経っていたはずのナナニエルの機との通話が再び、そして突然に開かれた。

『隊長、ニーソン少尉の機が敵マシンメイスと交戦中のようです。援護に行きます』

「……ってちょっと待て、ナナ!」

制止の間もなく、一方的に繋がれた回線は、また一方的に切れた。直後再び、リンダの甲高い、慌てた声が耳をつらぬく。

『だからあんた達のルート、向こうに筒抜けで、小隊二個分くらいのマシンが途中で張ってるんだってば!』

『ローラン少尉、落ち着いてください。他のアシュムはどうしたんです?貴方はどうしてここに……』

慌てふためくリンダにフェーンが問い返す。リンダはなりふり構わないほどの慌てぶりで、

『だから、変な熱源見付けたから、見に行ってたの!そしたら変なマシンがいて、走ってたからあたしの機が出力不足になっちゃって、それで隊長に戻れって言われて、途中であんたのところのマシンに会って、ちょっとの間チャージしてたら、そいつらに見つかっちゃって……』

リンダのやや解り難い説明が続く。途中にビービーとまた外からの呼び出しが響き、すぐにも怒鳴るようなジェイクの声が機内に響いた。

『おい隊長、今ナナとエドの機が……』

『ジェイク、君はそのまま何もしなくていい。ライト少尉、フォワードに管制を一切渡さないように』

『解っているわ、副長。ジェイク、いいから貴方は落ち着いて』

『これが黙って落ち着いてられる状況かよ!おい隊長、何がどーなってんだよ、ああ?しかもこいつ、あのピーキーアシュムじゃねーか!飛び出といて何戻ってんだよ!』

『うう、うるさいわね!あた、あたしにだって色々事情が……』

通話回路がガベルの機を通して、間接的に繋がったらしい。ジェイクとリンダが交代で喚き始める。合間に、フェーンとコニーの制止の声が入り、コクピット内の騒がしさは倍どころのレベルではなくなった。頭の上で痴話げんかでもされているような状況だ。当然、ガベルの堪忍袋の緒が、切れるのにも時間はかからない。

「うるせぇ!黙れ!この馬鹿どもが!一人ずつ順番に締められたいか、ああ?」

狭いコクピット内でガベルが叫ぶ。途端に外野の声は収まった。怒鳴られた側がどんな顔をしているかなど見えはしない。それに、見えていたところで構う事でもない。憮然とした顔になってガベルは言葉を続けた。

「ジェイク、お前は動くな。真直ぐシル・ソレアに戻る事だけ考えてろ。道ふさぐヤツがいた場合だけ戦闘を許可する。ローラン少尉、状況説明を簡潔にしてくれ。敵がいるって?どこのマシンだ?」

ガベルの言葉の後、一瞬ピットない、というよりスピーカーの向こうが全て無音になる。が、すぐにもリンダが口を開く。

『え、ええっと……熱源が二個小隊レベル、マーカーは判別できなくて、だから国家所属のマシンじゃない、みたいで……隊長が、中尉達に知らせろって、それで……』

「敵の配置は?」

『こ、細かくは、解んなくて……あの、データ、そっちに……』

「フェーン、データ転送してもらえ。解析にかけろ」

『了解。ローラン少尉、お願いします』

状況が少しずつではあるが見えてくる。恐らくアシュム三機は敵マシンを自分達から引き離すべく動いているのだろう。合流する気もなさそうだ。西に移動している。離れすぎるとシル・ソレアに向うにはかなりの遠回りとなり、こちらとの足並みも完全に揃わなくなる。それは構わないが、とガベルは心中呟く。そして、

「ローラン少尉、アシュムの設定、コンピューターの方で修正利きそうか?」

『え?あ……エンジンいじってるから、細かくは……』

ガベルの問いにしどろもどろにリンダが返す。ガベルは苦笑とともに軽く息をつくと、

「じゃ、悪いができるだけ戦闘重視に修正してくれ。足に回してた分のエネルギーで予備のエンジン回して、今から戦闘用にチャージしろ。ここからは俺の指揮下に入ってもらう。いいな?」

『は……はい……あのでも……予備機が回ると……』

先程までの勢いのない、どこか怯えたようなリンダの言葉は、そのまま小さく濁っていく。ガベルは笑いながら、

「心配すんな、フォローはこっちでする。つーか、ここで捨ててく訳にもいかんだろ?お前らは俺達の警護についてきてくれてんだ。なぁ?フェーン」

軽い口様でガベルが副官に声を投げる。フェーンはかすかに笑うが、何も返そうとはしない。

『けど隊長、レオンとナナの機が離れてんだぜ?どうすんだよ?』

それまで黙っていたジェイクが、やっと口を開く。ガベルは笑ったまま、

「あっちはあっちで任せとけ。大のスーパーエリート様が四人もいるんだ。しかも最新型に乗って。ぶっ壊されて帰ってくる、なんて無様な事にゃならねえさ。多分」

『多分かよ……』

やけに楽しげなガベルの答えにジェイクが閉口する。へへ、と笑って、ガベルは更に続けた。

「コニー、戦闘用のチャージと、各種武器のチェックと準備は?」

『始めています。現在70%が終了済みです』

「じゃあ何とでもなるな。ジェイク、お前は戦闘にだけ集中して、各種バランサーは全部サポートに任せろ。コニーの指示通りに動いてりゃこけねぇどころか、順位も上げてもらえるぜ?戦闘は許可する。勿論、目の前を敵にふさがれた時だけ、だが」

言ってガベルは軽く息をつく。そして、

「マチルダ、聞こえるか!」

その声に、彼のコクピットと回線を繋げていた全員が一瞬驚く。そして数秒後、

『マチルダ……ばれちゃった、みたい……』

『お前が悪いんじゃねーよ、つーか、フェーンが気が付いてないのがおかしいんだよ』

スピーカーから、小さくではあるがマデリンとマチルダの声とがして、ガベルはにやりと笑い、フェーンはぎょっとなって言葉を失う。他の面々はというと、

『何だ、マチルダ、盗み聞きか?』

『こらジェイク、そういう言い方はよしなさい』

反応はそれぞれだが、フェーンほどのショックを受けている人間は他にはいない。盗聴といえば聞こえは悪いが、マシンには外部からの情報を可能な限り拾うために、様々なアンテナ類が取り付けられている。その一つを使って、通話回線を開くことなく他の機体の会話を拾う事は、味方機であれば簡単な事だった。

『す……すみません、隊長』

それ以外にフェーンに言葉はない。ニヤニヤと笑ったまま、ガベルは言った。

「構うな、フェーン。聞いてたんなら話も早い。マチルダ、お前もだ。邪魔するヤツ以外には飛び掛るな。いざとなったらケツまくって逃げるくらいの気持ちでいろ」

『何で?二次装備しょって歩いてんだぜ?それに俺、そこのスーパーヘボよりよっぽど使えるし』

『オイマチルダ、誰がヘボだ誰が。ああ?』

『ジェイク、やめなさい。話の邪魔になるでしょう?』

軽い口調のマチルダの反論にジェイクが噛み付く。構わず、ガベルは続けた。

「一機くらい無傷で運ばねぇと、お偉いさんがまたやかましくなる。それに、マデリンにはまだ一ぺんも、実戦経験がない」

『た、隊長!あたしだったら、全然平気よ!だって訓練だっていっぱいしたし、それに!……マチルダ!マチルダも何とか言ってよ!』

『そうだった、忘れてた。じゃ、そうする』

『って……なんでそうなるのよ?』

『さっきも言っただろ?お前はシートにつかまって、目でもつむってろ。危ねぇからよ』

ヒステリックにも聞こえるマデリンの声に対し、マチルダの言葉は素っ気無い。ガベルはそれに笑うと、

「いい子だ。二人とも、できる限りおイタしねぇ様にしといてくれよ?」

『気持ち悪いからそういうのやめろよ、おっさん』

辛辣な言葉がマチルダから返される。普段通りの不遜ぶりに、ガベルは思わず声を立てて笑った。

 

『何つーかなー、使ってみて思ったんだけどよー』

「戦闘に集中しろ。次が来るぞ」

『この戦斧って、結構バランス悪いのなー……なんでこれ選んだんだ?俺』

「至近距離での戦闘の際にもっとも有効なダメージを敵に与えられるから、じゃないのか?」

『まーなー……ナイフは切るだけだけど、こいつの場合殴れるからなー……それでか?』

「いいから集中しろ。使い難いなら装備を変えろ」

傍らには、既に二機のマシンメイスの残骸があった。リンダ・ローランの搭乗したマシンと合流し、電源不足に陥っていたその機体の電力回復を待つ僅かの間に、リンダの機を追っていたらしい、マーカー判別不可のマシンメイスと戦闘になったのだ。リンダ機は戦闘体勢に入れるまで電力の回復をしていなかった為、とりあえず逃がしはした。が、他に追っ手が付いていれば彼女が捕捉され、戦闘に持ち込まれるのも時間の問題だろう。とは言え、彼女のアシュムは通常の整備を施した機体と違い、移動力が大きい。足が速い分、他の機が逃走するのに比べれば、逃げ延びる可能性は高い。

『あーでも、こいつとナイフと、後なんか積んでたか?』

「サーベルがあるが」

『サーベル?ああ、ビームのあれか……でもあれ、電気すっげぇ食いそうだよなー……使った後、マシン止まっちまわねぇか?』

困ったようにレオンがぼやく。サポートのピットでカイルは僅かに冷や汗し、暢気にもとれるその言葉を聞いていた。ミネアの闘犬、そう呼ばれる男は、流石にそれだけの実力はある。訓練に訓練を重ね、「トリオGのラスボス」という異名を持つ彼らの上官に、その訓練で何とか一撃与えることが出来たのだ。使えない類では決してない。むしろ、恐いくらいだ。

「どうして俺が、君のような人間のサポートなんだろうな」

何気にカイルが呟く。同期、とは言え配属先が違った為に、存在は知っていてもそれまで接触もなかったし、それ以降にも、特別に親しみを覚えもしなければ、気が合うわけでもない。相反するとまではいかないが、この先も、お互いに決して「相性がいい」とは言えないだろう。サポートも、正直追いついているのが不思議なくらいだ。思ってカイルは苦笑した。これでは身が持たない、早々に移動願いでも出すべきか。受理されるかは別として。

『なあカイル、どう思う?……カイル?』

黙り込んだカイルの様子をいぶかるように、フォワードピットのレオンがその名を呼ぶ。カイルは我に返ると、

「サーベルか?使えない事はないだろう。ただ今は、戦闘が終わったところだ。電力がかなり減っている。ある程度復帰するまで、光学兵器の使用はやめておいた方が無難だな。予備のエンジンは、出来ればまだ回したくない」

『なんで?予備なんて、その為についてんだろ?』

「熱源反応が大きくなる。敵がこちらの大きさを見誤れば、過剰な体勢で攻められる可能性が高い」

『あー……そうだなー……下手に威嚇してもなー……』

レオンはぶつぶつ言いながら何やら思案し始める。カイルは気持ちを切り替えるようにして、ピット内のモニタに目を走らせた。二機目を倒してから、次の敵マシンが現れる様子は見られない。が、あの二機が偵察のためのマシンであれば、潰したなら潰したなりに敵も大きく動くだろう。そうでなくとも戻りが遅ければ、他の敵マシンが動くのも時間の問題だ。ここで立ち止まっている訳にもいかない。

「レオン、そろそろ位置を変えよう」

『そうだな……そう言えば俺達の隊って今、どの辺にいるんだ?ピーキーちゃんからあいつら引き離すのに、かなり動いたから……』

「今調べる。君は周囲の哨戒を……」

レオンの言葉にカイルは返し、手元のパネルを操作し始める。レオンもレオンで同じく、モニタとコントローラーにその意識を向けたらしい。機内が静まる。が、それも束の間だった。

『カイル、何か来るぞ』

「何?」

『あー、ちょっと待て、待て……何だマーカー……あれ?』

マイクの向こうでレオンが奇妙な声を漏らす。カイルは顔を上げ、手元のパネルボードを押しやると別のコントローラーを呼び出し、自分のすぐ傍に引き寄せる。

「敵か?」

『いや、反応が……二つ?』

「そのまま見ていろ。こちらでチャージを始める」

どうやらマシンの反応が出ているらしい。また戦闘か。思ってか要るがその準備を始める。低くエンジンの回転音がコクピットにも伝わり、ピットの内壁のモニタの表示もくるくると変わり始める。小さな合成声のナビゲーションを聞きながら、カイルは小さく舌打ちした。新手か、それとも別の敵か。先ほどのマシンは判別マーカーの反応がない、所属不明のマシンだった。味方ではないと判断したために戦闘し、撃破したが、何者か解らない相手と戦闘するのはリスクが高い。周囲の全てが敵であるとは言え、ラステルと正式に開戦していない国家もある。正式も何も、とも思わないでもないが、下手を打てば周辺諸国が手を結び、本格的にラステルを潰しにかかることも考えられる。新しい戦争のきっかけを作ったのが自分、となるのは、致し方ないにしても気分は悪い。特務機関内では同情の声も上がるだろうが、本国に戻れば国賊扱いだ。出来ればそれは避けたかった。

『待てカイル、一機は青だ』

「もう一方は?」

『駄目だ、反応しない……てかあれ、ナナの機か?』

モニタの真正面、新たに大きなウィンドウが開く。映し出されたのはごく小さなマシンの機影だった。灰青の機体に群青のカメラガード。コンピューターはその機影をすぐさま分析し、ウィンドウの片隅に所属と搭乗者の名前とを表示する。

「クーパー、グリュー機……」

味方か、思った一瞬気が抜ける。直後、機は大きく反転した。驚く間もなくレオンの声が機内に響く。

『んじゃあ相手は、こいつ一匹か!』

振り返るマシンの制御、そう思ったがカイルが反応するより、レオンの動きは速かった。振り向きざまライフルを構え、ほぼ同時にマシンは駆け出す。ライフルの射程内に判別不可のマシンを捕える。なり、レオンがそれを続けざまに放った。エネルギー弾が放たれる衝撃が、走行中のマシンを揺さぶる。モニタの上、敵マシンはレオンの放つライフルの弾を避けながら、同じくこちらに突進する。

『この、ちょこまかと!』

相手機が同じくライフルを構える。直後、

『カイル、ライフル避けろ!』

「何?」

『コントロールそっちに渡す、いいな!』

否とも応とも答える余裕はなかった。ナビゲーターが淡々と、移動用コントローラー切り替えまで五秒、と無機的に告げる。たった数秒でか、と思う間もなく、マシンの移動制御がサポートのパイロットに切り替えられた。真っ向から敵のライフルが放たれる。他のことを考えている余裕はなかった。当たればマシンは大破する。殺されるのだ。カイルはそのままマシンを走らせた。レオンがライフルを放つ。数発の発砲のうち一発が目の前のマシンの腕を吹き飛ばす。

『よっしゃあ!』

声の後に放たれた光弾はマシンの頭部を直撃した。爆発、炎上。見ているのか、レオンが奇妙な嬌声を上げる。

『これで三機目!イーヤッホゥ!』

「……いちいち、やかましいな、君は」

唐突にコントロールを預けられ、何事かを判断するまも与えられなかったかいるは、はしゃぐ男の声にあきれた様子で思わず言った。レオンはかなり興奮しているらしい。笑い飛ばしながら、

『いっやー、お前やっぱ使えるなー。あの勢いでフルオートに切り替えてたら、絶対弾なんて避けらんねぇもんなー、二人乗りって、たーのしーなー♪』

「……こちらは、ぎりぎりなんだが」

レオンが大声で笑っている。カイルはその言葉に、何気に不安を感じた。あまりの事でとっさに動いた、が、これで彼についていけるかと言われると、返答に困る。コントローラーを握っていた手は小刻みに震え出すし、何より、疲労度が一人の時よりもずっと高い。一人乗りの機体なら、無茶をしても死ぬのは自分だけだ。しかし、あのパイロットと一緒では、無茶をされて殺されかねないか、その無茶に自分がついていけなければ、相手を殺す事になる。考えれば考えるほど、この先が思いやられる。が、

「……面白そうではある、かな」

『あー?何だカイル、なんか言ったか?』

小さな呟きが聞こえたらしい。レオンがカイルに聞き返す。かすかに笑って、カイル、

「いや……何でもない。他に敵らしい機体も見当たらない。クーパー、グリュー機と合流しよう」

『おう、そうするか』

レオンは相変わらずの興奮状態で、しかも上機嫌のようだった。何故笑えるのか解らない。けれどこの状況は、奇妙に楽しい。思ってカイルは言った。

「闘犬と言うより、子犬だな」

『は?子犬?俺がか?』

「仕方ない、調教してやろう」

『ちょっと待て、カイル。何が『仕方ない』で何について『調教』なんだ、え?』

不服そうなレオンの声が聞こえる。カイルは笑うだけで、その問いに答えようとはしなかった。

 

 

 

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Last updated: 2008/05/04