LACETELLE0062
-the CREATURES-

Act 14

三機のボガード、そして一機のアシュムはドゥーロー出発前にマシンの制御コンピューターに入力した走行ルートを、ほぼコンピューターのプログラム通りに、ドゥーローからシル・ソレアへと移動していた。ボガードは当初、その走行さえもマシンに任せる自動操縦だったのだが、現在二機がパイロットの手動によって走行している。

『隊長!なんで俺は駄目なんだよ!ああ?』

とは言えそれが不服なのは約一名で、その場にいる他の面々は、その事に対して異存は全くない様子である。いちいち答えるのも面倒、というところか。とりあえず通話回路は繋ぎっ放しなのでピット内の音は誰でも聞こえる、という状態で、三機のマシンは走行を続けていた。

「フェーン、出発してからどのくらいだ?」

『二時間と少しです。もうすぐシル・ソレアのレーダーのマーカー圏内に入ります』

「そうか……じゃあ基地と繋いでも平気だな」

ガベルが呟くように言う。フェーンの僅かな嘆息がスピーカーを通して聞こえた。安堵しているらしい。

『繋ぎますか』

「そうだな。ここまで来たら一安心だ。ついでだ、他のヤツラの位置も探してもらうように……」

『隊長、こちらに向かっている熱源が確認出来ます。大きさから言ってボガードのものでしょう。戻ってきたようです』

言いかけたガベルに答えるように言ったのはコニーだった。ガベルは目を数度しばたたかせ、それからにやりと笑うと、

「だったらそのうち追い付くな。ほっとくか」

『そちらは……待っていればいいでしょうが……アシュムの確認はまだ出来ていません。どうします?』

「ああ……そうだったなぁ……忘れてた」

『わ、忘れてた、ですって!』

途端に機内に甲高い声が響いた。それまで殆ど黙って大人しくしていた、同行しているアシュムのパイロットが声を上げたらしい。ガベルは驚いたように目を見開くと、慌てる事もなく、

「お、悪い悪い。てかじょうちゃん、機の方はどうだ?」

『〜〜〜〜〜っっ、もう、頭に来た!!拾ってもらったから今まで大人しくしてたけど、何なのよ、この人の態度!!て言うか、隊長やみんなのこと忘れてるってどういうこと?ちょっと無神経すぎるんじゃないの?』

アシュムのパイロット、リンダはそのまま甲高い声で喚き始める。ガベルは参ったように、

「いや、忘れてた訳じゃねぇんだ。ただちょっと、うっかりっつーか、頭ん中になくてな……」

『それを忘れてたって言うんでしょ!大体あんた達、なんであたし達があそこで離れたのか、解ってるの?変なのが出てきたから、あんたたちとそいつらとを離そうとしたのよ?それなのに……』

『何言ってんだよ、その為に護衛で着いて来てんだろ?それでなんで俺達がそんな風に言われるんだ?』

マチルダの発言がリンダを更に刺激する。何ですって、と叫ぶと、更にリンダの声は大きくなった。もちろんやり返すマチルダの声も大きくなる。ぎゃーぎゃーと、自分一人しかいないはずのコクピット内がやかましくなり、あーあー、とガベルは思わずため息混じりに言った。

「……回線開けっ放しでやるか、お前らは」

『切っておきますか?』

ぼやきに、当然の様にフェーンが尋ねる。面倒くさそうな目つきで、ガベル、

「……音量しぼる程度にしとけ。いざって時に困るからな」

『隊長、クーパー、グリュー機からコールです』

やれやれ、と口に仕掛けたその時、コニーからそんな声が投げられる。ガベルは目を丸くさせ、

「あ?ナナの機から?こっちじゃ捕まえられねぇが……」

『途切れがちですけど、何とか拾える程度のようです……繋ぎます、宜しいですか?』

相変わらずマチルダとリンダのぎゃーぎゃーが背後で続いている。その中にマデリンの制止の声まで混ざって、ピット内は相変わらず喧しい。

「お前ら、ちょっと静かにしろ、電波拾っても聞こえないんじゃ無線の意味がないだろうが」

ガベルが三人を嗜める。途端に、でもないが騒ぎは一旦落ち着きを見せた。

『なぁに、無線?どこから?』

『まさかうちの隊長?』

「……フェーン、受信機能拡大しろ。ナナの機からだ」

『了解。ライト少尉、隊長機(こちら)を無線のホストにします。回線はそのままで結構です』

マデリンとリンダの言葉を半ば無視してガベルが指示を出す。フェーンはそれに従って隊長機の通信機能を拡張させ、ぎりぎりで届いていたナナニエルの機からのコールを拾った。

『こちら隊長機、クーパー少尉、グリュー少尉、聞こえますか?』

 

「こちらグリュー……ああ、副長君か。やっと追いついたみたいだね」

通話回線が開く。エドは聞こえてきたフェーンの声に普段通りの言葉で返した。一旦隊を離れていた機は、ルートを修正しながら走行を続けている。

『エドか。そっちの様子はどうだ?』

フェーンの声に続いてガベルの言葉が聞こえる。エドは機内のモニタを見ながら、

「僕達の機は特に異常はありません。ただ、スピードを少し上げて移動していますから、エンジンの負荷が多少かかり気味、というところでしょうか」

『どの道すぐシル・ソレアのお膝元だ。多少馬力が不足しても、何とかなるだろ』

気楽そうなガベルの声がする。エドは笑って、

「そうですね、じゃあもう少し加速しても、いいかな。ナナ、どうする?」

しながら、同じ機体のフォワードピットにいるパイロットに尋ねる。機のフォワードパイロット、ナナニエルは笑いもせず、

『このまま真直ぐ基地に帰還するなら、何の差し支えもないと思います。でも出来たら隊長達に少しスピードを落としてもらう方がいいのでは?後ろにニーソン少尉達の機も続いていますから』

『何だ、レオン達も一緒か?』

「併走してはいないんですが。かなりの事をしたようで、エンジンがオーバーロード……というか、冷却が追いついていないみたいですよ?」

ナナニエルとガベルの言葉にエドが苦笑する。ガベルは怪訝そうと言うより、素っ頓狂な声で、

『かなりの事?何だ、何かやらかしたのか?』

「初乗りで、四機だそうです。僕らと合流した時、ちょうどその四機目が迎撃されてました」

『ほー……そいつは豪儀だな』

エドの言葉にガベルが笑いながら返す。何だ四機だ、誰だ、誰がやった、とかすかにスピーカーから声がもれ聞こえる。どうやらあちらは近距離の通話が全てオープンになっているようだ。

『フェーン、それから他のヤツも聞け。一旦マシンを止める。ナナとレオンの機がこちらに向かってるそうだ。合流するぞ』

スピーカー越しにガベルの声が聞こえる。エドは軽く息をつき、

「じゃあ僕等はこのまま進んでも平気ですね。速度が上がっている分マシンの負荷も大きくなっているには違いないし。ね、ナナ」

『了解。このまま走行を続けます。距離がつまるまで、一旦通話もカットした方がいいのでは?』

「そうだね……隊長、数分で追いつきますから、一旦通信を切ります」

『了解……ああ、ちょっと待て、エド。リンダが何か言ってる……』

通信を切ろうとする直前、ガベルが何か言いかける。エドは何事かと、その手を止めた。

「隊長?ローラン少尉が、何か……」

『ああ……西に向かったアシュムのことが何か解るか?』

「いえ……僕達も、詳しい事は……ニーソン少尉達なら何か知っているかもしれませんが……」

問われて、エドが返す。ガベルは僅かに黙すと、

『解った。とりあえずこっちまで来い。詳しい話はそれからでいいだろう。レオン達にもそう指示してやってくれ』

「了解。三十分程度で追いつくと思います。通信、切ります」

『おう、ご苦労さん』

プッ、と小さな電子音を立て、中距離通話の回線が切れる。スピーカーから、今度はナナの声が聞こえた。

『フォールト大尉のアシュムはボガードと別れたまま、ということですか?』

「そのようだね。ニーソン少尉の機と繋ぐよ」

『余りルートをそれると基地から離れます……大丈夫かしら……』

一人ごちる様にナナが呟く。エドは少しだけ笑って、

「そうだね、気になる。とは言え大尉の立場なら、ボガードから敵機を引き離すことは最優先ですることだよ。相手の数が解らない場合は、リスクは伴うけど」

ナナはそれ以上何も言わない。エドはまた軽く笑って、何気なく言った。

「君も、優しい人だね」

『わっ……私は、少し、気になっただけです。同じ特務機関の人間ですから……』

「でも僕は君ほど優しく出来てない。ついでに、戦闘能力に関して言えばそういう余裕が持てるだけのレベルにいない。だから他機より自機の方を心配するし、その為に回避行動もとる。申し訳ないけど、その辺りは承知でいてくれるかな?」

笑うのをやめてエドが尋ねるように言った。ナナは閉口し、それから小さく返す。

『解りました』

「とは言え、基本マシンはフォワードの判断で動くからね……その時は君に任せるよ」

『……え?』

言ってエドはくすくすと笑う。スピーカーの向こうではナナが少々大袈裟に驚いているらしい。微妙な声の変化に、エドはまた笑った。

「ニーソン機を呼ぶよ。出来たらオブライエン少尉が出てくれるといいけど」

 

ボガードが当初の予定を変更し、機の走行を停止させたのは出発から三時間近くが経とうという頃だった。予定外の停止に、特にアクシデントもトラブルも起こることはなかったのだが、

「なぁジェイク、なんで走らせてる機体止めるだけで、あんなアクロバットになるんだ?しかもオーバーラン、四百メートル……」

「うるせぇ!それに四百じゃない!三百八十五だ!」

「同じようなもんじゃねーか」

全員、一旦機体を降り、隊長機の傍に集合していた。一部で多少の騒ぎが起きてはいるものの、瑣末な事である。傍で見ているうちの二名程が奇妙な表情をしてはいたが、それ以外、支障らしいものもなかった。

「……ちょっと買い被りすぎた、か?」

「何だよそれ。つーか何でお前にそんな事言われなきゃ……」

口論になっている様ないない様な状況で対話しているのはマチルダとジェイクである。引き気味で困った顔で笑っているのがフェーン、コニーは複雑な表情で従弟の様子を見、マデリンは、外に出たのにマチルダが相手をしてくれない事に少々拗ねている。ガベルは遠巻きからその全貌を観察し、やれやれと溜め息をついた。自分もなかなか扱い難い人間だとは思うが、集められた部下も相当厄介らしい。が、どんな状況でも、元気なのはいいことだ。それさえあればどんな事でも乗り越えていけるだろう。

「そう言えばあんた、昨日なんか変な顔してなかったか?」

「は?変な顔?」

「ほら、俺が「化けるかも」って言った後……」

「あ、ああ、あ、あれは、あれはだな、その……」

「何だよ、また赤くなって。俺、何か変なこと言ったか?」

騒ぎがまた大きくなりそうだ。ニヤニヤ笑うマチルダに、ジェイクが真っ赤に顔で、及び腰になる。異変を見つけて、コニー、

「ジェイク、どうかしたの?顔が赤いわ」

「べっ、別に俺は、何も……あん時は、こいつが変なこと言ったから、その……」

「マチルダ、昨日何があったのか、聞いてもいいかしら?」

「いいけど……別に大したことじゃないぜ?こいつとハンガーで出くわしたから、ちょっと話してただけだし」

「そうなの?それにしてはジェイクの様子がおかしいみたいだけど……」

「おお、俺は別に、何もおかしくなんかないぞ。やま……やましい事もないし、別に何も……」

騒ぎが拡大する。やれやれ、止めるべきか。思ってガベルは息をつき、何気に、それに混じっていない一人を見遣った。リンダだ。僅かに離れた場所で、どことなく不安げに俯いて、黙り込んでいる。あの手の場面に割り込まないタイプには思えない、というのがガベルの認識なのだが、今の彼女にそんな余裕はないらしかった。自分の部隊と別れて、以来何をしているのかも、その位置すらも、全く解らないのだ。当然の話だった。

「ローラン少尉、大丈夫か?」

歩み寄って、ガベルは彼女に声をかける。顔を上げて、リンダはガベルを睨むように見た。年齢よりずっと若く見えるパイロットのその目が、不安そうに閃くのを何気に予測していたため、ガベルはその目に思わず怯む。

「大丈夫って、何がよ?」

「いや、何って……」

「見れば解るでしょ、この通り、何ともなってないわ」

「そりゃ……ごもっとも」

不安、というより不機嫌のようだ。下手に声でもかけたら次は引っかかれるか噛みつかれるか、そんなところらしい。部下も厄介だが客も厄介か。思ってガベルはまた嘆息する。相当いらついているのか、今度はリンダが、不満でもぶつけるようにガベルに尋ねた。

「ねえ、あんたの部下、まだ来ないの?」

「あー……そうだな。そろそろ位置くらい解るところにいるだろうから、ちょっと見て……」

「やっぱりあたし、隊長達を探しに行く!」

今まで黙り込んでいたのは、どうやらそのことについて逡巡していたから、のようだ。顔を上げ、ガベルの答えを聞ききる前に、リンダはそう言ってきびすを返す。驚くも、ガベルはすぐにそれを制止した。

「おい待て、ローラン少尉。そう慌てるな」

「慌てるな?慌てるわよ!だってあれからもう結構時間も経ってるのよ?こっちはソレアのマーカー圏内に入って、遠距離通話して敵に位置が割れても、助けが呼べる所まで来てるのに、隊長やみんなはどこにいるのか全然解んないのよ?」

「だからと言って慌てて出て行ったら、少尉が危険にさらされます。自重してください」

声が飛ぶ。言ったのはフェーンだった。下らない騒ぎも、リンダの声にすぐに収まり、その視線が全てリンダに集まる。リンダは周囲に気付き、小さくうめくと、

「でも、みんなが!」

「そう思うんならどうして隊を離れた?ずっと一緒にいりゃ良かったじゃねぇか?」

呆れたようにガベルが言う。リンダは再びガベルを睨みつけ、

「だって隊長が、あんたたちに知らせろって言ったから!それに、すぐ戻るつもりだったのに、ニーソン少尉が……」

「でもそいつももう、全部すんじまった事だろう?それに、レオンもカイルも、お前さん一人ほっぽっといたら後味が悪いから……」

「解ってるわよそんなこと!解ってるけど……」

リンダの声がヒステリックに高くなり、ひっくり返る。同時に涙が混じって、ガベルはまた困ったように息をつく。そのまま、ガベルがやれやれと言わんばかりの顔になると、すかさずコニーが歩み寄り、

「ローラン少尉、気持ちは解ります。でも今はもう少し落ち着いて、ボガードの戻りを待ちましょう。大丈夫、貴方の上官はあのフォールト大尉でしょう?南の要とまで呼ばれる人ですもの、きっと無事でいるわ」

涙をこぼすリンダの肩を抱き、ガベルに軽く目配せする。ガベルは苦笑し、それに肩をすくめるだけだ。

「さ、座って。パウチのドリンクくらいしかないけど、何か飲む?マデリン、持って来てくれない?」

「えっ、あ、はーいっ」

アシュムの足元にリンダを座らせ、間もなくマデリンに指示を出す。見て、ガベルは何気に呟いた。

「見事なもんだな、ありゃあ……」

「そうですね、流石は女性、というところですね」

感心しきりの上官の言葉に、フェーンも苦笑しながら同意する。らしくなく泣き出したリンダを宥めるコニーと、その手伝いに駆け回るマデリンの様子をやや遠巻きに、ガベルは何気に息をつく。気付いて、フェーンは苦笑を解いてガベルに問いかけた。

「隊長、どうか……」

「いや、ちょっと気になってな。さっき聞いただろう?レオンとカイルが四機落とした、って。ローラン少尉に最初に聞いた話じゃ、俺達のルートの先にマーカー判別の出来ないマシンが張ってた様だし……国内の、比較的安全な区域の移動のはずだったのに、何がどうなってこんな事になったんだか、ってな……」

「司令部の読み通り……言っては難ですが、国内の反勢力が何らかの手段を使って僕達の動きを観察している、ということだと思いますが……」

フェーンが僅かに眉をしかめ、小声でガベルに返す。ガベルは仰ぐように空を見、そしてまた大きく息をつく。

「国内の反勢力、ねぇ……とは言え奴さん、マシンまで持ち出してきてやがる。ラステルじゃ俺達以外がマシンに乗るのはご法度だ、それに、あいつに乗れる人間も限られてる。バレたら事だってのも解ってて、尚且つあいつに乗り込むようなのも、そうはいないと思うが。それ以前に、あんなご大層なモンを、反勢力とは言えそう何機も持つ事だって出来んだろう。あんな金食い虫、税金でだってなかなか賄えるモンじゃなし……」

「だから、クラカラインが後ろに、って言ったんだろ、大隊長が」

背後から呆れた声が聞こえる。ぎょっとしてガベルと、傍らのフェーンが同時にそちらに振り返った。少々不貞腐れたような顔のマチルダが、驚く二人を見上げている。

「何だよ、そんなに驚く事か?」

「いやまあ……そうだが……」

「マチルダ、君はその話をいつ、大隊長に?」

少々たじろぐガベルを余所に、フェーンがマチルダに尋ねる。特にためらう様子もなく、マチルダ、

「だから昨日だよ。ハンガーで聞いた。スティラから来てる連中はテロリストがやってる、つって片付けたいんじゃねぇのか?色々面倒だし」

「君が、そう思う根拠は?」

「お前だって似たような予想立ててんだろ?」

面倒くさそうにマチルダが問い返す。フェーンは一瞬驚くも、直後困ったように笑い、

「そうだね、多分、君と同じようなことを考えていると思うよ」

「何だそりゃ。どういうことだ?」

ガベルは一人置いてけぼりでも食らったように、その眉をしかめている。笑みをくずさないまま、フェーンはガベルに向き直ると、

「ヌゥイ国内のテロリスト……テロリストと決め付ける事はできませんが、反ラステル派の中にはクラカラインと繋がっているグループもあります。クラカラインは、ミッシュ・マッシュの次の標的でもある。クラカライン全土ではなくても、国防基地のあるバクサスさえ抑えれば、我々は南に強力な拠点を得られます。しかしこちらからの宣戦布告は出来ない。そんな事をすれば連合国のナルシアまで出張って、総力戦になりますからね。それはクラカライン側も同じです。今の段階で何らかの手段を講じておかなければ、みすみす潰されるのが目に見えている。しかし開戦することはできない。下手を打てば味方であるはずのナルシアにも見捨てられかねませんから」

「それで、ラステル国内の反ラステル派と組んで、今回の事を仕掛けてきた、ってか?」

呆れるような慄くような、そんな表情でガベルが尋ね返す。半ば確認のような質問に、フェーンは肩をすくめ、

「僕の予測ですが。でもそう考えると色々とつじつまが合います。同時に、我々にとっても相手が国家ではなくてテロリストである方が、都合もいい」

「クラカラインのヤツラと真っ向からドンパチやらかしたら、どう転んでも開戦するしかないからな。テロリスト相手ならそいつらを始末すれば片付くし、表向き「内戦」ですむ……って?」

「解ってんじゃねぇか、オヤジ」

満足気にマチルダが言うのを聞くと、ガベルはその場で顔を覆って深く嘆息した。そして、

「ばかやろー、お前は色々解りすぎで読みすぎなんだよ。ジャリチビのくせに」

「マチルダにその手の隠し事は出来ませんよ。今回は、僕らより先に大隊長からヒントまで貰っているし。でもこれは、全て僕達の予測の範囲内でしかない。もしかしたら、クラカラインの先行隊が動いているのかもしれないし、そうなれば……」

「十中八九、工作隊だ。正規の部隊が判別マーカーも積まずに国外に出てみろ、国境で味方にやられるのがオチだ」

言葉の後、今一度ガベルは息をつく。そして困ったように、更に続けた。

「大方、ヌゥイの正規軍やら公安に圧力がかけられる反ラステルの政治家と、テロリストと、クラカラインが結託してんだろ。でなけりゃこんな大掛かりなマネが出来るか」

「その根拠は?」

自暴自棄にも聞こえるガベルの言葉にフェーンが、少々意地悪く問い返す。ガベルはそのまま、

「まず第一に、「特務機関に所属しないマシン」が国内にいる段階で、そいつを外から中に入れるように手引きする人間がいる。国境を防衛してる連中はザルじゃねぇんだ、あんな馬鹿でかいモンがホイホイ入ってきてたまるか。次に、俺達のルートと移動の日程が割れてる事だ。その手の事が得意な人間がいて、こっちの情報を盗まなきゃならない。けど幾らなんでもここまで筒抜けのインテリジェンスシステムなんてないだろ。誰かが抜け道を作れるように働きかけたか、元々仕組んでなきゃ出来る芸当じゃない。それから三つ目、マシンの準備だ。仮にヌゥイが国内でそんなもん準備しようモンなら、連合会議で叩かれた挙句、国家予算の半分以上もぎ取られるくらいの罰を受ける羽目になる。国内で手配できなきゃ外でするしかない。パイロットもだ。外国の軍だったら、うちのより多少性能は劣るかも知れんがマシンくらい持ってる。だからそこで調達すりゃ、一から作る手間は省ける。けどマーカー積んでるような正規の機体を出せば、宣戦布告とみなされて、俺達とマトモにやりあう羽目になる。クラカラインにはそこまでのつもりはないが、それでも多少のデモンストレーションをしておく必要がある。内外の両方に向けて、だ。危ない橋を渡らずにやるんだったら、正体はなるべく隠した方がいい。軍の方はそうだが、テロ集団は別だ。自分達が反乱を起こしたってことを回りにはっきり知らしめるのがあいつらのやり方だ。そうなれば、名前の一つや二つ、簡単に貸す。最も今回に限って言えば簡単に、どころの話じゃない。兵隊と武器を提供させてるんだ。もう一つ言えば、そっちの方がミッシュマッシュも都合がいい。テロリスト相手とは言え向こうの標的が特務機関だってんなら、ヌゥイの軍も公安も介さずに、自分で始末がつけられる。しかも自分に都合がいいようにな。どうだ?俺の読みは」

ふはは、と、言ってからガベルがわざとらしく笑った。フェーンは苦笑して、

「恐らく、そんなところでしょうね。厄介です」

「でもどの道、俺達がやれる事なんて、そいつら潰すってだけだろ?」

簡潔にマチルダが言う。フェーンとガベルは思わずそちらを向くが、すぐにも、

「確かにそうだ」

「そうですね、マチルダの言う通りだ」

そう言って顔を見合わせ、笑う。そして、

「とは言え、できるだけ戦闘に持ち込みたくないのが正直なところだ。国内で不審者にぶち当たった、なんて騒ぎになりゃ、国内にそんなのを入れたってだけで、また議会辺りで叩かれる。マシンが壊れりゃ金も食うから、余計だ。二機の合流を待って真直ぐシル・ソレアに戻る。それが一番だな」

「基地と連絡を取って、迎えを寄越してもらいましょう。そうすれば機影が増えて、威嚇にもなります」

「そうだな、そうするか」

フェーンの提案に、否も無くガベルが返す。やや離れた場所から、ジェイクの声が投げられたのはその時だった。

「隊長、ナナとレオンの機が、じきこっちに着くってよ!」

声に三人は顔を上げる。その目を僅かに細め、ガベルはにやりと笑った。

「……みたいだな、見てみろ」

荒野が広がるその向こう、かすかだが砂煙が見える。この場所を自由に駆ける事が出来るものは、それ以外存在しない。マシンがホバーシステムで走行している証だ。

「とりあえず、レオンとカイルの武勇談の一つでも聞いてやるか。後のことはそれからだ」

ガベルが奇妙にニヤニヤと笑っている。訝しげにマチルダが見ていると、彼は何がそんなに嬉しいのか、いたずら好きの子供のような顔で言った。

「初乗りで四機だと。なかなかやると思わねぇか?あいつら」

「よ、四機って……む、無茶苦茶じゃねぇか……」

ガベルの言葉に、さしものマチルダも思わず冷や汗で返す。遠くから、砂嵐を纏うエンジン音と奇妙な風が吹いてくる。間をおかず、機影が三人の目に映った。

 

離れていた二機のボガードが隊と合流する。マシンを降りてそれを待ち構えていたガベルが最初に聞いたのは、レオンの感嘆の声だった。

「うっわ、あのピーキーちゃんが泣いてやがる……流石はトリオGのラスボスっすねー……」

「何だそりゃ」

マシンの足元でうずくまるリンダと、そばについているコニー、そしてやや遠巻きにそれを見ているマデリンの様子を見ながらのレオンの言葉に、ガベルは露骨に眉をしかめた。そのレオンの半歩ほど後ろ、カイルは普段と変わらない無表情に近い顔で言った。

「マーカー判別不可のマシン四機と戦闘しました。アシュム隊が確認したのは二十機だと聞いていますが」

「おう、ご苦労さん。しかしいきなり四機たぁ、忙しかったな」

レオンは相変わらずガベルを見ようとはしない。ガベルはカイルに向き直り、軽く手を上げながら言った。

「この先に敵マシンが展開している恐れがあります」

「その辺は手は打った。迎えも呼んだし、これよりシル・ソレアに近付きゃそうでなくとも向こうで多少動くだろうよ」

「迎えが来るのなら、暫くここで待機するのが懸命だと思いますが」

カイルの表情は変わらない。ガベルは口許をかすかにゆがませ、

「そうだな、大人しく迎えを待つ事にするか」

言葉の後、そのゆがんだ口許から笑みが洩れる。カイルの眉が僅かに動いたのは、それを見た直後だった。そのまま、訝しげにカイル、

「隊長」

「ん、何だ?カイル」

「……いえ、何でもありませんが……」

この男は何がそんなにおかしいのだろう、というあからさまな顔がそこにあった。ガベルは先程よりもはっきりとした、しかし吐息の様な笑みを漏らし、

「シミュレーターであれだけへばってたってのに、実戦になると何だな、使えるんじゃねぇか」

ああ、そういうことか。胸の内だけでカイルは呟き、ガベルの奇妙な笑みに納得する。ガベルはニヤニヤと先程よりも笑って、

「どうだった?こいつでの実戦は」

「効率は前の機体に比べれば格段に上がっているかと。もっとも、自分がフォワードではないから、という点も否めませんが」

ガベルが傍らのマシンを見上げる。カイルは淡々と答えて、同じくその機体を見上げた。

「エンジンが大きくなっている分、パワーも上がっていますが、冷却が追いついていない部分があります。短時間の戦闘には構いませんが、単機で長時間の戦闘には向かない機体です。エンジンが融解か爆発すれば、戦闘どころではなくなります。しかし移動力も大きい。ノーマルのアシュムになら簡単に追いつけます」

「だろうな。その辺はザラと同じくらいのつもりで作ってるそうだからな。一次装備でならザラ並みに走るはずだ」

「フォールト隊を捜しには?」

マシンを見上げるガベルに、唐突にカイルが尋ねる。顔を下ろし、ガベルは目を丸くさせた。

「当初から四機のみの編成で、二個小隊レベルの敵マシンを相手にしようというのはどう考えても無理です。このまま何の連絡もつかない状況を放置すれば……」

「メイネア達なら心配いらんだろう。俺達とお前らがやったマシンを引き離すのが目的だったんだ。役目が片付けばあいつらもじきシル・ソレアに向うはずだ」

唐突なカイルの質問に、驚きながらもガベルは返す。が、

「それでローラン少尉の気が納まるとは思えませんが」

淡々と、そして少々きつい口調でカイルが言った。傍らにいたはずのレオンは何を思ったか、一機だけのアシュムの傍へと歩き出す。ガベルは嘆息して、

「そんな個人的なのに付き合ってられるか。さっきもあのじょうちゃん、ヒス起こして大変……」

言いながら、その視線をアシュムの足元へと向ける。レオンたちより一足先に戻っていたナナとエドも、他の隊員同様にリンダの様子を遠巻きに見ていた。ひょっこりレオンがそこに顔を出すと、座り込んでいたリンダが立ち上がり、何事かを喚き始める。また始まったか、とガベルが認識した直後、バシッ、という小気味よい打撃音がかすかに周囲に響いた。レオンがその場でよたつく。

「……早速やってやがるな……」

カイルは何も言わない。視線の先では泣き喚くリンダをコニーとフェーンとが制止しようとするが、それでも収まらないらしい。マデリンは少々怯えた様子でそれを眺め、エドがそんなマデリンに付き添うようにして、困った顔で笑っている。

 

「いってー……ちょっとこれはないんじゃねーのか?お嬢さんよ?」

二言三言のやり取りの後、左頬を強かに打たれたレオンが抗議する。殴った方は涙目でレオンを睨みつけ、

「何言ってんのよ!こ、こんな時に、あんたどうして戻ってくんのよ!隊長達を追いかけてたんじゃなかったの?」

「俺はそんなことするなんて言った覚えは……」

「ローラン少尉、現場での私闘は軍律違反ですよ、何をしているんですか!」

「私闘っつーか八つ当たりだろ?てかレオンも凝りねーっつーか、物好きだよなー」

殴られたレオンの様子を見てジェイクが思わず言葉を漏らす。レオンは左頬を軽くさすりながら後退し、それを見ていたエドが言った。

「ニーソン少尉もマシンを降りればごく普通の青年男子だよねぇ。というか、いつか僕を批判していたけど、人のことは言えないみたいだねぇ」

「は?何だそれ。エド、何か言われたのか?」

「うん、ちょっとね。確かに僕も物好きかもしれないけど、ナナよりローラン少尉の方が、よっぽど……」

「グリュー少尉、何について私とローラン少尉を比べているんですか?」

何気ないジェイクの疑問に答えようとするエドに、ナナニエルが冷や汗で尋ねる。エドは、あははは、と笑うと、

「いや、大したことじゃないよ。僕のパートナーが君みたいな人で良かったな、って、そういう話さ」

そんな周囲の奇妙な会話を余所に、リンダはレオンを涙目で睨んでいた。レオンが何事かと思った直後、彼女は突然きびすを返す。

「ローラン少尉?」

アシュムが動き始めたのはその直後だった。膝を折り、コクピットのハッチが開く。よじ登るように、しかし瞬時にリンダはそれに乗り込み、何も言わずにそのハッチを閉じる。

「ローラン少尉、何やってる!」

離れていたはずのガベルも異変に気付いて駆けてくる。マシンの駆動音だけが辺りに響き、ホバーのエアシュートから噴気が洩れ始める。思わず、ジェイクが叫んだ。

「オイお前、こんな傍に人がいんのに、ホバー動かし始めんなよ!」

マシンが砂を巻き上げる。その場にいた全員が顔を庇いながらとっさに後退する。

「やめろ少尉。お前俺達をひき殺す気か!」

ガベルの怒号が響く。しかしそれもアシュムのエンジン音と巻き凍る砂嵐とでさえぎられる。

「待てこのバカ、人の話を聞け!」

「隊長、危険です、下がってください!」

額に青筋で怒鳴るガベルを下がらせようとフェーンも怒鳴る。ごうごうという砂嵐の中、アシュムがホバリングで走り出す。爆風と呼ぶに相応しい噴気を避けようと、その場にいた全員がマシンの陰に移動する。

「マデリン、来い!」

砂嵐の中、呼ばれてマデリンは顔を上げた。他のボガードが直立する中、その機だけが膝を折り、フォワードピットのハッチを全開にしている。ピットにいるマチルダを確認して、マデリンはあおられてよたつきながらも機体に向って走った。

「やーん、砂だらけ……マチルダ、ありがと……」

マデリンが開いたハッチからコクピットに飛び込む。マチルダはフォワードピットにマデリンを乗せたままハッチを閉じ、憤慨を隠さずにぼやく。

「あのバカリンダ、傍に人がいるってのにホバー吹かしやがって……」

リンダの、移動力をピーキーに調整したアシュムの機影が遠くなる。内壁のモニタでそれを見送って、何気にマデリンは首を傾げた。

「マチルダ」

「ん?ああ……今降ろすから。ちょっと待って……」

「さっきまで外にいたのに、どうして今、マシンに乗ってるの?」

モニタの真正面、ではなくどちらかというとやや足元に近い場所を見て、マデリンが尋ねる。マチルダは眉を軽くしかめ、

「……何だよ、別にいいだろ?」

「もうちょっと前、隊長達と何か話してたわよね?」

「……だから、何だよ?」

マデリンが顔を上げる。表情が、乏しい、というより、怒っている、に近しい。余り動かない顔で、マデリンはモニタを指し示す。

「戦闘用の電源、予備と合わせて150%になってるけど、どうして?」

「……いいだろ、どうしてだって。今降ろすから……」

「アシュム、追いかけるつもりなの?」

問い詰められて、マチルダは黙す。が、

「いいからお前は降りろ!」

「イヤ!て言うか、何勝手にやってるのよ!さっきだって隊長達に内緒で戦闘モードに切り替えて、あたしには大人しくしろって言ったりして!」

「馬鹿言え!お前なんかシロートだろ!いいから降りろ!」

マデリンの怒号にマチルダも怒号で返す。睨みつけられて、睨み返して、狭いピット内で二人は対峙していた。

「何がいいのよ!何にも良くないでしょ!」

「充電してたのは念の為だし、ここにいたのはたまたまだ!てかなんで俺がお前らと一緒にあのバカリンダの傍で騒いでなきゃなんねーんだよ!」

「嘘!だってマチルダ、さっきは外にいたじゃない!たまたま乗ってるなんておかしいわよ!」

「だっ……だからそれはっ……」

「どうしてマチルダがここにいるのよ?ボガードに乗って待機なんてする必要ないでしょ?それとも……」

「うるせぇな、俺がどこで何してようとカンケーねーだろ?そりゃ、バカリンダがいきなり出てくとやべーとか、思ってたけど……」

「やっぱり!」

マデリンが叫ぶ。マチルダは小さく唸り、直後無言でハッチを開け始めた。

「マチルダ!」

「……隊長は、隊ほっぽってあいつ追っかける訳にはいかねーし、レオンとナナの機は戻ったばっかで消耗してる。ジェイクは問題外、ってなったら、俺が出るのが一番だろ?ほら、いいから降りろ」

「だから、どうして降ろされるのよ!あたし、マチルダのサポートなのよ?」

「いいから降りろ!で、誰かの機に乗っけてもらって、基地に……」

「マチルダ!」

マデリンが叫ぶ。マチルダはそっぽを向いて黙し、それから小さく言った。

「しょーがねーだろ……俺はこういうタチなんだよ……」

「タチって何よ?だって昨日言ったでしょ?着いてくって!マチルダが行くならあたしも行くって!マチルダだって一緒でいいって言ったじゃない!どうしてまたダメなんて言うの?」

マチルダが俯く。返答はない。マデリンはそんなマチルダを睨むようにして、その言葉を待つ。

「……いいから、一ペン降りろよ」

僅かの間を置いて小さく舌打ちし、マチルダがハッチを操作し始める。マデリンはシートについたマチルダに詰め寄り、

「マチルダ!」

「……ピットにいなきゃ、サポートもくそもねーだろ?」

渋々ながら、といったマチルダの発言に、一瞬マデリンは虚を突かれる。が、

「うん!ちょっと待っててね。すぐ準備するから!」

そう言ってすぐにも満面の笑みを浮かべる。マチルダは不貞腐れながらコクピットのハッチを開け、マデリンがひらりと外に飛び降りる。

「お、気が利くなぁ、マチルダ」

「てか、何でマシンに乗ってんだ?あいつ」

降りた途端に、外にいた隊員達の声がマデリンに飛ぶ。どうやらあのホバーの噴気からマデリンを守った事に感心しているらしい。が、マデリンはそれに構わず、続けざまに開かれたサポートのコクピットのハッチに飛び込む。

「って、え?」

「マチルダ、マデリン、何してる!」

目の前で鮮やかに行なわれた「乗り換え」に数名が驚いている中、フェーンが叫んだ。とは言えピットの中には肉声は殆ど届かない。マデリンがシートについて、サポートのコクピットが稼動し始めるとすぐにも外からの通話要請コールが機内に響いた。ピーピーという耳障りなブザーを聞きながら、マデリンはくすくす笑っている。

「あーあ、またやっちゃうね」

『……何だよ。嫌なら降りろよ』

「やーよ。あたし、みんなに怒られても、マチルダと一緒に行くって決めたんだから」

楽しげなマデリンに対して、スピーカーの向こうのマチルダは不機嫌だ。

『何が起こっても知らねーからな!てか……』

「ねえマチルダ、クーパー少尉の機から呼ばれてるけど、どうする?」

不機嫌なマチルダを余所に、マデリンは自身が戦闘モードに入る。マチルダは一瞬黙すが、

『無視しとけ。リンダのマーカー、見えるか?』

「まだ全然平気。それより、足元に隊長がいるんだけど、どうしよう?」

『邪魔くせぇな……一発吹かして退けてやるか』

言い返して、直後、足元の噴気孔からエアーを吹かす。モニタに映し出されたガベルとその他の隊員達がその噴気に煽られて、慌てて後退する。

『外に繋ぐぞ。おいおっさん!聞こえてるか!』

 

マチルダとマデリンを乗せたボガードが動き出すと、ガベルは血相変えてその足元に駆け寄った。力任せに鋼鉄のボディを殴るが、所詮人の手である。がんがんと音は立てるものの、中に響くはずもない。

「このクソガキ、何してやがる!とっとと降りろ!お前、こんなことして四、五発ですむと思うなよ!」

『おいおっさん、聞こえてるか!』

マシンの外部スピーカーからマチルダの声が響く。ガベルは思わず機体を見上げ、

「このクソガキ!さっさと降りろ!何して……つーか、何する気だ!」

『そこにいると吹っ飛ばされるから、下がっててくれ。あんたに怪我させるとカリナがうるさいから』

とは言え会話は一方通行である。ガベルの声が届いていないのだ、それは仕方のないことだった。

『あのピーキー追いかけて、ついでにメイネア捜して来る。おっさん達は先に基地に戻るか……あ、迎え呼んでたよな?……まあいいか』

「何が『まあいいか』だ!何も良くねぇだろーが!!

「隊長、落ち着いてください。今ニーソン少尉がマチルダ機の回線を……」

傍ら、喚くガベルをフェーンが宥めようとしている。が、ガベルの怒りは収まる様子がない。

「おい誰か!あいつを力ずくで止めろ!」

『じゃあな、隊長。ちょっくら行って来らぁ』

言ってマチルダは外部スピーカーを切った。マシンはホバリングを始め、再び辺りに激しい砂嵐が巻き起こる。

「マチルダ、このやろ、待ちやがれ!」

「た、隊長、危ないですから下がって……」

顔を庇うこともせず、そのまま砂嵐に飛び込む勢いのガベルを、何とか羽交い絞めにしてフェーンが制止する。マチルダとマデリンを乗せたボガードは轟音と砂嵐を残し、瞬く間にその場を駆け去る。

「チキショー、このクソガキ!!ただで済むと思うなよ!!覚えてやがれ!!

二度の砂嵐で煽られ、吹かされまくって、砂まみれの上にぐしゃぐしゃに乱れた髪とよれよれになった戦闘服姿で、ガベルが叫ぶ。羽交い絞めのまま、フェーンは真っ青になって、凍りついた笑みをその顔に張り付かせていた。

 

『アシュム、約200メートル先を北西に向って走行中。えっと、ポイント固定して……このままの速度だと追いつくのに、ちょっとかかるけど……』

見渡す限り地平線の、荒野と言うよりも低木地帯を、ボガードがホバリングで駆けていく。かつてこの土地は肥沃で、広大な農地をも擁していた、と人は言うが、今現在、その豊かさは欠片も見られない。荒れていく土地の僅かな湿り気にすがって、背の低い木々がまばらに生える大地が、その証だった。

地表は疲弊し、生き物の姿は殆ど見られない。人々は戦争を避けるために作られた地下都市に移住し、戦争に関わる人間以外がそこに立つ事は在り得ない。もっとも、そこまでの厳戒態勢を取っているのはラステルのみだ。周辺諸国では真っ当に、地面の上に都市があり、ごく普通に人が暮らしているという。ラステルがそこまで徹底して市民を地下に置く理由は様々あるが、一つに国の地形にあった。大河川の三角州を中心に展開するラステルには、起伏というものが殆どない。そのため、他国からの侵略の際、自然物がそれを遮るという事が全くなく、いとも容易くその侵攻を許してしまう。同時に、周辺諸国から国家として認められていない為、その国土で大きな戦力を展開されやすい。敵国にしてみればラステルは国家ではない為、対等の国交を必要とせず、人道的な対話さえ行なわれない。周辺の国家にされるまま、ラステルは攻撃され、奪い合われてきた。その為にどれだけの命が失われても、相手がしている事は国家同士でのやり取りではない。戦争という定義で捕えていない国さえある。外国が相手ではないから、自治区の内紛の鎮圧だという認識さえ横行している。

だから独立するのだ、と、いつか誰かが言っていた。そういうものかとマチルダは思ったが、それを鵜呑みにはしていなかった。戦争が続く理由は解らない。いつから始まってどのくらい続いていて、どうしてこんな規模になったのかさえ、誰に聞いても調べてみても理解できない。ただ、解っていることが一つだけある。続ける事に余り意味はない、それだけだ。

『マチルダ、速度上げる?』

サブピットからのマデリンの声が聞こえる。マチルダは息をついて、

「だな……あいつのアシュムのエネルギーも殆ど復帰してるだろうし……っても、さっき戦闘用にコンピューターいじってどーのこーの、つってたっけ……」

走っているだけのマシンに乗っている間は、基本的にやる事はない。勿論周囲の哨戒や戦闘の為の準備は行なうが、哨戒はコンピューター任せでも構わないし、戦闘への備えは既に終わっている。マチルダはあふあふと欠伸して、座っているシートを倒した。

『マチルダ?』

「なんか眠くなってきた……見つけたら起こしてくれ……」

言って、マチルダは目を閉じる。当然、

『ってちょっと、何言ってるのよ!マチルダがローラン少尉のアシュム追いかけるって言ったんでしょ!』

「けどお前がこいつ走らせて、周り見てたら俺、やる事ねーもん……ふぁ……」

マデリンの甲高い声も構わない様子でマチルダは暢気に返す。マデリンはサブピットで怒っているらしい。キーキーとスピーカーから暫く喚き声を余所に、マチルダはシートでうとうとし始めた。

『マチルダ、マチルダってば!』

「……うるせぇな……いーじゃねーか、ちったぁ昼寝するくらいよぉ……」

『そうじゃないわよ、マーカー、見て!』

ほんの瞬きの間、うとうとしたかと思ったその時、マデリンの声にマチルダは薄目を開けた。シートごと体を起こし、目をこすりこすり、モニタ上のあるウィンドウを見遣る。

「熱源が三つ……青が一個……」

『距離がもう少しつまってこないとちゃんと見えないけど、このポイント、ローラン少尉の機よ?』

三つの熱源を映すウィンドウの上、青いマーカーポイントを指し示して、【アシュム、リンダ・ローラン機】、と並ぶ文字列が見える。

「残りの二つは……迎えか?」

『レーダー、拡張する?』

三つの熱源は青いポイントを先頭に、予測していたルートを外れるようにして向って右に移動している。マチルダはウィンドウを自分の正面に呼び出し、

「マデリン、追いかけろ。捕まえる」

『捕まえるって……ローラン少尉の機を?』

「てかリンダのアシュムが青で出てんのに、他の味方が判別不明のまんまなんて、ありえねー。速度上げろ。でないとやられる」

淡々とマチルダが言い放つ。マデリンは一瞬まごついたらしい。ちょっと待って、と数度繰り返すと、機体の進行方向を修正し、走行速度を上げ始める。

『ま……マチルダ?』

「フォワードの仕事は全部こっちでやる。お前は最低、基地と隊の位置だけ掴んどけ。あと、恐かったらフルオートでシートに捕まってろ」

手元のパネルを操作しながらマチルダが、どこか怯える声のマデリンに返す。マデリンはサブピットではっと息をつめると、

『こ、恐くないもん!あた、あたし、マチルダのサポートなんだから!何にも、恐くなんて……』

「馬鹿言え、戦闘が恐くねぇヤツなんてどこにもいねーよ。みんな死に物狂いで戦争やってんだ。解ったら言うこと聞いてろ!」

叫ぶようにマチルダが言う。マデリンの返事はない。パネルの操作と同時に目の前のモニタがくるくると表示を変える。幾つも開かれたウィンドウ上に様々の数字と図形が踊り、電子音がピット内に幾つも鳴り響く。

『熱源、三。うちマーカー青、一。他の熱源、マーカー判別不明』

合成音のアナウンスが聞こえる。マチルダはにやりと笑い、

「サポート、聞こえたか!今のてめーの仕事だぞ!びびってねーっつーんならナビの一つくらいしやがれ!」

『なっ、何よぉっ。あた、あたしだってちゃんと働いてるわよ!ナビすればいいの?えっ、えっと、えっと……』

半べそのマデリンの声が聞こえる。やっぱり無理か、でも初戦だし仕方ないか。マチルダは思い、それから小さく呟く。

「けど乗ってりゃ充分だ。ずっと一緒に来てくれるんだろ?」

『マチルダ、マシンが三機、見えた!』

マデリンの声が聞こえる。モニタの奥、黒く小さな機影が映し出される。ぐんぐん大きくなっていくそれを確認し、マチルダは更に指示を出す。

「信号弾上げろ!(オレンジ)五発!」

『え?え?オレンジ?でも、最初は群青(インディゴ)じゃないの?』

「バカ、そっちの方が早ぇんだよ!それに、シル・ソレアの連中にもその方が解りやすい。そいつがわかんねーヤツがいたら、それが敵だ!」

黒い点だった機影が大きくなりにつれ、その姿と動きがはっきりと見えるようになる。一機はアシュム、だが他の二機は見たことのない、荒野に模した色相のマシンだ。マチルダの手元から操作パネルが下がり、別のコントローラーがあちらこちらから伸びてくる。それを捕まえ、足に咬ませ、マチルダは叫ぶ。

「信号、上げろ!」

 

リンダが二機のマーカー判別の叶わないマシンと遭遇したのは、ボガード隊から離れて数分後だった。自分が離れた隊の移動ルートと経過時間とを演算し、最も速くそれに追いつけるルートを探り出し、それに従ってマシンを走らせている途中、熱源レーダーに反応を見つけた。敵、味方の判別もままならないまま、リンダはそのルートを変更して熱源に近付き、それによって敵マシンにも発見されてしまった。当然マーカーの判別が出来ない時点で元のルートに戻ろうとしたが、既に遅く、熱源は自分を追跡し始めた。

敵に見付かってその敵を連れて歩けば、味方と合流するより前に、味方機の位置と数を知られてしまう。追跡してくる熱源は二機、自分が探している味方機は三機。とは言え既に戦闘しているだろうから、三機全てが無傷とは限らない。第一まだ味方の位置は確認出来ていないのだ。仮に機体を見付けられたとしても、それは既に破壊された残骸かもしれないし、たった一機かもしれない。三機が行動を共にしているという保障もないし、全員無事だとも限らない。負担にならないためには、一人で追っ手を片付けるか、その追っ手を巻くかするしかない。

とは言え後者は相手がマシンである場合はほぼ不可能だ。機械制御の巨大兵器は破壊力もさることながらその情報収集、分析能力に長けている。たった一機でも荒野で戦い抜く事を考えて作られたそれは、余りにも賢すぎた。レーダーで熱源、そして敵味方の判別を行う事も容易ければ、その熱源を特定して追跡する事もまた、簡単にやってのける。見付かれば、見逃される事はまずない。

だから自分の上官も、あの時敵マシンを分散させ、ボガードから引き離そうとしたのだ。新型の搬送を警護することが任務である以上、ボガードを追尾、攻撃される訳にはいかない。自分はその為の先兵たるべきだったのに、マシンの調整がすぎた為か、役目を果たす前に戦線を離脱するようなことになってしまった。

気安くテストになんか乗るんじゃなかった。でも、あたしの機体の足が速くなかったら、敵マシンを見付けるのももっと遅かったかも。ピットの中、一人リンダはそんな事を考えていた。一人で先に出て、敵を見付けて、それを知らせる為に戻れと言われた。指示に従って戻る途中、分かれた敵マシンに追われるも、機体のパワーが移動力に回されていたおかげで満足な戦闘もできず、何故か追ってきたボガードに助けられる羽目になった。悔しい、不甲斐ない。確かに指示に従って、危険を知らせる事はできた。でも、もしかしたら今、隊の同僚と上官とがどこかで戦闘しているかもしれないのだ。ボガード隊の連中とシル・ソレアからの迎えを待って、安全に基地に向うことなどできるはずがない。

「だって、あたしだって、フォールト隊のパイロットなのよ。一人だけ楽してシル・ソレアに行けたって、何の意味があるのよ!」

逃げたところで追われるだけだ。一人ではどの道対処しきれない。だったら戦って、倒すしかない。そう判断して、リンダは機の速度を緩め、移動ルートも東へと変更した。それが吉と出るか凶と出るかは、戦ってみない事には解らない。

敵マシンが至近距離にまで近付く。走るのをやめ、アシュムは追っ手と対峙した。見たことのない、ベージュの機体が二機、光弾ライフルと思しき武器を構えてこちらに向かってくる。複数の敵に飛び道具を浴びせられたら分が悪い。舌打ちして、リンダは機内で叫ぶ。

「電磁鞭、出せ!」

ナビゲーションコンピューターがリンダの声に反応する。脚部ハッチが開き、その中に収容されていた武器を握ると、アシュムはそれを振るいながら二機の敵マシンに突進した。真っ向から光弾が放たれる。除けながら鞭を振るった瞬間、直後、モニタ全体が一瞬白っぽく染まる。コクピット内壁のモニタの隅に明るい光が昇るのが見えた。

「信号弾?って……(オレンジ)?」

敵の機体もそれに気付いたらしい。一機が露骨に頭部を旋回させる。リンダは言葉と共に眉をひどくしかめた。

 

『マチルダ、アシュムが!』

「見えてるよ、黙ってろ、舌噛むぞ!マデリン、回線開け!」

三機のマシンが間近に迫る。ボガードは戦斧を手に、こちらを向いたマシン目掛けて突っ込んだ。

「このっ……バカリンダ!何やってんだよ!」

戦斧が、振り下ろされる敵マシンのライフルを撥ね退ける。叫びながら、マチルダは武器を失ったマシンを攻撃し続けた。

『だっ、誰がバカよ!ってそれよりなんでジャリチビがこんなところにっ……』

敵マシンが後退する。アシュムと背中合わせになり、マチルダは更にアシュム、リンダを罵った。

「あんたが一人で突っ走るから追っかけてきたんだ!案の定捕まってやがって、本っ当、バカだな」

『うるさいわね!あんたにあたしの気持ちなんか解んないわよ!』

「解ってられる余裕なんてねーよ……マデリン、生きてるか?」

ひとまず、リンダは無事らしい。いつも通りの短気な返答にマチルダは苦笑し、サポートピットのマデリンに声を投げる。が、返答はない。どうやらリンダよりもこちらの方が厄介のようだ。マチルダは笑うのをやめる。そして、

「マデリン、制御フルオートにしてシートに摑まってろ」

『へっ……へいっ、平気よ!!あたし、ちゃんとっ……』

声が震えている。マチルダはその声に呆れ口調で返す。

「どこがだよ。どもってるぞ」

『そっ、それはっ……ちょっと緊張してて!だけど別に、恐くなんかっ……』

「だったら最悪、マシンがこけないようにバランスとってろ。バカリンダ、動けるか?」

『誰がバカよ!って言うか、あんたあたしを誰だと思ってんのよ!これでもあたしは「南の要」の右腕なんですからね!』

続いてマチルダがリンダに問いかけると、間髪入れずにその声が返ってくる。マチルダの口許に奇妙な笑みが昇った。こちらは心配どころか、期待さえできそうな勢いだ。

「んじゃその実力、見せてもらうぜ。てか、アシュムで鞭なんか使うか?フツー……」

『いちいちうるさいわね、あたしが何で戦闘したってあんたにはっ……』

「あ、そっか。ピーキーで走るのに、重めの装備がないのか」

何気ないマチルダの言葉にリンダが絶句する。マチルダはしばし黙り込み、直後、軽く言った。

「ほら、これ使え」

戦斧を持ったマシンの腕が背後に僅かに上げられる。しながら、

「マデリン、何つったっけ、あれ……新型用の新しいエモノ……あれ出せ」

『新しいの、って……でも、あれって……』

「電気だったらみっちり溜まってんだろ?てか、こんな事でもなきゃ試し切りなんてやれねーし……やったら、死ぬ気でこいつらぶっ壊さなきゃなんねーけど」

戦斧の柄で、ボガードがアシュムの腕を軽く叩く。せっつく様な振動に、間をおかずアシュムが動いた。戦斧をとられるその振動がかすかにマシンに伝わる。直後、敵マシンが動いた。こちらの僅かな動きに反応したらしい。

『言っておくけど、借りにカウントなんてしないんだから!』

「解ってるよ、マデリン、サーベル、出せ!」

言葉と同時に戦斧を掴んだアシュムが動いた。ほぼ同時にボガードの背中が空き、一瞬丸腰になる。隙を突く様にベージュの敵マシンもボガード目掛けて攻撃を開始した。

「マデリン!」

『わっ……解ってるわよ!サーベル、左脚部から呼び出し!』

マデリンの声がスピーカーから聞こえる。ボガードの左脚部の収納ハッチが開き、サーベルの柄の部分の形状をしたものがその手に向って射出された。捕まえて、マチルダがそれを構えた。ぶん、という起動音の直後、柄からビーム状の刃が飛び出すように形成される。

「新型だぞ、舐めるな!」

真っ向から迫るマシンに向ってボガードが刃をなぎ払う。レーザーの刃はマシンの胴を振り抜き、

「って、何だよこれ!手ごたえなしかよ!」

機体はそのまま敵マシンのわきを通り抜ける。が、

『マチルダ、見て!』

マデリンの声に反射的にマチルダは機体を反転させた。脇腹を強烈な光線で焼かれた敵マシンがその体勢を崩す。そのまま前傾に倒れこみ、機体はそこで爆発した。

「うっへー……すげぇ威力……」

マチルダの口から、思わず感嘆の声が漏る。直後、マデリンの声が再びピット内に響いた。

『敵反応、残り一機。マチルダ、左!』

声に、マチルダが左前方へと目を上げた。リンダのアシュムと敵のマシンとがその武器で激しく打ち合っている。相手は戦槍だ、間合いが大きすぎる。このままだとアシュムに分が悪い。

「やべぇ……鞭の方が良かったか?」

『ねっ、熱源、接近中。敵の後続かも……マチルダ、どうしよう……』

一人ごちる間もなくマデリンの不安げな声が聞こえる。マチルダは舌打ちして、

「そのまま哨戒続けてろ。バランス、フルオート!」

言いながらマチルダがマシンを旋回させた。そのまま、ボガードは戦闘中のアシュムに目掛けて走り出す。

『マチルダ、待って!』

ピット内にマデリンの声が響く。目の前、戦況が大きく変わったのはその時だった。アシュムが戦槍の攻撃を構えた戦斧ではじき返し、直後、手にしていた戦斧を逆手に持ち直した。機体が僅かにしゃがみこむ。持ち直された戦斧を手にした腕が後ろから大きく振りぬかれ、戦斧はアシュムの手を離れた。

「って、マシンでやるか、それ!」

見ていたマチルダが思わず声を上げる。戦斧は回転しながら敵マシン目掛けて飛んでいく。ベージュのマシンはそれを避けきれず、それでもその攻撃力を半減させるため、戦槍の柄で戦斧をはじこうとそれを構えなおす。アシュムの動きが変わったのはその時だった。そのまま、何を手にする訳でもなく、アシュムが機体ごと敵に突進する。

「待てリンダ、死ぬ気か!」

『マチルダ、アシュムの手、見て!』

思いも寄らない展開にマチルダが叫ぶ。その声が終わるより前にマデリンの声も放たれた。アシュムの投げた戦斧が敵マシンの戦槍を折る。手持ちの武器の長い柄を失い、尚且つその衝撃を食らったマシンが僅かにバランスを崩す。目の前に迫ったアシュムはホバーではなくその脚を使って土を蹴り、飛び掛るのと同時にその右腕を振り上げた。

「小刀?」

アシュムの腕が振り下ろされる。マチルダの声が漏れた一瞬後、それは敵マシンの頭部に突き刺さった。同時に二機のマシンがその場に倒れこむ。外では凄まじい衝撃と轟音が響いているだろう。コクピット内にもそれがかすかに伝わってくる。

「……このバカリンダ!真っ向から飛び掛るヤツがっ……」

『仕方ないでしょ!……戦槍と戦斧じゃやりようがないんだから!……』

通信機からリンダの声が途切れがちに聞こえる。戦闘をしていた本人も消耗しているが、今の衝撃でマシンも相当のダメージを食らっているだろう。下手をすると電気系の回路の一つも潰れているかもしれない。雑音が混じるスピーカーの音を聞きながらマチルダは舌打ちする。その間にも、アシュムはその機体を起こし始める。

「マデリン、外からあいつの機体、チェックしてやれ」

『うん。ローラン少尉……だ、大丈夫?』

顔を潰されたマシンの傍にボガードを寄せながら、マデリンが尋ねる。立ち上がったアシュムは辛うじてバランスをとっているようだ。機体が奇妙に傾いている。

『あたしは平気……この子も、今のでバランサーと左肩から下が壊れちゃったけど、走るくらいなら……』

アシュムのリンダが答える。マチルダは聞きながら呆れの吐息を漏らし、

「あんた、もうちょっと考えて戦闘しろよ。下手すりゃ稼動不能でマシンが強制停止だぞ?」

『悪いけど、あたし達の機はそんな甘っちょろい設定にしてないの。稼動不能、って言うのは、マシンが壊れたら言うことよ。立って走れたら、幾らでも戦えるわ』

「そりゃそうだけど……」

返された、いつも通りのリンダの強気の発言に、マチルダは呆れながらも安堵の吐息を漏らす。

「つーか……やってらんねーよ、あんたらとは」

足元には小刀を突き立てられ、さらにその切っ先で抉る様に斬りつけられたマシンが横たわっている。これだけの損傷だ、もう二度と起き上がる事もないだろう。同時に、爆発の恐れもある。

『アシュム、稼働率ぎりぎり二十パーセント……左肩から下、繋げたままだとエンジンがおかしくなるかも……』

スピーカーからマデリンの声が聞こえる。マチルダは苦笑すると、

「だとよ。どうすんだ?バカリンダ」

『捨ててくわよ、使えなきゃ意味ないもの』

『ええっ、ローラン少尉、アシュムの腕、捨てちゃうの?嘘!』

リンダの簡潔な声の後、何故かマデリンが慌てふためく。それには答えず、アシュムはすぐさま肩の接続を外し、その左腕をその場に落とす。ずん、という振動がかすかにコクピット内に伝わる。

『嘘、信じられない!ちょっと、そんなことしたらアシュムがかわいそうじゃない!どうすんのよ!』

そして更にマデリンが一人、大騒ぎを始める。リンダがそれに鬱陶しげに言葉を返す。

『何言ってるのよ。使えないものぶら下げて歩いてたら邪魔でしょ?それに、腕一本分だって軽くなったらマシンの負担も減るし』

『で、でも!マシンだってタダじゃないんだし、税金で作ってもらってるのに!壊れたからって簡単にポイポイ捨ててたら、部品が足りなくなっちゃうじゃない!それに、アシュムがかわいそうよ!』

『はぁ?あんた、何言ってんの?』

聞こえてくる会話の間抜けさに、マチルダは何気に笑う。あまり大きくない電子音が機内に響いたのはそれからだった。モニタの真正面に自動的にウィンドウが開き、マーカー表示と通話要請を示す文字列が映し出される。

「マデリン、バカリンダ、迎えが来たぜ」

『え?誰?』

『このクソガキ!誰がバカよ、誰が!』

「喚いてないでモニター見てみろよ。マーカー青、アシュムが三つだ」

モニタの表示を操作しながらマチルダが言い放つ。ウィンドウのマーカーとこちらに向かう機影に気付いて、リンダが叫んだ。

『隊長、みんな!!

 

「隊長ー!ジェシー!クロエー!よかったぁぁっ」

「ちょ、ちょっとリンダ、何よいきなり」

「あらあら、一人だけやたらに感激屋さんね、リンダったら」

三機のアシュム、フォールト隊の三名がその場に到着する。機を降りて待ち構えていたリンダは同じく機体を降りて姿を見せた同僚と上官を見るなり駆け出して、そのうちの一人に抱きついた。抱きつかれたジェシーは驚いて泡を食っているが、傍で見ているクロエはいつものようににこやかに笑ってそれを眺めている。

「心配したんだから!本当に、心配して……」

「リンダ、どうしてマチルダとここにいる?」

泣き出さんばかりのリンダの傍に隊長、メイネアが歩み寄る。リンダが顔を上げると、その頬は間をおかず、強かに打たれる。バシッ、という音と共にリンダの顔が横を向いた。叩かれたリンダは驚き、怯えの眼で上官を見返す。

「た、隊長……」

「ちょっと隊長、いきなり何するんですか!リンダ平気?大丈夫?」

目の前で起こった一瞬の出来事に、とっさにジェシーが反応する。傍で見ていたクロエは目をしばたたかせ、それから、

「でもリンダ、解るわよね?どうして隊長が手を上げたのか」

リンダはしばしぼんやりとメイネアを見遣る。そして、

「ご、ごめんなさい、隊長……あたし、あたしみんなが、心配で……」

「ボガードについているようにと言ったはずだ。何故離れた?」

「ご、ごめ……」

「隊長、やめてください!もういいじゃないですか。リンダだってあたし達の事が気になって、それで……」

「命令違反には厳罰が下る。待機中ならまだしも、任務の遂行中だ。軽い処分ですまないことは解っているんだろうな?機体もだ。左腕はどうした?切り離す必要があるほど破損させたのか?どういうつもりだ?」

頬を押さえてリンダが涙目になる。ジェシーがその肩を抱いて、厳しく詰め寄るメイネアに反論する。リンダは黙り込み、僅かの間メイネアを見詰めていた。が、

「解ってます……隊を外されても、あたし……」

言いながら、涙の溢れるその目をきつく閉じる。メイネアは無言でリンダを睨む。奇妙な緊張が辺りに走った。同時に、沈黙が降りる。

「解ればいい。以後、気をつけるように。無事で何よりだ」

が、すぐにもその沈黙はメイネア自身によって破られた。戦々恐々の表情だったジェシーと、泣いて怯えていたリンダの表情が、間の抜けたものに変わる。メイネアがきびすを返すと、二人は抱き合ってその場にへたり込んだ。

「よ、良かった……」

「うわぁぁん……ごめんなさいぃぃ……」

緊張が一気にほぐれて緩みきった体のジェシーと、声を上げて泣き始めるリンダの傍ら、クロエは驚いた様子で、あらあら、などと口にしている。メイネアは三人に背を向けると、その様子を離れて見ていたマチルダとマデリンに向かって歩き出した。

「フォールト大尉って、すごーい……」

「てか……訳、わかんねーし……」

離れて見ていたマデリンとマチルダがその光景に思わず声を漏らす。すぐにも、メイネアは二人の傍まで歩み寄り、無表情と言って差し支えない顔つきで言った。

「どうして君たちがここにいる。予定ではもうシル・ソレアに到着している頃だろう?」

「えっ、えっ、えっと、それは……」

「邪魔が全く入らなくて戦闘も起きなきゃ、の話だろ。それに、二、三時間のズレなんて大したことじゃない。ただ基地に帰還するだけの話なんだからな」

問いかけにマデリンは慌てふためく。が、マチルダは変わらない様子で答え、逆にメイネアに問い返す。

「そういうあんたらはどこで何してたんだよ?あのバカ一人こっちに寄越して」

「我々の任務は君達の警護だ。必要とあれば戦闘もする。異変を察知して隊列を離れたのは当然の事だ」

「その異変に気がついてうちの隊のヤツがあんたら追っかけてったんだぜ?で、途中であいつ拾って……何機っつったっけ、レオンがヒットしたの」

凄みのあるメイネアを目の前にびくびくしているマデリンに、マチルダが何気に尋ねる。マデリンは慌てて、

「え?え、あ……えーっと……何機、だっけ……」

「四機っつってたか……あんたらが逃がしたんだかあいつが連れてきたんだか知らねーけど、そういうことみたいだぜ?」

言ってマチルダがにやりと笑う。メイネアの眉が僅かに動く、が、彼女に言葉はない。構わず、マチルダが続けた。

「隊の方は無事だ。シル・ソレアのマーカー内に入ったから、迎え呼んで待機してるはずだ。俺達も一応、基地に連絡入れとくか?」

メイネアは黙し、小さく息をつく。唇の端が僅かに上がっていた。笑っているのか、マチルダが思った直後、答えは返った。

「その必要はないだろう。迎えが近くまで来ている様だ」

「迎え?」

言葉と同時にメイネアがあごでマチルダ達の背後を示す。並んでいた二人は同時に振り返り、荒野の向こうにかすかに上る砂煙を見付けた。

「クロエ、哨戒しろ」

「了解」

振り返ってメイネアが指示を出す。クロエは駆け出し、抱き合ってへたり込んでいた二人は目を上げ、

「え、何?って言うか、また敵?」

「ジェシー、恐いこと言わないでよ!!

「でもあんたがいない間、結構大変だったんだよ?見た事もないマシンが小隊二個分もいたし、見失うし、ボガードからそれたからシル・ソレアまでだって遠回りになっちゃうし……」

砂煙は徐々に近付き、地平線に機影が黒い点となって現れる。近付くごとに大きくなるそれは、離れた距離から信号弾を打ち上げた。

群青(インディゴ)薄紫(ラベンダー)薄赤(コーラル)……アシュムか……」

マシンの信号弾の色はその所属国家、所属基地、そして機体を示している。通常であればその三発、或いは所属部隊と個人を示す五発が打ち上げられる。見て、何気にマデリンが尋ねる。

「アシュム?隊長達じゃ……」

が、言い終わらないうちにその後方からも三発の信号弾が登った。群青、薄紫、そして灰青(ブルーグレイ)

「灰青?そんな部隊うちにあったか?」

見たことのない信号の色にマチルダが眉を寄せる。直後、マデリンが叫んだ。

「あああああっ!!

「わっ……何だよいきなりででけー声出しやがって!びっくりすんだろ?」

「あれ!ボガードの色よ!」

灰青の信号を指差してマデリンが叫ぶ。マチルダはその声の大きさに眉をしかめた格好のまま、

「……は?何言ってんだ?お前……」

「だからあれ!ボガードの色よ!」

マデリンが重ねて叫ぶ。言葉の意味が解らず、マチルダは自機、ボガードを見遣った。

「って……似てなくもないけど……」

「だから、ボガードの色なんだってば!もう、なんで解んないのよ!」

「……そんな説明で解るかよ」

マデリンがじれったそうに地団太を踏む。マチルダは冷や汗してそんなマデリンを見る。

「隊長、味方機が接近しています。アシュムの一個小隊と、ボガード隊の様です」

機体に乗り込んで哨戒していたクロエから声が投げられる。メイネアはそちらをちらりと見、それから、その口許に奇妙な笑みを浮かべた。

「だ、そうだ」

「だからさっきからボガードだって言ってるでしょ!どうして解んないのよ!」

言い含めるようなメイネアの言葉の後、マデリンが憤慨してまた喚くように言う。マチルダは眉をしかめていたが、やっと合点が言ったらしい。閃いた、と言わんばかりの顔になると、

「灰青って、ボガードの信号の色か!」

「だから、さっきからそう言ってるでしょ!」

 

シル・ソレアのアシュム小隊とボガード隊とアシュム、フォールト隊、そしてそのフォールト隊と一緒にいたマチルダ達が合流した直後、アストル・ガベル、ボガード隊隊長が行なったのは機体のチェックでも周囲の哨戒でもなく、マチルダへの鉄拳制裁だった。マチルダ達の間際までマシンをつけるとその場にマシンを座らせ、しながらハッチを開け、飛び降りるなりの攻撃だった。直後当然のように怒鳴り合いが始まり、他の面々は約一名を除いて、やや遠巻きにそれを見ているばかりである。

「てかなんで手合い頭でいきなりぐーで殴られんだよ!いてーじゃねーか!!

「馬鹿野郎!お前がしでかした事はマトモな軍隊にいたら銃殺刑モンだぞ!拳の一発ですんだだけいいと思え!」

「まあ二人とも、とりあえず機体も乗ってる当人も無事だったんだ、それでよしとしとこうじゃねぇか、な?」

困り顔、とは言えなれた様子で一応の仲裁に入ったのは、シル・ソレアから迎えに出てきたアシュム小隊の隊長、ガトル・スライサーである。が、怒鳴り合う二人も馴れているのか、そちらを全く見ようとしない。

「すみません、大尉、お手間を取らせた上に、こんな状況で……」

そんなスライサーの傍らで恐縮しているのはフェーンだ。深刻そうに、胃でも痛むかのような顔つきのフェーンを見、スライサーは乾いた笑い声を立てる。

「ま、仕方ねぇ、こいつらはほっとくか。どうせ後は帰るだけだし……欠員もなきゃマシンも大して被害も受けてないんだろ?」

「……僕達の方は、ですが……」

暢気とも取れるスライサーの言葉に、言い難そうにフェーンが返す。背後では相変わらず、ガベルとマチルダの激しい口論が続いていた。ぎゃーぎゃーという大声を背に、スライサーは目をしばたたかせ、

「あ、そうか……そっちのアシュムが一機、やばかったか……でもまあ走れるし、メイネアんとこのヤツなら左腕の一本くらい、なくてもヘでもないだろ」

やはりどこか暢気に言う。フェーンは様子の全く変わらないスライサーを見て苦笑した。

「その様ですね。あちらはフォールト大尉に任せても大丈夫でしょう」

「しかし……こいつが新型か……ミッシュ・マッシュもとうとう、やっちまいやがったな……」

顔を上げ、スライサーがその機体を見やる。不意に神妙な表情になったその様子に、フェーンは軽く首を傾げる。

「大尉?」

「この先俺達ゃ、どうなっちまうんだろうな……」

ためいきまじりの、疲れの入り混じった声でスライサーはぼやく。フェーンは苦笑して、

「そうですね……どうなるんでしょう」

「って……暢気だな、フェーン」

苦笑い、とは言え笑みを浮かべるフェーンを見、スライサーが眉をしかめる。フェーンはそのまま、

「それを今考えてみても、僕は仕方がないと思っています。ただ僕達は、これに乗って戦闘する、その為にミッシュ・マッシュにいるんです。生きて、マシンを動かせる限りは、戦うしかない」

「まあそりゃ……そうなんだが……」

返されたフェーンの言葉に、不服そうにスライサーは言葉を濁す。が、反論はしない。

「なるようにしかならない、でも、できるだけいい結果を残すために、それなりの努力はします。僕達に出来ることはそんな事くらいです」

言ってフェーンはスライサーを見遣る。スライサーはそっぽを向いて、困ったようにその頭を掻いた。

「確かにそうだ……この戦争が終わらなきゃ、ラステルに未来はないからな。もっとも、戦争が終わったら、俺達は用無しだが」

「そうでしょうか。戦争が終わっても、大尉なら引く手あまたでしょう?「トリオG」の裏ボスなんですから」

言ってフェーンが笑う。スライサーはその言葉に露骨に眉をしかめ、

「何だそりゃ。裏ボス?」

首をかしげるスライサーの様子にフェーンは声もなく笑う。背後では相変わらず、マチルダとガベルの激しい口論が続いていた。

「何でだよ、勝ったんだぞ!マシンも無傷で、何で殴られんだよ!!訳わかんねー!!

「うるせぇ!人の気も知らねぇで、でかい口叩くな、このバカ!」

 

新型マシン・メイス「ボガード」の搬送は、途中、国内に潜伏していた所属不明のマシンとの戦闘がありはしたものの、当日夕刻までに終了した。五機の新型マシンはその二日後、ミッシュ・マッシュ、シル・ソレア中央基地に正式配備され、小隊も「ボガード隊」と通称される事となった。

クリーチャーズ理論をもって構築された最新式のインテリジェンス・システムを搭載した、史上初の二人乗りの巨大人型兵器は、以降シル・ソレア第一大隊、大隊長直属の特別工作部隊として、国内外にその名を轟かす事になる。

 

「派兵、っつったってヌゥイだろ?ミッシュ・マッシュにゃかわんねーじゃん」

「でも原則として僕達は「ラステル以外の国家」との戦争の為に組織されているからね」

「でもべつにスティラのモンでもソレアのモンでもねーじゃん。つーか……お前、平気なのか?」

基地への帰還から五日後、ボガード隊の面々はそれ以前と大差ない「待機任務」を命じられていた。もっとも、初稼動の移動と戦闘からたった五日である。待機中の多くの時間はマシンの整備と調整、そしてデータ処理で追われる事となった。

そんな中、隊から二機のマシンがヌゥイへ送られることが決定し、その二機、レオンとナナニエルの機が現在、その準備にも追われていた。

「平気って、何がだい?」

出掛ける前まで空き地だったハンガーの一角が、ボガードとその調整機器類で埋められている。自機を前に大忙しの四名を眺めるようにして、マチルダは傍らのフェーンに問いかけた。揃って二人とも、その見物をしているらしい。手伝え、などと声が飛びもするが、マチルダは無視して、フェーンは奇妙な笑顔を返すばかりである。

「何って……だってお前っ……」

「確かに僕の出身はヌゥイの、しかも旧ダルトゥーイだ。でも今は家族は別のところに暮らしているし、僕はここにいる。全く何も思わない、とまでは言えないけど……君が心配するほどじゃないよ」

にこにこと笑ってフェーンが返す。マチルダは閉口し、むっとした顔でそっぽを向く。その仕種にまたフェーンは笑い、

「自分は別に心配なんてしていない、とか、言わないのかい?」

「なっ……」

からかうような言葉にマチルダが激昂する。フェーンはくすくす笑いながら、

「でも一応言っておくよ。心配してくれて、有り難う」

「……別に、俺はそういうつもりじゃ……」

不貞腐れた顔で、マチルダは僅かに抵抗するように、小さく言葉を返す。フェーンがそれを笑って見ていると、彼方から声が投げられた。

「マチルダ、ここにいたか!」

投げつけられた声に、二人は揃って顔を上げた。はあはあと息を切らし、こちらに走ってくるジェイクの姿に、マチルダは驚きながら言葉を返す。

「何だよジェイク、何か用か?」

「何かじゃない、俺と勝負しろ!」

即答され、マチルダはその目を更に丸くさせた。そして、

「は?勝負?ああ、シミュレートか……」

「いいから乗れ!今日こそお前をぎったんぎったんに伸してやる!」

目をしばたたかせ、納得するように言ったマチルダを目の前に、ジェイクは一人やる気満々である。が、すぐにも、

「そりゃいいけどよー……こいつもう正式配備だろ?模擬戦の成績も全部正規の戦績に記録されるんだぜ?いいのかよ?」

眉をしかめて怪訝そうにマチルダが問い返す。傍らのフェーンも目を丸くさせ、

「そうだね、下手をしたら、ランクが下がる事も在り得るし……マチルダは今、どのくらいだい?」

「俺か?多分まだC……」

「うるせー!四の五の言ってないで俺と勝負しろ!フェーン、お前もだ!」

ぎゃーぎゃーとジェイクが喚く。声の大きさにマチルダはうんざりしたように溜め息をつく。周囲の大きな機械音の中、また別のキーの高い声が聞こえたのはその時だった。

「マチルダ、ここにいたの?」

再び呼ばれ、マチルダは視線を泳がせる。パタパタという擬音語の似つかわしいペースで駆けて来るのはマデリンだ。見付けて、マチルダはマデリンにも同じ様に尋ねた。

「何だよ、お前まで。何か用か?」

「用って言うか、今ジェイクさんが捜してて……ヒマだったら、模擬戦したい、って……」

駆けて来たマデリンが、軽く息を弾ませながら言葉を紡ぐ。マチルダはその言葉にも目を丸くさせ、

「ヒマって……まぁヒマって言や、ヒマだけど……」

「頭数も揃ってんだ、乗れ!てかフェーン、俺のサポートしろ!」

ふはははは、と、奇妙な声でジェイクが笑う。フェーンはその発言にぎょっとして、

「え、僕が君のサポートかい?」

「何だよ、お前だってどーせヒマなんだろ?副長だか何だか知らねーが、ふらふら遊んでるんなら訓練の一つもしろ!」

何やら無茶苦茶な言い分に、さしものフェーンも閉口する。その様子を見ながら、マデリンがマチルダに今一度問いかけた。

「マチルダ、どうする?模擬戦、する?」

やや困ったようなマデリンの顔を見、マチルダは数秒黙す。が、すぐにも口許をにやりとゆがめ、

「しょーがねーなー、オイヘボ、十秒で倒してやるから、乗れ」

「誰がヘボだ誰が!俺だってこれでもボガードのパイロットだぞ!」

「ぎゃーぎゃー喚くなよ、聞こえてる」

「何ィ!」

言葉の直後、マチルダが歩き出す。マデリンは数歩それを見送るが、

「ほら、何してんだ、来いよ、サポート。お前がいなきゃ始まんねーだろ?」

立ち止まり、振り返ったマチルダの言葉に、満面の笑みでマデリンは言い、小走りに駆け出した。

「うん!」

「てめこの!俺が言い出したんだぞ!勝手に進めてんじゃねー!!てか誰がヘボだ誰が!」

背後、ジェイクが喚く。その傍ではフェーンが困った顔で、

「で、僕が君の、サポートなのかい?」

「うるせぇ!副長なら副長らしく、隊員の面倒見やがれ!」

「いや……すごく……いい訓練、と言うか、鍛錬になりそうだなぁって、ちょっと、思って……」

その口から、乾いたわざとらしい笑い声が洩れる。背後の二人に全く構わず、マチルダに追いついたマデリンは笑いながら、その腕に抱きついた。

「お前っ、そういうのやめろって言っただろ?」

「いいじゃない、減るもんじゃなし。それに、着いて行けなかったら、マチルダすぐ怒るじゃない。でもこうしておいたら、絶対遅れないもん」

抱き付かれたマチルダが反論する。マデリンは笑ったまま、抱きついた細い腕を更に強く抱きしめた。

「マチルダぁ」

「……何だよ?」

「あたし、ずーっとマチルダの傍にいるね」

言葉の後、えへへ、とマデリンが笑う。マチルダは目を丸く指せ、そっぽを向くと、

「……何だよ、急に」

その言葉が僅かに遅れる。マデリンはもう一度えへへ、と笑って、

「だから、マチルダもあたしのこと、置いて行っちゃだめよ?」

「……知るか」

短く、マチルダが返す。腕は振りほどかれることはない。えへへ、とまたマデリンが笑う。ちらりと見て、マチルダは小さく鼻を鳴らす。

「何?」

「……お前は俺のサポートだ。いなきゃ、始まんねーって、今言っただろ?」

二人の歩みはそこで止まった。言葉の直後、マチルダの顔が真っ赤になる。マデリンはその言葉に驚くも、すぐまた満面の笑みを浮かべると、それまでより大きな声で言い放った。

「やんもう!マチルダ……大好きー!!

「だっ……だからいちいち抱きつくなって言ってんだろ、バカマデリン!」

 

ラステル四国連合体建国六十二年、同連合内ヌゥイにおいて反中央政府組織による内紛、始まる。「ヌゥイ・ダルトゥーイ内戦」と称されるその内紛は同国内に設置された軍事特務機関の南方面基地所属のマシン・メイス部隊により、勃発より三ヶ月で鎮圧。同国内の反ラステル政府勢力を一掃する事となった。

同年、ミッシュ・マッシュにおいて新型マシン・メイス「ボガード」完成。五機、十名での小隊が編成される。メルドラ、アシュムに続く「重装マシン」と分類されるも、その移動力は斥候用に開発された「軽装マシン」に匹敵するものとなった。これによりマシンの戦闘能力が大幅に高まり、以降ボガードに類するマシンの開発が始まる。同年勃発の「ヌゥイ・ダルトゥーイ内戦」にも二機のボガードが投入され、多大な戦果を挙げる事となる。

翌六十三年、重装マシン・メイス「アシュム」準重装マシン・メイス「ザラ」改修。ボガードと同じくフォワードとサポートの二人のパイロットによる稼動により、ミッシュ・マッシュの戦力は更に増強される。同時に前年の「ヌゥイ・ダルトゥーイ内戦」に深く関わっていたとされる隣国、クラカライン・ナルシアへの侵攻、始まる。しかし周辺諸国によって結成された連合軍の前、ミッシュ・マッシュは後退を余儀なくされる。ヌゥイ、一時クラカライン・ナルシア軍に占領されるも五ヶ月で開放。これをもってラステルと連合軍は停戦条約を締結。以後南方前線は冷戦状態に入る。

同年、国境北東部に接する隣国、ラビスデン帝国、対ラステルの戦力を増強。それまで国境付近の属国に任せていた国防に本国が乗り出す形となる。

翌六十四年、第四次ミネア戦役、始まる。「クリーチャーズ理論」による次世代巨大人型兵器、誕生。それまでのマシン・メイスの性能をはるかに凌駕する新型兵器となるも、開発者は三機のみを製造するが、以後行方不明となる。理論の名と同じく「クリーチャーズ」と冠されたその兵器のパイロットに、ミッシュ・マッシュ最年少パイロット、マチルダ・アレン、並びにマデリン・レイシャが選出される。

「グリフィス」「イーディス」「ロリーナ」と名付けられた三機のクリーチャーズにより、戦役は膠着し、ラステル国内は疲弊、連合会議は一刻も早い戦争終結の為、各国の軍部にも戦力投入を要請。戦争は長期化の様相を呈し、戦況も混迷を極める。

 

厳しい状況の中、ラステルの歴史は続く。荒れきった国土に人が暮らす時代は、久遠の未来である。

 

 

 

 

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Last updated: 2008/05/25